映画『ヘルドッグス』は2022年9月16日(金)より全国ロードーショー!
想いを寄せていた女性が犯罪に巻き込まれて命を落とす。救えなかったことを悔やみ復讐の鬼と化した元警官に、警察上層部は潜入捜査官として生きることを求めた……。
原田眞人監督と岡田准一が『関ヶ原』『燃えよ剣』に続いて三度目のタッグを組んだ映画『ヘルドッグス』は、潜入捜査官が主人公の現代クライム・アクションです。
原作は警察小説の概念を破壊した深町秋生の問題作『ヘルドッグス 地獄の犬たち』。原田監督は同作をベースに、映画ならではのオリジナル設定を追加。バイオレンスの裏に隠されたピュアな心、シリアスな緊張感の中にコミカルさが絶妙に絡み合う世界観を描き出しました。
このたびの劇場公開を記念して、原田眞人監督にインタビュー。原作をどのようにアレンジしていったのか、盟友ともいえる主演・岡田准一や他キャスト陣の魅力、ご自身の今後の展望などについて語っていただきました。
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いつか撮りたいと思っていた「潜入捜査官」
──本作のプロデューサーの一人である瀬戸麻理子さんからのオファーにより、今回の映画『ヘルドッグス』の監督を引き受けられたとお聞きしました。
原田眞人監督(以下、原田):潜入捜査官については、元々興味を持っていました。僕自身が50年代のテレビドラマ「タイトロープ」で潜入捜査官を知って、いつか自分でもやりたいと思っていたのです。期待を込めて原作を読んだところ、極道の世界に『地獄の黙示録』(1979)の要素が入っていて、そのアイディアが面白い。これならやってみたいと思いました。
原作のどこを残して、どこを捨てていくか。かなりボリュームのある小説でしたが、兼高と室岡の関係は原作のままにし、兼高が最後に対決する相手を原作とは変えるというアイディアでまずはざっくりまとめたので、今回は脚本でそんなに苦労することはありませんでした。
まずは兼高・室岡を主体にして、そこに土岐を絡めていく。原作には土岐のいい場面がいっぱいあったので、土岐をどう後ろにするか。そこが苦労したと言えば苦労したところですね。後は自分が好きな世界をどんどん入れていきました。
──今回の映画化では、原作には存在しない映画オリジナルの女性キャラクターも登場しますね。
原田:木竜麻生さんが演じた杏南は、室岡のサイコパスなキャラクターを強調するために作りました。もし室岡がサイコパスなキャラクターではなく、別の人生を歩んでいたら、こういう交友関係が生まれていたであろうという、ヤクザとは違う世界に足を踏み入れている室岡の姿も描いてみたのです。
杏南を中心とした今の若い世代の日常を入れ込み、私たちのナチュラルな会話の延長にヤクザの世界もあるということを描く狙いもありました。極道映画というとベタな芝居をする俳優が多いけれど、そういう世界はやりたくなかったのです。
松岡茉優さんが演じた吉佐恵美裏は、「戦う強い女」を出したくて作りました。当時読んでいたノンフィクションの本に、密猟で死に絶えていくアフリカゾウを守るために奮闘している日本人の女性のことが書かれていました。実際に調べてみると、日本は象牙の印章を作るために、密猟されたアフリカゾウをかなり闇で購入しているという事実もわかり、その辺りはヤクザ組織と結びつく。そのキャラクターをノンフィクションの原作者に許可をもらった上で取り入れました。
兼高と警察をつなぐ連絡員の典子も、原作より行動的です。押し並べて女たちを強くし、本筋は男たちの物語ですが、それに対し拮抗するような女たちの役割を足していきました。
岡田准一ありきの作品
──主演の岡田准一さんとは2017年の『関ヶ原』、2021年の『燃えよ剣』に続いて三度目のタッグとなりますね。
原田:原作を読み始めて、兼高が登場するとすぐに「これは岡田さんでいけるな」と思い至りました。岡田さんには『燃えよ剣』でアクションのコレオグラフィーもやってもらいましたが、あくまで時代劇でしたから、まず現代の武闘家としてアクションを考え、それを時代劇用にするためにワンステップ・ツーステップと発想を変えなくてはいけませんでした。しかし現代劇なら、彼の武術を100%そのまま活かしてもらえます。
そこからは「主演・岡田准一」ありきで進んでいき、脚本は完全に彼のイメージに基づいて書いています。兼高が復讐を誓うきっかけになる事件が起きた時の年齢も原作では小学生でしたが、映画では岡田さんが演じられるよう警官にしました。物語の語り口としてワンクッションもツークッションも置かないで済みますし、兼高が枷を背負ってしまうことで、それを償うための暴力であることを強調したかったのです。
早い段階からスタントチームも決まっていたので、そのスタントチームと一緒に動いてもらいながらアクションをデザインをしてくれました。ある程度まとまったところで僕が見て、「それでいこう」とか「ここはもう少しこういう風に変えてほしい」といった意見を言うと、岡田さんはそれに応じて変えてくれる。
また、撮影場所が決まりスタッフがチェックしに行く時も、行うのがアクションシーンの撮影の場合は、岡田さんにも来てもらいました。すると「このロケ場所だったら今までデザインしていたのをこう変えましょう」「こういう風なものを付け加えましょう」と新たなアイディアを出してくれる。そこから、現実的なものを実際の撮影へ取り入れていくわけです。
──本編中、「仕事」をする前にウォーミングアップをする兼高と室岡の姿はとても楽しそうでした。
原田:二人の訓練の場面は日頃、岡田さんと健太郎がやっていることをもう一回やってもらった感覚です。室内でマットを敷き寝技の練習をしている場面は、現場で「これもやってみよう」とその場で足しました。完全にアドリブですね。また坂口さんには、敢えて少し下手にやってもらいました。
走ってきて滑り込むような動作の部分は「訓練している場面なので、空間を生かして滑り込むのはどうでしょう」という岡田さんのアイディアです。「カメラの前でピタッと止まります」というのでやってもらったら、本当にピタッと止まってくれました。さすがですね。リハーサルをして積み上げてきたものと、現場で出てきたアイディアを織り交ぜながら作り上げた場面です。
「感性の一致」を感じられた坂口健太郎
──坂口健太郎さんが演じられた室岡秀喜というキャラクターは、坂口さんのイメージとは大きく異なるので驚かされました。
原田:岡田さんとアンサンブルのいい、若手で売れ筋の人は誰だろうとスケジュールを当たっていった時、彼に行き当たりました。
それまで僕は会ったことがなかったので、まずは会って話をしました。主役クラスを決める時は実際の会話が決め手になるのです。「彼ならいける」とその場で決まりました。健太郎と僕との感性が、一致するのを感じたのです。アクションは二の次です。
さすがに運動神経が悪いとダメですが、彼はある程度アクションを経験済みでしたし、勘もよさそうで、後はトレーニング次第という段階でした。これまで彼がやってきた役とはイメージが違うため、彼自身もやりたかったのではないでしょうか。
クランクインの1年ほど前から時間を見つけては、アクションに取り組んでくれていました。最初に会った時はかなり細身でしたが、クランクイン時には逆三角形の体になっていました。岡田さんと一緒にやっただけではなく、自分でも相当トレーニングしたのでしょうね。
二人はアクションにおいては「先生と弟子」でしたが、映画で描かれているように「お兄ちゃんと弟」みたいな関係性も感じられて、本人たちもこの組み合わせを楽しんでいました。そして撮影の中で二人が動いた時の距離感は、こちらから何も注文する必要がないくらい理想の距離感だったのです。そういう意味でこちらは楽でした。
『燃えよ剣』の時に沖田総司を演じてくれた、山田涼介もそうでしたね。若い才能のある役者は吸収力があり、覚えるのが早く、いろんなアイディアも出てくる。健太郎にも、涼介と同じような熱意と才能を感じられました。とにかく岡田さんと健太郎の二人を見ていると楽しくて、こっちもつい「健太郎だったらこれもできるだろう」と現場で細かい指示を追加で出すと、それに対してもうまく反応してくれました。
原田組初参加の俳優が活躍
──関東最大のヤクザ組織「東鞘会」の7代目会長にして、容姿端麗なインテリヤクザ・十朱義孝をMIYAVIさんが演じられていますが、作中では見事な回し蹴りを決められていました。
原田:彼が出演していた『不屈の男 アンブロークン』(2016)を観た時から、いつか役者として一緒に仕事をしたいと思っていました。今回、十朱のキャスティングを考えた時に「岡田准一と坂口健太郎なら、もう一人はセクシーな奴がいい」と考え、彼にオファーをしました。
回し蹴りは本人が「僕、回し蹴りができますよ」というので、リハーサルでやってもらったらできたのです。リハーサルと本番で4回やってもらいましたが、すべてボトルをうまく割っていました。決めるところはちゃんと決める。カッコいいですよね。
──兼高と室岡のボスで、人情味のある組長・土岐勉を演じられた北村一輝さんですが、作中で披露された全身タトゥーの姿にもまた驚かされました。
原田:あの役は全身タトゥーにしようと思っていたのです。ビキニパンツもご自身に選んでもらいました。
北村さんは以前から知っていて、一緒にメシを食べたこともあり「いつか一緒に仕事をしよう」と言いながら20数年が経ってしまいました。昔はいろんな意味で濃すぎてバランスが難しかったのですが、最近はいい意味で枯れてきて、それが彼の持ち味になってきている。芝居もどんどんうまくなった。もうベテランなので、何も言わなくても脚本を読んで役を作ってきてくれるので、演出も「ヤクザっぽい巻き舌にならないように」というくらいでした。
──潜入捜査員の連絡係・衣笠典子を演じられた大竹しのぶさんも原田組に初参加でしたが、原田監督の目から見た大竹さんの演技はいかがでしたか。
原田:原作を読んだ時から典子は大竹さんにやってほしいと思っていました。彼女ともずっと昔に話をしたことがあって、「いつか一緒に」という思いはあったのですが、なかなかタイミングが合わなかったのです。今回は早い段階でオファーし、撮影が延期してもスケジュールを空けてくれました。
彼女は表情がいいので、どんな役をやらせても様になる。今回の映画では「女を強くしたい」という気持ちがベースに合ったので、典子も大竹さんをイメージして書いていたし、おかげで一番理想の形で作品がまとまった気がしました。
撮りたいものが撮れるようになってきた
──原田監督は今後、どのような作品を撮っていかれるのでしょうか。
原田:企画としてやりたいものは、実はたくさんあります。例えば、「日本の三大変革期」を撮りたいと思い『日本のいちばん長い日』『関ヶ原』『燃えよ剣』の三本を撮りましたが、それぞれの時代が1本ずつで終わってしまうわけではありません。
戦国時代は『関ヶ原』の他にもやりたいものがあって、来年クランクイン予定です。太平洋戦争についても2~3本あり、「原爆をいかに生き残ったか」という話を撮るために広島の原爆投下の資料を読み漁っています。幕末に至っては気になっているテーマが4~5本もあります。
またキーワードでいえば、「野球」が今ありますね。ロサンゼルス・ドジャースの監督だったトミー・ラソーダは若い頃、キューバ革命の最中に野球をやっているんです。カストロに任命されて、カリビアン・ワールド・シリーズに出ている。また、日系人のキャンプで野球が行われていた話にも興味があります。
しばらくは、時代劇と現代劇を行ったり来たりといった感覚ですね。やっと撮りたいものが撮れるようになってきたので、ここからどんどん撮りたいものを撮っていこうと思っています。
インタビュー/ほりきみき
原田眞人監督プロフィール
1949年7月3日生まれ、静岡県出身。黒澤明、ハワード・ホークスといった巨匠を師と仰ぐ。1979年に『さらば映画の友よインディアンサマー』で監督デビュー。
『KAMIKAZETAXI』(1995)にてフランス・ヴァレンシエンヌ冒険映画祭で准グランプリ及び監督賞を受賞。『金融腐敗列島〔呪縛〕』(1999)、『クライマーズ・ハイ』(2008)、『わが母の記』(2012)、『駆込み女と駆出し男』『日本のいちばん長い日』(2015)など数多くの作品を手がけている。
2017年公開の『関ヶ原』では第41回日本アカデミー賞にて優秀監督賞・優秀作品賞などを受賞。2018年公開の『検察側の罪人』、2021年の『燃えよ剣』の公開が記憶に新しい。また『ラストサムライ』(2003/監督:エドワード・ズウィック)では俳優としてハリウッドデビューを果たしている。
映画『ヘルドッグス』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
深町秋生『ヘルドッグス 地獄の犬たち』(角川文庫/KADOKAWA刊)
【監督・脚本】
原田眞人
【キャスト】
岡田准一、坂口健太郎、松岡茉優、MIYAVI、北村一輝、大竹しのぶ、⾦⽥哲、⽊⻯⿇⽣、中島亜梨沙、杏⼦、⼤場泰正、吉原光夫、尾上右近、⽥中美央、村上淳、酒向芳
【作品概要】
原作は深町秋生の小説『ヘルドッグス 地獄の犬たち』。監督を原田眞人、主演を岡田准一が務め、『関ヶ原』『燃えよ剣』に続いて三度目のタッグとなる。
岡田が演じる主人公・兼高昭吾とバディを組む室岡秀喜役には坂口健太郎。死刑囚の息子という境遇ゆえに心の奥底に深い闇を抱えたサイコパスなキャラクターを圧倒的な存在感によって怪演してみせた。
狂犬コンビのボスの愛人で、挑発的で刺激が大好きな女・恵美裏役には松岡茉優。世界を股にかける新時代のアンダーグラウンドヤクザ「東鞘会」の若きトップ・十朱役をMIYAVI、狂犬コンビのボスで任侠100%の人情組長・土岐役を北村一輝、「東鞘会」へ恨みを抱えマッサージ師として組織内部に入り込む潜入捜査員の連絡係・典子役を大竹しのぶが熱演。
そのほかにも金田哲、木竜麻生、中島亜梨沙、杏子、大場泰正、吉原光夫、尾上右近、田中美央、村上淳、酒向芳など、原田組の常連から初参加の俳優まで多彩な顔が揃っている。
映画『ヘルドッグス』のあらすじ
トラウマを抱え正義も感情も捨てた元警官の兼高(岡田准一)は、関東最大のヤクザ組織〈東鞘会〉に潜入させられることになる。その潜入の糸口として警察が目をつけたのは、組織でも誰の手にも負えない、制御不能なサイコボーイの室岡(坂口健太郎)だった。
警察の調査ではじき出された兼高と室岡の相性は98%。実際に二人の相性は抜群で、気づけば互いの心の隙間を埋めるような必要不可欠な存在になり、最強の“狂犬コンビ”として猛スピードで組織を上り詰めていく。
しかし、「潜入捜査」という絶対に明かせない“真実”を抱えたまま、彼らは予測不能な展開に巻き込まれていく。
堀木三紀プロフィール
日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。
これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。