映画『とら男』は2022年8月6日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開!
かつて起きた未解決事件「金沢スイミングクラブ女性コーチ殺人事件」の真相に迫る、セミドキュメンタリータッチの異色ミステリー映画『とら男』。
ある事件のことが忘れられないまま孤独に暮らしている元刑事・とら男。東京から植物調査に来た女子大生・かや子はとら男の話に興味を持ち、事件を調べ始めます。
女子大生のかや子役を務めたのは、加藤才紀子さん。脚本も手がけた村山和也監督からオファーを受け、本作が初の長編主演作になりました。
このたびの劇場公開を記念し、加藤才紀子さんにインタビュー。未解決事件を扱った本作へのご出演にあたって感じた責任、役者を目指したその経緯、ご自身にとっての映画『とら男』など、貴重なお話を伺いました。
CONTENTS
役を通じて未解決事件に接するという責任
──本作へのご出演は、村山和也監督からのオファーを受けられたことで決められたとお聞きしました。
加藤才紀子(以下、加藤):2019年の秋ごろ、「長編映画を撮りたいと思っている」と村山監督からお話をいただきました。最初にざっくりとした企画書をもらい、プロットを読んだ段階で「実際にあった事件を捜査していた元刑事さんが出演する」という内容に興味をそそられました。
ただ、映画の準備を行なっていく段階でじわじわと、この作品は「面白い」という感情や好奇心など、そういう気持ちだけではとても最後まで走り切れないと実感していきました。実際に起きた未解決事件を扱う映画で演じることは、ひとつの責任があるという気持ちが芽生えていったんです。
今回のお話をいただくまで、私は実際の事件(※1)のことを知らなくて、村山監督の企画書を読んで初めて知りました。
ただ今回は、実際の捜査にあたった西村虎男さんという一番事件をよく知っている方と対面しての撮影だったので、虎男さんの出された電子書籍「千穂ちゃんごめん!」を読んだり、過去に虎男さんが事件に関する取材を受けた雑誌記事やテレビ番組といった資料を全て拝見して、事件の内容はもちろん、事件がどのような経緯を辿っていったのかを理解しようと努めました。
その反面、私が演じた女子大生のかや子は、あまり事件をよくわかってない人物であり、だからこそとら男と事件の再捜査を始めるという役柄でもあるため、敢えて全てを理解せずに撮影に入るべきなんじゃないかとも感じていました。
※1:実際の事件……1992年10月1日に石川県金沢市で発生したスイミングクラブ女性コーチ殺人事件。犯人検挙に至らないまま2007年に時効が成立した。
30年分の気持ちという「本物の映像」
──元刑事である西村虎男さんをはじめ、役者経験のない方との芝居ならびに撮影はいかがだったでしょうか。
加藤:役者ではない一般の方との撮影は、ある意味ではドキュメンタリーのようでした。特に虎男さんと会話をする場面は台本が全くないので、そのままの即興で本番に挑みました。
本作を観てくださった方の中には、かや子が積極的にグイグイ行っているように感じた方もいらっしゃるはずです。実際に撮影中の私は、かや子を演じながら、虎男さんを引っぱらなければならないという意識がありました。
ただ私の即興芝居に対して、虎男さんは素のリアクションを返してきます。ご自身の実体験をそのまま話されるので、事件の話や過去を振り返っている時、そこに映ってるのは“本物の映像”なんです。
事件当時から本作に至るまでの、30年分の気持ちがそのまま乗っかっているんです。カメラの前に立って本当の気持ちをさらけ出すなんて私はとてもできないし、できない人がほとんどだと思うんですけど、2・3日で慣れてその場に立てる虎男さんは本当に尊敬しています。
そのため気持ちの面では、私も撮影の中で段々と虎男さんの迫力に引っぱられていきましたね。虎男さんは、説明しなきゃいけない事件の概要や、捜査に関する技術的な内容を伝えなきゃいけない場面では、本当にスラスラと話されるんです。
ですが、逆にご自身のお話や本音を語らなきゃいけない場面では、刑事としての空気感も醸し出してはいるんですけど、少し“葛藤”があるようにも感じられました。そんな時には演技をしている私が、本音の部分を引き出せたらなと思いつつ、虎男さんの空気感に合わせようとしました。
演出をしてくださる村山監督のおかげもあって、ただひたすらに虎男さんと話すことで、作中では「とら男とかや子」の絶妙なかけ合いが生まれました。決まったセリフがなかったおかげで、バランスがとれたんだと感じています。
画面越しに「積み重ねられた生」をみた瞬間
──加藤さんが俳優にご興味を抱かれたきっかけは何だったのでしょう。
加藤:大学に通っていたころ、周囲の友人たちが就活するタイミングで急に思い立って役者を始めたんですが、それまではファッションが好きで、複数の大学の学生が集まって雑誌を作るインカレサークルに入ってました。
たまたまモデルや俳優をやってる友人が周りにたくさんいて、映画の話などもいっぱい聞くようになり「なんか面白そうだな」と思えたので、演技のワークショップに行ってみたんです。そこで最初に与えられた演技の課題が、相米慎二監督の『ラブホテル』(1985)でした。
その時は何も全くできなかったし、今思えば酷い芝居だったと思うんですが、すごい楽しかった感触だけは確かに残っていて、俳優であり続けることで私自身の人間性をさらに培っていけるのではと実感を得られました。
そしてちょうど同じ時期に、NHKで連続テレビ小説の『おしん』の再放送を偶然観ました。おしん役を演じた田中裕子さんがとても素晴らしくて、ビビッときてしまい「役者になりたい」と思い始めました。
田中裕子さんは10代から40代まで、青春期から成年期までの30年分のおしんを演じられていますよね。その長い長い積み重ねに圧倒されたんです。また田中裕子さんがおしんを演じる最後の回で、海を見つめている彼女の横顔を見た時、ただ顔を見ただけでなく、おしんのリアルな心に触れた気がしたんです。
「その時、そこで生きている」という、圧倒的な存在感……青春を経て結婚し母親になり、その間に戦争や地震も起こり、様々な喜びも哀しみも経て生きてきた人間が、ちゃんと映像に映って見えたんです。当時の私は演技の勉強もしてなかったですが、その横顔に素人ながら色んな積み重ねを感じて、泣いちゃったんです。
そして、演じている本人とは違う人生の積み重ねが役の方にもあって、自分とは違う人間を演じると、私自身も広がっていく感覚があることを、実際に役者として演じるようになってから改めて実感するようになりました。
簡単に終わらせず、悩み続ける意味
──加藤さんにとって、映画『とら男』はどのような作品となったのでしょうか。
加藤:今まで出演させていただいた作品の中で一番、心に残っているものが多くある作品です。もちろん素晴らしい作品はたくさんありますが、本作の撮影に関しては本当に特殊だったので、ふっと思い返すことがよくあります。
私は千穂さんの役として、作中で推理に基づいた再現もやったんですが、その時の怖さがふとした時に蘇ってくるんです。近しい事件があっても、これまでは被害者の方の苦しみを定型的にしか理解できていなかったんですが、演技とはいえ経験した“その時”の怖さはもう忘れられないですし、痛ましい事件の報道があるたびに思い起こされます。
つい先日も、2008年に起きた秋葉原通り魔事件の犯人の死刑執行が報道され、それで「あれから12年経った」という事実を思い出した人もいますよね。私も以前、秋葉原を歩いた時に「ここか」と感じましたが、中には事件のことを忘れて平気で歩いている人もいるはずです。
物事を簡単に終えてしまう人、どうしても終わらせることができない人の二者が生きている世界で、「過去の終わったもの」とはいったい何なのかと悩み続けることが、本作のテーマだと思っています。
終わったと思ったら、また新しい何かが発見されたり生まれたりすることもあるので、簡単に終わりにしてしまうより、ずっと何かに向き合っていくことが大事なんじゃないかと感じています。そんなことを、虎男さんの演じた“とら男”を通じて教わりました。
インタビュー/タキザワレオ・出町光識
撮影/田中舘裕介
加藤才紀子プロフィール
1993年生まれ、東京都出身。『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)にてスクリーンデビュー後、映画・ドラマ・CMなどの映像作品を中心に活躍。
主な出演作に『飢えたライオン』(2018)、『普通は走り出す』(2019)、『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』(2020)、『春』(2021)など。劇場公開長編の主演作は本作が初となる。
映画『とら男』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
村山和也
【キャスト】
西村虎男、加藤才紀子、緒方彩乃、河野朝哉、河野正明、長澤唯史、南一恵、 吉田君子、中谷内修、深瀬新、安澄かえで、大塚友則、河原康二、石川まこ
【作品概要】
実在する刑事歴30数年の元刑事が本人役として主演を務め、かつて自身が捜査にあたった未解決事件「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の真相に迫る、セミドキュメンタリータッチの異色ミステリーです。
主人公のとら男役を元・石川県警特捜刑事の西村虎男、女子大生のかや子役を『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2019)の加藤才紀子がそれぞれ演じます。
監督は『堕ちる』(2016)の村山和也。現実とフィクションの二重構造によって、闇に葬られた事件の謎と真実を世間に問いかける作品となっています。
映画『とら男』のあらすじ
東京から植物調査に金沢に来た女子大生・かや子は、おでん屋に立ち寄ったときにそこで吞んでいた元刑事のとら男と出会います。
実はとら男には、刑事として後悔にも似た大きな心残りがありました。
1992年に起きた、未解決の金沢女性スイミングコーチ殺人事件で、担当刑事のとら男は、犯人の目星をつけながらも逮捕に至ることができなかったのです。
その事件は、未解決のまま2007年に時効が成立。そして事件から15年後、警察を退職したとら男は、事件のことが忘れられないまま孤独に暮らしていたのです。
とら男の話に興味を持ったかや子は、当時の事件について調査をスタートさせます。
まずは聞き込みからと当時の状況を知っていそうな人に事件について何か知っていることはないかと、行動を起こすのですが……。
タキザワレオのプロフィール
2000年生まれ、東京都出身。大学にてスペイン文学を専攻中。中学時代に新文芸坐・岩波ホールへ足を運んだのを機に、古今東西の映画に興味を抱き始め、鑑賞記録を日記へ綴るように。
好きなジャンルはホラー・サスペンス・犯罪映画など。過去から現在に至るまで、映画とそこで描かれる様々な価値観への再考をライフワークとして活動している。