映画『長いお別れ』は2019年5月31日(金)より全国ロードショー!
前作『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本中を席巻した中野量太監督の新作長編映画『長いお別れ』。
認知症になった父とその家族たちの7年間を描いた、切なくもクスリと笑える、心温まるヒューマンドラマです。
中野監督にとって初の「原作もの映画」となった本作。
2019年5月31日からの劇場公開を記念して、中野量太監督にインタビューを行いました。
「原作もの映画」への挑戦した経緯やキャストの山﨑努さんや松原智恵子さんとの演出にまつわるエピソードなど、貴重なお話を伺いました。
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「原作もの映画」への挑戦
──本作は、中野監督にとって初めての「原作もの映画」にあたります。それまでオリジナル脚本の映画を撮り続けてきた監督が「原作もの映画」を撮ろうと思ったきっかけは何でしょう。
中野量太監督(以下、中野):僕は、オリジナル脚本に基づいて制作した映画でも「家族」を描いています。そもそも、状況が厳しい中、家族が協力しながら右往左往する姿を愛おしく、あるいは滑稽に描くのが得意なのだと自身では感じています。
そして本作の原作にあたる中島京子さんの小説『長いお別れ』は、まさにそういう物語だったんです。
「父親が認知症になった」という厳しい状況なんですが、読んでいるとついついクスクスと笑えて、次第に「僕ならこう撮るかな」と考えながら読み始めてしまったんです。そういう本に出会えたことがそれまであまりなかったので、読み終えた時には「これなら撮れるんじゃないかな」と初めて感じたんですよ。
──「小説」という文字による作品を「映画」という映像による作品へと再構築していくことは、監督にとって初めての試みでした。その挑戦の中では、どのような苦労がありましたか?
中野:まず第一に、原作小説が短編集であるため、それを一本のドラマへと再構築するのが大変でしたね。
そこで、縦軸としての「時代」、横軸として「世代」に基づいて脚本を執筆することにしました。
本作において、昇平(演:山﨑努)の認知症の進行段階を大きく4段階に分けたのですが、それが「時代」という縦軸にあたります。そして両親、娘たち、孫という家族間での世代差を、「世代」という横軸に据えました。
昇平が認知症になってからの7年間、三世代で構成される家族が彼とどう関わっていくかを、その縦軸と横軸に基づいて脚本へとはめ込んでいくという形で、脚本執筆を進めました。
また、文字による描写では存在していた面白さを、映像化の過程でも保とうとする難しさがありました。
特に僕が一番怖かったのは、縁側で芙美(演:蒼井優)が昇平に愚痴をこぼした後、彼から「くりまる」という言葉を聞かされるシーンです。
「意味のわからない言葉だけれど、それでも心は繋がっている」という瞬間を描いたシーンなのですが、それは文字で表現すると理解しやすいけれど、映像化するのは非常に難しいシーンだと感じました。
けれども、想像しきれないこと、言葉で説明しきれないことまで表現できるのが映像の強さです。あの縁側のシーンについても、文字ではなく映像で成立させることができたら非常に面白いシーンになると感じていました。だからこそ、映像化する意味があると考えていたんです。
そういった理由で、あの縁側のシーンは難しい。けれど絶対に面白くなるシーンだったわけですが、山崎さんと蒼井さんは見事に演じきってくださいました。
家族になるための誕生日会
──山﨑さんと蒼井さんの劇中での姿をはじめ、東家の人々を演じたキャスト陣は本当の家族のように見えました。中野監督は本作のように「家族」を撮る際は、どのような演出をされているのでしょうか?
中野:僕はクランクイン前に、家族を「作る」ためのイベントを必ず行います。例えば前作『湯を沸かすほどの熱い愛』の際には、家族を演じるキャスト同士で毎日メールのやりとりをしてもらったりしました。
本作でもクランクイン前に何かしようと考えた時、映画劇中での、あるイベントを思い出しました。
本作の物語は、父・昇平の70歳の誕生日を祝うために家族が集まった席で、母・曜子が昇平の認知症を娘達に明かす場面から始まります。
そして、そのシーンをキャスト陣に演じてもらうことを想像した時、昇平が認知症になる前の、幸せだった頃の誕生日会を知らないと演じづらいのではと考えたんです。その結果、「昇平が67歳の時」という設定の誕生日会をクランクイン前に開くことにしました。
ただ、それは半分親睦会でもありました。あくまで、誕生日会を通して人間同士としての親睦を深めつつ、これから演じてもらう家族の空気感をキャスト陣に掴んでもらう。それを踏まえた上で撮影に臨んでもらおうとしたわけです。そうすることで、普通だと映りずらい関係性みたいなものが映ってくるんです。
もちろんキャストの皆さんはプロですから、例え初対面だったとしてもきっちり演じられるんですよ。でも、それでは「映りずらいもの」をちゃんと映したいと僕は思っています。
名優・山﨑努との縁
──東家の中心であり認知症になった父・昇平役を山崎努さんが演じられました。山崎さんをキャスティングされた経緯をお聞きしたいのですが。
中野:出演オファーをするよりも前に、山﨑さんはすでに原作小説を読まれていました。そして「この小説が映画化されるとしたら俺のところに来るだろう」と感じられていた山﨑さんに、僕は出演オファーを出せたんです。それはまさに「縁」としか言いようがありません。
また、山﨑さんは僕の脚本や過去の監督作を見て、とても気に入ってくださっていました。時には山﨑さんのご自宅で、本作について半日ほど二人で話したりと、そういう関係性を山﨑さんと作れたんです。例えば、夏目漱石の『こころ』など劇中に登場する本のほとんどは山﨑さんとともに考えていたりしますね。
山﨑さんには脚本を読み解く力が非常にあって、僕が書いた脚本の意図を間違えないんです。そして、それは東家の次女・芙美を演じた蒼井優さんもそうでした。
役者のタイプが似ていることもあり、そういう点ではやはり父娘を演じてもらえたのは良かったですね。
松原智恵子の魅力
──昇平に長年連れ添ってきた妻・曜子役を務めた松原智恵子さんは、非常に可愛らしいお母さんを演じられていましたね。
中野:実は、松原さんの演出プランは撮影の二日目で変更しました。
彼女が演じた曜子という役は、本当はもっと飄々とした性格の役柄だったんですが、撮影初日に彼女のお芝居を見た際、いま一つその役柄が松原さんにはまっていないことに気づいたんですよ。
松原さん自身もどこか窮屈そうに演じられているというか、脚本に書かれていることを上手にやろうと意識し過ぎてしまっているように見えました。
松原さんは、本作のみならず、普段からめちゃくちゃ可愛らしい方なんですね。現場では蒼井優さん、竹内結子さんと三姉妹で。ちなみに松原さんが三女なんですけども(笑)。
その姿を見ていたからこそ、松原さんの可愛らしさをその役柄に生かした方が絶対に良いなと思い至ったんです。そして、演出プランの変更を決意しました。
ただ、撮影を終え「結果として彼女の可愛らしさを引き出せたな」と思ってはいたんですが、当初の演出プランから変更されたこともあり、「果たして本当に良かったのだろうか」と編集を始める段階では多少不安がありました。
ですが、実際に編集作業に入ってからは「ああ、可愛らしく撮れてる」「プラン変更してよかった」ととても安心しました。
家族を描く理由
──本作や前作『湯を沸かすほどの熱い愛』など、中野監督は「家族」を度々描いてきました。その理由は何でしょうか?
中野:僕は常に「生」を描こうとしています。それ故に「生」の対極ではなく、ずっとその横にいる「死」を描かなくてはならないと考えています。
僕は子供の頃から「家族の死」に立ち会うことが多かったので、「家族」というテーマは、ずっと考えていることなんです。
脚本は俳優へのラブレター
──現在多くの俳優が、中野監督の映画への出演を望んでいます。その理由や要因を監督ご自身はどうお考えでしょうか?
中野:有り難いことに「キャストの皆さんが脚本を気に入ってくれたことで集まってくださる」ということが僕の映画では多いようです。
その期待を僕は裏切りたくないですし、そもそも僕は脚本を「俳優へのラブレター」のようなものだ考えています。
だからこそ、本作のような凄いキャスト陣が集まってくれているんじゃないかなとは思っています。
インタビュー/ 出町光識
撮影/ 河合のび
中野量太監督のプロフィール
1973年生まれ、京都府出身。
大学卒業後に上京し、日本映画学校に入学し3年間映画製作を学びます。
2000年、卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』で、日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。
日本映画学校卒業後、映画・テレビの助監督やテレビのディレクターを経て、2006年に『ロケットパンチを君に!』で6年ぶりに監督を務め、ひろしま映像展グランプリ、水戸短篇映像祭準グランプリなど3つのグランプリを含む7つの賞を受賞しました。
2008年には文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、35mmフィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』が高い評価を得ます。
2012年、自主長編映画『チチを撮りに』を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞に輝きました。
2016年10月、商業長編映画『湯を沸かすほどの熱い愛』が公開。
日本アカデミー賞主要6部門を含む、合計14の映画賞で、計34部門の受賞を果たすなど、激賞が相次ぎました。
独自の視点と感性で“家族”を描き続けています。
映画『長いお別れ』の作品情報
【公開】
2019年5月31日(日本映画)
【原作】
中島京子
【監督】
中野量太
【脚本】
中野量太、大野敏哉
【キャスト】
蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山﨑努、北村有起哉、中村倫也、杉田雷麟、蒲田優惟人
【作品概要】
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督が、直木賞作家・中島京子氏による同名小説を映画化しました。
東(ひがし)家の次女・芙美役は、『彼女がその名を知らない鳥たち(2017)で第41回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得するなど、2017年度の主演女優賞を総なめにした蒼井優。
長女・麻里役には、日本アカデミー賞を4度受賞し、映画・ドラマ・舞台・CMと活躍、日本を代表する人気女優の竹内結子。
母親・曜子役は、日活三人娘の一人として一世を風靡し、『ゆずの葉ゆれて』(2016)でソチ国際映画祭主演女優賞に輝いた松原智恵子。
そして認知症を患う父親・昇平役には、紫綬勲章、旭日小綬賞を受章した名優であり、『モリのいる場所』(2018)など、現在も精力的に話題作に出演し続ける山﨑努。
また、麻里の息子・崇役には蒲田優惟人が、成長した崇役には杉田雷麟が、どちらもオーディションでの抜擢で決定しました。
映画『長いお別れ』のあらすじ
父の70歳の誕生日。
久しぶりに帰省した娘たちに母から告げられたのは、厳格な父が認知症になったという事実でした。
それぞれの人生の岐路に立たされている姉妹は、思いもよらない出来事の連続に驚きながらも、変わらない父の愛情に気付き前に進んでいきます。
ゆっくり記憶を失っていく父との7年間の末に、家族が選んだ新しい未来とは…。