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Entry 2024/02/11
Update

【青柳拓監督インタビュー】映画『フジヤマコットントン』で記録できた“ここにいる”と認め合える関係ד利己的で利他的”な仕事の在り方

  • Writer :
  • 河合のび

映画『フジヤマコットントン』は2024年2月10日(土)よりポレポレ東中野ほかで全国順次公開!

山梨県・甲府盆地の中心にある障害福祉サービス事業所「みらいファーム」。自身の在り方を、他者が在るがままに受け止めてくれる温かい雰囲気の中で、様々な障害を持つ人々が思い思いの時間を過ごしています。

自身の母の職場だったため、幼い頃から同施設に親しんでいた青柳拓監督が制作した『フジヤマコットントン』は、人々が施設での仕事と日常の中で時に悩みながらも、懸命に生きる姿を丁寧に映し出したドキュメンタリーです。


(C)Cinemarche

このたびの劇場公開を記念し、映画『フジヤマコットントン』を手がけられた青柳拓監督にインタビューを行いました。

みらいファームでの撮影が自然と人々に受け入れられた理由、本作を通じて記録できた「“ここ”にいる」と認め合える関係、青柳監督にとっての「映画監督」という仕事など、貴重なお話を伺えました。

「映画監督の拓ちゃん」として受け入れてくれた


(C)nondelaico/mizuguchiya film

──青柳監督が幼い頃から親しんでいた障害福祉サービス事業所「みらいファーム」における人々の営みを記録した本作は、どのように撮影を進められていったのでしょうか。

青柳拓監督(以下、青柳):『フジヤマコットントン』は自分が小さい頃に体験したみらいファームでの記憶が、今もまだここに在ったという喜びから出発しています。

その上で、本作の撮影は「映画の撮り手であり、施設での記憶を持つ自分自身もちゃんと“ここ”にいる」という姿勢の中で進めるべきだと考えました。つまり、みらいファームで生活を送る皆に、カメラの存在を受け入れてもらう必要があると感じたんです。

ただ実際に施設に行ってみると、皆はカメラを持つ僕のことを自然と受け入れてくれたんです。というのも、施設の職員として働いていた母が、息子である自分が制作した映画が公開されるたびに「拓は今、こういう仕事をしているんだよ」と皆に話してくれていたんです。

その積み重ねのおかげで、カメラを持って施設に訪れた僕のことも「カメラで映画の撮影をしている人」ではなく「映画監督の仕事をしている拓ちゃん」として受け入れてくれた。映画の撮り手として、施設の皆のことを知る一人として、本当にありがたかったです。

「仕事」という利己的で利他的なもの


(C)nondelaico/mizuguchiya film

──みらいファームでは花の栽培の仕事に携わっている入所者・達成さんの青柳監督への「“仕事”ってなあに?」という問いをはじめ、本作は「“仕事”とは何か?」を観る者に再考させる映画でもあります。

青柳:何気なく撮影をしていた中で、達成さんに「“仕事”ってなあに?」と訊かれた時には本当にビックリしました。

僕は『東京自転車節』(2021)での経験から、とっさに「一生懸命汗をかいて、お金を稼ぐこと」と答えましたが、達成さんは「そうじゃないよ」と優しく自分の想いを伝えてくれました。そのやりとりを撮影していた時「こういうことが“映画”になるんだろうな」「僕は映画制作の中で、こういうことを撮りたいんだろうな」と感じました。

達成さんの「“仕事”とは何か?」の答えは、「見つけられた自分のやりたいことを、他者へとつなげることが仕事なんだ」と教えてくれているんだと思います。仕事とは常に利己的だけれど、同時に利他的でもあるのが一番なんだと、彼の言葉から学ぶことができました。


(C)nondelaico/mizuguchiya film

青柳:達成さんは上映会にも来てくれて、『フジヤマコットントン』を本当に気に入ってくれました。それは、みらいファームを映し出した本作が「自分は“ここ”にいる」という証にもなったんだと達成さんが感じてくれたからじゃないかと僕自身は捉えています。

ドキュメンタリーにおいて、カメラの前にいる人と撮り手の関係性自体も記録し、それを観客に伝えるのはとても大切なことだと考えています。達成さんと僕のやりとりをはじめ、『フジヤマコットントン』はその関係性が直接的に反映された映画だと感じています。

撮り手もまた人であることを肯定してくれた上で、カメラの前にいる人と「映画を一緒に作れた」「映画を“共作”できた」という喜びを、本作で実感することができました。

目の前で生きている人の魅力を撮る


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──本作は障害福祉に関する社会問題を訴えた映画というよりも、あくまで「当事者」であるみらいファームの人々の「個人」としての魅力にクローズアップした映画といえます。

青柳:障害福祉に関する社会問題を考えることは、とても大切なことです。だからこそ問題提起を試みる作品は大切なんですが、一方で問題の当事者である人々が、日々の生活の中で本当に「問題」と感じていることは何だろうとも思ったんです。

一つ一つの例と向き合わない限りは本当の「問題」を挙げることはできないし、社会問題そのものではなく「目の前で生きている人」を見つめ続ける作品も、障害福祉を考える上で大切なんだと感じたんです。

『フジヤマコットントン』は障害福祉に関する社会問題が根底にありつつも、それを映画の中ではあえて伝えずに、そこで生きている人々の人としての魅力を肯定的に推した映画であることは自覚しています。ただ僕は、みらいファームの皆の魅力を知っている人だからこそ、目の前で生きている人の魅力を撮ることを本作では徹底したんです。


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青柳:ちなみに、達成さんは写真撮影が趣味で、当初はよく育てている花や風景を撮っていたんですが、映画の撮影が続く中で次第に施設の皆の姿を撮るようになりました。それは僕や撮影を担当してくれた山野目さん、野村さんが「人」を見つめ、撮り続ける理由を感じとってくれたからだと思っています。

それに達成さんって、写真がとにかく上手いんです。カメラポジションの置き方や被写体となる施設の皆への声をかけ方など、そのプロフェッショナルといえる撮影への姿勢は純粋に素晴らしくて、撮り手としてとても勉強になりました。

相互関係といいますか、お互いに影響を与えて変化し合えたんです。達成さんと同じように、僕も撮影を続ける中で変化できたのは、本当に幸せな時間でした。

「“ここ”にいる」と認め合える関係


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──青柳監督は現在、「映画監督」というご自身の仕事をどう捉えられているのでしょうか。

青柳:「面白い映画を作りたい」という自分自身の利己的な願いもある一方で、「面白い映画を皆に観てほしい」という利他的な願いもあるんです。

「今まで見たことのない景色や、未知の人との新たな出会いが待っている」というワクワクを、人に話すことで一緒にワクワクしたいという感覚に近いですね。その目に見えない自分のワクワクを、映画という目に見える形で皆に共有したいんです。

人との関係の中で生まれるものは、とても輝いて見えるし、かけがえのないものだと感じています。映画もまたその一つであり、映画を通じて新たな人同士の関係が生まれるとなお良いなと思っています。

相模原障害者施設殺傷事件(2016)は人を殺めることによって、その関係性の一切を断絶させてしまった事件でもありました。人との関係を決して取り戻すことのできない形で絶ってしまう、それこそが「絶望」だと感じました。

関係することは、言葉を交わさなくても別に良くて「“ここ”にいる」とお互いに認識し合うだけで構わないんです。たとえお互いが憎み合っていたとしても「じゃあ、この人から離れよう」「いや、それでもこの人から離れたくない」と選択できる状態が大切なんです。

「僕は“ここ”にいる」「君も“ここ”にいる」と認め合える関係の在り方が、みらいファームにはあります。だからこそ本作では「自分自身も“ここ”にいる」という姿勢で撮影を進めましたし、観客の皆さんにもそう感じてほしいんです。

劇場での疑似体験として、みらいファームという場所にいる感覚を抱いてもらうのは、あくまで「映画の嘘」なのかもしれません。ただそれは、いわゆる「映画の魔法」でもあるはずです。

インタビュー/河合のび

青柳拓監督プロフィール

1993年生まれ、山梨県市川三郷町出身。日本映画大学に進学後、卒業制作の初監督作『ひいくんのあるく町』が2017年に全国劇場公開。

2020年には短編『井戸ヲ、ホル。』、2021年には「山梨県重症心身障害児(者)を守る会」の企画・製作として短編『あゆみの時間』を製作した。

2021年、テレビ東京系列テレビ番組『ノンフェイクション』で初のテレビディレクターを務める。さらに同年7月には、コロナ禍での自身の自転車配達員としての活動を記録した監督第2作『東京自転車節』が全国劇場公開。同作はのちにドイツ・イギリス・オーストラリア・ポーランドの映画祭でも上映された。

映画『フジヤマコットントン』の作品情報

【公開】
2024年(日本映画)

【監督・撮影】
青柳拓

【構成・プロデューサー】
大澤一生

【撮影】
山野目光政、野村真衣菜

【編集】
辻井潔

【音楽】
みどり(森ゆに、青木隼人、田辺玄)

【作品概要】
山梨県の障害福祉サービス事業所「みらいファーム」で仕事、あるいは《生きること》に取り組む人々が繰り返しの日々の中で、他者との関わりを通じて少しずつ変化していく等身大の姿を記録したドキュメンタリー。

「みらいファーム」を見守る富士山と、ふわふわとすべてを柔らかく包む綿(コットン)という二つのモチーフから生まれた、カメラに映る全てを優しく力強く肯定する映画です。

監督は、コロナ禍・緊急事態宣言下の東京で自身の自転車配達員としての仕事を記録したドキュメンタリー『東京自転車節』(2021)で話題を集めた青柳拓。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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