『地獄の警備員』がデジタルリマスター版として復活!
出口が封鎖された真夜中のビルで、怪物のような警備員と対峙する恐怖を描いた映画『地獄の警備員』。
世界的人気を誇る映画監督・黒沢清が29年前の1992年に手掛けたバイオレンスホラーが、2021年にデジタルリマスター版として復活しました。
一流総合商社に就職した秋子が、警備員・富士丸が起こす惨劇に巻き込まれていきます。秋子に久野真紀子、富士丸に松重豊が扮しています。
日常を侵食していく、静かな狂気が恐ろしい本作の魅力をご紹介します。
映画『地獄の警備員』の作品情報
【公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本】
黒沢清
【共同脚本】
富岡邦彦
【キャスト】
松重豊、久野真紀子、大杉漣、諏訪太郎、由良宜子、内藤剛志、大寶智子、洞口依子、岡村洋一、下元史朗、田辺博之、長谷川初範
【作品概要】
一流総合商社に就職した元学芸員の秋子が、元力士の警備員・富士丸が起こす惨劇に巻き込まれるバイオレンスホラー』。数々の名監督を輩出しながらも、1992年に休眠会社となった映画製作会社「ディレクターズ・カンパニー」にて黒沢清が製作した最後の作品となります。
その無表情と凶暴性で不気味さと謎を醸し出す富士丸を、現在さまざまな映像作品にて活躍している名バイプレイヤー・松重豊が演じています。
映画『地獄の警備員』のあらすじとネタバレ
急成長を遂げる総合商社の曙商事。元学芸員の成島秋子は、曙商事に新設された、絵画取引の為の部署12課に配属されます。
出入口でベテラン警備員の間宮に止められた秋子は、新たに身分確認の為に用意していた、自分の写真を渡しました。
その日の曙商事には、新たに配属された新人がもう1人いました。警備員として配属された富士丸という男です。
元力士であり体躯にも優れる富士丸は、過去に兄弟子とその愛人を殺害しながらも、精神鑑定の結果無罪となり社会復帰したといういわくつきの男。しかし遺族の訴えにより、富士丸の再逮捕が検討されているというニュースが、世間では流れていました。
秋子は5名の部署である12課で、絵画取引の仕事を始めますが、5名の中で絵画に精通しているのは秋子だけでした。
特に上司にあたる久留米は、常に不機嫌な様子を見せている変わり者ですが、秋子は同僚の野々村から「人事部の兵藤さんは、もっと怖い」と聞かされます。
秋子が昼休憩に食事をしていると兵藤が現れ、現在取引している絵画の価値だけを聞いて、その場を立ち去ります。兵藤の不思議な行動に、秋子は唖然とします。
一方警備室では、借金を理由に間宮を脅していた、白井という男が富士丸により殺害されました。体を折りたたまれ、ロッカーに詰め込まれた白井の死体を見て戸惑う間宮に、富士丸は「どうするかは、あんたが決めろ」と冷たく言い放ち、その場を立ち去ります。
秋子は、久留米に別室へ呼び出されます。
秋子が入室すると、久留米が突然ズボンを脱ぎ始めた為、驚いた秋子はその場から逃げ出し、資料室に入ります。ですが、資料室は内側から開けられない構造となっていた為、秋子は警備室に電話します。
秋子は警備員を待ちますが、誰も来ない為、長時間資料室に閉じ込められました。すると資料室の地下室に通じる扉が、何者かによって乱暴に叩かれ始めます。
恐怖を感じた秋子ですが、資料室に来た間宮に助けられます。秋子は資料室から出る際に、イヤリングを片方落としました。
秋子の落としたイヤリングを拾った富士丸は、自身の再逮捕が決まったというニュースを聞きながら、秋子の写真を眺めます。
映画『地獄の警備員』感想と評価
脱出不可能なビルの中で元力士の警備員に命を狙われる、恐怖の一夜を描いた映画『地獄の警備員』。
監督の黒沢清自身が「当時の日本映画には存在しなかった、ホラー活劇をやりたかった」と語っている本作は、深夜のビルに閉じ込められた人々が、警備員に次々と命を奪われるという、非常に恐ろしい作品です。
殺人鬼が派手に人を殺していく、海外のいわゆる「スラッシャー映画」とは対極的ともいえる、富士丸の狂気が徐々に暴走を始めるという「静かな恐怖」に包まれた作風です。
そして本作における最大の恐怖は、富士丸の正体と真意が最後まで不明である事です。
富士丸は元力士であり、兄弟子と愛人を殺害した事自体は作中で語られていますが、その動機などに関しては作中では一切明かされていません。
富士丸の台詞「知りたいか?それを知るには勇気がいるぞ」は非常に印象的ですが、正当な理由があったのか、ただ狂気に支配されただけなのか、はっきりとしないだけに、何とも言えない不気味さがあります。
また富士丸は、何故秋子を狙ったのでしょうか?
秋子は新設された12課で仕事をする為に曙商事へ入社しますが、12課は社内でも存在を知られておらず、秋子は居心地の悪い思いをします。
富士丸はそんな秋子に、社会で居心地の悪い思いをしている、自身を重ね合わせたのかもしれません。
自身の再逮捕を知り「俺には時間が無い」と言いながら秋子に詰め寄った富士丸は、自身の最期を前に秋子へ何を求めたのでしょうか?
『地獄の警備員』が製作された1992年は、バブル景気で日本が浮かれていた時代です。作品冒頭のタクシー運転手の台詞からも、当時の一流商社はかなり儲かっており、社員も羽振りが良かった事が分かります。
そんな、日本が浮かれていた時代に、無表情で淡々とした喋り方をする富士丸は、そうとう異質の存在に見えます。
だからこそ富士丸は最後に、自分のような苦しんでいる人間がいる事を、自身に近い存在である秋子に知ってもらいたかったのかもしれません。クライマックスの富士丸の台詞「俺の事を忘れないでくれ」にも、その想いが込められているように感じます。
経済発展していた日本に取り残された存在、それが富士丸だとすると、映画『地獄の警備員』は恐怖だけでなく、悲しみも込められた作品であると言えます。
まとめ
日常が、狂気に支配される恐怖を描いた映画『地獄の警備員』。
本作だけでなく、黒沢清作品は『CURE』(1997)や『蛇の道』(1998)、『クリーピー 偽りの隣人』(2016)などのように、日常に少しづつ異変が生じ、気が付けば狂気に支配されていたという、「ボタンの掛け違い」とでも例えたくなるような独特の恐怖が魅力です。
その魅力は、第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞に輝き話題になった映画『スパイの妻』(2020)にも受け継がれています。
さらに『地獄の警備員』では、富士丸を演じた松重豊の存在感が、恐怖に拍車をかけています。
今でこそ「孤独のグルメ」シリーズなどでの人気より「愛嬌のあるおじさん」のイメージが強いですが、かつてはヤクザ役や刑事役を数え切れないほど演じていた「強面」俳優として知られていました。
『地獄の警備員』は、黒沢清が「底知れぬものを感じた」という、恐ろしい松重豊が堪能できる作品でもあります。そうした現在とのギャップを、楽しんでみてもいいかもしれません。