『横須賀綺譚』は、7月11日(土)より新宿K’sシネマにて3週間のレートショー公開。
その後、今夏、神戸元町映画館ほか全国順次公開!
忙しい日常を送る青年、春樹が、東日本大震災で被災し、行方不明になった恋人の消息を追いかけ旅に出た事から始まる、不思議な物語を描いた映画『横須賀綺譚』。
本作が長編デビュー作となる大塚信一監督は、ラーメン屋で働きながら、5年の歳月をかけて本作を完成させました。
主演の小林竜樹のほか、実力派キャストが出演、大塚監督の強いメッセージが込められた映画『横須賀綺譚』をご紹介します。
映画『横須賀綺譚』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【監督・脚本】
大塚信一
【キャスト】
小林竜樹、しじみ、川瀬陽太、長内美那子、湯舟すぴか、長屋和彰、烏丸せつこ
【作品概要】
別れた恋人の知華子が、東日本大震災で被災した事を知り「生きている」という怪情報をもとに、旅に出た主人公の春樹を通して、少し不思議な物語を描いた映画『横須賀綺譚』。
主人公の春樹を、園子温監督作品『恋の罪』(2011)で初出演を果たして以降、映画『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(2016)『菊とギロチン』(2018)などの映像作品の他、TV、舞台、CMなど幅広く活躍している小林竜樹。
春樹の恋人の知華子に、映画『終わってる』(2011)でヒロインを務めるなど、映画や舞台を中心に活躍している女優、しじみ。
春樹が出会う謎の多い男、川島を映画『シン・ゴジラ』(2016)『AI崩壊』など、数多くの映像作品に出演している川瀨陽太が演じています。
監督の大塚信一は、20代前半に長谷川和彦に師事後、映画の現場から離れた時期もありましたが、5年の歳月をかけて、長編デビュー作となる本作を完成させました。
映画『横須賀綺譚』のあらすじ
東京の証券会社で働く戸田春樹は、毎月設定されている、厳しいノルマをこなす為、慌ただしい毎日を送っていました。
春樹は小説家を目指す恋人、知華子と同棲をしていましたが、知華子は父の介護の為に東京を離れる事になり、2人は別れる事になりました。
引っ越しの作業を、友人の絵里と進めていた知華子。
そこへ、朝まで飲んでいた春樹が帰って来た事から、絵里は春樹を責めます。
しかし、知華子は春樹を責める事は無く「この人は欲が無くて何にも執着しない。それは愛がない薄情な人って事」と言い残し、春樹の部屋を出て行きます。
1人になった春樹は、朝まで飲んでいた事で睡魔が襲い、本棚が置かれている部屋で眠ります。
それから9年後、春樹は変わらず、証券会社で忙しい毎日を過ごしています。
後輩の梅田と共に、その月のノルマを何とか達成した春樹ですが、最後に契約を成立させた相手が、認知症の老人でした。
「このままでは問題になる」悩んでいた春樹は、偶然、絵里と再開します。
絵里は3.11の震災以降、知華子が行方不明になっている事を春樹に伝えます。
ですが、春樹は知華子と9年間、全く連絡を取っていなかった事から、知華子の事について何も知らず、絵里に「薄情」と罵られます。
絵里から「知華子が、生きているかもしれない」という話を聞いた春樹は、1週間の有休を取得し、知華子がいるかもしれない横須賀へ向かいます。
知華子を探す、春樹が辿り着いたのは「桃源郷」という老人介護施設でした。
そこは、知華子の幼馴染で、元闇金業者の川島という男が作った施設で、その場所で知華子は働いていました。
ですが、知華子には3.11の記憶が無く、川島も3.11の震災を知らない様子でした。
訳も分からない状況に春樹は戸惑いますが、知華子の提案で1週間「桃源郷」で働く事になります。
春樹の過ごしてきた日常とは違う時間軸に存在するような「桃源郷」。
ここで1週間暮らす事になった、春樹が直面する現実とは…。
映画『横須賀綺譚』感想と評価
行方不明になった恋人の消息を追いかけて、横須賀に辿り着いた青年、春樹が遭遇する不思議な体験を描いた映画『横須賀綺譚』。
本作における不思議な体験とは、これまで生活してきた日常と、違う時間軸が流れる現実に遭遇する事で、2011年3月11日に発生した東日本大震災が、作品を語るうえで重要なポイントとなります。
東日本大震災では、福島第一原子力発電所の事故や、巨大な津波など、これまで想像もつかなかった事態が発生し、現在も大きな爪痕を残しています。
絶対に忘れる事が出来ない、痛ましい災害ですが、春樹が行方不明になった恋人の知華子を追って訪れた施設「桃源郷」では、3.11の東日本大震災は、発生していない事になっています。
春樹が混乱するのは当然です。
さらに、知華子は東日本大震災で被災した事で、死亡届が出されており、一時期死亡したと思われていました。
知華子の亡霊を追いかけて来たと言える春樹が、知華子が生きていた、別の時間軸に迷い込んだという感覚に、映画を鑑賞していると陥るでしょう。
本作のタイトルになっている「綺譚」とは「珍しい話、不思議な物語」を表す言葉ですが、春樹が「桃源郷」で目の当たりにする現実は、まさに「不思議な物語」です。
本作の中盤からは、「桃源郷」の真実が徐々に明かされていきますが、物語の鍵を握るのは、「桃源郷」を設立した、知華子の幼馴染とされる川島という男です。
過去に裏社会を生きて来たとされる、この川島が、人間の弱さや現実の残酷さを見せつけてきます。
春樹は作品の序盤では、何事にも執着しない、言い換えれば「愛情の無い人間」として描かれています。
ですが、正反対の存在とも言える、川島と出会った事で、春樹はラストにある変化を見せます。
春樹の変化は、見ようによってはハッピーエンドと取れますが、別の見方をすると、辛い事や都合の悪い事は忘れてしまう、人間の勝手な部分が表現されているとも言えます。
また、どこまでが現実なのか、判断できないラストシーンでもあるので、まさに綺譚という言葉が当てはまる、不思議な映画という印象を受けました。
まとめ
本作の序盤の春樹は、忙しい毎日に追われ、数字に追われた心のこもっていない仕事をこなし、ただ疲れて眠る日々を過ごしています。
知華子にも愛想を尽かされた、心の無い日常を過ごしていた春樹を、生きていると言えるのでしょうか?
ですが春樹は、1週間の有休を取得し、行方不明になった知華子と再会する事で、これまで経験していない毎日、非日常を過ごします。
成り行きで働く事になった「桃源郷」の日々の中で、春樹の心境は変化していきます。
本作で重要なポイントとなる東日本大震災は、これまで続いていた何気ない日常が、一瞬で破壊された、本当に痛ましい災害で、忘れられない出来事です。
作中で、春樹が知華子に東日本大震災の話をしても信じないという場面がありますが、日常が破壊される時は、人間の想像を超える、まさに信じられない現象が起きてしまうのです。
あれから9年が経過した2020年は、未知のウイルス「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」により、再びこれまでの日常が破壊されています。
失ったからこそ、日常の尊さを感じ、これまでの自分を見つめ直した人も多いのではないでしょうか?
大塚信一監督は、『横須賀綺譚』を5年の歳月をかけて完成させましたが、本作の春樹の心情は、日常が破壊された今を生きる、多くの人が理解できるでしょう。
何気ない日常の大切さ、そして日常を愛おしく思う必要さを描いた本作は、今、見るべき作品であると言えます。