映画『エミリー・ディキンソン静かなる情熱』の内容解説
エミリー・ディキンソンという詩人をご存知でしょうか。
画家のゴッホと同じく、生前は無名に等しかったものの、今では19世紀最高の天才詩人と称される女性です。
今回ご紹介するのはそんなエミリーの人生をユニークにユーモアたっぷりに描いた作品『Wild Nights with Emily』です。
映画『エミリー・ディキンソン静かなる情熱』の作品情報
【公開】
2018年 アメリカ映画
【原題】
Wild Nights with Emily
【監督】
マデリーン・オルネック
【キャスト】
モリー・シャノン、キャスパー・アンドレアス、エイミー・サイメッツ、スーザン・ジーグラー、ジャッキー・モナハン、ブレット・ゲルマン、ケビン・シール、ダーリック・T・タグル、リサ・ハイス、セレステ・ペックハス、 ロバート・マカスキル、
【作品概要】
監督を務めるのはインディペンデント映画の監督、プロデューサー、脚本家、劇作家として活躍するマデリーン・オルネック。『Codependent lesbian space alien seeks same』(2011)はゴッサム・インディペンデント映画賞にノミネート、また書籍『俳優のためのハンドブック: 明日、舞台に立つあなたに必要なこと』の作者でもあります。
エミリー・ディキンソンを演じる主演女優は『マリー・アントワネット』(2006)や『モンスター・ホテル』(2012)、『ぼくとアールと彼女のさよなら』(2015)に出演するモリー・シャノン。
共演はリメイクされたスティーヴン・キング原作のホラー『ペット・セメタリー2』のエイミー・サイメッツ、オルネック監督の過去作にも出演するスーザン・ジーグラーとインディペンデント映画を中心に活躍する俳優たちが集います。
映画『エミリー・ディキンソン静かなる情熱』のあらすじとネタバレ
エミリー・ディキンソンは10代の頃から、スーザン・ギルバートという女性と仲良くなり、友人以上の関係を築いていました。
エミリーの両親が旅行で長らく家を空けている間も、スーザンはエミリーの家にとどまり、ロマンティックな時間を2人だけで過ごしていました。
やがてスーザンは、教師の職を得て西に旅立ちますが、エミリーとスーザンはラブレターを交換し続けました。
しかしスーザンは、エミリーの兄オースティンと結婚することが決まります。
ショックを受けるエミリー。スーザンは経済的に結婚が必要であること、またオースティンとの結婚によって隣に家を建てることができるので、これからも二人は一緒に入れるとエミリーを説得します。
20年後…。スーザンは今もエミリーの家の隣に住み続け、2人はこっそりと情事を重ねていました。
エミリーは自室にこもり、レシピの裏などどんなものにも詩を書いてスーザンに見せるのを日課としていました。
そんなある時、未亡人のケイト・スコット・ターナーがスーザンの家に止まるため訪ねてきました。
しかしエミリーの方に興味を抱いたケイトは彼女の家の方に泊まります。ケイトは翌朝、突然、出て行ってしまいました。
スーザンはエミリーがケイトのためガーターを縫っていたと知って嫉妬します。
『エミリー・ディキンソン静かなる情熱』の感想と評価
エミリー・ディキンソンは、たいへん変わった詩人であり、変わった女性だったそうです。
人生の長い時間を隠遁者として過ごし、1800もの詩を残したにも関わらず、生前出版されたのはわずか11編ほどでした。
エミリーの詩は韻も見られず独特な描写を特徴としており、また本編でも語られている通りエミリーが編集者たちからの校正を拒んだからと言われています。
本作の大きなテーマは、“女性らしさとは何か”という、古き“ジェンダーロール”の刷新が望まれ、行なわれている現代に通じるものです。
劇中男性たちに何度も“女性らしさ”や“女性の詩”について述べられるエミリー。
ある時は「男性は自分よりも賢い女性とは結婚したいとは思わない」と言われ、ある時は「君の詩は女性らしくない」と否定され、ペンをいれられて強制的に訂正される時もあります。
「“男性の詩”や“女性の詩”と言うけれど、それに何の意味があるのか」と問い、自らのスタイルを変えなかったエミリー。
後に別の女性によって、言葉やミューズの存在を変えられ日の目を浴びることになってしまったとは何とも皮肉です。
また本作に登場するのはほぼ女性ばかり。
サリエリとモーツァルトを描いた『アマデウス』(1984)や、ランボーとポール・ヴェルレーヌの『太陽と月に背いて』(1995)。
老いた音楽家と目の前に現れた“美”を体現する青年を描く『ベニスに死す』(1971)、作家の男と恋人の激情の恋の物語『ベティ・ブルー』(1986)や同じく作家の男性と恋人の愛憎を描く『赤い航路』(1994)。
男性芸術家とそのミューズ、ミューズのような人物を描く作品は多々ありますが、本作『Wild Nights with Emily』の芸術家は女性であり、またミューズも女性です。
そして描かれているエミリーもスーザンも“とっても儚げな雰囲気を湛えた美女”としてでは無く、“親近感が湧く普通の女性”や“ちょっと一癖か二癖あるような女性”として描かれています。
参考映像:『ある女流作家の罪と罰』(2018)
2018年にアメリカで公開された『ある女流作家の罪と罰』。
この作品主人公も作家であり、問題をたくさん抱え、罪を犯してしまうという“手放しには褒められないような女性”でした。
このように様々なスタイルを持った女性像が映画の中で徐々に増えていることは、喜ばしい変化であるといえます。
まとめ
“女性詩人”でありながら性の相違ばかりでなく、内側から湧き出る個性によってユニークな作品を生み出し、“ワイルドな夜”を過ごし続けたエミリー・ディキンソン。
全編コミカルな本作はみずみずしく斬新に感じられ、今日に続くテーマがセリフを通して明確に投げかけられている作品です。
これを機会に奔放な言葉遣いと奇想天外、時にグロテスクな想像力が魅力の彼女の詩にも是非触れてみてはいかがでしょうか。