名匠スピルバーグが自身の半生を描く『フェイブルマンズ』
映画『フェイブルマンズ』は、現在の映画界にとって最高の名匠スティーヴン・スピルバーグ監督作であり、第95回アカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされた作品です。
世界的に大ヒットとなった『ジョーズ』『E.T.』「ジュラシック・パーク」シリーズなど、世界の映画ファンから愛される数々秀作を制作し続けるスティーヴン・スピルバーグが、映画監督になるという夢をかなえた自伝的映画です。
「たとえ話ではなく、私の記憶」と語るスピルバーグの映画人生を描いたヒューマンドラマを、ネタバレ有りでご紹介致します。
映画『フェイブルマンズ』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
The Fabelmans
【製作・監督・脚本】
スティーヴン・スピルバーグ
【共同脚本】
トニー・クシュナー
【製作】
クリスティ・マコスコ・クリーガー、トニー・クシュナー
【製作総指揮】
カーラ・ライジ、ジョシュ・マクラグレン
【撮影】
ヤヌス・カミンスキー
【音楽】
ジョン・ウィリアムズ
【キャスト】
ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ、ジュリア・バターズ、キーリー・カルステン、デヴィッド・リンチ
【作品概要】
数々のヒット作を世に放ってきたスティーヴン・スピルバーグ監督が、自身の半生をベースに描いた2023年日本公開作品。
映画の虜になった少年サミー・フェイブルマンが、家族を通して、さまざまな人々との出会いと成長を描きます。
サミー役に新鋭ガブリエル・ラベルを抜擢し、母親はアカデミー賞に4度ノミネートされた経歴を持つミシェル・ウィリアムズ、父親は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)のポール・ダノが演じます。
脚本はスピルバーグと、彼とは何度もタッグを組んで来たトニー・クシュナーが共同で担当。ほかにも、撮影のヤヌス・カミンスキー、音楽のジョン・ウィリアムズといったスピルバーグ作品の常連スタッフが集結しています。
第80回ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)と監督賞を受賞し、第95回アカデミー賞では作品、監督、脚本、主演女優(ミシェル・ウィリアムズ)、助演男優(ジャド・ハーシュ)ほか計7部門にノミネートされました。
映画『フェイブルマンズ』のあらすじとネタバレ
1952年、アメリカ・ニュージャージー州に暮らすフェイブルマン家は、公開されて間もないセシル・B・デミル監督作『地上最大のショウ』を鑑賞。
ピアニストの母ミッツィとコンピューターエンジニアの父バートに連れられた長男サミー(サミュエル)は、当初は気乗りしなかったものの、劇中での列車と自動車が衝突して大脱線事故を起こすシーンに興奮を覚えます。
その年のユダヤ教の祝日ハヌカ(キリスト教のクリスマスに相当)に、列車とレール一式のおもちゃを買ってもらったサミーは、列車を走らせて遊びます。がそのうち、『地上最大のショウ』の脱線事故シーンを再現するように。
サミーの行為に困惑するバートに反して、理解を示したミッツィから8㎜カメラをプレゼントされたサミーは、脱線シーンの撮影をするように。以来サミーは、家族の様子を撮影したり、妹たちにミイラの扮装をさせてホラー映画を撮ったりと、カメラを手放さなくなります。
1957年、バートはより待遇の良いエンジニアに転職したのを機に、アリゾナ州フェニックスに引っ越すことに。バートの同僚でミッツィの長年の親友ベニーも、彼女の強い勧めもあり一緒に移ることとなります。
10代になりボーイスカウトに入隊したサミーは、劇場で観たジョン・フォード監督作『リバティ・バランスを射った男』に影響され、アリゾナの砂漠地帯で仲間たちとともに西部劇を撮影。
サミーが撮った西部劇はボーイスカウトの発表会でお披露目され、銃撃戦の迫力に観客の評判となります。バートの車で帰宅中のサミーは、銃撃戦のシーンではフィルムに小さな穴を空けて、本当に発砲しているかのような特殊効果をしたと明かします。
その発想力に感心するも、映画撮影は趣味の一環で仕事にはつながらないと説くバートに、反発するサミー。
夏、ベニーを伴ってキャンプ旅行に出かけたフェイブルマン家。サミーはキャンプを楽しむ家族を撮影し、夜には車のライトを照明にしてダンスを踊るミッツィに魅せられる家族たち。
そんな中、実母を亡くして落ち込んだミッツィはその母から、「近日中に訪問者が現われて災いをもたらす」との電話をもらったと恐れおののくように。数日後に、ライオンの調教師で映画制作にも関わっていたミッツィの伯父ボリスが突如訪問します。
戸惑うミッツィに反してサミーはボリスと意気投合。ボリスは「お前には芸術の血が流れている」とサミーに映画制作の楽しさを語る一方で、芸術と家族は常に衝突し引き裂かれる関係にあると告げるのでした。
精神が不安定なままの妻を元気づける術が見つからないバートは、サミーにキャンプに行った際の映像をホームビデオにしてほしいと頼みます。仲間を集めて戦争映画の撮影をする予定があるサミーは渋るも、父の嘆願に根負けします。
戦争映画を撮影する傍ら、家でキャンプ映像を編集するサミー。ところがその編集過程で、ミッツィとベニーが友人以上の関係である事に気づいていしまうのでした。
完成した映画『エスケープ・トゥ・ノーウェア』も、ミッツィを元気づけるホームビデオも評判を呼ぶも、サミーはミッツィに反抗的な態度を取るように。ミッツィから理由を問われたサミーは、ビデオではカットした映像を見せます。
自分の秘密を知られたミッツィは狼狽するも、決して家庭は壊さないと告げ、サミーもこのことは誰にも話さないと互いに約束します。
後日、大手パソコンメーカーIBMにヘッドハンティングされたバートは、カリフォルニア州サラトガに引っ越すことになり、ベニーはそのままフェニックスに残ることに。
ミッツィの件でもう撮影を止めることにしたサミーはカメラを売るも、ベニーから新品のカメラをプレゼントされます。拒むサミーに「ママが悲しむから映画を撮ることだけは止めるな」とバートは告げ、サミーが買い取ろうした35ドルを受け取らずに去っていくのでした。
新天地カリフォルニアの生活は、バート以外なじめません。鬱屈したミッツィが猿をペットに飼えば、サミーはユダヤ人ということで、クラスメイトのローガンとチャドのいじめの対象となります。
そんな中、サミーはローガンが赤毛の女子高生レニーとキスをしているのを目撃。直後、恋人クラウディアを引き連れたローガンに絡まれたサミーは、彼の浮気を告げ口。
クラウディアを怒らせたローガンはサミーを殴り、浮気は嘘だったと伝えるよう強要。サミーは、クラウディアと友人のモニカに自分が嘘をついたと言うもすぐに見破られ、逆にモニカに気に入られて付き合うことになります。
モニカを自宅に招いて家族で食事をしていた際、最上級生全員が卒業前に1日だけ学校を休める「シニアスキップデー(おサボり日)」の撮影ボランティアになるよう勧められるサミー。
最初こそ拒否するも、モニカの父親が持つ最新鋭の16mmカメラが使える誘惑に屈します。
映画『フェイブルマンズ』の感想と評価
両親とカメラによって築かれた名監督
『ジョーズ』(1975)、『E.T.』(1982)、『ジュラシック・パーク』(1993)など数々のヒット作を手がけてきた、名実ともに映画界最高の監督と称されるスティーヴン・スピルバーグ。本作『フェイブルマンズ』は、自身曰く「たとえ話ではなく、私の記憶」をたどった自伝的作品です。
スピルバーグ作品に登場する主人公は、どこかしら彼自身を投影しており、『E.T.』のエリオット少年も『ジュラシック・パーク』のグラント博士も『宇宙戦争』(2005)のレイ・フェリエも、スピルバーグの分身にあたります(もっともそれはスピルバーグに限らず、すべてのフィルムメーカーに共通して言えることですが)。
そんな中で本作はスピルバーグ自身をストレートに投影していますが、それは序盤で早くも明示されます。
『地上最大のショウ』を観て興奮した少年サミーは劇中の列車と車が衝突するシーンに感化され、買ってもらった列車のおもちゃで遊ぶように。しかし、「あの子は“衝突”に魅せられたのよ」との母ミッツィの言葉どおり、単にレール上で列車を走らせるのではなく、列車と車が衝突する演出に興味を抱き、自分で再現するのです。
「デビュー作にはクリエイターのすべてが詰まっている」とよく言われますが、スピルバーグの監督デビュー作が、車とタンクローリーが対決して両者の衝突で幕を閉じる『激突!』(1971)なのも納得というもの。
芸術肌のミッツィに才能を開花され、カメラを与えられたサミーは映画の虜に。かたや父のバートは、映画撮影は趣味の一環で仕事にはならないと考えます。「映画は夢のある芸術」と説くミッツィと、「映画は1秒間24コマのフィルムを流すと動いているように見える仕組み」と論理的に解説するバートは、何から何まで対照的。
しかしサミー=スピルバーグは、母の芸術センスと、コンピューターエンジニアだった父の技術センスを受け継いだことで、驚異の映像を次々と生み出していくこととなるのです。
映画『フェイブルマンズ』特別映像<The Cast>
自分には映画しかない
少年時代のスピルバーグが撮った『エスケープ・トゥ・ノーウェア』(1961)
そんな映画撮影にのめり込んでいたサミーですが、自分の撮影によって母親の不貞という知りたくない現実を映してしまったショックで、カメラを手放します。
ゆくゆくは両親は離婚することになるわけですが、これは実際のスピルバーグも同様で、『未知との遭遇』(1977)、『E.T.』、『カラーパープル』(1985)、『宇宙戦争』など、家庭環境が複雑だったり家庭内不和を抱える人物の作品を多く撮っていることからも伺えます。
いったんは撮影を止めるサミー。ですが、最新鋭のカメラの魅力に抗えずにクラスメイトたちの撮影を引き受けてしまう。ひいては自分をいじめるローガンを、嫌な奴だと分かっていながら映像に映る姿の良さに抗えずに、彼が引き立つ編集や演出をしてしまう。
たとえ拒んでも、自分が撮った戦争映画や記録映像に見入る人たちの姿に喜びを感じる。映画は現実も映せば虚構も映せる――そんな映像のマジックに魅せられていたサミーは、映画にこそ自分の生きる道があると確信するのです。
ちなみに、サミーが撮った戦争映画『エスケープ・トゥ・ノーウェア』は10代のスピルバーグ自身が撮った同名作品をそのまま再現しており、ローガンのモデルとなった実在の人物は後に警官になったそうです。
まとめ
ボーイスカウト姿のサミーは『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(1989)の少年時代のインディを想起させれば、ミッツィの実母が臨終を迎えるシーンは敬愛する黒澤明の『赤ひげ』(1965)を思わせたり、『E.T.』や『ジュラシック・パーク』と重なるシーンもあったりと、『フェイブルマンズ』はスピルバーグのトリビア的観点でも見どころが多い作品です。
「すべての出来事には意味がある」、ミッツィがサミーに語りかけたこのメッセージは、映画制作における最大の要因でしょう。
ラストで、デヴィッド・リンチ扮するジョン・フォードがサミーに言います。「地平線が上にある映画は面白い。地平線が下にある映画も面白い。でも地平線が真ん中にある映画は退屈でクソだ!」
スピルバーグ作品を数えきれないほど観てきたという方も、そして数えるほどしか観ていないという方も、この言葉を念頭に置いた上で、彼のフィルモグラフィーをたどってみるのも面白いかもしれません。