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Entry 2018/10/19
Update

【橋爪功インタビュー】映画『ウスケボーイズ』成熟したワインのような役者が若き後輩たちに語る思い

  • Writer :
  • 大窪晶

桔梗ヶ原メルローを生んだワイン界の巨匠、麻井宇介の思想を受け継ぎ、日本ワインの常識を覆した革命児たちを描いた映画『ウスケボーイズ』

ワイン造りに生涯をかけ、若者たちにワインを伝播するレジェンド麻井宇介を演じるのは、橋爪功さんです。


©︎ Cinemarche

本作の公開に先立ち、橋爪功さんにインタビューを行い、映画の魅力や役者についてお話を伺いました。

今回はインタビューでの橋爪功さんの言葉ひとつひとつを余すことなくお届けします。

甲州ワイン


(C)河合香織・小学館 (C)2018 Kart Entertainment Co., Ltd.

──『ウスケボーイズ』のオファーを受けたきっかけは何ですか?

橋爪功(以下、橋爪):ワインです。

このオファーを受ける前から、ワインの時期になると、よく山梨には遊びに行ってたんですよ。4、5年以上は通ってたかな。

だから山梨のワインについては結構シンパシーを感じてたし、応援をしてたんですよね。

昔に比べたら実際にすごく美味しくなってきたし、日本のワインは今や馬鹿に出来なくて、結構世界に出回ってますからね。

僕が通ってたのは、この映画の舞台よりすこし外れた違う地域なんですけど、そこにもやっぱりワイン造りの名人がいらして、自分がやったワイン造りを近隣のブドウ園農家にノウハウを秘密にしないで全部教えちゃうのね。

それもあって甲州全体のワインのレベルが一気にあがったんですよ。

なので前から山梨のワインには惹かれていて、そこへこの『ウスケボーイズ』のオファーでしょ。

麻井宇介さんも似たようなことをやってらしたと聞いて、何か甲州ワインの歴史のようなものを感じましたね。

日本でワインていうと、僕の若かりし頃は本当にロクなワインが無かったから、これは色んな人に知ってもらいたいなという想いはありましたね。

それに監督の柿崎ゆうじさんが不思議な人で、ワインというものにも凄い熱意があった。そんなこともあってわりと何の躊躇もなく「やります」と即受けしましたね。

柿崎ゆうじ監督と麻井宇介さんの魅力


(C)河合香織・小学館 (C)2018 Kart Entertainment Co., Ltd.

──柿崎監督はどんな方なんですか?

橋爪:彼の経歴が面白くて、本当に穏やかな監督。でも、若い頃にアメリカでキックボクシングのチャンピオンになって、日本に帰ってきて警備会社を作るんですよ。ちょうど日本のVIPだとかに警備を付ける走りの頃で、この会社が急成長しちゃったらしい。

その話が面白くて、変わってるねえって。

それから暫くして、ワインにはまっちゃってワインのお店を作ったりと、色んなことをやってるんですよ(笑)。

演劇の戯曲を書いたり、演出もしたりと、物事を難しく考えないでやりたいと思ったら突き進んで行く人だから、そんな監督の物怖じしない生き方みたいのに興味があってね。

でも心臓に病を抱えていて、いつ発作が起きるか分からないんだけど、そういうのを見ても凄いなあと感心しますね。

余談ですけど、クランクアップしてから監督のワインのお店に何人かで行ったら、なかなか手に入らないようなワインがずらっと並んでて、それを大盤振る舞いしてくれてね。「ああ、出てよかったなあ」って思いましたね(笑)。

──麻井宇介さんについてはいかがですか?

橋爪:学者肌で何かを独占するんじゃなくて、知恵とか知識とかノウハウだとかを周りに全部あげてっちゃう人。そんな宇介さんに薫陶を受けた若者たち「ウスケボーイズ」が色んな場所で大活躍していく。

宇介さんは病をされてワイン造りが出来なくなった人だけれども、自分が思い描いていたものの道筋ぐらいは若い人に教えられるんじゃないかって出来るだけいろんなことをサジェスチョンしていった人で、本当に感銘を受けますね。

こんな素敵な人がいて、若者たちがその下で育っていく。

僕も演劇集団円という劇団で芝居をやっているんですが、そこにいる若い人たちが活躍してくれるのをどこかで期待している。宇介さんにシンパシーを感じるし憧れがありますね。僕の場合はいつも裏切られてるんですけどね(笑)。

その憧れと同時に、自分自身に対する反省も込めて、周りの人間ともう一度、生きることの辛さと共に、楽しむってことをやっていきたい。まさに宇介さんはそれを実践されてきた方なんで本当に素敵だなと思います。

憧れを持って生きる


(C)河合香織・小学館 (C)2018 Kart Entertainment Co., Ltd.

──今回は特に若い方たちとの共演でしたが?

橋爪:この歳になると周りはいつも若い人ばっかりですから(笑)。

劇団もそうだけど、若い連中と一緒にいられるっていうのは、凡ゆる意味で刺激になるし、自分の周りに若い人たちがいっぱいいることは人間の生き方として凄く良いポジションにいるかなって、いつも感じてますよ。

宇介さんはご苦労もいっぱいおありだったでしょうけど、地域と一緒に生きる、仲間たちと一緒に生きていくっていうのは、人間の忘れちゃいけない理想に近いよなって気がしますね。

──橋爪さんの若かりし頃も宇介さんのような存在がいらっしゃいましたか?

橋爪:そりゃ何人もいましたよ。

特に芝居なんていうのは当然ひとりでは出来ないから、役者として色んなタイプの先輩がいらして、それこそたくさんの薫陶と刺激を受けましたしね。まどろこっしい事もたまにはありましたけど幸せでしたね。

色んな意味で良い世界に入ったと思いましたよ。

──今の若い役者さんたちに伝えたいことはありますか?

橋爪:(演技は)教えられるものじゃないですからね、上手に盗んでって欲しいなって思います。

宇介さんの羨ましいところは「良いワインを作る」という大命題の下に人生を生き、突き進んでいくことが出来たこと。

兎に角、不味いワインだと駄目なわけで、弟子たちも同様に親方の下で遜色のないものを作らないといけないという職人芸の世界、ある意味とってもシンプルな構図でしょ。

かたや芝居っていうのは、色んな芝居がある訳で、劇作家や演出家が舞台を作りたいっていう事を含めて、ひとつの世界じゃないからもうちょっと複雑な要素があって混沌としているんですよね。

その中で役者はかじるだけで、宮大工が出来る訳でもないし、絵が描けたり、彫刻が出来る訳でもない、何も出来ない訳じゃないですか。悩ましい職業ですよね役者って。土間口まで行ってやった気になるだけですから。

職人さんは、今の現状から更にまた突き抜けて師匠を超える、或いはかつての作品を超えるとか、何かとてもスッキリしてて羨ましいですね。要はそういう世界に、どこかで自分が憧れてるところもあるんですが。

毎日修行して自分を高めていくっていう、自分が早い時期に失くしてしまった理想や夢が、職人さんはちゃんと形にしなくちゃならない。人によっては挫折する人もいるだろうけど、役者の世界っていうのは違うなあって。

毎日そういう訓練をしてきてないから、そりゃそうだよね、そんな事してたら役者なんかやってらんないもんね(笑)。

だからこそ、なにかの役をやる時もその理想を邁進した人たちがいるんだということを忘れないようにしようかなと思いますね。

その事を忘れちゃいけないなって、いつも自分の心の中に留めて役者としてやっています。

役を窶(やつ)して演る


©︎ Cinemarche

──橋爪さんにとって「役者」とはなんですか?

橋爪:なんでしょうね。わからん。だって役者ってテレビでも、映画でも、舞台でも「私は役者です」っていって出て行く訳じゃ無いですからね。

何かの役を窶(やつ)して(*形を変えて)やる訳だから、自分とはどこかで切り離さないと成り立たない訳ですよ。

例えば、素晴らしい演出家だと思ったら、その人のやりたい芝居のためにひとつの駒となって奉仕する。

役者のやれる仕事ってあんまり大したものじゃないですからね。演出家や作家、お客さんのために邪魔にならずに役に立てる存在になれさえすればって肝に銘じながらやってます。

それと同時に宇介さんみたいな人にいつも憧れを持っていれば、俳優としても汚れないで澄んだ目でいられるんじゃないかともね。

──最後に、本作の見どころは?

橋爪:若者の力でしょうね。何かをやろうとする若者の力。青春の映画ですよね。

人間の一生は一年と同じように、若い頃の何かが芽吹くときの「青春」から始まって、それが花開き「朱夏」になって、実をつける「白秋」となり「玄冬」を迎える。

この映画は朱夏まで行かないで、若者たちのいろんなことが花開く前までを描いているからそういう意味で本当の「青春映画」なんですよね。

青春ていうと何となく甘い感じがするんだけど、「青い」春と書く訳ですからね。まだどうなるか分からない最中に、衝突しながらも試行錯誤していく、まさしくそれが青春ですから。

その青春に、ひとつの実を結ぶように宇介さんが時々、手助けをする訳です。

実際美味しいですよ、日本のワインは。

そんなこんなで少しでもお役に立てればと思っています。

映画『ウスケボーイズ』の作品情報

【公開】
2018年(日本映画)

【原作】
河合香織「ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち」

【監督】
柿崎ゆうじ

【キャスト】
渡辺大、出合正幸、内野謙太、竹島由夏、金子昇、寿大聡、須田邦裕、上野なつひ、升毅、萩尾みどり、清水章吾、岩本多代、柴俊夫、田島令子、小田島渚、大鶴義丹、柳憂怜、伊吹剛、和泉元彌、伊藤つかさ、安達祐実、橋爪功

【作品概要】

桔梗ヶ原メルローを生んだワイン界の巨匠と呼ばれた麻井宇介の思想を受け継ぎ、日本ワインの常識を覆した革命児たちの実話を映画化。

主演はワイン造りに苦悩しながらも実直な青年・岡村役を渡辺大が務め、レジェンダリー麻井宇介役で橋爪功が脇を固めます。

監督はマドリード国際映画祭最優秀作品賞3年連続受賞、モントリオール世界映画祭招待上映、ロンドン国際フィルムメーカー映画祭最優秀編集賞受賞など国際映画祭で高評価を得ている柿崎ゆうじ。

原作は第16回小学館ノンフィクション大賞を受賞した河合香織著「ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち」。

本作はマドリード国際映画祭2018で最優秀作品賞、最優秀主演男優賞を、アムステルダム国際フィルムメーカー映画祭2018外国語映画部門で最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞しています。

映画『ウスケボーイズ』のあらすじ


(C)河合香織・小学館 (C)2018 Kart Entertainment Co., Ltd.

岡村(渡辺大)、城山(出合正幸)、高山(内野謙太)、上村(竹島由夏)、伊藤(寿大聡)は「ワイン友の会」の仲間で、集っては世界中のワインを嗜んで蘊蓄を語り合っていました。

ある夜、日本のぶどうを使ったワインがフランスワインより美味しいはずがないと決めつけていた彼らは、仏vs日本ワインでブラインドのテイスティング会を開催しました。

しかし、彼らの予想は外れ、世界に通用する「桔梗ヶ原(ルビ:ききょうがはら)メルロー」の存在を知ります。

この世界レベルのワインを生んだ麻井宇介(橋爪功)に憧れ、ワイン用のぶどう栽培は困難と言われたこの日本の地に、麻井の思想を受け継ぎながら常識を覆すワイン造りに没頭していきます。

そんな矢先、ぶどう畑は大雨・雹・病害などに見舞われ。果たして、日本のワインに革命を起こすことはできるのか…。

まとめ


©︎ Cinemarche

甲州ワインの魅力と、柿崎監督の話を自身のことのように嬉しそうに話す姿に人柄がにじむ橋爪功さん。

また、映画『ウスケボーイズ』で演じた麻井宇介役と、役者でいることのジレンマと劇団の若者への想いを重ね合わせた、興味深い話まで大いに語ってくれました。

そこには今までの人生から得た強い説得力と、浮遊感のような遊び心さえも感じさせてくれます。

役者の業を理解しながらも、「役を窶(やつ)して(*形を変えて)やる訳だから、自分とはどこかで切り離さないと成り立たない」という自由さは、名優の孤高さそのものなのでしょう。

ウスケボーイズさながら、橋爪功さんに魅了され、役者としての言葉のひとつひとつは、心に沁み入ってきました。

映画『ウスケボーイズ』は、2018年10月20日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。

インタビュー/大窪晶

橋爪功プロフィール

1941年9月17日生まれ。大阪府出身。文学座、劇団雲を経て、1975年に演劇集団円の設立に参加し現在は座長を務めます。

映画では『キッチン』などで日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『お日柄もよくご愁傷さま』、『東京家族』にて日本アカデミー賞主演男優賞を受賞など受賞歴は多数。

近年の映画出演作には『三度目の殺人』『DESTINY鎌倉ものがたり』などがあり、2016年からは『家族はつらいよ』、『家族はつらいよ2』、『家族はつらいよ3』と、3作品続いている「家族はつらいよ」シリーズに主演しています。

また舞台『景清』で芸術選奨文部科学大臣賞、『謎の変奏曲』にて、読売演劇大賞の最優秀男優賞受賞経験もあり、映画・ドラマ・舞台と名実ともに日本を代表する実力派俳優です。

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