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Entry 2019/06/11
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【日比遊一監督インタビュー】映画『エリカ38』に至った経緯は松田優作や樹木希林との「縁」が作らせた

  • Writer :
  • 河合のび

映画『エリカ38』は2019年6月7日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー中!

2018年9月15日に75歳で惜しまれつつお亡くなりになった名優・樹木希林の、最初にして最後の企画作

実在の事件を基に、60歳を過ぎても38歳と偽り続け、その色香で多くの男を騙した女詐欺師の半生を描いた映画『エリカ38』です。


©︎Cinemarche

本作の演出は、写真家・映画監督として活躍し、樹木希林とは旧知の間柄であった日比遊一監督

2019年6月7日(金)からの劇場公開を記念して、日比遊一監督にインタビュー取材を行いました。

若かりし頃に出会った松田優作と逸話や、本作の監督を務めるきっかけをいただいた樹木希林と縁の出会いなど、貴重なお話を伺いました。

若き日に出会った松田優作


©︎Cinemarche

──日比監督は映画監督、写真家となる以前は、俳優として活動されていたとお聞きしました。

日比遊一監督(以下、日比):僕は元々、俳優といえば松田優作さんか、萩原健一さんという時代に育ちました。

そんな憧れもあって、18歳の時に俳優になるために名古屋から上京し、どこに入るか悩んだ挙句、かつて日活撮影所内にあった日活芸術学院の芸能科に入りました。

その中で、日活撮影所に撮影のため訪れていた松田優作さんとお会いする機会があったんです。その際に優作さんから、「お前ぐらいの年齢だったら、俺はニューヨークに行って頑張る」と言われたんです。後に僕はニューヨークへと渡りましたが、優作さんの言葉がきっかけと後押しになってくれました。

また以前、高倉健さんについてのドキュメンタリー『健さん』(2016)を制作した際に『ブラック・レイン』(1989)で健さんと共演したマイケル・ダグラスさんへインタビューを行ったんですが、その時、彼から「君は松田優作という俳優を知っているか?」と尋ねられたんです。

「知っているも何も、僕が何故ここにいるか分かりますか?」と、僕は優作さんと自身の関係について伝えると、彼は「何という縁だ」と驚かれました。結局、健さんの話を聞きに行ったにも関わらず、優作さんの話を一時間以上も続けてしまいました。

僕の俳優としての才能は、「自分には俳優の才能はない」と気づけたという点です(笑)。何より、他人の才能を見たり、引き出すことに興味を持ったんです。

その後、俳優オーディション用の宣材などを通じて写真家と接するようになり、やがて「自分で撮った方が良いな」と思いに至りました。そして自分で写真を撮り始めたのが、写真家としての始まりでした。

樹木希林との縁と『エリカ38』

日比監督作品『健さん』(2016)

──本作を企画された樹木希林さんとは、いつ頃からお付き合いをされるようになったのでしょうか。

日比:樹木さんとは、15年ぐらいのお付き合いになります。そのきっかけとなったのは、かつてウディ・アレンと組んだ映画プロデューサーとともに企画を進めていたオムニバス映画の一編に、以前からファンだった彼女に出演してほしいとFAXでお願いしたことです。

FAXを送って3分も経たないうちに、樹木さんから「やらせていただきます」とお電話をいただいたことはよく覚えています。それ以来、時々連絡を取り合うような間柄になりました。

『エリカ38』の企画を最初にお聞きしたのは、2017年に僕が『健さん』でドキュメンタリー賞をいただいた日本映画批評家大賞の授賞式で、樹木さんとお会いした時です。

二人で話し続ける中で、本作の主人公・聡子のように詐欺師として生きる人々の話題になり、「そのような世界に生きる人々を通じて、現代社会を生きる女性たちの闇を描けたら面白いんじゃないか?」「あなたが監督したら必ず面白くなると思うんだけれど、やってくれない?」と樹木さんは仰ったんです。

その時の会話が、『エリカ38』を制作するきっかけとなりました。

樹木希林と浅田美代子という母子


(C)吉本興業

──樹木さんは本作の企画において「主演・浅田美代子」を薦められた理由を、日比監督にはどのようにご説明されましたか。

日比:樹木さんは浅田さんについて、「実は私には、娘のように可愛がっている浅田美代子という女優がいる。ただ、彼女には代表作がない」と語られました。だからこそ、そのような機会を彼女に作ってあげたいと。

自分の娘が一生懸命頑張っているが、このままでは「代表作のない女優」で終わってしまう。彼女の願いをどうしても叶えたかった。僕は樹木さんの言葉から、そのような思いを強く感じました。

また、樹木さんは「時間がない」とも仰っていました。その意味を真に理解できたのは、本作の制作を含め全てを終えた後でしたが。

さらに場合によっては、自分の所有する不動産を売ってでも映画を完成させたいとも仰っていた。それ程までに樹木さんは、本作の企画を実現させたかったんです。

──樹木さんは、何故そこまで浅田さんのことを想い続けたのか。日比監督はその理由をどうお考えですか。

日比:あくまで樹木さんと浅田さんの二人だけの関係ですから、その理由は僕には分かりません。

ただ、やはり「家族」だったからではないかと僕は感じています。そのくらい樹木さんは、浅田さんのことを可愛がっていたんだと思いました。

他人には説明できないけれど、「誰が何と言おうと私はあの人が好きだ」と言える人って、誰しもいるじゃないですか。樹木さんにとって、浅田さんはそういう人だったんだと思います。

浅田美代子にしか演じられない役へ


(C)吉本興業

──日比監督は主演である浅田美代子さんをどのような女優だと捉えられましたか。

日比:浅田さんは世間一般では、テレビ番組やドラマによって定着した「天然で抜けているが、とてもチャーミング」というイメージでよく知られていますが、実際にお会いしてみると、彼女はとても落ち着きのある常識的な女性でした。

その結果、世間一般でのイメージと実際にお会いして感じ取ったイメージという両面を、主人公・聡子の役柄に重ね合わせることにしました。

現実における浅田美代子さんとリンクさせることで、演技力云々ではなく、「浅田美代子」という女性でなければ演じられない役として、主人公・聡子の役柄を深めていくことにしたんです。

──浅田さんの撮影現場での様子はいかがでしたか。

日比:シーンによっては何回もテイクを重ねて、浅田さんの魅力をできうる限り引き出そうと努めました。

また樹木さんも、ご自身が現場に入られる際には常に彼女のお芝居を見守られていました。監督である僕にも「納得するまでやってちょうだい」と仰ってくださり、それに応えるためにも浅田さんの撮影は常に粘り続けました。

彼女が演じてくれたことで、主人公・聡子は単なる詐欺師の悪女ではなく、どこか憎みきれない、嫌いになりきれない女性になったように思います。

名俳優・樹木希林


©︎Cinemarche

──樹木さんは企画のみならず主人公・聡子の母親役としてご出演もされています。日比監督は樹木希林さんをどのような女優だと捉えられましたか。

日比:樹木さんはやはり場数を踏んでいるため、僕がやろうとしていることを見通せているんです。それは現場での彼女の立ち回り方を見て理解できました。

また僕は、いわゆる「良い俳優」であるか否かの条件は、たとえどれほど短い出番であっても、セリフとセリフの間にどれだけその役の「歴史」を見せられるかどうかだと考えています。そして樹木さんは、それができるような俳優さんでした。

──当初、樹木さんは本作にご出演されることを断られていたとお聞きしました。

日比:樹木さんは自身が出演することによって、本作が「ファミリー」の映画として受け取られてしまうことを嫌っていました。

どうか出演してほしいと長い間説得を続けましたが、それでも毎回断られていました。

2018年にNHKで放映された樹木さんのドキュメンタリー番組の制作のため、樹木さんに長期密着取材をされている最中のことでした。僕が説得に努め、樹木さんがそれを拒否するといういつも通りの会話が繰り返されていました。

やがて説得の言葉も出てこなくなり、その場に静けさが訪れました。その瞬間、樹木さんは突然テーブルを叩いて「わかった、やる」と出演を承諾したんです。

ふと見ると、取材者の方のカメラを構える手が少し震えていました。それは良い瞬間が撮れたからなんでしょうけど、僕は思わず笑ってしまいました(笑)。

今となっては分かりませんが、当時は樹木さんが自分で演出しているんじゃないかとつい思ってしまいました。

“映画の神様”がもたらした「資料」


©︎Cinemarche

──本作は実際に起きた詐欺事件などを基に制作されていますが、日比監督はそのような事件の本質をどう解釈し、本作へと反映しましたか。

日比:主人公・聡子のような人間が現れてしまうことは、そのような人間を成立させてしまう人間が世の中に沢山いることも意味しています。

人間は誰しも過去にいくつかの傷を負っている。或いは、心の内に自身でも気づいていない「満たされない部分」を秘めている。そして、そこに「何か」が松葉杖のようにスッと入り込んだ瞬間、それなしでは生きられなくなる。

だからこそ、聡子=エリカという人間を成立させてしまう。つまり、騙されてしまうわけです。

側から見れば、彼女のおかしさや痛々しさに気づくことができる。けれども、入り込まれてしまった本人がそれに気づくことはとても困難です。


(C)吉本興業

また本作の脚本執筆にあたって、当初は詐欺師という「知らない世界」をどう描こうかと悩んでいました。

そんな時、カメラマンの後輩から連絡があり「〇〇さんを知ってますか?」と尋ねられました。その方は僕が高校生の頃に出会った人でした。

やがて、その方とお会いする機会がありました。そしてお互いのことを話していくうちに、その方は「最近映画を作っているらしいけど、3年前だったら1億円ぐらいポンと出せたのに」と僕に語りました。それは何故かと尋ねると、「かつて美容室を5軒経営していたが、とある詐欺グループに3億円騙されたから」とその方は答えられたんです。

その言葉を聞いた瞬間、僕は鳥肌が立ちました。“映画の神様”が目の前に降りてきたかのような気分でした。

その方が騙されたような詐欺グループは何百もの人間が関わる巨大な組織であり、元締めの下には少人数のグループと、それを取り仕切る聡子のようなリーダー格が数え切れないほど存在しています。

そして、その方もまた少人数グループのリーダー格を任されていた一人であり、ついには裁判沙汰にまで発展してしまったそうです。僕はすかさず「その裁判資料を全部見せて欲しい」とお願いをしました。

実は、その方がいたグループ自体は、未だに検挙されることなく活動を続けているんです。そのため、僕はその方に頼み込み、金持ちのふりをしてその詐欺グループの活動現場に潜入したこともありました。

観客へのメッセージ


©︎Cinemarche

──最後に、これから本作を鑑賞される方に向けてメッセージをお願いいたします。

日比:僕は、ノンフィクションとフィクションを混ぜ合わせた映画を目指して、本作を制作しました。

それは、実際にあった事件がどうのこうのではなく、この特別な関係性(樹木希林と浅田美代子の)によって、今しか作れないタイムリーな映画にしたかったということです。だからこそ、聡子という役に浅田さんが持つイメージの両面を重ね合わせましたし、役を通じて二人を本当の親子にしたんです。

実は親子で歌う場面では、“赤とんぼ”ではなく、浅田さんの“赤い風船”を使いたかったんです。歌詞の内容が映画に合っていると思いましたし、なんとも言えない、あのテンポが好きなんです。

実際、脚本の第一稿には“赤い風船”と書かれてます。そのアイディアを希林さんも喜んでくれまして…。残念ながら権利等の問題で諦めることになりましたが、何よりも、本作を樹木さんと浅田さんにとって「思い入れ」のある映画にしたかったんです。

また本作は、1.33:1(4:3)のスタンダードサイズで撮影しています。僕は以前から、題材さえ合えばこのサイズで映画を撮りたいと考えてました。

過去の作品を例に挙げると、スタンリー・キューブリック監督の『アイズワイズシャット』(1999)、ガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』(2003)などの描写が素晴らしいと感じていました。

そのサイズに込められた意味合いは幾つかありますが、本作が闇社会を舞台にしているからこそ、観客がそれを覗き見ているような感覚に陥る映像にしたかったのが理由の一つです。

インタビュー・構成/河合のび
インタビュー・撮影/出町光識

日比遊一監督のプロフィール


©︎Cinemarche

1964年生まれ、愛知県名古屋市出身。

1987年にニューヨークへ渡り、アクターズ・スタジオの共同設立者ロバート・ルイスに師事。その後写真家に転身し、ニューヨークで活動を続けます。

1998年、写真家ロバート・フランクを撮ったドキュメンタリー映画『A Weekend with Mr. Frank』を監督。2014年には、アメリカにて自身初の長編映画『ブルー・バタフライ』を発表しました。

2016年に発表した高倉健のドキュメンタリー映画『健さん』は、第40回モントリオール世界映画祭ワールドドキュメンタリー部門にて最優秀作品賞を、2017年日本批評家大賞にてドキュメンタリー賞を受賞しました。

映画『エリカ38』の作品情報

【公開】
2019年6月7日(日本映画)

【企画】
樹木希林

【製作総指揮】
奥山和由

【脚本・監督】
日比遊一

【キャスト】
浅田美代子、平岳大、窪塚俊介、山崎一、山崎静代、小籔千豊、菜葉菜、鈴木美羽、佐伯日菜子、真瀬樹里、中村有志、黒田アーサー、岡本富士太、小松政夫、古谷一行、木内みどり、樹木希林

【作品概要】
2018年9月15日に他界した樹木希林の、自身初となる企画作品。60歳の年齢を過ぎても38歳と偽り、その色香で多くの男を騙した女詐欺師が起こした実在の事件を基に描いたヒューマンドラマ。

監督・脚本には、『健さん』『ブルー・バタフライ』で知られる日比遊一監督。

生前の樹木希林の強い希望によって、45年ぶりの映画主演となる浅田美代子が主人公の女詐欺師・聡子=エリカ役を務めており、樹木は「本作を彼女の代表作にしたい」と映画化実現に奔走した。

また、樹木は自身の出演を当初は拒んだものの、製作総指揮を務めた奥山和由や日比監督らの説得に応じ、エリカの母親役で出演を果たしている。

映画『エリカ38』のあらすじ


(C)吉本興業

渡部聡子=自称エリカは、水商売をしながらアメリカ製のサプリメントを扱うネットワークビジネスを行なっていました。

ある日、喫茶店で聡子は上品な和装の女性に声をかけられます。彼女は聡子の営業していた話に耳に傾ける内に商品が気になったと、ハンドバッグから取り出した現金20万円でサプリメント15個を買い上げます。

それから数ヶ月後。伊藤信子と名乗ったその女性は、聡子が勤めるクラブに平澤育男を連れてやって来ました。

平澤は国境を超えたビジネスを展開していると聡子に語りはじめると、次から次にスケールの大きな話を展開させて持ち出します。平澤の話に聴き入ってしまった聡子は、彼のもつ魅力と熱意に圧倒され、やがて彼が手がけている途上国支援事業に関わってゆきます。

聡子は持ち前のチャーミングさと巧みなセールストークで多くの人々を集め、平澤の持ちかけた支援事業に出資するように理解を求めます。

架空の投資話で大金を集めた聡子は、平澤のいるホテルの部屋に返金を持参します。そこで、2人は肉体関係及び愛人関係を結びました。

しかし、平澤が複数の女性と付き合い、自分を裏切っていることを知った聡子は、平澤との連絡を絶ち、金持ちの老人をたらし込んで豪邸を手に入れますが…。



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