愛しているのに届かない親子の心、その距離を描いた慟哭の物語
今回ご紹介する映画『The Son 息子』は、初監督作『ファーザー』(2022)で第93回アカデミー脚色賞を受賞した、フロリアン・ゼレール監督の“家族3部作”の2作目になります。
本作はゼレール監督が手掛けた戯曲『Le Fils 息子』を原作にし、親と子の心の距離を描いたヒューマンドラマです。
若い妻と生まれたばかりの息子とともに、幸福で充実した日々を過ごしていた一流弁護士のピーターは、前妻ケイトから同居している17歳の息子ニコラスの様子がおかしいと相談されます。
ニコラスは心に闇を抱えて、生きる気力を失っていました。彼は父親のピーターと暮らすことを熱望し、引っ越したいと懇願します。ピーターは息子を受け入れて一緒に暮らし始めるのですが……。
CONTENTS
映画『The Son 息子』の作品情報
【日本公開】
2023年(イギリス映画)
【原題】
The Son
【監督・原作・脚本】
フロリアン・ゼレール
【キャスト】
ヒュー・ジャックマン、ローラ・ダーン、バネッサ・カービー、ゼン・マクグラス、アンソニー・ホプキンス
【作品概要】
主演のヒュー・ジャックマンは原作に惚れこみ、映画化の話が出ると自ら監督に売り込み直談判し、主演と製作総指揮を務めました。そして心の病に苦しむ息子ニコラスを、コロナ禍でZOOMでのオーディションで選ばれた、オーストラリア出身の新人ゼン・マクグラスが演じます。
また『私というパズル』(2020)で出産直後に子供を亡くした女性を演じ、アカデミー賞にノミネートされたバネッサ・カービーがピーターの妻ベスを務めました。
さらに『マリッジ・ストーリー』(2019)でアカデミー助演女優賞を受賞したローラ・ダーンが元妻ケイト役を務め、『ファーザー』(2020)で2度目のオスカーを受賞したアンソニー・ホプキンスがピーターの父親役を演じます。
映画『The Son 息子』のあらすじとネタバレ
ニューヨークで一流弁護士として活躍するピーターは、妻のベスと生まれたばかりの息子と3人で充実した生活を送っています。
そんなある日突然、元妻ケイトが自宅を訪ねてきます。困惑するピーターですが、ケイトは何度も電話したが出なかったと非難しました。
しかたなく用件を聞くと、2人の間には17歳になる息子ニコラスがいて、ケイトと暮らしていますが、彼の様子がおかしく、学校からひと月も登校していないと連絡があったと話します。
ケイトはニコラスに理由を問いただしましたが、彼は答えるどころか彼女に対して、憎しみをはらんだ眼差しで睨むと言います。
ニコラスの変貌にケイトは怯え、どうしていいかわからずピーターに助けを求めに来たのです。父親としてピーターはニコラスに会いに行くと約束します。
翌日、仕事を終えたピーターはニコラスに会うためケイトの家に立ち寄ります。そして、なぜ学校に行かないのか尋ねますが、ニコラスは自分でも分からないと繰り返します。
ピーターは大学進学適性検査に関わると、学校へ行くよう促しますが、ニコラスは「頭がおかしくなりそうだ」と泣き出し、母を非難しピーターと一緒に暮らしたいと懇願します。
帰宅したピーターはベスにニコラスとの同居を相談します。育児で精一杯のベスは良い反応を示しませんでした。
それでもピーターはニコラスの腕に自傷した痕を見つけたと、息子が苦しんでいるのは自分が家を出たせいだと責め、ベスは罪悪感を抱く彼をみて同居することに同意しました。
数日後、荷物をまとめるニコラスをケイトは惜しむように寂し気にみつめます。ニコラスはそんな母をわずらわしさすら感じ、軽くあしらって出ていきます。
ピーターは引っ越してきたニコラスを「ここはお前の家だ」と温かく迎え入れます。
映画『The Son 息子』の感想と評価
ニコラスが精神科医を汚い言葉で罵り、両親に「大丈夫だから、よくなると約束する」などと哀願するのは、悪魔の囁きだったように感じます。
おそらく彼の頭の中は死ぬことしかなく、洗面所の猟銃が脳裏に浮かび離れなかったと想像できます。死ぬためなら医師を罵倒し、親を騙してそのチャンスを狙っていたのだと感じました。
そのくらいに彼は追いつめられていて、精神科医はそのことを知っています。法制度や親の無知、親の傲慢さがニコラスの命を奪った……そう感じてなりません。
ポスターに裏切られる“衝撃の結末”
おそらく何の情報もなく本作のポスターを見たら、父と息子の心温まる愛の物語だと感じるはずです。しかし『ファーザー』(2020)を観賞した方であれば、「フロリアン・ゼレール監督の作品なら、単純では終わらない何かを訴えているはずだ」と期待も大きく膨らんだことでしょう。
談笑する父と子のあのポスターは、心に何かを抱えふさぎ込む息子を笑顔にさせようとする、父の必死の場面であり、もし何事もなければ自然に笑い合えた、ありふれた父と子の姿でもありました。
『The Son』はゼレール監督が舞台劇として書いた脚本で、同じく舞台劇の『The Father』『The Mother』の連動作。監督は舞台を観た観客から「自分にも似た家族がいる」という声が多くあったことで、映画化したいという気持ちが膨らんだと語ります。
本作『The Son 息子』に関していえば、監督自身の経験から着想しており、ピーターの抱いた感情を経験していると話します。
本編の最後に「ガブリエルに捧ぐ」というメッセージ
が映し出されます。それはゼレール監督の義理の息子の名前であり、彼にはニコラスのようにうつ病で苦しんだ経験がありました。今ではその苦しみも和らいだ彼は、本作にもフランス人インターンという役で出演しています。
ゼレール監督は自らの経験を経ていること、同じ経験で苦しみ悩む人の多さも知っていて、心の病に対する“罪悪感”や“恥”、“無知”などが伴い快方の妨げになっていることを理解しています。
監督はこの映画を通して、心の病に対する理解や会話の糸口になることを期待し、制作しました。そして「知ってほしい」という強い思いが、作中の包み隠さない壮絶な演出につながっています。
乗り越えられなかった父と息子の輪廻
子どもの頃、あるいは思春期の頃に親子の軋轢に悩んだ方は、「自分は絶対にこんな親にはならない」と自身の親を反面教師にしたことはないでしょうか?
ところがいざ自分が大人になると、「親の心子知らず」から「子の心親知らず」……自分の親と同じような言動や行動をしてしまいがちです。
それは親になってみないと親の気持ちがわからず、子供の頃の感情など薄れるからで、「自分の子供の頃はもっとマシだった」とすら思うかもしれません。
本作のピーターが、まさにその典型だったと思います。父親を強く恨み、自分は病んでいる息子のために必死に頑張っている……いわばそれがモチベーションとも見えました。
人は自分が誰かのために必死にがんばると、その見返りや相手の良い反応に期待をします。本作は目に見えない心の病を抱えたニコラスが、苦しみを理解できない親に追いつめられます。
ピーターは父親を見返してきたという自負がありましたが、父からは何も乗り越えていないと言われてしまい、自尊心を傷つけられます。
そんなピーターの目にはニコラスの行動や態度が、怠惰なだけに見え“甘え”のように感じたのでしょう。自分に理由があったと知りながらも、それに向き合わず、ただニコラスを鼓舞し苦しめました。
辛い経験を乗り越えられなかった、父と子は同じ道を辿るのか?……ニコラスは自死を選び、ピーターも心を病んでしまったように終わります。
そして結末では、負の宿命を断ち切れるのは、恐らくベスの一挙手一投足にかかってくるであろうことも同時に示唆されますが、その結果本作を観た方も、ベスと同じ立場に立たされます。「心の病をどう理解するのかが問われる者」という立場に。
まとめ
映画『The Son 息子』は“心の病”をどう理解すればいいのか?そのことを強く訴えかけたヒューマンドラマでした。
鑑賞後、頭の中に「もしもあの時……」という“たられば”的な問いかけをさせる場面がいくつも出てきますし、日常の他愛のない光景が不穏さを感じさせます。
完璧な親など本来いませんし、ましてや完璧な子どもも存在しません。親というのは子どもを育て、同時に子どもの姿を通して自らも学び成長しますが、「自分は完璧な親だ」と思った瞬間に成長は止まってしまうのです。
子どもも親の姿を見て学んでいき、成長する中で広がる世界でも親の存在で乗り越え、成長を重ねる場面も多くあるでしょう。
親子はお互いが“成長の過程”であると自覚できれば、困難な場面に直面したり、過去と同じ過ちを犯しそうになっても、踏みとどまって話し合い、考えることで解決に導けるはずです。
この映画は我が子が“心の病”になってしまうという、難題をテーマにしています。「この映画を観て苦しむ人がいるのでは?」という懸念もされますが、同じような問題に直面している人には打開できるヒントになります。
しかし、本作が最も伝えたかったのは、やはり“心の病”の苦しみを理解していない人たちに向けた明解なメッセージなのでしょう。