“命の避難所”となった公共図書館で展開するハートフルドラマ
エミリオ・エステベス監督&主演で贈る、格差社会とフェイクニュースへの問題提起。
映画『パブリック 図書館の奇跡』が、2020年7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国ロードショー中です。
『ブレックファスト・クラブ』(1985)や『セント・エルモス・ファイアー』(1985)などの1980年代製作の青春映画で人気を博したエミリオ・エステベスが、監督、主演、製作そして脚本も兼ねたヒューマンドラマです。
CONTENTS
映画『パブリック 図書館の奇跡』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Public
【製作・監督・脚本】
エミリオ・エステベス
【製作】
リサ・ニーデンタール、アレックス・ルボビッチ、スティーブ・ポンス
【製作総指揮】
クレイグ・フィリップス、リチャード・ハル、ジャネット・テンプレトン、レイ・ブデロー、ジョーダン・ブデロー、ボブ・ボンダー、ブライアン・グールディング、ドナル・オサリバン
【撮影】
フアン・ミゲル・アスピロス
【編集】
リチャード・チュウ
【キャスト】
エミリオ・エステベス、アレック・ボールドウィン、クリスチャン・スレイター、ジェフリー・ライト、ジェナ・マローン、テイラー・シリング
【作品概要】
『ブレックファスト・クラブ』(1985)、「ヤングガン」シリーズ(1988~90)などで知られる俳優で、映画監督としても活動するエミリオ・エステベスが製作、監督、脚本、主演を務めたヒューマンドラマ。
エステベスにとって監督7作目にあたり、ある公共図書館の元副理事がロサンゼルス・タイムズに寄稿したエッセイから着想を得て、11年の歳月を費やし完成させました。
記録的な大寒波により行き場をなくした約70人のホームレスたちが、地元の公共図書館を占拠したことに端を発する騒動を描きます。
エステベスが図書館員スチュアート役を演じるほか、アレック・ボールドウィン、クリスチャン・スレイター、ジェフリー・ライト、ジェナ・マローン、テイラー・シリングらが顔を揃えます。
映画『パブリック 図書館の奇跡』のあらすじとネタバレ
アメリカ・オハイオ州シンシナティの公共図書館で職員として働くスチュアート・グッドソン。
毎朝、図書館の前には、誰でも利用できるという利点から、ホームレスたちが大挙して開館を待っており、特に今の冬の時期は、寒さを凌ぐには最適な場所となっていました。
素っ裸で「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」を歌ったり、ユダヤ人に偏見を持つ老婦人といったクセのあるホームレスの対応に、日々追われる図書館員。
リーダー的存在であるジャクソンや、アメリカ史に詳しいシーサーら馴染みの面子もいますが、この日は、自分が見つめた相手を死に至らすと信じて疑わず、誰とも目を合わさない巨漢の男ビッグ・ジョージという新顔も現れます。
そんな中スチュワートは、館長のアンダーソンから、警備担当のエルネストと共に呼び出しを受けます。
2人が会議室に向かうと、そこには群検事のデイヴィスが。
彼は、10週間ほど前に、2人が体臭を理由にある一人のホームレスを追い出したことに対する権利侵害の訴訟が起こっていると告げます。
スチュワートの普段の勤務態度を知るアンダーソンは擁護するも、近々行われるシンシナティ市長選への出馬を考えるデイヴィスは、和解金を払って厄介事をさっさと済ませろと、スチュワートに高圧的な態度を取るのでした。
その頃、シンシナティ市警の刑事ビルは、署長に休暇を願い出ていました。
ここ最近の寒波によりホームレスの死亡が相次いでいることを懸念するビルは、行方知れずになっている放蕩気味な息子マイクを探そうとしていたのです。
しかし署長は、人手が足りないことを理由に休暇は待つようにと言います。
一方、訴えられたことに落ち込むスチュワートが帰宅すると、部屋にはアパートの管理人アンジェラが。
互いにパートナーがいない2人は意気投合し、一夜を共にします。
翌日、気を取り直して図書館で作業をしていたスチュワートに、閉館間際になってジャクソンから突然、「今日は帰らずに、ここを占拠する」と告げられます。
その日のシンシナティは大寒波に見舞われており、政府が用意した緊急シェルターが満員になり、行き場を失ってしまった約70人のホームレスたちが、図書館に留まることを決意したのです。
同僚の図書館員マイラと共に、出入り口を閉じた3階のワンフロアに隔離されたスチュワートは、ジャクソンに「一時的に立て籠っても無意味だ」と言うも、彼らの状況を気の毒に思い、アンダーソンに籠城を認めるよう願い出ます。
しかしアンダーソンは、訴えられたことで評議会がスチュアートを解雇したがっているとし、これ以上自身の立場を危うくするべきではないと告げます。
運営規則により警備担当が警察に通報したことで、ビルたち警官隊やデイヴィスも図書館に到着し、事態を察知したマスコミも集まり始めます。
館内のモニターを通し、ビルから占拠理由を聞かれたスチュワートは、あくまでも彼らは避難場所を求めているだけだとし、シェルターの代わりになる新たな場の提供を作ってほしいと答えます。
さらに、ホームレスに肩入れするスチュワートを非難するデイヴィスに、上着を脱いだ状態で5分間外に寝そべるよう要求するのでした。
悪態をつきながらも、仕方なく極寒の中で、ジャケットを脱いでワイシャツで道路に横たわるデイヴィス。
この突飛な行動の理由をマスコミから聞かれたデイヴィスは、「今、精神的に不安定な図書館員が我々の大切な施設を混乱に陥れている。もしかしたら武装をしているかも」と、事を荒立てるようなコメントを残し、再び館内に戻っていきます。
スチュワートがいる図書館が大変なことになっていると知り、彼に電話をして詳細を聞いたアンジェラは、そのありのままをマスコミに話すべきだとアドバイス。
そんな中、ホームレスの一人が発作を起こしたことで、一時話し合いの場を持ったスチュワートとビル。
食事のピザを要求するスチュワートに、ビルはマイクの写真を渡し、「もし息子がいたら教えてほしい」と伝えます。
暖房の利いたフロアでくつろぎつつ、「俺たちは声を上げた!」と叫んだジャクソンに呼応し、高らかに叫ぶホームレスたちの様子を、スマートフォンのカメラで撮影していったスチュワートは、その映像をアンジェラを通して地元テレビ局のレポーターのレベッカに渡します。
ところが、先のデイヴィスのコメントを受けて、スチュワートがホームレスを人質に取った危険人物だと疑わないレベッカは、スチュワートがかつてアルコール依存症でホームレスとなり、逮捕歴を持つ人物であることを突き止め、報道してしまいます。
思わぬ形で自身の過去が暴れ戸惑うスチュワートでしたが、レベッカとの電話インタビューで占拠の理由を問われ、『怒りの葡萄』の一節を引用。
その意図が分からず困惑するレベッカに、大のスタインベックファンで、先に解放されたマイラは「小学生になったら必ず読む本よ」と諭すのでした。
スチュワートの言葉に感化されたアンダーソンも、ホームレスたちの群れに参加。
一方、スチュワートは、群れから離れた場所にいる青年に近づき、「君にはここにいる者たちと違って、心配してくれる家族がいる」と話しかけると、その青年が突然スチュワートに殴りかかり、騒動に。
青年は、ビルが探していた息子のマイクだったのです。
映画『パブリック 図書館の奇跡』の感想と評価
“民主主義を守る最後の砦”図書館が提示する現代社会の問題
俳優にして監督・脚本家でもあるエミリオ・エステベスが、本作『パブリック 図書館の奇跡』を着想したきっかけは、2007年に書かれたアメリカでの公共図書館の現状についての新聞記事でした。
アメリカでは、図書館は本の閲覧・貸出という業務以外に、ホームレスへの社会的支援を行う機関となっています。
しかしながら、館運営に要する予算が年々削られているという実情や、ホームレス問題に焦点を当てたいという狙いから本作を作ったと、エステベスは語ります。
ホームレスの中にはベトナムやイラクで戦った元兵士が含まれているというのも、実にアメリカ的です。
国のために戦ったのに、いざ終戦すると社会的弱者として扱われ、まともな福利・厚生を受けられずにいる。
主人公のスチュワートが、元ホームレスで「本によって人生を救われた」という設定なのも重要なポイントです。
劇中、スチュワートがホームレスたちの気持ちを代弁するために、ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』の一節を引用します。
貧困に苦しむ農民を描いたこの小説は、アメリカ文学の代表作として知られる一方で、図書館の自由と利用者のプライバシーを保護する「図書館の権利宣言」を生んだきっかけとなった作品でもあります。
館長のアンダーソンが「民主主義を守る最後の砦」と語る図書館を舞台に提示される、貧困・格差社会、警察の体制や過剰なメディア姿勢は、アメリカのみならず全世界共通の社会問題なのです。
インディペンデントな“苦労人”監督エミリオ・エステベス
本作が監督7作目となるエミリオ・エステベス。
父に『地獄の黙示録』(1979)で知られるマーティン・シーン、弟に『プラトーン』(1987)のチャーリー・シーン、妹に女優レネ・エステベスを持つ芸能一家に育った彼は、デビューしてすぐに若手スターの一団の総称“ブラット・パック”の中心人物として活躍。
『ウィズダム/夢のかけら』(1988)で23歳で監督デビューするなど、早くからフィルムメーカーとしての顔も持つようになりますが、1990年代後半からテレビ映画製作に活動拠点を変えたことで、次第に劇映画界の第一線からは外れていきます。
プロデューサーとしてメジャー資本の大作映画を次々発表する、同世代で友人のトム・クルーズとは対照的に、ひたすらインディペンデント体制にこだわるエステベスからは、どことなく“苦労人”のイメージが付いて回ります。
1968年のロバート・ケネディ暗殺事件を扱った『ボビー』(2006)は、出資者が集まらないため、絵画などの私財を投げ売ってまで製作したものの、興行的に失敗しています。
本作も、「構想から完成まで11年を費やした」と宣伝されていますが、裏を返せば、それだけ製作体制の確立に苦慮したということ。
スタッフクレジットに名を連ねるプロデューサーが、エステベスを含めて10人以上いることからも、さまざまな出資者が関わっていることを意味します。
ただ、『ボビー』は、アンソニー・ホプキンスやシャロン・ストーン、ローレンス・フィッシュバーンなど錚々たるスターの大挙出演が話題となりましたが、実は彼らはノーギャラで出演しています。
その中には元恋人のデミ・ムーアや元妻のポーラ・アブドゥルも加わっていることからも、エステベスがいかに信頼された人物であるという証でもあります。
本作で出演するアレック・ボールドウィンやジェフリー・ライトも、エステベスの長年の友人であり、『ヤングガン2』(1990)や『ボビー』で共演したクリスチャン・スレイターは、子役時代からの同志です。
本当の家族をキャストやスタッフに加えるのも特徴で、本作では長男のテイラーがプロデューサー補、長女のパロマが作曲家して参加しています。
メジャー映画会社が出資したがらないテーマにあえて挑戦し続けるエステベスですが、ポルノ映画製作に情熱を注ぐ実在の兄弟を、実弟チャーリーと兄弟役で演じた『キング・オブ・ポルノ』(2000)や、実父マーティンを主演に迎えたロードムービー『星の旅人たち』(2010)などの佳作もあります。
しかしながら、その父は反政府運動に参加して何度も逮捕されれば、弟も違法ドラッグや派手な女性遍歴で世間を騒がすトラブルメーカーであるという点でも、やっぱりエステベスは公私ともに苦労人なのかもしれません。
参考映像:『ボビー』(2006)
まとめ
本作『パブリック 図書館の奇跡』は、派手さはありませんし、テーマも地味です。
ですが、製作者エミリオ・エステベスらしい実直な作風が活きた、じっくりと腰を据えて観てほしい作品となっています。
冒頭とラストでホームレスが歌うジョニー・ナッシュの「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」は、「今まで辛い人生だったけど、これからは明るくなるさ」という希望に満ちた曲です。
スチュワートを含めたホームレスたちが、ラストで取る秘策は実に痛快。
サブタイトルは『図書館の奇跡』とありますが、ここは「奇跡」ではなく「秘策」とすべきでしょう。
映画『パブリック 図書館の奇跡』は、2020年7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国ロードショー中。