映画『滑走路』は2020年11月20日(金)より全国順次ロードショー!
32歳でその命を絶った歌人・萩原慎一郎のデビュー作にして遺作となった唯一の歌集を映画化した映画『滑走路』。年齢も立場も異なる男女3人が、それぞれの抱える問題と苦しみながらもがき続ける姿、そしてその先にある希望を描き出しました。
このたびの劇場公開を記念し、約500人のオーディションを勝ち抜いたことで抜擢され、物語の中心となる学級委員長役を演じた俳優・寄川歌太さんにインタビュー。
脚本と役柄に対して抱いたイメージや役作りについて、映画の完成を経て改めて感じとった思いなど、貴重なお話を伺いました。
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感情のすべてを「内」へ抑え込んでしまう
──最初に本作の脚本を読まれた際、寄川さんは作品や自身の役についてどのような印象を抱かれましたか?
寄川歌太(以下、寄川):オーディションを受けた際は脚本の数ページ程度しか明かされていなくて、その中でも自分自身でできる限り想像を膨らませて委員長を演じていたんですが、オーディションに合格し初めて脚本をすべて通して読んだ時には、物語における残酷さと希望に対して様々な感情を抱きました。
また脚本を読み進めていく中で、学級委員長が持つ「言葉」としてのセリフや行動から、彼の心の中での感情の流れ方、感情を外に出せずすべてを自身の「内」へと抑え込んでしまう様を感じ取りました。そしてすべてを抑え込んでしまうからこそ、その「内」での感情の振れ幅も激しいということが、彼に抱いた一番のイメージでした。
声と些細な動作で印象は大きく変化する
──そのように脚本から学級委員長という役に対するイメージを感じ取られた上で、寄川さんはどのように役作りを進められていったのでしょうか?
寄川:学級委員長の感情を「外」に出さず「内」に秘めてしまう気質を表現するにあたって、どういう芝居をすれば観てくれる方に彼に対する共感や理解を得られるのかを考えていった時、やはり声の質やトーン、表情、目つきや視線の動きといった他者からの印象に深く関わる演技を意識しました。特に声の演技については、撮影でも大庭監督と度々話し合っていました。
身体そのものの動きを大きく変化させれば「何かしらの感情に変化があった」と伝えることは容易ですし、みる側もその変化を明白に感じ取れるようになりますが、学級委員長の場合は身体を動かして感情を表現すること自体がまず少ないんです。ですから声の質やトーンが同じだと、すべて同じ演技をしているように見えてしまうわけです。
例えば『滑走路』の物語の中でも明るい場面があれば声のトーンを少し上げ、いじめによる暴力を受ける中で悲しみや怒り、抵抗や絶望の感情を抱いている場面では声に「がらつき」を持たせるなど、その場面での感情に合わせて自分なりに考えながら声の変化を作っていきました。
寄川:また学級委員長が教室に入る場面で幼馴染の裕翔の姿を見るか否かについても、大庭監督と深く話し合ったことを覚えています。その一瞬の動きだけでも、学級委員長がその場面で抱いている感情、裕翔に対して抱いている感情への印象が大きく変化しますよね。物語自体はいずれにせよその後同じ展開へと進んでいくんですが、その視線の演技が加わることで、委員長の「内」に秘められた感情の流れにニュアンスが生まれるんです。
そういう風に、自分の意見が言いやすい環境を大庭監督が作ってくださったのは本当にありがたかったです。学級委員長を実際に演じる中で自分が感じ取った意見、「監督」としてその姿を見つめている大庭監督の意見をどう織り交ぜていくのかをお互いに考え続け、その結果が作中での芝居としてそのまま表れていると感じています。
心からの言葉で向き合う瞬間
──寄川さんにとって、学級委員長の「言葉」が現れていると感じられた瞬間を一つお教えいただけないでしょうか?
寄川:学級委員長のセリフは、発しているその内容とは絶対に違う感情を抱いていると感じられることが多くて、本人もそれを自覚しています。彼は「内」に秘めている感情を常に隠そうとして違う形の言葉を外に出してしまい、そのせいで自身の言いたいことが言えない状況が悪化してしまった側面もあるんです。
ただ、それは学級委員長だけじゃなくいじめられていた裕翔も同じで、結果お互いに本音を交わせない状況が続いてしまうんです。ですから、そんな二人がお互いに「本音」を交わした場面に関しては、どうしようもない残酷さも深く刻まれていますが、ある意味では学級委員長と裕翔が初めて心からの言葉で向き合うことができた瞬間だったと感じています。
「終わりのない仕事」のスタート地点に改めて立つ
──撮影を経てその後完成を迎えた本作を初めてご覧になった際には、どのような感想を抱かれましたか?
寄川:脚本をいただく以前、原作である萩原さんの歌集を読んだ際には「この短歌たちがどのようにして、映画という一編の物語になるのだろうか」と色々な想像を思い浮かべていました。そしていざ完成した映画を観た時には、全てが何かしらの思いに繋がっている様、歌集『滑走路』に込められた思いが物語として成立されていく様にとても感動させられました。
──俳優として本作に携わられた寄川さんご自身にとって、映画『滑走路』とはどのような作品となりましたか?
寄川:僕は俳優という仕事を、たとえ個々の作品自体は完成したとしても、演じる限りはどこまでも続いていく……ある意味では、終わりのない仕事だと感じています。そして今回の『滑走路』で大役をいただき演じ切ったという経験は、仕事に対する向き合い方や自身の家族や周囲の環境に対する見方など、それまでの自分に対して様々な変化をもたらしてくれました。ですから『滑走路』は、終わりのない仕事の中でスタート地点に改めて立つことができた作品だと思っています。
また、本作をご覧になるのはやはり大人の方が多いとは思うんですが、自分と同じくらいの年齢層の方にも観ていただきたいと感じています。作中では、「大人」ではない「子ども」だからこそ共感し理解できる、気づくことができる場面が多々あります。だからこそあらゆる年齢層の方が観ていただきたいですし、時には僕のように、その人にとっての「何か」のきっかけになり得る作品になるのではと感じています。
インタビュー/河合のび
撮影/笛木雄樹
寄川歌太(よりかわ・うた)プロフィール
2004年3月11日生まれ、大阪府出身。
2010年、歌舞伎平成中村座で俳優デビュー後、TVドラマ『宮本武蔵』(2014/EX)、『ボーダーライン』(2014/NHK)、『死役所』(2019/TX)やWEBドラマ『青葉家のテーブル』(2018〜2019)などに出演。2020年11月には『映画 たぶん』が公開された他、公開待機作に原田眞人監督作『燃えよ剣』(近日公開)が控えている。
映画『滑走路』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
萩原慎一郎『滑走路』(角川文化振興財団/KADOKAWA刊)
【監督】
大庭功睦
【脚本】
桑村さや香
【キャスト】
水川あさみ、浅香航大、寄川歌太、木下渓、池田優斗、吉村界人、染谷将太、水橋研二、坂井真紀
【作品概要】
32歳でその命を絶った歌人・萩原慎一郎のデビュー作にして遺作となった唯一の歌集を映画化。年齢も立場も異なる男女3人が、それぞれの抱える問題と苦しみながらもがき続ける姿、そしてその先にある希望を描き出す。
若手官僚の鷹野役を浅香航大、切り絵作家の翠役を水川あさみがそれぞれ演じる他、物語の中心となる学級委員長役を約500人のオーディションを勝ち抜き抜擢された寄川歌太が演じている。
映画『滑走路』のあらすじ
厚生労働省で働く若手官僚の鷹野(浅香航大)は、激務に追われる中、理想と現実の狭間で苦しんでいた。ある日、陳情に来たNPO団体が持ち込んだ“非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリスト”の中から自分と同じ25歳で自死したひとりの青年に関心を抱き、死の真相を探り始める。
30代後半に差し掛かり、将来的なキャリアと社会不安に悩まされていた切り絵作家の翠(水川あさみ)。子どもを欲する自身の想いを自覚しつつも、高校の美術教師である夫・拓己(水橋研二)との関係性に違和感を感じていた。
幼馴染の裕翔(池田優斗)を助けたことをきっかけにいじめの標的になってしまった中学二年生の学級委員長(寄川歌太)。シングルマザーの母・陽子(坂井真紀)に心配をかけまいと、攻撃が苛烈さを増す中、一人で問題を抱え込んでいたが、ある一枚の絵をきっかけにクラスメイトの天野(木下渓)とささやかな交流がはじまる。
それぞれに“心の叫び”を抱えた三人の人生が交錯したとき、言葉の力は時を超え、曇り空の中にやがて一筋の希望の光が射しこむ……。