名匠フィリップ・カウフマンが描く熱き男たちの戦い
トム・ウルフによる同名ベストセラー・ノンフィクションを、『存在の耐えられない軽さ』(1988)のフィリップ・カウフマン監督が映画化。
実話をベースに、アメリカ発の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」の宇宙飛行士となった7人の男たちを描き出します。
宇宙飛行士に選ばれたのは命知らずの戦闘機の精鋭パイロットたちでした。彼らの苦悩と友情、そしてその妻たちの戦いが熱く映し出されます。
出演は『ブラックホーク・ダウン』(2002)のサム・シェパード、『羊たちの沈黙』(1991)スコット・グレン、『アポロ13』(1995)エド・ハリス、デニス・クエイド。
映画『ライトスタッフ』の作品情報
【公開】
1984年(アメリカ映画)
【原作】
トム・ウルフ
【監督・脚本】
フィリップ・カウフマン
【出演】
チャールズ・フランク、スコット・グレン、エド・ハリス、ランス・ヘンリクセン、スコット・ポーリン
【作品概要】
『存在の耐えられない軽さ』(1988)『ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女』(1991)の名匠フィリップ・カウフマン監督作品。
トム・ウルフによる同名ベストセラーに書かれた実話をベースに、アメリカ発の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」の宇宙飛行士となった7人の男たちの苦悩と友情を感動的に描き出します。
彼らと対照的な生き方をした孤高の戦闘機パイロットや、夫の命がけの任務を支えた妻たちの戦いにも注目です。
『ブラックホーク・ダウン』(2002)のサム・シェパード、『羊たちの沈黙』(1991)スコット・グレン、『アポロ13』(1995)エド・ハリス、デニス・クエイド、ランス・ヘンリクセン、チャールズ・フランクらが出演。
孤高の戦闘機パイロット、チャック・イエーガー本人がテクニカル・コンサルタントとして参加しているほか、端役でも出演しています。
映画『ライトスタッフ』のあらすじとネタバレ
空軍の名パイロットのチャック・イエガーは1947年、妻のグレニスの目の前でX-1ロケットで音速の壁を破りました。
1953年。エドワーズ基地にパイロットのゴードンとトルーディがやってきます。毎日のように墜落した戦闘機パイロットの葬儀が営まれ、上空を訓練機が追悼飛行していました。
ゴードンは酒場でガス・グリッソムとデイク・スレイトンに出会います。彼らの妻たちは皆、夫が墜落死する悪夢に悩まされていました。
やがてスコット・カーペンターがチャックの記録を破りました。しかし、1953年にチャックは再びスコットを超すスピード飛行に成功。コントロールしきれず一時は危機に陥りますが、持ち直して無事帰還します。
1957年10月4日。ソ連がスプートニク打ち上げに成功し、ワシントンに激震が走ります。アイゼンハワー大統領はパイロットを宇宙飛行士にするように指示しました。
彼らに会いにいった部下たちは、パイロットたちは仲間意識が強く、「正しい資質(ライトスタッフ)」を持っていると話します。それは勇気とかヒロイズムを超えたものだと。
イエガーは缶詰はごめんだと言って宇宙飛行士になることを嫌いますが、ほかのメンバーは興味を示します。政府側は大卒で身元が確かな人間を求めていました。
1959年ワシントン。適性審査を通過した7人、スコット・カーペンター、アラン・シェパード、ジョン・グレン、ウォーリー・シッラ、ゴードン・クーパー、スレイトン、グリッソムが、マーキュリー計画の宇宙飛行士に選ばれ、アメリカの英雄となりました。
映画『ライトスタッフ』の感想と評価
命がけで任務に挑む男たちの物語
本作『ライトスタッフ』は実話をベースに娯楽エンターテイメント作品に昇華した感動大作です。
『存在の耐えられない軽さ』(1988)『ヘンリー&ジューン/私が愛した男と女』(1991)など名作を手掛けた名匠フィリップ・カウフマンが、勇気とかヒロイズムを超えて「正しい資質(ライトスタッフ)」を持つ、空を飛ぶ男たちの熱き物語を描き出します。
ロシアのスプートニク打ち上げを受けて立ち上げられた、アメリカ発の有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」。
エドワーズ空軍基地の音速の壁を破った孤高のパイロット、チャック・イエーガーはその誘いを断りますが、そのほかの大勢のパイロットたちは宇宙飛行士になることに興味をもちます。
厳しい審査の末、ロケットに乗り込む飛行士として選ばれたのは、7人の凄腕の戦闘機パイロットたちでした。
しかし、上層部や科学者たちは扱いにくい彼らをはじめは動物同様に扱います。実際、最初の宇宙船に乗り込んだのはチンパンジーでした。最初に作られたカプセルには窓もなく、彼らを非人間的に扱うひどい代物でした。
誇り高きパイロットたちは反発し、知能派のグレンを中心に一致団結してマスコミを利用したりしながら、正しい自らの権利を主張します。ジョークを交えながら互いに励まし合い、苦しい訓練や恐怖を乗り越え絆を深めていく宇宙飛行士たち。
初期の宇宙飛行は単独ばかりで、彼らは順番に一人ずつロケットに乗り込み宇宙へと飛び立っていきます。1機ごとに宇宙船の進化が見えるのも、本作の興味深いところです。
最初の2人とは対照的に、3番目に飛び立ったグレンはしっかりと宇宙からの地球の美しさを堪能します。グレンが見た美しい夜明けは感動的です。トラブルにあいながらも、手動で見事生還するグレン。恐怖に打ち勝つために鼻歌で心を整える姿には心打たれます。
国民的ヒーローとなった7人は、常に大衆からみつめられる存在となっていきます。
最後の飛行士となったゴードンは「最高のパイロットは?」と聞かれて、思わずイエーガーの名を言おうとします。純粋なパイロットであり続けた彼を、ゴードンは心の奥でずっと尊敬し続けてきたのでしょう。
イエーガーこそが真の「ライトスタッフ」の持ち主なのだとわかっていたのです。
チンパンジーが最初に宇宙に行ったことで、サルでもできる仕事などと揶揄されてしまう宇宙飛行士たち。しかし、イエーガーもまた「サルに恐怖心はない。命を賭けて任務につく男は立派だ」と7人をほめたたえます。
彼らは立場は違えど同じ重みをもってそれぞれの任務に挑んでおり、そのことを誰よりも互いに理解しあっていたのです。
パイロットの妻たちの戦い
作品前半は、空を切り裂く戦闘機のマッハの世界が描かれます。そんな戦闘機に乗り込むパイロットを夫に持つ妻たちの苦悩はあまりにも大きすぎるものでした。
パイロットの事故死する確率は恐ろしく高く、4日に1日は無事に帰れない可能性がある夫を待つ厳しい毎日の中で、妻たちは常に悪夢と戦っています。
ゴードンの妻・トルーディーのように、耐え切れずに夫に別れを告げて去って行っても責めることはできません。
ガスの妻は、夫が着水に失敗したためにホワイトハウスに招かれなかったことに悔し泣きします。これまでの長い苦しみが報われなかったことに対するやりきれなさから流した涙でした。
それでも、マスコミのカメラを向けられれば、笑顔で「夫を誇りに思う」と言わねばなりません。
グレンとその妻との絆は心温まるものとして描かれます。メンバーきっての頭脳派で人当たりもよい完璧なグレンは、言葉をうまく話せないけれど純粋な妻を心から愛していました。
宇宙計画に力を持つ副大統領が妻と無理やりマスコミの前で会おうとしますが、彼はそうしなくてもよいと言って全力で彼女を守ります。
怒る上司を仲間たちが取り囲んで圧力をかけ、グレンを守るシーンは劇中屈指の名場面です。
その一方で、妻に去られても明るく自身の道を行くゴードンの清々しさにも心打たれます。
多くの妻たちとは異質な存在は、イエーガーの妻のグレニスです。彼女は恐怖を抱きながらも、「命を賭ける男は魅力的だ」と言って夫の背中を押し、彼と共に夢追い人となります。
乗る前の儀式でリドレーから必ずガムを1枚もらってから戦闘機に乗り込み、恐怖を振り払って限界に挑むイエーガー。
夫も妻も逃げ出したくなる恐怖に常に立ち向かっていました。彼らは互いを奮い立たせていたのか、それとも互いに逃げ場を奪っていたのか。いずれにせよ、戦い続ける生き方しかできないふたりだったに違いありません。
まとめ
米ソ冷戦のもとで繰り広げられた宇宙開発合戦の中、勇気と誇りを胸に限界に挑む男たちの恐怖に打ち勝つ熱き戦いが映し出される名作『ライトスタッフ』。
彼らをそうまでして駆り立てた情熱とは何だったのでしょうか。愛国心、プライド、功名心より、一番の理由は、彼らは「冒険者」だったからではないでしょうか。
山に登らずにいられない者、航海に出ずにはいられない者と同じように、彼らは空に飛び立たずにはいられませんでした。
ひとり戦闘機の世界に残ったイエーガーがそれを証明しているかのようです。宇宙飛行士となった7人も、もし宇宙に行くチャンスがなければずっと戦闘機で命がけの挑戦を続けていたに違いありません。
彼らはギリギリのところまで命を燃やさずには生きられない男たちだったのでしょう。
妻たちは、支えるのか、目を背けるのか、あるいは背中を強く押すのか選ばねばなりませんでした。どうするのが一番よかったのかは誰にもわかりませんが、男たちは皆妻を愛し、必要としていました。
彼らは待っている妻の存在あってこそ冒険に出ることができたのですから。妻に去られたゴードンでさえ、実際は彼女が心の拠り所だったに違いありません。
命燃やして生きることの意味や、自分を支え守ってくれる人たちとの絆を、改めて深くみつめさせてくれる作品です。