Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

インタビュー特集

Entry 2021/09/25
Update

【野本梢監督インタビュー】映画『愛のくだらない』主演・藤原麻希と共に“自己の戒め”の想いから撮った作品

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『愛のくだらない』は2021年9月24日(金)よりシネ・リーブル梅田にて、10月30日(土)より池袋シネマ・ロサにて劇場公開。他全国順次公開。

日本映画界における新人監督の登竜門「田辺・弁慶映画祭」にて、弁慶グランプリと映画.com賞をダブル受賞した映画『愛のくだらない』。

本作を手がけたのは、自身の制作する映画を通じて「生きづらさ」を日々感じている人々を描き続けてきた新鋭・野本梢監督です。


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

このたび、野本監督にインタビューを敢行。映画『愛のくだらない』とその主人公が生み出された経緯、主演・藤原麻希さんやキャストの「ななめ45°」岡安章介さんの役柄などについて語ってくださいました。

自己を戒めるため制作した『愛のくだらない』


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

──映画『愛のくだらない』を観た際に、主人公・玉井景(演:藤原麻希)に対し「イヤな人だな……」と思った方は少なくないのではと思います。そのようなタイプの主人公を描こうと思われたのはなぜですか?

野本梢監督(以下、野本):実は本作の主人公である景は、私自身を描いたんです。そのため映画を観てくださった方たちから、「イヤな人ですね」「強いですね」と景についての印象をお聞きするたびに、私はそういう人に見えているんだな……と思っていました(笑)。

少し誇張した部分もありますが、映画の物語における主だったエピソードの中で、ほとんど自分が経験したことや自分の心の内にあったこと、実際に人から言われたことを反映していった結果、あのような主人公像ができたのです。想像を膨らませて描いた箇所もある一方で、仕事の描写についてはほぼ自分が体験してきたことです。

──恐れ入りますが、野本監督のどのような点が景のキャラクター性に反映されているのでしょうか?

野本:(笑)。テレビ局で働いていた頃は、実際に現場へ行って切羽詰まったり、企画を積み上げていく段階でお相手の方と意志疎通が図れなかった時にイライラしたり、横柄な態度を取ってしまっていたと今になって感じています。

──ご自身の「イヤな部分」をさらけ出すことを、あえて本作で行おうと思われた理由とは何でしょうか?

野本:映画作中でもありますが、SNSで火が点いてそれが思わぬところに「飛び火」してしまったことを、実際に経験したことがありました。当時は私にも被害者意識があり、まわりに少し嫌なことを言われた際にそれをSNSに投稿したら、皆さんが賛同してくれたんです。その反応から当時の私は「仲間」がいるような感覚を抱いたのですが、結局思いもよらない誰かを傷つけることにになってしまったのです。

そうした体験から何年か経って思い返した時に、あの時の自分はどこかで気持ち良くなっていた部分があったんじゃないかと反省するようになりました。反省し戒めるために自分の悪いところを描き出して、作品に残しておこうと思ったのです。

強力なパートナーでもある俳優・藤原麻希


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

──景役の藤原麻希さんは、野本監督とは縁の深い俳優さんです。本作でも主人公であり野本監督の分身ともいえる景を演じ、その演技が高く評価されています。

野本:藤原さんとは10作品近く一緒に映画を撮っていますが、今回は私自身が投影された作品であることから、演出面で難しい部分もありました。なぜかというと、藤原さんご自身は私と全然違う気質なんです。藤原さんはカラッとして、言いたいことはその場で言うタイプである一方で、私はため込んでいく陰湿なタイプなんです(笑)。

だからこそそのまま演じてしまうと、麻希さんのイメージが私の中にあるものと違ってしまうと感じました。そこで、一度自分の中で作った景という女性像を麻希さんに寄せていく形をとり、麻希さんにもフィードバックをもらいながら役のイメージを固めていきました。ですから景という役は、二人で一緒に作り上げていった面が強いです。誰よりも景を理解した上で麻希さんは作品をひっぱってくれたので、強力なパートナーがいるという感覚で撮影を進められました。

──景のパートナーであるヨシ役をお笑い芸人トリオ「ななめ45°」の岡安章介さんが演じられています。岡安さんの演技について、野本監督はどのような印象を持たれましたか?

野本:岡安さんはコントでしか拝見していなかったのですが、コントで見せる憑依型の演技に注目していました。ただドラマや映画の世界はご本人にとっても未知数な中で、ヨシという役をしっかりと受け取ってくださっていると感じていました。

現場で「ヨシはこの場面では、こういう気持ちを抱いている」という話をほとんどしなかったのも、すでに岡安さんの中でしっかりヨシの人物像をできあがっていたからといえます。これはあとから知ったのですが、本作への出演も脚本を読んだ上でご本人が決めてくださったのだそうです。その段階から、ヨシという役を深く理解されていたのだろうと思います。

また岡安さんは元・芸人であるヨシという役について、ご自身のまわりで実際に芸人を辞められた人を見てきたからこそ、そういう方たちを思い出しながら演じたとも話されていました。

注目されない問題にクローズアップしたい

映画『愛のくだらない』メイキング写真より


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

──野本監督が映画の仕事に携わることになったきっかけは何でしょう?

野本:小さい頃からお話を考えることが好きで、漫画を描いたり小説を書いたりしていました。大学生の時に、就職活動でミュージックビデオを制作している会社へインターン生としてお世話になったことがありました。その際はプロデューサーのそばで仕事をしたのですが、そこで感じたのは「話をゼロから作る仕事は、また別にあるのだな」ということです。それをきっかけに脚本を書くということに興味がわき、学校へ通うようになりました。

しばらくはアルバイトをしながら脚本の学校へ通っていたのですが、アルバイトが楽しくなってしまって、横道にそれてしまった時期がありました。そんな頃に「映画24区」という学校が一期生を募集していて、改めて入学することにしたのです。

そこで先生に「映画を撮ってみれば」と勧められ、流れで映画を撮り始めました。大学を卒業してから映画を撮るまでには3~4年ほどかかりましたが、実際に撮ってみると映画を仲間と一緒に作っていくのが楽しくて楽しくて、それが今も続いているという感覚です。

──小さい頃から物語を書くことが好きだったということですが、そもそも監督はファンタジーのような作品がお好きなのでしょうか?

野本:おっしゃるとおり、映画を撮り始めた頃は、妄想で脚本を書いていた時期がありました。ただ、『私は渦の底から』(2017)という短編を撮ったのをきっかけに、シビアな現実やリアルに目を向け、注目されずに抱えこまれている問題にクローズアップしていこうと思うようになりました。私にとって、大きな契機になったと思います。

──今後、野本監督はどのような作品を撮られていきたいとお考えでしょうか?

野本:今回の『愛のくだらない』でも少し触れましたが、不妊治療を題材にした映画を撮りたいと考えています。長い付き合いのある友人がつらい胸の内を相談してくれて、世に知られていない出来事を知ることができました。そうした問題に悩んでいる人がいること、想いの面だけでなく金銭的な負担も相当あることなどを多くの人に知ってもらいたいので、企画倒れしないよう基盤を固めつつも、ゆっくり実現していきたいです。

一度立ち止まってみることの大切さ


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

──映画『愛のくだらない』において、野本監督がもっとも表現したかったことを改めてお聞かせください。

野本:私自身がそうだったように、人間は「自分が正しい」と思って生きていることが多いと思うんです。ただ、その正しさは誰かを傷つけるきっかけにもなるし、他の誰かにとっては「正しさ」ではないことがいくらでもあります。

どんなことでもまっすぐに突き進むのではなく、一度立ち止まってみることが必要なのではないか。それは、映画を撮りながら経験し感じてきたことなので、それを伝えたいと考えていました。

──それをふまえると、映画作中で景の友人・椿(演:橋本紗也加)が彼女に放った「忙しいからって、他人に適当になったらあかんで」という言葉が、ずしんときますね。

野本:あれはまさに、自分自身に言いたかった言葉です。ただ、今回いろいろな方に映画をご覧いただいた中で、感じ方が二極化するなという印象を持ちました。この映画を観て自分の悪いところに気付いてくださる方もいれば、「こういう世界はイヤだな……」とおっしゃる方もいました。人それぞれの着眼点があるからこそ、受け止め方も違うのだなと改めて実感しています。

──最後に、映画『愛のくだらない』をご覧になる方々へのメッセージをお願いいたします。

野本:優しい方がまわりにいたり、自分を律しながら生きている方には、もしかしたら必要ない映画かもしれませんが、自分が正しいと思っていたことが誰かを傷つけてしまった経験がある方にとっては、この映画が反省をした上で前に進む原動力になればいいなと思います。

作中にはクセのある登場人物がたくさん出てきますが、それぞれに事情があり想いがあります。完全な悪もないし完全な正義もない中、誰にどういう想いを抱くかという視点で作品を観ていただければうれしいです。

インタビュー/咲田真菜

野本梢監督プロフィール

山形生まれ埼玉育ち。学習院大学文学部卒。

シナリオセンター、映画24区で脚本について学び、2012年よりニューシネマワークショップにて映像制作について学ぶ。人を羨み生きてきたため、奥歯を噛み締めて生きる人たちにスポットを当てながら短編映画を中心に制作を続けている。

映画『愛のくだらない』の作品情報

【公開】
2021年(日本映画)

【脚本・監督・編集】
野本梢

【キャスト】
藤原麻希、岡安章介(ななめ45°)、村上由規乃、橋本紗也加、長尾卓磨、手島実優、根矢涼香

【作品概要】
「生きづらさ」を感じている人々を描き続けてきた新鋭・野本梢監督が、自身のリアルな体験をもとに描いた渾身の一作。とある30代の女性が、忙しさや意地の張り合いから、仕事でもプライベートでも失敗しながらも成長する姿を描きます。

野本監督の処女作から制作を共にしてきた主演・藤原麻希に加え、お笑い芸人トリオ「ななめ 45°」の岡安章介が、誰にも言えない秘密を抱えた恋人役を好演しています。

映画『愛のくだらない』のあらすじ


(C)2020「愛のくだらない」製作チーム

テレビ局で働く玉井景(藤原麻希)は、芸人を辞めてスーパーで働く彼氏のヨシ(岡安章介)と同棲しています。

体調不良で仕事をすぐ休み、結婚に対してはっきりしない、そんな頼りないヨシを置いて、景はついにある嘘を隠したまま家を出ます。

番組制作に意気込む景でしたが、出演をオファーしたトランスジェンダーの金井(村上由規乃)を取り巻くトラブル、やけに気になるヨシの存在……と、多忙を極める中で次第に周囲と歯車が狂い始めます。

そんな時、ヨシからある事実を告げられるのですが……。


関連記事

インタビュー特集

【兼重淳監督インタビュー】『水上のフライト』中条あやみの“笑顔”という真骨頂と“泣き”という新境地を観てほしい

映画『水上のフライト』は2020年11月13日(金)より全国にてロードショー公開! 映画「超高速!参勤交代」シリーズなど数多くの大ヒット作を手がけた脚本家・土橋章宏が、実在するパラカヌー選手との交流を …

インタビュー特集

【和田光沙インタビュー】『映画(窒息)』“セリフなし”の状況で再考した“身体という言葉”×役に投影される“生きている誰か”のための表現

『映画(窒息)』は2023年11月11日(土)より新宿K’s cinema他で全国順次公開! 『いつかのふたり』(2019)の長尾元監督の長編映画第2作にして「セリフなし・モノクロ撮影」と …

インタビュー特集

【山岡瑞子監督インタビュー】映画『Maelstromマエルストロム』の完成という“自分の人生の救い方”と不条理に遭っても“続き”ができる大切さ

映画『Maelstrom マエルストロム』は2024年5月10日(金)よりアップリンク吉祥寺にて公開! 2002年にNYの美術大学を卒業した直後、交通事故で脊髄損傷という大怪我を負った映画作家・アーテ …

インタビュー特集

【徳永えりインタビュー】映画『月極オトコトモダチ』が描く「男女の友情」という答えのないテーマ

新鋭・穐山茉由監督の長編デビュー映画『月極オトコトモダチ』は、2019年6月8日(土)より順次全国ロードショー! 突然目の前に現れた「レンタルトモダチ」の存在に翻弄される女性・望月那沙役を演じた徳永え …

インタビュー特集

【今村圭佑監督×水間ロン×山中崇インタビュー】映画『燕Yan』台湾・日本をつないだ撮影現場と3人からみた“兄弟”の姿

映画『燕 Yan』は新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺にて公開中。以降、全国順次公開! 2020年3月に開催された第15回大阪アジアン映画祭「特別招待作品」部門にて上映され、ついに …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学