映画『海街奇譚』は2024年1月20日(土)よりシアター・イメージフォーラム公開後、3月に川崎市アートセンター上映、4月は横浜ジャック&ベティ上映、8月24日(土)高円寺シアターバッカスにてロードショー中!
姿を消した妻を探しに、彼女の故郷である離島の港町へと訪れた男。相次ぐ海難事故により住民の行方不明が続く寂れた町で、男は妻の面影を持つ女と出会うことになる……。
夢と現実、過去と現在が交錯する迷宮の物語を描く映画『海街奇譚』は、中国映画界の新たな世代を担うチャン・チー監督が驚嘆の映像美によって紡ぎ出す《アート・サスペンス》です。
このたびの劇場公開を記念し、映画『海街奇譚』を手がけられたチャン・チー監督へインタビューを行いました。
「成長」の物語である本作を描く上で不可欠であった過程、本作に散りばめられた制作チームそれぞれの個性・現実・記憶の断片など、貴重なお話を伺えました。
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「先生」ではなく映画・演劇の世界へ
──チャン監督が映画・演劇をはじめとする芸術に興味を持たれたきっかけは何でしょうか。
チャン・チー監督(以下、チャン):私は子どもの頃から美術、特に絵を書くことが大好きで、そのためビジュアル・アート自体に強く惹かれていました。
両親はともに学校の先生として働いていて、親戚のほとんども教職に就いていたのですが、不思議と美術の先生はいませんでした。そして一族の中でなぜか私だけが絵を描くことが好きで、いつの間にか教師ではなく映画・演劇の世界へと足を踏み入れていました。
主人公チューが離島で出会うリン先生が国語の教師として働いているのも、そんな自分自身の記憶の断片とつながっています。
映画と演劇には学生時代、ほぼ同時期に出会っています。当時は自分も若く、知識の吸収力も貪欲さも非常に強かったため、どちらか一方をではなく、両方をとことん学びました。
自身の記憶が映画とつながった理由
──リン先生の設定など、『海街奇譚』にチャン監督ご自身の記憶の断片を盛り込まれていった理由・要因は何でしょうか。
チャン:私の故郷である港湾の街・寧波と、映画の舞台となる離島の港町は大きく異なります。また本作の物語も、当初は「島での物語」と線引きをした上で描いていくつもりでした。
ただ映画の制作を進めていくうちに、自分自身の過去の記憶や、海の生き物たちなど幼少の頃にに親しんできたものたちの断片を、少しずつ盛り込みたくなった。本作を制作しようと決めた当時は、そんなことをするつもりはなかったのにです。
本作で描こうとした物語の原点は、主人公の「成長」にあります。そして主人公が自身の記憶の中を彷徨いながらも、今を生きることを選ぼうとする物語を描こうとする中で、自分自身の記憶も思いがけず思い出すことになりました。
映画監督として『海街奇譚』と真摯に向き合った時、自然と映画が自分自身の記憶とつながった。それは「成長」を描く上で、不可欠な過程だったのかもしれません。
制作陣それぞれの個性・現実・記憶
──本作の主人公チューと彼を演じたチュー・ホンギャンさんは同じ姓を持っていますが、主人公チューの設定にも監督の記憶だけでなく、チュー・ホンギャンさん自身の記憶の断片が盛り込まれているのでしょうか。
チャン:本作の主人公を演じてくれたチューさんはプロの俳優ではなく、機械技師として働き、機械工学を学ぶために留学した経験からドイツ語通訳の仕事もしています。ちなみに彼は写真撮影が趣味で、映画冒頭に登場する写真も実はチューさんの作品なんです。
チューさんは私が最初に監督した映画にも出演していて、その作品では「変態の殺人鬼」の役を演じてくれています。そんな彼と私の間に共有されている記憶も、売れない俳優である『海街奇譚』の主人公の設定に反映しています。
チューさんが私の監督作に出演するのは本作で2回目ですが、私が彼をキャスティングしたのは、チュー・ホンギャンという俳優の魅力に惹かれたからだけでなく、チューさんと自分にはどこか似た部分があると感じたからでもあります。
チャン:悪く言えば単純な、良く言えば純粋な性格や趣味はもちろん、「このまま年をとったら、自分はチューさんのような男になるんじゃないか」という予感があった。それゆえに、彼自身の記憶も主人公の設定や映画に重ねざるを得なかったんです。
主演であるチューさんや監督の自分自身だけでなく、『海街奇譚』は制作チームの人々それぞれの現実と記憶、個性の断片が散りばめられた作品という一面があります。本作が個性的に見えるのも、それは観客の皆さんが制作チームの人々の個性を感じとってくれているからです。
もしかすると、様々な人々の個性と、それを形作る現実と記憶が散りばめらることができたからこそ、『海街奇譚』はより多くの人々の個性に、現実に、記憶に語りかけられる映画となったのかもしれません。
成長するための「反省」という追憶
──『海街奇譚』の終盤では、人々が連綿と作り続ける物語における「追憶」の意義について言及されます。本作の物語の原点である「成長」と「追憶」の関係性について、改めてお聞かせください。
チャン:本作の主人公は、その時々に出会った相手との対話という追憶によって、かつて自分が生み出してしまった物語という過去を振り返る。言い換えれば「反省」を繰り返すことで、本当の自分と向き合おうとします。
反省の中で主人公は、自分のよい一面も悪い一面も見ることになる。直視を避けてきた自己の両面性を自覚することで、最後は成長へとつながるんです。
──『海街奇譚』の制作を経て、チャン監督ご自身はどのような「成長」を得られたのでしょうか。
チャン:映画を制作することは、人生のように追憶と反省の繰り返す過程でもあります。ですから映画を1本完成させるたびに、そこには必ず何かしらの成長が生じていると信じています。
また映画制作を通じて成長を得るのは、私だけではありません。制作チームの人々はもちろん、映画を観ることで自分自身の人生の追憶と反省を経験する観客の皆さんにも、きっと成長は訪れるはずです。
インタビュー/河合のび
写真/松野貴則
チャン・チー監督プロフィール
1987年生まれ、中国浙江省寧波出身。ノッティンガム大学国際コミュニケーション学科卒業、北京電影学院演出科修了。舞台演出家、舞台美術家としても活動。
2010年から2015年まではCMや短編映画などを手がけ、2016年に中編『Edge Of Suspect』でデビュー。2019年に長編デビュー作『海街奇譚』にてモスクワ国際映画祭審査員特別賞を受賞。2021年の長編第2作『ANNULAR ECLIPSE』は釡山国際映画祭に出品された。
学生時代から演劇を学んでおり、演出を手がけた最新の舞台は、2021年に上演された戯曲「三字奇譚」。同作品は浙江省文化芸術基金の資金提供対象に選ばれている。
映画『海街奇譚』の作品情報
【日本公開】
2024年(中国映画)
【原題】
海洋動物(英題:In Search of Echo)
【脚本・監督】
チャン・チー
【共同脚本】
ウー・ビヨウ
【撮影】
ファン・イー
【音楽】
ジャオ・ハオハイ
【キャスト】
チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、ウェン・ジョンシュエ
【作品概要】
姿を消した妻を探しに、彼女の故郷である離島の港町へと訪れた男が、自らの現実と記憶を彷徨する様を描いたアート・サスペンス。本作が長編デビュー作となる中国の新たな才能チャン・チー監督が、卓越した映像感覚と比類なきイマジネーションで物語を描き出し、観る者を《幻惑》の映画体験へと招く。
主演のチュー・ホンギャンは本業が機械技師という変わり種の経歴の持ち主。またチューの妻を演じたシューアン・リンは妻役以外にも2役を演じるなど、その独特なキャスティングも作品の魅力の一つとなっている。
本作は第41回モスクワ国際映画祭・審査員特別賞(シルバー・ジョージ)と第18回イスタンブール国際インディペンデント映画祭・批評家協会賞(メインコンペティション)を受賞。また映像表現も高く評価され第27回カメライメージ映画祭ではゴールデンフロッグ賞・撮影監督デビュー部門の2部門ノミネートを果たした。
映画『海街奇譚』のあらすじ
とある離島にやってきた、売れない映画俳優のチュー。彼は妻の行方を捜すため、妻と出会ったこの島を訪れた。
荒波が押し寄せる島の堤防。カブトガニの面を装着した漁師の集団が怪しげな儀式をしている。漁師たちの守護仏であった町の仏像の頭が消えてしまい、町民たちが捜しているのだ。頭が消えたことで海に出た者は戻ってこなくなってしまい、以来、漁師たちは漁に出ていない。
夕暮れ時。宿屋の女主人がチューに声をかける。部屋に落ち着いたチューは、旅の疲れを休めるように目を瞑る。
女主人は身の上話を始める。かつて宿を切り盛りしていたのは双子の妹だったが、彼女は8月5日に出て行ってしまったきり戻ってこない。
島のダンスホール。妖艶なネオンが輝き、町民たちで店内は賑わっている。タバコをふかす店の女将を遠くから見つめるチュー。
停電で客が帰って行き、二人きりになるマネージャーとチュー。女将は5年前、漁に出たきり戻ってこない夫の帰りを待ち続けていた。
過去の記憶。無機質な部屋に、チューと妻がいる。チューは妻の浮気を疑っている。妻は本業の俳優業に向き合わず写真にのめり込むチューに苛立ちを隠せない。
「大人になって現実を見てよ」しかしチューは自分を裏切った妻の言うことに聞く耳を持たない。やがて妻は別れを切り出す。
夢と現、過去と現在を彷徨する迷宮に迷い込んだチューの辿り着く先はどこなのか……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。