映画『なん・なんだ』は2022年1月15日(土)より新宿K’s cinemaにて公開後、1月28日(金)より京都シネマ、2月12日(土)より第七藝術劇場、以降も元町映画館ほか全国にて順次公開!
妻が交通事故にあったのをきっかけに、妻の秘密を知った夫。夫婦で過ごした40年間とは一体なんだったのか……映画『なん・なんだ』は、老齢にはいった夫婦がこれまでの人生、これからの生き方について向き合う姿を描いたヒューマンドラマです。
300本以上のピンク映画に出演し『痛くない死に方』(2020)での好演が記憶に新しい下元史朗と、『四季・奈津子』(1980)で初主演を果たして以降多数のドラマ・映画に出演し続ける烏丸せつこが夫婦役を演じ、佐野和宏、和田光沙、吉岡睦雄、外波山文明、三島ゆり子など実力派俳優が顔をそろえています。
監督を務めたのは『テイクオーバーゾーン』(2019)が第32回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門に出品され、高い評価を得た山嵜晋平。40年を共に過ごしてきた夫婦が自らに対し「何なんだ!」と苛立ち「何なんだ?」と戸惑う姿を時にシニカルに、時にユーモラスに描き出しました。
このたび、映画『なん・なんだ』の関西地域での劇場公開を記念して山嵜晋平監督にインタビューを敢行。本作の制作経緯や作品に込められた思いなど、たっぷりお話を伺いました。
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1人のおじいさんとの出会いが紡ぎ出した物語
──山嵜監督が本作を制作されたきっかけには、ご自身が10年前に体験された「とある出来事」が関わっているとお聞きしました。
山嵜晋平監督(以下、山嵜):制作部で働いていた頃、ロケ班として団地へ来ていた時に外廊下を見ていたら、手すりを越えようとしている人が見えてとにもかくにも止めたんです。ただ、僕が止める権利があるのか、その人の覚悟を超えたものが僕にあるのかと逡巡する部分もあって、その人の部屋まで一緒に行ったんです。
団地だからこの建物にはいっぱい人がいるはずなのに、その方は定年退職して奥さんとは別れて子どももなく、ずっとひとりで暮らされていた。脳の病気によって一日中船酔いの状態で、何かが目につくと目が回ってしまうから、なるべく物を置かないようにした結果、部屋には何もない。その時、ひとりの人のいろんなものが流れてきて、人間の「持ち時間」というものを考えたわけです。「この人は、どう生きればいいのだろう」という思いに駆られました。
そのことがずっと心に残っていて、何か形にしなくてはと考えるようになったのですが、映画と自分の距離感のとり方がとても難しくなかなか形にすることができませんでした。自分から距離をおいた「ファンタジー」という形で、亡くなったおばあさんの思い出のカメラに幻が映り、それを追いかけていく中で人生が浮かび上がってくるというものを考えたり、他にも様々なプロットを書いてみたのですが、どうもうまくいきつくことができない。
山嵜:そこで脚本家の中野太さんに相談し、プロットをみていただくことになりました。
その段階では夫婦の片方は亡くなっているという設定でしたが、中野さんは「“生”に向き合っていく話の方がいい」とおっしゃって「余命について考える夫婦の話にしよう」ということになりました。また「真相を探す旅を娘と一緒にする」という展開も中野さんのアイディアです。
そうした中で美智子というキャラクターができてきて、美智子の故郷を僕の故郷である奈良にして書いていたら、だんだん僕が美智子になってきたんですよ。あの時、自殺しようとしていたおじいさんを美智子目線で僕が見ているような思いで、脚本を書いていきました。僕が漠然とした話を伝えて、中野さんがそれを整えてくださるというやりとりをしていく中で、だんだんとストーリーができあがっていきました。
故郷・奈良に対する想い
──「美智子というキャラクターに監督ご自身が重なっていった」という点について、もう少し詳しく教えていただけますか
山嵜:僕自身も若い頃、生まれ育った奈良を出ていきたかったんです。地方にはありがちな話ですが、小学校の誰々、中学の誰々という風にコミュニティーが小さくなっていくじゃないですか。それに違和感を抱いていた時にアメリカへ行く機会があり、そこで非常にショックを受けた。こんな広い大地と海があるのに、あの狭い場所で自分は何をしているのだろうと思ったんです。
奈良が嫌いというわけではないし、ここに幸せがあるのもよくわかるんですが、もっと広い世界が見たかった。20歳前後って、そういう思いにかられる年齢ですよね。美智子は、もっとそれが早かったんです。
小学生の頃から奈良を出たくて、生駒山をにらみながら過ごしていて、やっと出られて海の見える団地に住んで幸せを感じていたけれど、そこでもまだ何かが足りていない。そんな美智子の姿は、僕自身の姿でもあったんです。
──その奈良を舞台に、本作や過去作『テイクオーバーゾーン』を撮られたことに関してはどのような思いがあるのでしょうか。
山嵜:『テイクオーバーゾーン』も奈良で撮影したのですが、当時はプログラムピクチャーではない初めての映画でもあったため、結構いろいろなことを迷っていたんですね。どうしたらいいかと悩んだ末に「迷わず撮れるのはここしかない」と故郷である奈良で撮ることにしました。
そうしたら映画を観て「そこには何かがあった」とおっしゃってくださる方がいて、僕が奈良で撮ることには意味があるのかなと考えるようになりました。たとえば、青山真治さんはいつも北九州を舞台に映画を撮られています。それにどういう意味があるのかをはっきりと言葉にするのは難しいですが、北九州であることにやっぱり意味がある。僕にとっての奈良もそうなんだと思います。
言い回し次第でできあがってしまう関係性
──『テイクオーバーゾーン』も女子中学生を主人公にしたお話ですが、彼女の成長物語であると共に、彼女の離婚した親や家族の物語でもありました。「家族」を描くことは、山嵜監督にとってどのような意味を持つのでしょうか。
山嵜:「家族」というものにとても興味があります。日本映画学校の卒業制作である『魚の味』も家族を描いた作品なんですよ。
「一緒の家で40年生活していたから家族」と言ったり、今日初めて出会っただけなのに「知り合い」と言ってみたり、その言い回し次第で勝手にカテゴライズしてできあがる言葉と人間の関係性という感触が面白いなと思っているんです。
そういう意味では、敵対していた人であってもみんなで共存していけるんじゃないかという僕自身の希望というか理想があり、今回の『なん・なんだ』にもそれを込めました。
烏丸せつこさんが魅せる「味」
──烏丸せつこさんは本作のプロモーションの際に「劇中で夫婦仲に亀裂が入った原因のひとつを夫に告げる台詞には、一女性として違和感を感じたため山嵜監督と話し合う機会があった」という旨の発言をされていましたが、その台詞にはやはり譲れないものだったのでしょうか。
山嵜:そうですね。烏丸さんとはご自身の感覚や生理的なことで台詞についてはかなり話し合いました。実際のところ、あの台詞を違う台詞にしてリハーサルもしてみたのですが、次の美智子の行動につながらずうまくいかなかったんですよ。やはり言葉と言葉のぶつかり合いが必要で、他の場面では変更した部分もあるのですが、この場面での台詞は元の台詞で演じていただきました。
烏丸さんという女性が人生を歩んでこられた中で、改めてできあがった映画を見てあのような感想を持たれたということだと思っています。
烏丸せつこという役者はやはり素晴らしくて、脚本の中には「これはどう動くべきなのだろう」という難しいものもあったのですが、それを台詞の言い回しや間のとり方などで、実にうまくフィットさせてくださる。
三郎と美智子のポスターの場面もリハーサルでは台詞が少し早いと思って、「もう少し間をとってください」とお願いしていたんです。ですが本番の時には烏丸さんの速度の方がいいと思えてきて、あがりを見てつないだ時もやっぱりちょうどよかったんです。ベテランの味といいますか、ちゃんと仕上がりをわかった上で演じられているんだと感じました。
実力派俳優との現場
──夫の三郎役である下元史朗さんにはどのような印象を持たれましたか。また夫婦以外の人物を演じられた俳優さんたちも実力派揃いです。みなさんとのお仕事はいかがでしたか。
山嵜:下元史朗さんは、最初のベランダの場面では用意していたスリッパを履かずにいきなり出ていったり、元大工ということで僕たちが考えていた衣装とは違った格好で来られたり、三郎という人物に説得力を持たせるのに「なるほど」と思わされることが多かったです。非常に多くの作品に出演されているので、感覚として身についているんでしょうね。
実は本作のお芝居の中で、下元さんにはとても歩いてもらっているんです。乗り物には乗らないで、走ったり、坂を登ったりしてもらっています。
動いている方が、その人のいろいろなものが見えてくる。それに映画は、そもそも作り手と観客が嘘を共有するものですよね。奈良の場面では実際は何度か乗り物によって移動していますが、その共有の中で今回に関してはリアリティにこだわらなくてもいいと考えました。下元さんが全部動いているところで話を進めていきました。それによってこの世代のバイタリティが出せたのではと思います。
佐野和宏さんはすごく色気が感じられる方で、烏丸さんの相手役としてふさわしいと感じて配役しました。特に病室の場面は、枯れていない男と女の色気のあるものに仕上がりました。
三島ゆり子さんが烏丸さんの姉役で出演してくださったのをはじめ、演技派の俳優の皆さんの共演ということで、演奏は皆さんにお任せして僕は指揮棒を振っているだけでよかった。それが本来の自分が理想とする監督の姿だったので、そうした理想が叶ってとても楽しい現場でした。
インタビュー・撮影/西川ちょり
山嵜晋平監督プロフィール
1980年生まれ、奈良県出身。日本映画学校在学時に卒業制作『魚の味』を監督。卒業後、楽映舎にて制作部としてキャリアをスタートする。
『十三人の刺客』『一命』『藁の楯』『土竜の唄』など三池崇史監督のもとで鍛えられる。その他、『東京オアシス』『ヘヴンズ ストーリー』『アントキノイノチ』『繕い裁つ人』など多くの監督、プロダクション作品で活躍後、2015年からBSジャパンにてドラマを監督する。
長編初監督作である映画『ヴァンパイアナイト』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017に正式出品。2019年には『テイクオーバーゾーン』が第32回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門に出品され主役の吉名莉瑠がジェムストーン賞を受賞。その他の作品に12本の短編から成るアンソロジー映画『DIVOC-12』の一編「YEN」(2021)がある。
映画『なん・なんだ』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(日本映画)
【プロデューサー】
寺脇研
【企画・監督】
山嵜晋平
【脚本】
中野太
【キャスト】
下元史朗、烏丸せつこ、佐野和宏、和田光沙、吉岡睦雄、外波山文明、三島ゆり子
【作品概要】
老齢にはいった夫婦がこれまでの人生、これからの生き方について向き合う姿を描いたヒューマンドラマ。下元史朗、烏丸せつこが40年寄り添った夫婦を演じています。
監督は『テイクオーバーゾーン』(2019)が第32回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ部門に出品されるなど、高い評価を得た山嵜晋平。
映画『なん・なんだ』のあらすじ
結婚してもうすぐ40年になる三郎と美智子は海が見える古い団地にふたりで住んでいました。
三郎は大工を引退してすることもなく家にこもる日々ですが、妻の美智子は出かけるための準備に余念がありません。
「どこ行くんだよ」「化粧濃いんじゃないか」そうしたやりとりのあと、美智子は出かけていきました。三郎は美智子に言われていた届け物を届けるため外出しますが、途中でどこに行けばいいのか失念してしまいます。
夜になり、美智子の帰りを待っていた三郎の元に京都府警から連絡が入ります。美智子が轢き逃げに遭って意識不明だというのです。「なぜ京都?」美智子は文学教室にでかけたはずです。
娘の知美に電話をかけて三郎は京都へと向かいました。病室で眠ったままの美智子の荷物を開けてみると、古いアルバムとカメラがありました。カメラは若い頃に写真家を目指していた美智子が愛用していたものです。
意識が戻らないまま1週間。三郎は現像を頼んでいた町のカメラ屋に写真を取りに行き、写真の中に見知らぬ男の姿を認めます。「この男は一体?」美智子は京都でこの男と会っていたのでしょうか。
次々にわいてくる疑惑に押されるように、三郎は美智子の実家がある奈良へと向かいました。追ってきた娘の知美とともに、美智子の浮気相手探しの旅が始まりました。
自分が知らない少女時代の美智子。自分に黙って男と逢引していた美智子。夫婦の40年間は何だったのか。美智子と重ねた思い出が一枚一枚と抜け落ちていきます……。