舞台俳優・林勇輔が自ら書き下ろした作品を映像化!
舞台俳優・林勇輔が自ら書き下ろした実験的映像演劇『SHADOWS』が、2021年3月31日(水)の19時00分よりMADALA-BA公式YouTubeチャンネルにて無料公開されます。
新型コロナウイルスの感染拡大により、当初予定していた舞台上演が困難になった同作を映像化。「自分たちの演劇をどのようにして存在させることができるか?」という考えのもと、クラウドファンディングを実施しながらもついに完成へと至りました。
このたび本作を「映像演劇」と名付け、脚本・演出を手掛けた林勇輔さんにインタビューを行うことができました。舞台役者が映像作品に挑戦して感じたこと、そして作品の見どころについて熱く語ってくださいました。
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今だからこそ「実験」を試みる
──『SHADOWS』は、劇場で観ている演劇そのものが見事に映像化されていました。2020年以降、演劇作品の動画配信での公開が増えていますが、既存の作品とは異なる映像の世界観が形作られている作品だと感じられました。
林勇輔(以下、林):そもそもこの作品は、お客様がいる劇場で上演することを目的に書きましたが、コロナ禍でお客様やスタッフの安全を考えると、それはできないと判断しました。ただ今後、今の状況が終息しても演劇をアーカイブに残すという需要はますます高くなるのではないかと考えました。それならば、「演劇を映像化する」ということを今のうちに実験しておこうと思いついたのです。
──「現在」「19世紀のイギリス」「白雪姫」という3つの世界が混在して物語が展開されていく本作の脚本を書こうと思われたきっかけは何でしょう?
以前からグリム童話の『白雪姫』にとても関心がありました。おとぎ話ですから、魔女や魔法の鏡が当たり前のように出てきますが、「そもそも魔法の鏡って何だろう?」「魔女って何者だろう?」「7人の小人って結局誰?」と、物語の内容が非常に引っかかったんです。
林:僕は俳優なので、自分が演じる時に台本を読んで理解しようとします。ですから『白雪姫』の物語も僕が納得いくように書き直してみようと思い、5年以上前に『林版・白雪姫』を執筆しました。そしてその際に、『白雪姫』の物語は奥が深く、錬金術や占星術などいろいろな分野へと解釈が広がっていくことが分かったんです。例えば白雪姫の3大カラーである白・黒・赤は、錬金術の賢者の石を生成する過程の色そのものであり、『白雪姫』の物語は賢者の石のレシピではなのではと思えたぐらいです。
その後、『林版・白雪姫』は朗読CDとして収録もしたのですが、当時から「これは芝居になるのではないか」と感じ、それを下敷きに今回の作品を書きました。
──そこに「現代」のみならず、「19世紀のイギリス」という世界を組み合わせた理由はなぜでしょうか?
林:『白雪姫』には、女王が登場します。世界的な女王の国といえば、やはりイギリスで、中でも大英帝国を築いた19世紀のヴィクトリア女王の時代が僕の中でフィットしたんです。僕は以前イギリスに住んでいたことがあって、イギリスに愛着があります。だからこそ今回の作品を通じて、イギリスで観ていた演劇の匂いがする、まさに「イギリス臭」がするような作品を自分の手で作りたいと思ったのです。
舞台では実現できない映像ならではの遊びを
──劇中、19世紀のイギリスと白雪姫の世界は「モノクロ映像」によって描かれています。それらも「イギリス臭」を出すための試みでしょうか?
林:せっかく映像にするのだから、映像にしかできないことをやろうと思いました。舞台で「白黒」を表現することはまず叶いませんから。そして先ほどお話した錬金術の白・黒・赤という色がキーであるため、白黒にしようと思ったというのもあります。本当は差し色で赤も入れようかと考えましたが、そこはやめておきました。
実は、2種類の白黒を使っていて、19世紀イギリスの場面では普通の白黒ですが『白雪姫』の世界になった時は、ベタっとしたエッジの利いた白黒にしました。これも映像ならではの遊びかなと思っています。
──映像として表現されるにあたって、工夫したことや楽しかったこと、苦労したことはありますか?
林:楽しかったのは、やはり先ほども触れたような映像ならではの遊びができたことです。白黒の映像もそうですし、普段お客さんが観ないようなアングルでの芝居の撮影はもちろん、今回は作品を作っていく過程自体も映像として収めたかったので、プロローグでは役者たちが稽古場に集まる時点から撮影しました。
でも本音を言うと、苦労の方が多かったです。僕は映像のノウハウを一切持っていなかったため、現場で状況が変わっていく中、その瞬間「どうする?」と判断していかなければならなかったので、かなりもがきました。もちろん映像のプロフェッショナルはいましたが、僕が演出を担当しているわけですから、最後は自分が決断しなければいけない。そこはきつかったですし、みんな初めての挑戦で、映画を撮っているわけでもなく、演劇をやっているわけでもない。「じゃあ僕たちは何をやってるの?」という感覚で、出演者、スタッフ全員が探りながら作っていく状況でした。
長回しにこだわる想いとは?
──具体的にはどのように撮影を進められていったのですか?
林:最初の1カ月間は、劇場で上演をする時と同じような稽古をしました。そして「いつでも劇場で上演できるぞ!」という状態になった後に撮影入りしました。当初は1台のカメラで撮っていこうと考えていたこだわりのシーンもありましたが、様々な都合でそれができなくなり、ここからここまでという感じでカットを入れていきました。ただそれでも、かなり長回しで撮影したと思います。
最も普段の舞台と異なっていたのは、今回の作品制作では編集後に音を収録していったので、撮影時は全くの無音状態で役者たちに演じてもらった点です。観客もいない、音すらもほぼ無い状況で撮影をしていったわけです。
僕は演劇って、最終段階では「観客」が作るものだと思っています。稽古場でどれだけ頑張っても、できるのは6~7割。あとの3~4割は観客が作るもので、今回はその部分がもぎ取られている現場でした。ですから、すごいことをやっているな……と。ただ僕は、この作品で「演劇を撮る」「役者を撮る」という2点にこだわっていたので、そういう意味ではものすごくフィットしたと思います。
──そのような特異な舞台の状況において、出演者の皆さんはかなり緊張したのではないでしょうか?
林:最初にカメラを回したときの役者たちの緊張感といったら、今まで感じたことがない種類のものがビリビリ伝わってきました。「本当に酷なことを頼んでいるな」と思いながら見ていました(笑)。
また撮影後、役者たちは口々に「不思議な感覚だった」と口にしていました。演劇をやるつもりで始めるのだけれど、「よーいスタート」と声がかかると、どうしても身体が映像のモードになってしまうんだそうです。
──今回の作品にて「映像演劇」を演出してみた感想はいかがでしょう?
林:僕は、役者から出てきた呼吸や間合いを生かしたい、できれば編集でいじりたくないという考えから長回しで撮ったのですが、やはりどうしても役者がとちったり、セリフを忘れたりすることがありました。
劇場で上演する演劇であれば「show must go on」なので、中断せずに何が何でもつなげなければいけないし、その瞬間に生まれるものがとても面白かったりするので、僕はそれを撮りたいと考えたのです。
でも観客もいないし音もほぼない中では、役者の集中力やテンションが保てなくなり崩れていくことも多く、結局「ごめん!もう1回撮り直しさせて!」となることがありました。そうすると頭から撮り直すことになるわけですが、その時にカメラを担当してくださった方に「ダメだったら、早めに止めてください」と言われてしまって……(笑)。どこで折り合いをつけるかというのも、僕の中では戦いでしたね。
映画でもないし、演劇でもない映像演劇『SHADOWS』
──林さんはイギリスには何年ほど住まわれていたのですか?
林:1999年から2年ほど、演劇の勉強のために渡英しました。僕が入っていた劇団Studio Lifeで演出をされている倉田淳さんがイギリスの演劇に精通した方で、「いつか日本人の俳優のためのワークショップをイギリスでやりたい」とかねてから仰っていました。僕が入団して何年後かにそのワークショップが実現し参加したのですが、とても面白くて衝撃を受けたんです。
イギリスでアルバイトをしながら、演劇のクラスに通うという生活を当時はしていましたが、今思うととても贅沢な時間でしたね。
──今後、挑戦してみたいことはありますか?
林:まだ日本では上演したことがないイギリスの面白い戯曲があるので、それを演出してみたいですね。僕は自分のオリジナルの作品でなければダメだとか、そういうこだわりはないので、これからもやりたいことをやろうと思っています。
『SHADOWS』では図らずも俳優としても出演していますが(笑)、本当は演出を手掛ける時は演出だけに集中したいですね。
──最後に、映像演劇『SHADOWS』の見どころを改めてお聞かせください。
林:台本でいえば、様々な要素がいっぱい散りばめられた物語となっています。キリスト教、西洋占星術、錬金術……そのあたりの知識がある方はより楽しめると思います。観れば観るほど、たくさんの発見がある作品なのではないでしょうか。
何より、この物語のテーマは「許し」です。世の中では、誰かが誰かを許せないことが原因でいろいろなことが起こっています。許しとは何だろうと、僕の中ではテーマとしてずっとありました。この作品で許しの行きつく先を書いてみたかったので、何年もの時間をかけてたどりついた結末をしっかり観ていただきたいです。
作品への好みは分かれると思いますが、今の僕ができる、僕が観たいものを作ったつもりです。映画でもないし、演劇でもない。観たことがあるようでない不思議な感覚になれる作品です。そしていつか必ず劇場でこの作品を上演したいですね。
インタビュー・撮影/咲田真菜
林勇輔プロフィール
MADALA-BA主宰。1995年に劇団Studio Lifeに入団するも、1999年に単身渡英しDavid Bennett’s International Actors’ Laboratoryへ入所。2001年には帰国し、同劇団へと復帰した。劇団公演のほか外部出演も精力的に行ったのち、2015年に劇団を退団。以降はフリーとして活動し、大劇場から小劇場、アングラ芝居への出演など幅広く活動を展開。またライブハウスなどで、オリジナル物語のパフォーマンスやバーレスクショーの創作も行っている。
主な出演作は、ブロードウェイミュージカル『ドロウジー・シャペロン』、シアターコクーン・オン・レパートリー『唐版 風の又三郎』、劇団ぼるぼっちょ公演『ラ・ドンベラ・ナールシュット』、Studio Life公演『PHANTOM~語られざりし物語~』など他多数。
映像演劇『SHADOWS』作品情報
【公開】
2021年
【演出・脚本】
林勇輔
【撮影】
コラボニクス
【出演者】
サヘル・ローズ、松﨑謙二、倉本徹(Studio Life)、澤魁士、湯澤俊典、安倍康律(劇団ぼるぼっちょ)、若林健吾(Studio Life)、大嶋守立、宮河愛一郎、野澤健(bug-depayse)、青木伸輔
【作品概要】
『SHADOWS』は、三つの世界によって構成されています。一つは【今】、もう一つは【19世紀イギリス】、そして【スノーホワイトの物語世界】。本当であって本当でない、左右反転・裏腹の虚像を描きます。
映像演劇『SHADOWS』のあらすじ
時制は【今】であり、場所は【此処】。役者たちは、役を被っていない状態だが、素の何処其処の某というわけではなく、あくまで役者(影)。やがて、役者たちは観客を芝居の世界へと誘っていきます。
そこは、19世紀イギリス、と或る監獄。つまり、この7人は雑居房に居合わせた囚人達であり、パブリック・スクールの国語教師であるランディ・シュヴァルツが、7人目として投獄されるところから物語は始まります。
ランディの罪状は、同性愛。光の射さない牢獄での生活に絶望していると、自分と同じように他の囚人たちもそれぞれに、爆発しそうなフラストレーションを抱えていることを知ると、ランディは彼らのために物語を聴かせようと提案します。それは独自に解釈した、グリム童話の『スノーホワイト』でした。
童話の枠を越えた人間の業渦巻く物語に、囚人達は反発や拒絶を覚えながらも、いつしか物語世界にのめり込んでいきます。しかし、期せずして、物語によって自分の傷、闇の部分を炙り出される羽目になった囚人たちは、互いに激しく傷つけ罵り合うようになってしまいます。
そんなある日のこと。彼らの雑居房の壁を突き破り、現れたものが……それは、雪のように真っ白な肌をした、少年でした。