第18回大阪アジアン映画祭
インディ・フォーラム部門特集上映《焦点監督:田中晴菜》
中編映画『いきうつし』、短編映画『ぬけがら』が国内外の映画祭にて評価され、2021年には池袋シネマ・ロサにて特集上映が開催されるなど、その繊細な眼差しを持つ作家性が多くの人々の心に届き続けている田中晴菜監督。
2023年3月10日(金)より10日間に渡って開催された第18回大阪アジアン映画祭では、「今注目すべき映画監督」としてインディ・フォーラム部門にて特集企画が組まれ、田中監督が手がけた短編2作品『『Shall We Love You?』『甘露』が上映されました。
このたびの第18回大阪アジアン映画祭での特集上映を記念し、田中晴菜監督にインタビュー。
『Shall We Love You?』『甘露』やこれまでの作品に見出せる「“失われたもの”を糧にして新しい作品を撮る」という映画作り、そして「初の劇場公開」を経て変化した映画作りの“新たな視点”など、貴重なお話を伺いました。
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その時々で変化する「物語の記憶」
──『Shall We Love You?』(2022)に登場するオスカー・ワイルドの童話『幸福な王子』は、田中監督の中編映画『幸福な装置』(2023)でも題材として扱われています。田中監督が『幸福な王子』に惹かれた理由とは何でしょうか。
田中晴菜監督(以下、田中):最初に『幸福な王子』を読んだのは子どもの頃なんですが、当時「王子とツバメは、全然幸福じゃない」と子ども心ながらに思ったんです。
「好きな人と添い遂げられたら、それだけで幸福なんだろうか」「たとえそれが幸福だったとしても、この物語はひどくつらい、悲しい話だな」と感じた記憶は成長しても残り続けていたんですが、大人になって“子ども向けの絵本”として抽出される前の原作を読んだ際に、本来は非常に皮肉が込められた物語であったことを理解したんです。
「本当に彼らは幸福だったのだろうか」「何をもって幸福というんだろうか」という問いはもちろんのこと、子どもの頃に教訓的な物語として捉えながら読んだ時間と、大人になって皮肉も理解した上で読んだ時間とで、童話への記憶の印象が変化した経験を描きたいと考えたのが、『幸福の王子』を題材にしたいと思ったきっかけでした。
特に『Shall We Love You?』に関しては、「子どもの頃と大人になった時とで、童話を読んだ際の印象が異なった」という私の経験をふまえた上で「“高校生”という大人でも子どもでもない微妙な時期には『幸福な王子』をどう受け取るのだろうか」という問いが構想の根幹にあります。
「失われたもの」を糧に新たな作品を
──『甘露』(2023)も、とある兄弟の「子どもの頃の記憶」にまつわる物語を描いた作品といえます。また同作の舞台となった駄菓子屋は、田中監督のご実家が実際に営まれていたお店であると伺いました。
田中:駄菓子屋を営んでいた祖母がコロナ禍の中で亡くなり、映画の作中設定とほぼ同じような経緯で店を畳むことになったんですが、『甘露』の企画を進めていた当時はちょうど空き家の状態になっていたんです。また兄弟の作中での会話の内容に関しても、幼少期の私と妹との記憶がかなり反映されています。
同作で兄弟を演じてくれた岡慶悟さん、田中一平さんとは『甘露』以前から一緒に映画を撮っていて、その撮影を通じてお二人もお互いに仲良くなっていたんですが、「二人の関係性をこの場所・この脚本で写し撮ったら、とても良い映画になるんじゃないか」と思い、今回の『甘露』における表現へと至ったと感じています。
実は『Shall We Love You?』も、私が高校生時代に通っていた母校で撮影しています。ただ、私が通っていた当時は作中のように演劇部が存在していたんですが、その後「演劇部、なくなっちゃったよ」と人伝に知らされたんです。
私が高校生だった頃の“あの時の高校”は、すでになくなっている。ですが、それでも“あの時の記憶”を通じて、“失われたもの”を糧にして新しい作品を撮れるかもしれないと思い、『Shall We Love You?』を形作っていきました。そして、それは『Shall We Love You?』や『甘露』だけでなく、これまで撮ってきた作品からも見出せる共通のテーマなのかもしれません。
「一緒に作ってよかった」と感じてもらえる映画作りを
──2023年現在において、田中監督がご自身の映画作りで大切にされていることとは何でしょうか。
田中:私にとって「映画祭での上映」が、作った映画をできるだけ多くの方にご覧頂ける、映画を作り続ける勇気を頂ける最初の機会だったのですが、2021年に池袋シネマ・ロサさんで特集上映を組んでいただけた際に初めて「劇場での公開」を経験できたんです。
多くの方に映画を届けるための過程は大変ながらも本当に新鮮でしたし、劇場で観客の皆さんと直接お話ししたり、映画を観た方がネット上に投稿してくださった映画への感想や励ましのコメントを読んだりする中で、それまで以上に「映画を届けられた」と実感できました。
その経験のおかげで、「作りたい」という想いにプラスして「届けたい」という想いも持って映画を撮るようになりました。『Shall We Love You?』と『甘露』は、まさに「届けたい」という想いを持った上で制作した作品だと私自身は捉えていて、今回そんな2作品が大阪アジアン映画祭で一緒に上映して頂けたことは本当に光栄でした。
また、『いきうつし』(2018)や『ぬけがら』(2020)の時から一緒に映画を作ってきてくれた人たちに「一緒にこの映画を作ってよかった」と感じてもらえるような作品を作りたいと常に考えるようになりました。
そのためにも、「それぞれの作品が、できるだけ多くの方に出会ってほしい」「伝わらないまま、届けられないままにはしたくない」という私自身の想いも含めて、より多くの方に届けられるような映画作りを続けていきたいと思っています。
インタビュー/河合のび
田中晴菜監督プロフィール
大学卒業後会社員として勤務。2016年4月ニューシネマワークショップクリエイターコース修了、自主映画制作を開始。
『いきうつし』『ぬけがら』が国内外の映画祭で高い評価を受け、2021年に劇場公開。
『Shall We Love You?』がショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFF&ASIA)2023ジャパン部門にノミネート、2023年6月17日(土)にアジアインターナショナル&ジャパンプログラム5にて上映。
映画『甘露』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本・編集・スチール】
田中晴菜
【撮影・録音・整音】
中島浩一
【音楽】
蓑地理一
【キャスト】
岡慶悟、田中一平
映画『甘露』のあらすじ
亡くなった祖⽗が営んでいた駄菓⼦屋兼住居を取り壊すことになり、遺品整理をしている⼤吾のもとに、滅多に実家にも帰って来ない弟の蒼⾺が帰ってくる。
緊急事態宣⾔期間中に⾏われた祖⽗の葬儀にも蒼⾺は参列せず、それ以来⼆⼈の関係には隔たりができていた。
蒼⾺が幼い頃、店の売り物のカンロを勝⼿に⾷べた際、代⾦が払えない代わりに祖⽗に渡した「何か」を探している最中、姿を消してしまい……。
映画『Shall We Love You?』の作品情報
【日本公開】
2023年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
田中晴菜
【撮影・録音・整音】
中島浩一
【音楽】
蓑地理一
【キャスト】
森川色、今城沙耶、西田奈未
映画『Shall We Love You?』のあらすじ
放課後、⾼校の体育館の隅に集まる演劇部の真琴、悠、芽依の3⼈は、オスカー・ワイルド作の童話『The Happy Prince(幸福な王⼦)』を翻訳、舞台化しようとしている。
彼⼥たちは各々が翻訳してきた台本の読み合わせをしながら、幸せとは何か考える。
バスケ部から⾶んで来たボールを明後⽇の⽅向に投げ返す真琴の姿を⾒ながら、悠と芽依はその答えを⾒つける。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。