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Entry 2021/09/16
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映画『令和対俺』あらすじ感想と考察解説。コスメティックDNAの大久保健也監督が漫才師の“時代錯誤の悲哀”を描く

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  • 20231113

映画『令和対俺』は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021」にてシネガーアワード受賞!

2021年9月16日(木)〜20日(月)開催の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020」コンペティション部門に出品され、ワールドプレミア上映を迎える映画『令和対俺』。

全く売れない漫才師が、自身の時代錯誤な芸風も私生活も行き詰まって自身を見失う中で、ついには観客の精神を衰弱・破壊させる戦慄の「ゴア漫才」へと突っ走ってゆく衝撃の問題作です。


(C)穏やカーニバル

2020年の同映画祭にて北海道知事賞を獲得し、10月9日(土)よりK’s cinema他にて全国順次公開を迎える『Cosmetic DNA』を手がけた大久保健也監督の、長編第2作にあたる本作。

ゆうばりファンタ・コンペ部門での2年連続ノミネートを果たした、監督・大久保健也ワールド全開の映画『令和対俺』をご紹介いたします。

映画『令和対俺』の作品情報

【公開】
2021年(日本映画)

【製作・企画・監督・脚本・撮影・照明・美術】
大久保健也

【出演】
西面辰孝、クレゴン太、こんじゅり

【作品概要】
初長編『Cosmetic DNA』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020にて北海道知事賞を獲得した、大久保健也監督の長編第2作。最低な芸風を貫く、全く売れない漫才師の主人公が、自身の芸風も私生活も行き詰まる中、ついには観客の精神を衰弱・破壊させる戦慄の「ゴア漫才」へと突っ走ってゆく衝撃の問題作です。

本作の主演であり、時代遅れな孤高の毒まみれ芸人・塚口役を務めたのは俳優・西面辰孝。本作の製作・企画・共同脚本・美術を手がけた他、『Cosmetic DNA』でも製作・出演も務めている大久保監督の盟友的存在です。

さらに相方・国松役を俳優・クレゴン太が、塚口の恋人・美香子役を女優・モデルにして、ポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」でメインMCも務めるこんじゅりが演じるなど、ゆうばりファンタ2021を彩るキャスト陣が出演しています。

映画『令和対俺』のあらすじ


(C)穏やカーニバル

とある小劇場の舞台に立つ、塚口敏夫(西面辰孝)と国松博之(クレゴン太)の漫才コンビ「灰皿兄弟」。しかし下ネタ・不謹慎ネタまみれかつ、暴力的な内容の彼らの漫才は劇場から敬遠され、活躍の場を失いつつありました。

自分の芸風を信じ、貫こうとするネタ担当の塚口。しかし昔ならともかく、令和の時代には彼の芸風も破滅的な生き様も認められません。芸人仲間に暴力を振るい、恋人の美香子(こんじゅり)にも冷たく当たる塚口。

ある日国松に、テレビ局のプロデューサーから深夜番組への出演話が舞い込みます。しかし今の芸風では、コンビでのテレビ出演は不可能。相方の国松は塚口に、今後は自分がネタを書くと告げました。

全てを否定された塚口は、それでも国松と共に新たなスタイルの漫才に挑戦します。しかし美香子にも見捨てられた彼は、精神的にも追い詰められていました。舞台上の彼の脳裏には様々な思いがよぎり、精神は混乱していきます。

神経衰弱ギリギリの状態になった塚口は、何が現実で何が妄想かも判らないまま、己の芸風と生き様を爆発させてしまいます……。

映画『令和対俺』の感想と評価


(C)穏やカーニバル

昭和愛/モノクロ映画愛をも打ち破る、強烈な「毒」

冒頭13分に渡って繰り広げられる、本当に笑っていいのやら困惑する、ドン引きの下ネタ・不謹慎ネタ満載の漫才。しかしよどみなく一気に見せる漫才は、観る者がネタから感じる居心地の悪さも含めて圧巻です。

売れない芸人の自己満足漫才だから、漫才自体はショボくていい……ではなく、リアリティのある限りなく本格的な漫才シーンを披露するために、塚口役・西面辰孝と国松役・クレゴン太は2ヶ月に渡ってこの漫才を練習したとのこと。その結果完成度の高い、ゆえに「イタさ」が際立つ漫才シーンとなりました。

また「灰皿兄弟」による漫才シーン後も芸風そのままの、不愉快な物語が続くのかと思いきや、映画では一転して、主人公・塚口のストイックで破滅的な生き様が描かれます。

1970年代、昭和の実録ヤクザ映画かATG映画かといった生活感ある空間で、破滅へと突き進む男の刹那的な物語を描く画面は、IMAXの70mmフィルム上映と同じ1.43:1の縦横比。さらにモノクロ映像(効果的にカラーも使用)という表現には、《映像派》監督・大久保健也のこだわりを強く感じました。

主人公・塚口と観客の精神を追い込んでゆくモノクロ映像は、大久保監督が敬愛するダーレン・アロノフスキー監督の『π』(1999)を意識したものかもしれません。

しかし本作は、決して昭和の破滅型芸人をリスペクトした物語ではありません主人公の転落する姿の描写こそ、監督・大久保健也ワールドの真髄であり、「文芸スプラッター映画」と評された熊井啓監督の『海と毒薬』(1986)、松井良彦監督の伝説的カルト映画『追悼のざわめき』(1988)顔負けのモノクロ・ゴアシーンが登場します。

昭和愛・モノクロ映画愛という枠を破るほどの強烈な毒に満ち溢れ、さらに観る者を唖然とさせる衝撃的ラストで観る者を待ち構える本作には、誰もが圧倒されるに違いありません。

『Cosmetic DNA』と共通する、大久保健也監督作の魅力

「放送できない過激な漫才」という設定の映画といえば、剣太郎セガールとぜんじろう、そして香川照之が出演した『ピーピー兄弟』(2002)が。さらに「暴力」ツッコミがコンビ間の確執を生む展開といえば、スペイン映画の『どつかれてアンダルシア(仮)』(1999)があります。

『ピーピー兄弟』は思わず口走った下ネタで人気者になった漫才師兄弟が、様々な出来事の果てに幸せを掴む物語。一方『どつかれてアンダルシア(仮)』は、どつき漫才で成功したものの互いに憎しみを募らせ、挙句の果てに殺し合いにまで……と発展するブラックコメディでした。

「ブラックなネタで成功した漫才師の物語」というと、芸風に悩んだまま破滅するか、それとは別にあった幸せに気付くまでを描くか、あるいは最後まで芸風に翻弄される様を面白おかしく描く物語をイメージされる方が多いはずです。

しかし『令和対俺』ではあくまでも、相方や恋人に否定されても自分の芸風・生き様を捨てられず、結果破滅に突き進む男・塚口に焦点が当てられます。そこからは一人の漫才師の生き様ではなく、自ら選んだ道に束縛された、男の哀しさと狂気の姿が見てとれます。そしてその姿は、全ての「もの」を生み出す者……「創作」という価値観を絶対と信じるゆえに縛られる者の姿も同時に描き出しています

「過激で攻撃的な映画」と受け止められがちな大久保監督作品ですが、そこには前作にあたる初長編『Cosmetic DNA』でも描かれた、古い価値観に縛られ、「創作」を通じて虚勢を張らざるを得ない「男」の姿……自己中心的で女性に支配的という単純な「男」の姿ではなく、そう振る舞わねば不安に襲われてしまう「男」の姿です。

この視点こそが、大久保監督の作品を単純なバイオレンス映画にとどめさせない最大の理由であり、大久保健也監督作の魅力なのです。

大久保監督の前作にして初長編『Cosmetic DNA』を観た方であればあるほど、映像・音楽ともにあまりにもアプローチの仕方が異なる長編第2作『令和対俺』の全貌に驚かれるはずです。しかし同時に、両作品に通底する「共通の視点」に気付いた時、大久保監督が生む映画の魅力を再確認させられるでしょう。

まとめ


(C)穏やカーニバル

ドン引きする漫才に始まり、過剰なほど「昭和」を感じさせる空間を描き、その中で「令和」という時代と致命的にズレた男の悲劇を、衝撃的な映像表現で見せつけた作品『令和対俺』

タイトルからして「昭和の価値観上げ/令和の価値観下げ」……をイメージする方もいると思いますが、劇中で描かれるのは漫才/作品を生み出すことに固執するあまり、周囲が見えなくなった男の悲劇をです。

踏みとどまるチャンスもあった、別の幸せを掴む道もあった。それでも自分の選んだ芸道と生き様を否定する勇気がなく、考えることもできなかった男の悲劇を、映像の力で表現しました。その物語には、映画監督として活躍する大久保健也の、作品を生み出す者への敬意と共感と批判、そして自らの姿勢への覚悟が込められているのでしょう。

また、初長編『Cosmetic DNA』がゆうばりファンタ2020にて賞を獲得した際、大久保監督は審査員長であった清水崇監督に「次は音楽とダイジェスト編集に頼らない、展開の構成を凝縮した作品を期待します」とコメントを受けていました。その期待に応える作品として、彼は盟友・西面辰孝と共に『令和対俺』を完成させたのです。

時にプレッシャーと化す次回作への期待に、全力でもって応えられる“作家”力。そして期待を糧に新たな作品を生み出す創造力こそ、大久保健也監督作の魅力。その二つの力がある限り、大久保監督は漫才師・塚口のようにはならず、「令和」という新たな時代にこそ必要な、新たな境地の映画を生み続けるでしょう。

映画『令和対俺』は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021コンペティションでワールドプレミア上映!




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