『空白』は2021年9月23日(木・祝)より全国ロードショー公開!
スーパーで店長に万引きを疑われ、追いかけられた女子中学生が、逃走中に車に轢かれて死んでしまう。少女の父親はせめて娘の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化していく……。
古田新太と松坂桃李が実写映画初共演を果たした『空白』は、現代の「罪」と「偽り」そして「赦し」を映し出すヒューマンサスペンスです。
古田新太演じる主人公・添田充の唯一の味方として、そばで支える弟子の野木龍馬を演じるのは藤原季節さん。2020年・2021年と話題作に出演し続け、NHK大河ドラマ『青天を衝け』にも出演するなどさらに注目を集めています。
インタビューでは吉田恵輔監督の演出、初共演を果たした主演・古田新太さんの魅力や現場で得られた「学び」について、語ってくださいました。
※吉田恵輔監督の「よし」の上部分は「土」
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いかに物おじしないで、充の隣にいられるか
──完成した映画『空白』をご覧になった時には、どのような思いを抱かれましたか。
藤原季節(以下、藤原):本作の登場人物たちは、伊東蒼さん演じる花音の死を通じてそれぞれが葛藤を続けていくんですが、完成した作品をスクリーンで観た際には、自分もまた登場人物たちと共に、107分間を通じて彼女の死を悼みました。そういった時間は、生きていく上で人には必要だと思いましたね。
悲しいニュースがあっても、次々と押し寄せる情報に埋もれるように、みんなあっという間に忘れてしまいます。「そんなインスタントなことでいいのか」というネガティブな感情が充さんの涙によって浄化されてゆき、ラストシーンで自分の心がすっと軽くなった気がしました。
──野木龍馬役での本作へのご出演が決まった際のお気持ちを、改めてお聞かせください。
藤原:以前の出演作『ケンとカズ』という作品を、吉田さんがご覧になったから呼んでくださったのかなと自分は思っています。その作品でも、野木のように「弟分」みたいな役を演じていたんです。ですが実際に脚本を読んでみると、「こんなに大事な場面にも僕が出てくるんですか」というくらい出演する場面が多く、こんな大役を任せていただけるんだと驚くとともに、とてもうれしかったですね。
充役の古田新太さんとも翔子役の田畑智子さんともお会いするのは初めてだったので、やはり緊張しましたね。けれども野木は漁師で、子どもの頃から港町で育っている。「いかに物おじしないで充さんの隣にいられるか」が勝負だと考え、現場ではあくまでも堂々といることを心がけました。
撮影は2020年初め。コロナ禍前だったので、撮影が終わると毎日、古田さんとご飯を食べて、お酒を飲んで、気がついたらすっかりリラックスしていて、プレッシャーなんてどこかにいってしまいました。古田さんはスタッフさんの不満を引き出して、ガス抜きを兼ねてみんなでゲラゲラと笑うんです。最高の船長でした。
監督・吉田恵輔にもらった「捨て犬」のお墨付き
──攻撃的で嫌われてばかりの主人公・添田充の唯一の味方が野木であり、「遠ざけられても戻ってくる捨て犬のようなタイプがいい」という理由から、吉田恵輔監督は藤原さんを選んだそうですね。
藤原:僕も撮影後、プレス資料を読んだ際に初めてそのことを知りました。現場では特に「捨て犬っぽさを出してほしい」と言われたわけではなく、野木として演じ続けていたら捨て犬っぽくなっていた気がしています。
ただ、そう仰って頂いたからには「捨て犬界の頂点」になりたいとは思いましたね(笑)。自分の武器は、自分自身ではなかなかわからない。吉田さんから捨て犬としてのお墨付きをいただけたのだから、世の中のクリエイターの方々に「“捨て犬”やるなら俺だぞ」と胸を張っていきたいですね。
──野木という役と演じられた藤原さんご自身の間に、やはり何か重なる部分があるのでしょうか。
藤原:野木は充さんの懐にすっと入っていきますが、僕自身にも人の懐にすっと入ってしまう傾向があります。そういった意味で野木は、割と素の自分に近いですね。ただ、入り込み過ぎると互いを傷つけ合ってしまうこともあるので、最近は人と適切な距離を取ることを心がけています。
もしかしたら「捨て犬体質」は、そういう部分から来るのかもしれませんね。それに僕はコンクリートの上でも眠れるので、一人旅をする時には野宿をしてしまうこともあるんです(笑)。
「いつも通りにただそこにいる」を心がける
──撮影にあたっての演技について、吉田監督からはどのような演出があったのでしょうか。
藤原:本作での演出について、吉田監督は「キャスティングが完了した段階で、演出はほぼ終わっている」と話されていました。しかも現場はほとんど、ワンテイクのスーパー早撮りなんです。大抵の現場はリハーサルをした上で、もう一回もう一回とリテイクが続くことが多いですが、吉田監督はほぼ一発で終わります。撮影が「5時間巻き」になった時もありました。
吉田監督の中では、撮る前からある程度「画」が見えているのだと思います。古田さんと片岡礼子さんの場面ではテイクを重ねていたようですが、イメージを超える古田さんの表情が撮れ、この作品の手応えを感じたのでしょう。他の場面はその場面に向かって、積み木を積み上げていく感覚でした。
──芝居を通じて野木と充の関係を見せていく上で、野木役の藤原さんが意識されていたことはありますか。
藤原:親族を亡くした人にどう接するのか。充さんが抱えている悲しみを想像して、野木もいろいろと考えたはずです。そうした野木の思いを表現することには、かなりプレッシャーがありました。
野木が充さんに「充さんが俺の親だったら正直、キツイですよ」という言葉をぶつける場面の撮影でも、吉田監督に「そのセリフはもっとさらっと言っちゃっていい」と伝えられるというやり取りが2~3回ありました。
実はその場面では当初、そう言われて傷つく充さんの悲しみを想像しながら、腫れ物に触るかのように丁寧に言っていたんです。ですが吉田監督とのやり取りを通じて、「充さんは大切な人を失って悲しみの渦中にいる」「けれど、だからといって、腫れ物を触るような距離感でセリフを言うのは嘘くさい」と気がつきました。充さんの悲しみに寄り添い過ぎず、同情し過ぎず、味方もし過ぎず……いつも通りに、ただそこにいることを心がけるようにしました。
さらっと言うのは正直難しいとも思ってはいましたが、「“生活”をしていたら、物事をいちいち深く考えて言葉を吐くことはなかなかない」ということ、その上で吉田監督の思う「“日常”を演じる」とはどういうことかを考えました。
日常って、本当はさり気ないじゃないですか。さり気なく会話をするうちに、さり気なく物事が進んでいく。誰かが亡くなるといった悲しさは、そのさり気なさの裏に隠れている。大切なセリフを大切に言わず、悲しいセリフも悲しく言わない。その場面を演って、最初のハードルが越えられたように感じられましたね。そうした「何もしない」という演技にチャレンジできた現場でした。
シリアスな場面ほど現場は笑えているほうがいい
──主人公・添田充役の古田さんとは映画『空白』が初の共演となりましたが、藤原さんの目から見た古田さんはどのような方でしたか。
藤原:作中、僕がエビフライを食べる場面があるんですが、カットがかかると僕が残しておいたエビフライを古田さんが食べちゃうんですよ。さっきまで「ううっ」て泣いていたのに、鼻をすすって「もったいないだろ」って(笑)。さらに隣のテーブルの、エキストラさんのビールまでこっそり飲んでしまう。みんなは古田さんを「すごい人だ」といい、僕も色んな作品を観ていましたけど、あまりにも楽しいおじちゃんで(笑)
ところが完成した映画を観たら、古田さんの演技に感動しました。立っているだけで、怖い。まるで『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーを観ているようでした。現場では真面目な話などは一切しない、ただのおじさんだったんですけどね(笑)。
また古田さんがそうやってエビフライを食べることで、僕やエキストラさんがリラックスでき、場が温まります。そして、そこはシリアスな場面だったんですが、実はシリアスな場面であるほど現場が笑えている方が、いざ演じる時にぐっとシリアスへと振ることができる。そのための工夫を古田さんは、天性の気質なのかもしれませんが、現場では全部やってくれていました。
良い大らかさがもたらす「性」に合った成長
映画『空白』メイキング写真より
──本作の撮影を通して、藤原さんの記憶に強く残っていることはありますか。
藤原:僕のじいちゃんは玄関を開けたら海が見えるみたいな港町に住んでいて、小さい頃は船に乗せてもらったりしていました。
今回、撮影の中で古田さん演じる充さんの船に乗りましたが、充さんの背中を見ていると自分のじいちゃんのように見えてきて、「そういえば俺も小さい頃に船に乗せてもらったな」と思い出し、野木もこんな風に父親と充さんを重ねていたのかなと感じました。
──本作の主演という「船長」を務めていた古田さんの、撮影現場での「監督」とはまた異なる「船長」としての振る舞い方やその背中は、同じく俳優として活動を続ける藤原さんにとっての学びになったのですね。
藤原:いやぁ、僕はまだその器じゃないですね。古田さんは、年齢と重ねてきた経験があるからできるのだと思います。
ただ古田さんとの出会いを経て、物事を良い意味で楽天的に捉えられるようになりました。僕が主演した『のさりの島』という天草で撮影した作品があるのですが、「のさり」とは熊本の方言で「いいことも悪いことも天からの授かり物」という意味です。「これものさりばい。よかよか」という考え方は、古田さんに通じるものを感じます。
無理してストイックに生きる必要はない。自分の身の丈や生理、いわゆる“性”に合った成長をしていけばいい。古田さんから感じたおおらかさは、今後の僕の仕事において、大きな指針の1つになっていくと思っています。
「常に新人」で何かを発見していきたい
──同世代のみならず上の世代の方々との共演が増えてきている藤原さんですが、映画『空白』での古田さんとの出会いのように、ご自身の内に俳優としての変化を感じていますか。
藤原:小さい欲求や自意識のようなものが、ちょっとずつ削がれていっている気がします。以前は目立ちたいとか、自分は人からどう見られているのかとか、誰かと比べて嫉妬してしまう気持ちが強かったのですが、俳優として「先輩」にあたる方々と共演するようになって、そういったものが少しずつ削ぎ落されてきました。このまま続けていけば、30代になったらもう少し楽になれるかなとも思っています。
──30代という新たなステージをあと数年で迎えられる中で、何か考えていらっしゃることはありますか。
藤原:まったく考えていません。むしろ流れに身を任せてもいいかなと思っています。オファーが来たものは何でもやってみたい。
自分が見たい景色だけ見て成長していったら、得たいものしか得られない人になってしまう。与えられたものを続けた時にこそ何か発見があるはずで、それを吸収していきたい。常に新人につもりで自己を解体・再構築しながら、これからも何かを発見していきたいと思っています。
インタビュー/ほりきみき
藤原季節プロフィール
1993年生まれ、北海道出身。2014年、『人狼ゲーム ビーストサイド』で俳優デビュー。
『his』(2020)、『佐々木、イン、マイマイン』(2020)にて第42回ヨコ ハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。主な出演作に、『ライチ ☆ 光クラブ』(2015)、『ケンとカズ』(2016)、『全員死刑』(2017)、『止められるか、俺たちを』(2018)、『くれなずめ』(2021)、『明日の食卓』(2021)、『のさりの島』(2021)など。NHK大河ドラマ『青天を衝け』(2021)に出演中。また『よろこびのうた Ode to Joy』が2021年月に公開予定。
映画『空白』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
吉田恵輔 ※正式表記では「吉」の上部分は「土」
【キャスト】
古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ
【作品概要】
スーパーで店長に万引きを疑われ、追いかけられた女子中学生が、逃走中に車に轢かれて死んでしまう。それまで娘に無関心だった父親はせめて娘の無実を証明しようと店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化していく。
企画したのはスターサンズの河村光庸プロデューサー。これまでにも第43回日本アカデミー賞で作品賞を含む主要三冠を獲得した『新聞記者』(2019)など、意欲的かつ挑戦的なテーマの作品を次々と生み出してきました。
河村とタッグを組んだのは『ヒメアノ~ル』(2016)、『犬猿』(2018)、『愛しのアイリーン』(2018)、『BLUE/ブルー』(2021)など吉田恵輔監督。自ら手掛けたオリジナル脚本で現代社会の危険性を浮き彫りにし、「罪」と「偽り」そして「赦し」を描いています。
モンスターと化していく父親を演じたのは古田新太。劇団☆新感線で劇団の看板役者であり、今回67年ぶりの映画主演を務めます。女子中学生が死亡したきっかけを作ったスーパーの店長・青柳直人を演じたのは松坂桃李。『新聞記者』で主演を務めた松坂桃李が古田新太と実写映画では初共演を果たしました。
『空白』のあらすじ
全てのはじまりは、中学生の万引き未遂事件でした。スーパーの化粧品売り場で店主の青柳(松坂桃李)に万引きを疑われた女子中学生の花音(伊東蒼)はスーパーから逃げ出し、国道に出た途端、乗用車とトラックに轢かれ死亡してしまいます。
女子中学生の父親の添田(古田新太)は「娘が万引きをするわけがない」と信じて疑念をエスカレートさせ、関係者を追い詰めます。事故のきっかけを作ったスーパーの店主は父親の圧力にも増して加熱するワイドショー報道によって、混乱と自己否定に追い込まれていきました。
そして父親の狂気は女子中学生を車ではねた女性ドライバー、加害者の母(片岡礼子)、前に進もうとする前妻(田畑智子)、弟子の漁師(藤原季節)、娘の教師(趣里)、正義感のスーパー店員(寺島しのぶ)などを巻き込み、この事件に関わる人々の疑念を増幅させ、事態は思いもよらない結末へと展開していきます。