映画『銃2020』は2020年7月10日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー公開中!
作家・中村文則のデビュー作を映画化した『銃』(2018)。その第二弾にして、前作に引き続き企画・製作を務めた奥山和由の着想のもと、中村文則が原案、そして自身初となる脚本を担当したのが映画『銃2020』です。
監督は、同じく前作からの続投となる武正晴。キャストには、前作にて“トースト女”を演じていた日南響子が主演を務め、共演には佐藤浩市、加藤雅也、友近、吹越満らが結集。また村上虹郎が演じた『銃』の主人公・西川トオル、リリー・フランキーが演じたトオルを追う刑事もある場面にて登場します。
このたびの劇場公開を記念して、主人公の東子を執拗に追うストーカー・富田役を演じられた俳優の加藤雅也さんにインタビューを敢行。今回の役を演じるにあたってどのようなアプローチを行なったのか、また役作りに対する思いなど、貴重なお話を伺いました。
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当初は別の役を演じる予定だった
──今回、加藤さんは主人公の東子を執拗に追うストーカー・富田を演じられていますが、当初は別に役を演じられる予定だったとお聞きしました。
加藤雅也(以下、加藤):もともと奥山さんからは、吹越さんが演じられていた刑事の役で出演のお話をいただいていました。ただ衣装合わせを行う少し前の頃に「いや、ストーカー役の方がいいんじゃないか」という話が持ち上がり、結果的に富田を演じることになりました。
奥山さんは「おいしい役じゃないか」と豪語されていたんですが、当時の自分はあまりピンと来ていませんでした。でも、武監督が奥山さんの発想や勘は、得てして当たることが多いとおっしゃっていて。武監督は『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020・1月公開)でのお仕事を通じて十分に信頼していましたから、富田という謎の多い役を演じることに少し不安はあったものの、引き受けさせていただきました。
いまだかつて経験したことのない役・富田
──加藤さんがおっしゃる通り非常に謎めいた存在である富田を演じられるにあたって、彼の人物像をどのように解釈されていったのでしょうか?
加藤:富田は確かに難解な役でその存在意義にも謎が多い人物ですが、どちらにせよ、何らかの意味があるからこの映画に登場するわけじゃないですか。その意味を探すことが一番だと感じていました。ただ、脚本を書かれた中村さんや武監督に富田という役の意味について説明を受けたとしても、それはあくまで二人の中で成立している意味でしかありません。そもそも富田という役は言葉で理解できるようなものではなかったので、自分自身の中での富田という役の意味を色々と考えました。
また、ある場面の撮影をした際に体がとてもだるくなってしまい、その後受けに行ったマッサージでも「何か強いストレスを感じられたんですね」と言われてしまうほど、今回の映画では肉体的にも強いストレスを味わったんです。以前、ヒース・レジャーが亡くなった理由として『ダークナイト』(2008)をジョーカー演じるために過酷な役作りを行い、心身ともにに追い込まれていたのが少なからず関係していると聞いたことがありますが、それを聞いた当時の自分は「役作りで死ぬ」なんて意味が分かりませんでした。ただ今回の富田という役で、それが何となく分かったような気がします。もし彼を1ヶ月以上の期間、或いは主役という立場で演り続けたら「何かがおかしくなる」と感じられたんです。今までの俳優人生の中で、ここまで精神的に悩み続け、肉体までの蝕まれてしまうようなことはありませんでした。いまだかつて経験したことのない役が富田という男でした。
ですが、富田を演じるにあたって「簡単」にしてしまうことだけは避けていました。彼のストーカー行為や心理について、何故そうなるのかをやはり演じる側は考えざるを得ない。ですが、もし一つのアプローチとして、「自分なりの理屈はなしに、とりあえず演ってみよう」という方法をとったら、多分お客さんには映画を観た瞬間に「こいつ、何もないな」見透かされると思うんです。だからこそ「なぜか」という理由や根拠を自分なりに見つけなきゃいけないわけですが、それでも見つけられない時もある。ただ、「見つけられない」というだけで、結局は何かしらの理由があるとは感じています。
特に富田のような役は「ギャグ」にしてしまえば簡単になってしまうんですよね。確かに側からすれば滑稽に見える場面は多少ありますが、それでも、彼を演じる自分自身が「ギャグ」として演じることだけはしたくないと思っていました。
思考回路そのものを変えてしまう
──映画『銃2020』の富田役に限らず、加藤さんが役作りにおいて特に意識されていることは何でしょうか?
加藤:若い頃は、役との距離を埋めるために髪や髭を伸ばしたり、体重の増減を行なったりと外見的な役作りを意識していました。けれども、それは悪く言ってしまえばコスプレイヤーのように変装しているだけではないかと次第に考え始めました。今回の映画のようにストーカーっぽい服装にすることも大事ですが、それだけでは「ストーカーの“ふり”をしている人間」に過ぎませんから。むしろ、同じ姿格好にも関わらず全く違う人物がそれぞれに現れる多重人格者こそが、役作りの究極なのかもしれない。思考回路自体を変えることが根本にあるんじゃないかと思うようになったんです。
あるSF作品では、人間の頭部を別の人間の胴体へと移植することで肉体を入れ換えてしまうといった描写があります。ただ、もし愛する人が頭部移植を行い、別の人間の胴体によって生活を送ることになった時、本当にその人を以前のように愛せるのでしょうか。顔も脳も同一人物だけれど、それ以外は別人の肉体。「脳だけが別人に入れ換わっている」という逆といえるパターンもあるかもしれません。今後似たような状況が訪れた時に、その人間をその人間たらしめるものとは何なのか。そんなことをずっと昔から考えていたんですが、役作りでもそれが応用ができないだろうかと感じたんです。
ですが、今の科学技術や日本社会の制度、一年に複数本の作品に掛け持ちで携わっている現状をふまえると、流石にそんなことはできない。ただ、自分自身の思考回路を演じる役のものへと変えていくという方法は、その中でも実現可能な「応用」に基づいています。そういったアプローチでの役作りは50歳頃からやっと分かるようになり、7年間ほど続けています。
──これまでのお話をお聞きする限り、加藤さんは非常に論理的であるご自身の思考をベースに進められているんですね。
加藤:でも、論理的に考え過ぎても駄目で、最後は感覚なんです。ボクシングやテニスの試合と一緒で、どれだけ練習を積み重ね理論を構築しても、実際の試合が練習や理論通りに進むことはほとんどありません。最終的にはその場での瞬発力じゃないですか。考えることは重要だけれど、後は出たとこ勝負。むしろ考え過ぎてしまうと、今度は自分自身を無理に操作してしまうから演技が破綻してしまうんです。
ですから、撮影当日はそれまで思考を続けてきた自分を信じることしかできない。それまで構築してきた様々なことが演技として表れるかもしれないし、そうではないかもしれない。それでも撮影前に思考を重ねることに意味はあるのかと言われる時もありますが、僕は意味があると感じています。
「acting」を続けた先に
──加藤さんがこれまで、そしてこれからも俳優として様々な役を演じ続けるその理由とは一体何でしょうか?
加藤:日本語における「演技」を英語では「acting」と表現しますが、それは「act(行動する)」という言葉に「ing」が付くことで成り立っています。つまり、演技と行動は深くつながっていて、演じるということとは行動するということと同じわけです。僕が俳優という仕事をするようになり、現在まで続けてきたのも、自分が続けてきた行動による結果でしかありません。もちろん俳優という仕事自体は面白いからこそやっていますが、結局のところはそういった理由に帰結するのではと感じています。
今の僕には、「“演じる”とは何か」と聞かれても答えられません。その答えを見つけるためにこの仕事を思考とともに続けていますが、それは多分一生かかっても見つからないものだとも感じています。ただ、どんな役を演じたとしても最終的には「僕」でしかありません。ですから、様々な役を通じて様々な別人の思考回路を経験した先に、俳優としての「僕」が現れるのかもしれません。それもまた自分にとっての行動なのだと思います。
インタビュー/出町光識
撮影/田中舘裕介
構成/河合のび
加藤雅也プロフィール
1963年生まれ、奈良県出身。「メンズノンノ」創刊号でモデルを務め、のちに俳優の道へと進む。主演作『マリリンに逢いたい』(1988)で第12回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。以降も『BROTHER』(2001)、『荒ぶる魂たち』(2002)、NHK朝ドラ『まんぷく』(2019)など、数々の映画・TVドラマ・舞台と幅広い分野で活躍している。
近年の出演映画作品には『二階堂家物語』(2019)、『影に抱かれて眠れ』(2019)、『噓八百 京町ロワイヤル』(2020)など。
映画『銃2020』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【企画・製作】
奥山和由
【原案・脚本】
中村文則
【監督・脚本】
武正晴
【キャスト】
日南響子、加藤雅也、友近、吹越満、佐藤浩市 ほか
【作品概要】
作家・中村文則のデビュー作を映画化した『銃』(2018)。その第二弾にして、前作に引き続き企画・製作を務めた奥山和由の着想のもと、中村文則が原案、そして自身初となる脚本を担当したオリジナル作品。また監督を、同じく前作からの続投となる武正晴が務めている。
前作で“トースト女”を演じた日南響子が主演を務め、共演には佐藤浩市、加藤雅也、友近、吹越満らが結集。また村上虹郎が演じた『銃』の主人公・西川トオル、リリー・フランキーが演じたトオルを追う刑事もある場面にて登場する。
映画『銃2020』のあらすじ
深夜、東子(日南響子)は自分の後をつけてくる不穏なストーカー・富田(加藤雅也)から逃れるため、薄暗い雑居ビルに入る。
流れ続ける水の音が気になり、トイレに入ると辺りは血に染まり、洗面台の水の中に拳銃が落ちていた。拳銃を拾った東子は、電気が止められ、ゴミに溢れた部屋に一人戻る。 拳銃を確認すると、中には弾丸が四つ入っていた。
自分を毛嫌いし、死んだ弟を溺愛し続ける母・瑞穂(友近)を精神科に見舞った後、東子はこの銃が誰のものだったのかが気になり、再び雑居ビルに行く。そこで見かけた不審な男・和成(佐藤浩市)の後をつけるが、逆に東子は和成に捕まってしまう。
事件が不意に起きる。隣の住人の親子がある男を殺害する。
「早く撃ちたいよね……これでいい?」。
東子は埋めるのを手伝った後、その死体に向かって拳銃を撃つ。
だが拳銃の行方を探す刑事(吹越満)に、東子は追い詰められることになる。「また来る」刑事は去っていくが、何かがおかしい。銃そのものに魅了された東子はさらに事件の真相に巻き込まれ、自らもその渦の中に入っていこうとする。東子の「過去」が暴発する。そして──。