静寂の中にある「食人」を描く
恐ろしくも物哀しい愛と暴力の物語
日越外交関係樹立50周年記念の特集企画「ベトナム映画の現在plus」で日本初上映を迎え、名古屋シネマスコーレで2023年11月25日(土)より開催の「ベトナム映画祭2023」では初の日本語字幕版の上映が決定された映画『Kfc』。
本作が長編映画初監督となるレ・ビン・ザンが手がけた本作は、上映が行われるやいなや鑑賞者たちが次々と作中の「食人」シーンに言及し、SNS上でも話題となりました。
「食人」というたった一つのワードで高くなってしまった鑑賞のハードルですが、本作は猟奇性だけでなく物語や映像にも多くのこだわりを感じる、映像作品としてクオリティの高い映画でもあります。
今回はそんな話題沸騰のベトナム映画『Kfc』の魅力をご紹介いたします。
CONTENTS
映画『Kfc』の作品情報
【日本公開】
2023年(ベトナム映画:2016年製作)
【監督・脚本】
レ・ビン・ザン
【キャスト】
タ・クアン・チエン、トラム・プリムローズ、ホアン・バ・ソン、グエン・トニー
【作品概要】
本作が長編映画初監督となるレ・ビン・ザンが手がけたベトナム産バイオレンス映画。
本作は2023年8月に行われた「ベトナム映画の現在 plus」で日本初上映を迎えたのち、名古屋シネマスコーレで2023年11月25日(土)〜12月8日(金)開催の「ベトナム映画祭2023」でも特別上映が決定されました。
映画『Kfc』のあらすじ
チキンを食べながらコーラについての持論を語る男は、座らせていた一人の人間を手にかけます。
狂気と絶望に染まる男は、建物を出たところで何者かの運転する車にはねられてしまいます。
時は遡り、某ファストフード店で働く女性は恋人の青年とバイクで移動している最中に事故に遭います。彼女たちをはねた救急車の中の男性は、二人を車に乗せると想像を絶する行為に及び始めます。
この時、すでにそれぞれの人間の復讐の物語が動き始めていました……。
映画『Kfc』の感想と評価
“特別な光景”として描かれていない「食人」
人間が人間を食べる「カニバリズム」と呼ばれる行為は、大多数を占める普遍的な人間の感性からすると「普通」とは呼べない行為といえます。
そのため多くの作品では「食人」シーンをセンセーショナルに描きがちであり、ホラー映画として人気・知名度の高い『グリーン・インフェルノ』(2015)でもショッキングな「食人」シーンが展開されていました。
また「カニバリズム」に関しても、『羊たちの沈黙』(1991)でアンソニー・ホプキンスが演じ有名となった殺人鬼ハンニバル・レクターが著名であり、前日譚を描いた『レッド・ドラゴン』(2003)やドラマ「ハンニバル」シリーズでも「食人」シーンが描かれてきました。
ですが、ハンニバル・レクターの「食人」シーンも、彼の常軌を逸した嗜好を強調するために『グリーン・インフェルノ』とは異なった方向性で描かれています。
一方、本作『Kfc』では「食人」シーンが決して“特別な光景”として描かれてはおらず、たまたま手に入った間食のようであったり、友人とともに摂る日常的な食事のように人肉を食していきます。
登場する子どもの一人が躊躇いなく人肉を食する風景は、「食人」という行為が彼らにとって“日常の行為”であることを感じさせるように描写しています。
考えてみれば、人肉を食べる習慣を持つ人間にとってその行為は特別なものではないはずであり、あえてセンセーショナルに描かないことで、彼らの日常に「食人」が常にあるということを映像のみで表現していました。
「復讐の連鎖」を描いた物語
本作はセリフ数が少なく、また少ないセリフの多くも日常的な会話に終始しており、物語が難解に感じてしまう人もいるかもしれません。
時系列がバラバラに描かれていることも難解さを感じさせる一因ですが、物語を“古い順”に並び替えることで全容を簡単に理解することができます。
「なぜあの人が、あの人に殺されるのか」という疑問の多くは、物語の理解とともに解消されるほどに、それぞれの人間関係が見事に成立した脚本。
本作は「食人」が引き起こした複数の復讐劇が入り混じった物語であり、少ない登場人物の中に数多くの憎悪と偏愛の線が引かれています。
物語の序盤に登場するバイクに乗った青年。「ヘッドホン」が特徴的な彼は、鑑賞者にとっての復讐の物語の起点にいる登場人物であるため、最も物語を紐解きやすい存在であり、最初の鑑賞時は彼に注目し物語を紐解いてみていただきたいです。
「バイオレンス映画」として光る数々の描写
本作の最大の特徴は何と言っても「食人」シーンではありますが、それぞれの“絶望”を抱える少年少女が“闇”の世界に堕ち、犯罪行為を繰り返しながら生きていく「バイオレンス映画」としても光る描写が数多くありました。
仲間たちと協力して観光客からスリを行う少年は、不良たちに絡まれている少年を助けるために年上の不良たちに立ち向かいます。
複数の不良に攻撃されながらも、徹底的に相手のリーダーだけを狙い攻撃する1対多数のケンカの勝ち方を描いた細かな描写から、不良に石で殴られ倒れた後にタバコをふかす姿の格好良さ。
単なる映像による描写だけでなく、少年がスリの材料として使用していた「ライター」と「炎」が常に彼の人生に付きまとう、脚本のキレもある本作。
映画作りにおいて参考にした映画がほとんどないとされるレ・ビン・ザン監督だからこそ表現できる、自由で新鮮すぎる描写に、今後監督が手がける数々の作品が楽しみになりました。
まとめ
本作では「食人」だけでなく「屍姦」も登場し、とても気軽におすすめできる作品ではありません。
しかし、本作には「食人」を特別な行為として映さないことで生まれたそれぞれの人物の背景や、難解に見えながらもしっかりと紐解くことで明らかになる復讐の物語など、高いハードルを乗り越えて鑑賞する価値が充分にありました。
物語をすべて理解できた時、最後の「食人」が猟奇的ではなく「愛」に見えること間違いなしの映画『Kfc』。グロテスクな描写に耐性のある人は、ぜひこの作品を鑑賞し「愛と暴力の物語」を堪能してください。
映画『Kfc』は名古屋シネマスコーレ/2023年11月25日(土)〜12月8日(金)開催の特集企画「ベトナム映画祭2023」にて12月2日(土)に特別上映!