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リング・ワンダリング|ネタバレあらすじ感想と結末の評価考察。笠松将×阿部純子で描く幻想的な“生と死の実感”

  • Writer :
  • 大塚まき

失われた人々に触れ、東京の土地に眠る記憶がよみがえる幻想譚!

『アルビノの木』(2016)が海外の映画祭で高く評価された金子雅和監督。

自然と人間の関係性を描いてきた金子監督が手がけた映画『リング・ワンダリング』は、東京の下町を舞台に過去と現実が織り交ざる幻想的な物語を描きます。

主人公・草介役は、『花と雨』『ファンファーレが鳴り響く』などの話題作に次々と出演する笠松将。

時空を超えて現れるミドリと、草介が描く漫画のヒロイン・梢を、『2つ目の窓』『Daughters』(2020)で知られる阿部純子が一人二役で演じました。

東京に眠る、忘れられた人々や戦争の記憶と絶滅したニホンオオカミをめぐる幻想譚の魅力をご紹介いたします。

映画『リング・ワンダリング』の作品情報

(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

【公開】
2022年(日本映画)

【監督】
金子雅和

【脚本】
金子雅和、吉村元希

【キャスト】
笠松将、阿部純子、安田顕、片岡礼子、品川徹、伊藤駿太、横山美智代、古屋隆太、増田修一朗、細井学、友秋、石本政晶、桜まゆみ、川綱治加来、納葉秋、ボブ鈴木、比佐仁、山下徳久、田中要次、長谷川初範

【作品概要】
漫画家志望の青年・草介役は、『花と雨』(2020)、『ファンファーレが鳴り響く』(2020)などの話題作に次々と出演する笠松将。

不思議な娘・ミドリと梢の二役には、『2つ目の窓』(2014)、『Daughters』(2020)で知られる阿部純子。さらに、安田顕、長谷川初範、片岡礼子らなど実力派俳優陣が集結。

監督は、初長編監督作『アルビノの木』(2016)で注目された金子雅和。美術監督は『Shall we ダンス?』(1996)で日本アカデミー賞最優秀美術賞を受賞した部谷京子。劇中漫画を、水で線を書きそこに墨を落とす技法が特徴の漫画家・森泉岳土が手がけ、現実と幻想が入り交ざる世界観を作り上げました。

アジア最大級の映画祭、第52回インド国際映画祭で金孔雀賞を受賞。

映画『リング・ワンダリング』あらすじとネタバレ


(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

漫画家を志す草介は、自身の漫画で絶滅した二ホンオオカミを題材に制作していました。

東京から離れた山の中を流れる川のほとりで二ホンオオカミのイメージを再現しようとしますが、上手く描けません。

ススキ野原でカメラを手にした少年に出会います。少年からオオカミのスケッチを「なんか違わない」と言われた草介は、ムッとして「わかったこと言うなよ、オオカミはもういないのに」と言い返しました。

少年は、「たぶんいるよ、まだここに。こんど写真に撮って見せてやる」と言って姿を消しました。

東京の工事現場でバイトをする草介は、先輩から漫画の続きがどうなったのか話しかけられます。

二ホンオオカミの資料も少なく筆が進まないことを伝えると、「もっと感情とかあったか味とかあった方がいいんじゃね」とアドバイスされますが、「これはバトル漫画なんで」「あった味とかいらないです」ときっぱりと切り捨てます。

それでも、ストーリーの展開に口を挟む先輩に漫画の意図を伝えて断言すると「すげぇな、漫画家って神様みてえだよな」と言われます。

草介の根詰めた顔を察した先輩が「ちょっと息抜きしろよ」と言い、今夜、川のあたりで花火大会があるから好きな子でも誘って行って来いと付け加えます。

休憩時間が終わり、草介が現場で穴を掘っていると斜面の土の中から動物の頭蓋骨らしきものを見つけます。

その頭蓋骨をこっそりと家に持ち帰った草介は、パソコンでオオカミの頭蓋骨を調べます。すると持ち帰ってきた骨は、オオカミの頭蓋骨に似通っていました。

制作中の漫画の原稿をめくっていくと、冬の山間にある村を描く1コマに目が留まります。

漫画は臨場感を帯び、雪が降り積もる集落の中へと入り込みます。

村人の3人が、雪についた血痕を囲んで誰の仕業か話し合っていると、罰当たりと噂される銀三が現われます。銀三は血痕を一目見ただけで、オオカミの仕業だと言い当てます。

ですが、オオカミは、村人たちからオイヌサマと神格化され崇められてきた存在でした。オイヌサマの仕業であれば、目をつむるしかないと言う村人たちを鼻で笑った銀三は、町で仕入れた最新の火薬罠を見せつけ、高笑いをあげます。

過去に銀三の一人娘の梢は、父が仕掛けた罠で命を落としていました。それを知っている村人たちはまた同じ過ちを繰り返すのではないかと強く批判し、取っ組み合いになりました。

銀三は、村から出ていくことを宣言し、村人たちの元を去っていきます。遠くの山からオオカミの遠吠えが聞こえると「おれの相手をできるのはお前しかいねぇ。待ってろよ」と不敵な笑みを浮かべる銀三。

その銀三の横顔を捉えた漫画の1コマの原稿に戻っています。オオカミの1コマを書き直した草介は、見つけた頭蓋骨を指で確かめるようになぞりました。

家を出た草介は、花火を見に行く人だかりとは逆方向に橋を渡り、バイト先の工事現場に向かいます。

骨を見つけた場所で、顎の部分を探そうとしますが、すぐ近くで女の人の声が聞こえます。

草介はとっさに身を隠しますが、女と鉢合わせになり、彼女は驚いた拍子に工事現場の段差で転倒し、怪我をしてしまいます。

ミドリという女は、一週間前からシロと名付けた飼い犬が行方不明になり探していたのでした。くじいた足が痛くて立ち上がれない彼女を、草介がおぶって家に送ることに。

暗い夜道を行くと、「そこの鳥居をくぐって」と指示通りに石段を上っていきます。

不気味な気配に不安になる草介でしたが、先を急ぐと神社の物陰で抱き合う男女の姿を目撃します。気づいた男から「出歯亀野郎」と罵られて、石を投げられます。

さらにミドリをおぶって神社を抜け、彼女の家族が営む写真館まで送り届けました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『リング・ワンダリング』ネタバレ・結末の記載がございます。『リング・ワンダリング』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

ミドリの母に引き留められた草介は、家に上がります。高いレンズなどが供出されたとミドリが話しますが、草介にはその意味を飲み込めないでいました。

その後、家族の晩ご飯に出されたどじょう鍋をご馳走になります。食卓を囲みながら、田舎に行っているというミドリの弟、黄太の話を聞きますが、ここでも草介が、学校は休み?と尋ねると、ミドリの家族は不審な顔をするばかり。

シロがいなくなったと知ったら、一番可愛がっていた黄太が寂しがると聞いて、草介はシロの絵を描きました。草介の絵を囲んで、束の間の団欒を過ごします。

別れ際、草介が花火大会のことを聞くと、「君はさっきからおかしなことばかり言う」とミドリの父親に言われ、冬に花火大会があるはずがないから、聞き間違いだったのかと思い直しました。

ミドリが神社まで見送りに来ると、草介のことを「ほんとは幽霊だと思った」と言われます。草介もミドリのことを「生きた人間じゃないと思った」と答えると、「足あるよ」と言って片足でぴょんぴょんと飛んで見せました。

ミドリが大きな御神木を見上げながら「もう駄目かな」と呟き、「え?何が?」とすっとんきょうに答えると、ミドリから「おかしな人」と言われます。

ミドリは「シロがいたら教えてね」と草介の手を握ります。そのミドリの表情を書き写そうとスケッチブックを取り出しましたが、書くものがありませんでした。

急に「おぶって」と言うミドリの言う通りにすると、近くの木の枝を折って、草介に渡しました。インクもないので、今は書けないことを伝えると「じゃあ、今、おぼえて」「私の姿。わすれないで」とミドリから言われ見つめ合います。

それから、草介は別れを言って神社の石段を降りていきました。

いつもの夜道を歩く草介。橋の上に花火が打ちあがります。

翌朝、工事現場で古い首輪を見つけました。思い立った草介は、急いで首輪を持って、昨日通った神社の石段を駆け登ります。ミドリと見上げた御神木の横には、「焼け残った御神木」と書かれた立札が。

神社の横を通り抜けた先には、昨日とは違う真新しい建物の川内写真館がありました。

店に入り、「川内ミドリさんの家ですよね?」と草介が尋ねると、出てきた女性に「ミドリは私の伯母ですけど」と言われます。

その女性は、黄太の娘だったのです。事情を説明した草介は、空襲の被害にあい、戦後に写真館を立て直したことや、ミドリの弟、黄太だけが疎開先の田舎にいたから助かったことを聞きます。

そして、黄太の部屋に通されます。ベッドの横には、年季の入った絵が額に飾られていました。それは、草介が描いたシロの絵でした。

草介は、首輪と頭蓋骨をベッドで横になる黄太に渡します。「シロ、シロなんだね、見つけてくれてありがとう」と黄太は涙を浮かべました。

彼女の話では、昨夜の花火は、戦争で亡くなった人の霊を弔うためのものでした。

草介は、ミドリが立っていた場所に佇みます。黄太の娘が後を追ってきて、古いアルバムを見せました。

それは黄太が幼少の頃に撮りためた写真でした。「これが、父です」と彼女が指さした一枚の写真は、草介がススキ野原で出会ったカメラを手にした少年だったのです。

次のページをめくると写真の中に草介が写っていました。「え?どういうこと?」と驚きの声をあげて、続けて「父があなたに持っててほしいって」とアルバムを渡しました。

家に着くと無我夢中で漫画の原稿に向かう草介。ミドリから渡された木の枝を削り、ペン入れをしていきます。

漫画の世界。銀三は、二ホンオオカミを追って山深くへと入っていきました。絶壁を登り、ついに二ホンオオカミと対面します。

猟銃を構えて、足をもう一歩踏み出そうとすると、後ろから手を掴まれます。振り返るとそこにはいないはずの梢の姿が。銀三がもう一歩踏み出せば、崖の下に真っ逆さまに落ちる寸前でした。

銀三のむせび泣く声が山の中に響きます。

漫画を描き終えた草介は、黄太と出会ったススキ野原を訪れます。

アルバムをめくっていくと、そこにはススキ野原を映した写真が何枚も収まっていました。「やっぱりいないじゃないか」と呟き、アルバムを抱えてススキ野原に横たわる草介。

草介が横たわるススキ野原は、二ホンオオカミの鼻の上だったのです。

映画『リング・ワンダリング』感想と評価


(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

異界との入口はある“狭間”

漫画家を志す草介は、二ホンオオカミを上手く描けないという理由で制作が行き詰っていました。ただ描けないというよりは、草介自身のやるせなさを滲ませます。

東京の真ん中で夢を追う草介には、仲の良い友人や親の存在が見えず、周りの人との人間関係も希薄なつながり。草介が描こうとする漫画もまた、人の情やつながりなんか必要ないと切り捨てています。

そんな世間から遊離している草介という人物だからこそ、異界に迷い込む条件の一つになっているのでしょう。

面白いのは、草介自身が異界に足を踏み入れていることに気づいていないという点です。

一夜だけ迷い込んだタイムスリップは、特別な儀式や偶発的な事故がきっかけとはなっていません。日常生活の地続きとして、ある“狭間”が摩訶不思議なことにつながっていたという感覚なのです。

それは、日本の津々浦々に残っている口頭伝承で語り継がれた昔話や伝説を想起させました。

生と死を象徴するニホンオオカミ


(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

草介は、ミドリが生きる世界と現実の世界とを我知らずに行き来しますが、劇中に散りばめられた要素が重なり合うことで異界との接点を暗示させています。

まずは、工事現場の「穴」の中で動物の「骨」を見つけるという要素は過去の記憶と結びつき、「橋」と「石段」を行き来するアクションは、あの世とこの世の世界をつなぐ過程となります。さらに神社の「御神木」が神域を守る結界となり、「鎮魂の花火」により開かれたのでしょう。

また、漫画のパートでは、草介の「現実と幻想」とが交錯します。

「オオカミ」を追いかける草介が、「骨」を掘り起こすことで漫画の世界を触発する起爆剤となり、「ミドリ」との出会いによって漫画に魂が吹き込まれます。

冒頭の場面では、真っ青な空の下に広がる黄金色のススキ野原で「オオカミ」を接点に、カメラを手にした少年(ミドリの弟)と出会います。そして、ラストで冒頭と同じススキ野原に横たわる草介を包み込んでいたのは、「オオカミ」でした。

映画は、「オオカミ」を軸に円を描くように同一地点を彷徨い歩いていた(リング・ワンダリング)のではないでしょうか。

さらに「オオカミ」は、生と死の象徴ともいえるでしょう。生きている実感が乏しい草介が「オオカミ」を追い求め、「ミドリ」という過去の世界の女性もまた、生と死を併せ持っています

「鎮魂の花火」の夜に交錯した過去と幻想の輪は、触れあい、重なり、より生と死をあらわにさせました

まとめ


(C)2021 リング・ワンダリング製作委員会

映画のタイトルになっている「リング・ワンダリング」とは、「人が方向感覚を失い無意識のうちに円を描くように同一地点を歩く様」を意味しています。

主人公の草介は、漫画家という夢を追いかけていながら、どこか生きている実感を持てずに彷徨っていたのかもしれません。

そんな草介を演じた笠松将もまた、映画劇場公開後のインタビューにて、本作の撮影中は役者を辞めようかと悩んでいた時期でもあったと語っています。まさに「岐路」に立っていた笠松将が見据えた先をも、映画のラストに重なるものがあります。

そして、アンニュイな雰囲気を持ち合わせた阿部純子が、ミドリと梢という二役に神秘的な存在感を放ちました。この主演の二人が放つ存在感で、狐狸に化かされたような不可思議な物語の展開を肌で感じることができるのです。

草介がミドリをおぶって神社を抜けていく場面では、一気に奇怪な雰囲気に包まれます。

ミドリをおぶっていることで草介の動作が制限され、かえって奇妙な緊張感が生まれています。一瞬、背負っている見も知らぬ娘が、この世のものではないのかもしれないと思わせる、ぞっとする場面です。

そして、別れ際に木の枝を折る場面では、再び草介がミドリをおぶります。この場面では、お互いの距離が縮まり、ミドリに対して親近感が湧いたように見てとれます。2人の現在と過去、生と死が触れ合った時、草介は生きている実感が湧いたのでしょう。

映画の物語は、草介がニホンオオカミを探し求めて行ったススキ野原で呼び寄せられるように迷い込んだのか始まりでした。

草介を呼び寄せたのは、一体誰だったのでしょうか。

漫画のヒロイン・梢と紙一重の存在となったミドリだったのか。もしくは、工事現場の土に眠っていたシロか。それとも、時空を超えて交わった黄太か。あるいは、生と死を象徴するニホンオオカミか。

すべての事象が数珠つなぎになって、オオカミの鼻の上で輪を描いていたのかもしれません。





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