2020年11月6日(金)映画『ストックホルム・ケース』がヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿、UPLINK吉祥寺ほかで上映。
イーサン・ホークが『ブルーに生まれついて』のロバート・バドロー監督と再タッグを組んだ本作は、「ストックホルム症候群」の語源となったスウェーデン史上、最も有名な銀行強盗を基にしたクライム・スリラーです。
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映画『ストックホルム・ケース』の作品情報
【日本公開】
2020年 (カナダ・スウェーデン合作映画)
【監督・脚本】
ロバート・バドロー
【キャスト】
イーサン・ホーク、ノオミ・ラパス、マーク・ストロング、ビー・サントス、クリストファー・ハイアーダール、マーク・レンドール、イアン・マシューズ
【作品概要】
誘拐・監禁事件の被害者が犯人と長い時間をともにすることで、犯人に対し連帯感や好意的な感情を抱いてしまう状態を示す心理学用語「ストックホルム症候群」の語源になった事件を題材に、イーサン・ホーク主演で描くクライムドラマ。
映画の題材となったのは、1973年にスウェーデンのストックホルムで起こったノルマルム広場強盗事件。 監督は、イーサン・ホークが伝説のトランペット奏者チェット・ベイカーを演じた『ブルーに生まれついて』(2015)のロバート・バドロー。犯罪仲間のグンナー役に「キングスマン」シリーズのマーク・ストロング、人質となるビアンカは「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスが演じます。
映画『ストックホルム・ケース』のあらすじ
何をやっても上手くいかない悪党のラース(イーサン・ホーク)は、自由の国アメリカに逃れるため、アメリカ人を装ってストックホルムの銀行強盗を決行します。
ビアンカ(ノオミ・ラパス)を含む3人を人質に取り、刑務所にいる仲間のグンナー(マーク・ストロング)を釈放させることに成功したラースは、人質と交換に金と逃走車を要求します。
しかし、警察が彼らを銀行の中に封じ込める作戦に出たことで事態は長期化。
次第に犯人と人質の関係だったラースとビアンカたちの間に、不思議な共感が芽生え始めていきます。
映画『ストックホルム・ケース』の感想と評価
イーサン・ホークが憎めない犯人を好演
本作は、ストックホルムで起こった強盗事件をもとにした実話です。
心理学用語「ストックホルム症候群」の語源になったほど有名な事件ということで、作品を観る前は、ドキュメンタリー色の強い手に汗を握る物語を想像していましたが、良い意味で裏切られました。
イーサン・ホークが演じる主人公のラースが、とにかく人間臭くて魅力的。アメリカ人を装い銀行に乗り込み、女性銀行員を人質にとって立てこもる残忍な犯人のはずなのに、憎めないキャラクターなのです。
ラースは、刑務所暮らしを経験したことがある前科者。「親は自分に死んでほしいと思っている」と口走りますが、彼の中に卑屈さは感じられません。なぜなら「俺がグレたのは親のせいではない」と自分の人生をきちんと受け入れているからです。
キレやすく、ちょっとクレージーなところがありますが、ラースは根っからのワルではないということが、物語が進むうちに分かってきます。
人質となった銀行員・ビアンカに対して、銃で脅しながらも、子どもを心配する彼女に自宅へ電話をすることを許したり、もう一人の人質であるクララの体調が悪くなるとパニックになり、警察に「早くなんとかしてやってくれ!」と懇願するところは、人の良いおじさんそのもの。
ラースの目的は、あくまでもお金を受け取って、刑務所にいる仲間のグンナーとともに国外へ逃げること。整形手術をしてスウェーデンでの冴えない生活に終わりを告げ、人生をやり直したいとひたすら願っています。
ラースの要求どおり、グンナーは刑務所から釈放されるのですが、グンナーと再会するやいなや、自身が引き起こした銀行強盗を「映画みたいだろう!」とハイになって自慢するところは、なんとも子どもっぽくて笑えてしまいます。
観ているうちに、そんなどこかぬけたところのあるラースが魅力的に見えてしまうから不思議なものです。「無事に逃げてほしい」と願ってしまう人も少なくないと思うのですが、これはまさに「ストックホルム症候群」に陥ったということなのかもしれません。
ボブ・ディランの名曲が作品を彩る
本作では、『新しい夜明け』『明日は遠く』『今宵はきみと』『トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー』という、ボブ・ディランの曲が流れます。
物語の中でラースは「サツ(警察)といえばボブ・ディランだろう。みんな彼の曲が好きだ」と言い、ボブ・ディランの名曲の数々が、70年代のスウェーデンの雰囲気を彩ります。
実際にラースが『明日は遠く』を歌うシーンもあり、ビアンカが「さっきの歌、良かったわ。私もよく歌った」と共感します。
その瞬間、ラースは変装に使っていたかつらをはずし、自分の本当の姿をビアンカに見せるのです。
もしかしたらボブ・ディランの曲が、ラースとビアンカの心を通じさせたといってもいいのかもしれません。
音楽の力はかくも大きいのか…と実感する瞬間なので、本作でボブ・ディランの曲は大きな役割を果たしているといっても過言ではないでしょう。
人質のビアンカがラースを見つめるまなざし
人質となったビアンカは、冷静で聡明な女性。銀行強盗の現場に赴いてきた夫に対して、子どもたちのことを案じ、冷蔵庫にあるもので夕飯の調理方法を説明するほど度胸のある人です。
そんな彼女は、人質となって恐怖におののいているものの、ラースをジッと観察しています。
銃で威嚇しながらビアンカの机の上にあるおやつをつまみぐいしたりするなど、時折ユーモラスな行動をとるラースを不思議そうな表情で見つめています。
それはまるで「この人はそんなに悪い人ではないのでは…」と思っているかのようです。
そしてボブ・ディランの曲について語り合ったことをきっかけに、ビアンカのまなざしに変化が出てきます。怯えた表情でラースを見つめていたビアンカですが、だんだん仲間を見るような目に変わっていきます。
ラースの身の上話や彼の逃亡計画に耳を傾けるビアンカ。お互いにキリスト教徒だと知った瞬間、彼のために祈りも捧げます。
人質という立場から、犯人に共感していく心境を上手く表現しているノオミ・ラパスは、実に魅力的な女優です。
まとめ
本作では、銀行強盗のラースと対決する警察署の署長やスウェーデンの首相といった、いわゆる地位のある人たちが出てきます。不思議なもので、犯罪者のラースよりも、彼らのほうが悪人面に見えてしまいます。
それは、高い地位にいる人たちが陥りがちな発想や言動といったものが、本作でも垣間見えるからなのですが、それだけではなく、やはりイーサン・ホークが演じるラースが魅力的だということなのでしょう。
クレージーだけどキュートなイーサン・ホークを、本作でぜひ堪能してみてください。