小説『線は、僕を描く』が実写映画化され、2022年10月21日(金)公開に!
2020年に「本屋大賞」3位、2019年にTBS「王様のブランチ」BOOK大賞を受賞した、砥上裕將氏の青春芸術小説『線は、僕を描く』(講談社文庫刊)。
両親を不慮の事故で失った喪失感を抱えながら生きてきた大学生の青山が、アルバイト中に「水墨画」に出合います。
青山の才能を見抜いた水墨画の巨匠篠田湖山から、水墨画を描くことを勧められ、青山は水墨画の世界へ飛び込んでいきます。
水墨画を題材にした青春小説が、『ちはやふる 上の句』(2016)『ちはやふる 下の句』(2016)『ちはやふる 結び』(2018)の小泉徳宏監督によって実写映画化。
主人公・青山に『きみの瞳が問いかけている』(2020)『嘘喰い』(2022)の横浜流星を迎え、2022年10月21日(金)全国公開となりました。
映画公開に先駆けて、原作小説『線は、僕を描く』をネタバレありでご紹介します。
小説『線は、僕を描く』の主な登場人物
【青山霜介】
主人公の大学生。高校生の時、交通事故で両親を喪い、喪失感とともに生きている。
【篠田湖山】
水墨画の巨匠。霜介の才能を見出し、弟子にする。
【篠田千瑛】
水墨画家。湖山の孫。花卉画が得意な若き美貌の水墨画家。
【西濱湖峰】
湖山門下二番手の水墨画家。
【古前】
大学生。青山の自称親友。
【川岸】
大学生。青山と同じゼミ。母親の影響で水墨画に興味があるしっかり者。
小説『線は、僕を描く』のあらすじとネタバレ
大学に入ったばかりの青山霜介。級友の古前から紹介されたバイト先に出向いてビックリします。
絵画展示の搬入作業ということですが、聞いていた作業よりもはるかな重労働! あまりの過激さに数人いた仲間のバイト生たちは徐々に姿を消していきます。
最後の一人となった青山は、西濱と名乗る現場責任者にことわり、古前に連絡を取って、体育系のバイト希望学生を連れてくるように言いました。
残された作業を一生懸命にこなす青山に、西濱は感心し作業終了後に「控室に弁当があるから食べて行って」と言いました。
弁当がある部屋を探していると、スーツを着た人当たりの良い老人に出会いました。青山は老人に事情を話しました。
老人はうなずくと、弁当が置かれている部屋へ案内し、上等の弁当を一つ青山にくれました。そして青山の箸の持ち方をほめると、会場を案内すると言い出し、青山を先導します。
展示された水墨画を見て歩くうちに、青山はシンプルな水墨画に心を魅かれて行きました。老人は水墨画の説明をするよりも、絵についての感想を青山に聞いてきます。
「君はすごい目を持っているね」とほめる老人に、青山は何もない場所にポツンと何かがあるという感覚はすごくしっくりくると言いました。
なぜか?と問う老人に、青山は「僕にも真っ白になってしまった経験があるからです」と答えます。
老人はほんの少し目を細めました。そして最後の絵の感想をのべさせて、「ほ、まさに慧眼だ」と感心しています。
そこへ見たことのないような美女があらわれて、「おじいちゃん、こんなところで何してるの」と言いました。
この老人こそ、日本を代表する水墨画の芸術家・篠田湖山であり、突如現れた美女は、孫娘の千瑛でした。千瑛も水墨画家として名の知れた女性でした。
青山は数分間、老人と話しただけでしたが、どういうわけか気に入られ、内弟子にすると言われます。湖山の孫の千瑛は、それに反発し、翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると言い出しました。
絵画展示の搬入作業のバイトから自宅のマンションに帰り、青山はぐったりと倒れ込みました。
青山は大学に近いマンションに一人で暮らしています。実は高校生だった2年前に、青山の両親は交通事故で他界したのです。一人っ子だった青山はポツンと取り残されてしまいました。
両親の葬儀からしばらくは青山は明るく振る舞っていましたが、そのうちに考えたくもないことを考えだすようになり、精神は徐々にボロボロに……。
両親の死後から3カ月がたつ頃には、青山は世界のどんなことにも無関心で、無気力無反応な人間になっていました。
保護者となった叔父夫婦の家に引き取られたものの、朝学校に行っても途中で抜け出し、両親との思い出のある実家に駆け戻って引きこもる毎日が続きます。
気がつくと青山は高校3年生になっていました。未来への何の希望も感じられないなか、青山の叔父夫婦は、両親が残した遺産を使って、青山を付属高校のある大学へ入学させる方法を取りました。
青山は大学近くのマンションで1人暮らしをし、大学に通って卒業することを約束させられます。
孤独に疲れ果て周りとのコミュニケーションも取れない青山ですが、それでも無気力なりに大学へ通うようになりました。
そこで親しく声をかけてきたのが、古前でした。古前が大学の講座を抜け出せなくなっって、仕方なく古前の代わりに行ったのが、例の絵画展示の搬入作業だったのです。
慣れない作業の疲れがいえない青山ですが、次の日から西濱に呼ばれて篠田湖山先生のアトリエ兼自宅に出向きました。
この西濱も、実は湖山門下二番手の水墨画家だというから驚きです。
アトリエで先生から水墨画の手ほどきをうける青山。小さな筆の穂先から生まれる風景画の微妙な美しさに青山は圧倒されます。
絵に命を吹き込む魔法のような一瞬。その動きはたった一本の筆から生み出せるのです。このことに青山は驚きますが、真似して書いてもただの落書に過ぎないのに、結構楽しんでいることに気がつきました。
「水墨画の本質はこの楽しさだよ」。湖山先生の言葉を胸に青山は帰宅しました。
一方、青山に湖山先生と孫娘の千瑛との面識ができたことを知った古前は、大学の文化祭に千瑛の作品を貸してほしいと頼むように依頼します。
千瑛を合コンに誘いたいという気持からでしたが、そこに水墨画に興味があるしっかり者の女子・川岸さんも加わって、大学に千瑛を呼び込もうということになったらしいのです。
青山と一緒に作品を文化祭に展示することになった千瑛。
その前に、水墨画がどうやって作られるのか、どんな芸術なのか知ってもらいたいという思いから、水墨画を描いているところを見てもらうための水墨画の揮毫会を開くことになりました。
大学で行われた千瑛の揮毫会。千瑛の芸術センスに圧倒された川岸さんは、揮毫会終了後の合コンをかねた懇親会で、千瑛から水墨画を習いたいと言います。
千瑛の了承を得て嬉しそうな川岸さん。合コンとしては失敗の会でしたが、水墨画の揮毫会としては成功と言えるイベントでした。
小説『線は、僕を描く』の感想と評価
筆を使った線で絵を描く「水墨画」。小説『線は、僕を描く』では、喪失感を抱えて生きている主人公・青山が、ひょんなことから水墨画を描き出し、水墨画に魅せられます。
両親を失い、空っぽになった青山の心に、水墨画は生き生きとした線を描いていきました。
本書は芸術にのめり込むことで人生を再起できた主人公の成長物語とも言えますが、注目すべきは、水墨画の特徴が随所で描かれていることでしょう。
水墨画の画材は、墨と筆と紙のみ。白と黒のみで表現された画のはずなのに、モデルの対象となる静物の色が浮かび上がり、色鮮やかな世界が広がります。
一筆目のたった1本の線を引くためには、釘の頭のように根元を描く「釘頭」、蟷螂の腹のように線を膨らませる「蟷肚」、鼠の尻尾のように鋭く逃がす「鼠尾」の3つの基本の描法があるそうです。
この一本目を決めたら次は二筆目と順番に描く線は、向きと太さと大きさ、それに掠れ具合もさままざまで、生命の息吹を感じるような変化を魅せます。
簡単そうに思えて実は奥深い水墨画の世界。水墨画については素人の青山は巨匠と呼ばれる湖山先生から基本を習うのですが、その様がとても丁寧に描かれていました。
そして、水墨画を理解して描けるようになるにつれ、青山が抱いていた孤独感や喪失感は薄れていき、人として大きな成長を遂げます。
水墨画とは何か? その本質があますところなく描かれた芸術小説でした。
映画『線は、僕を描く』の見どころ
小説の原作者は水墨画家の砥上裕將。お年寄りの趣味と思われがちな水墨画の魅力を、小説を通して広い世代に伝えたいという志をもって、本作品を書き上げたそうです。
その志はこの小説の映画化を希望した小泉徳宏監督に引き継がれています。
水墨画の映画を作るという小泉徳宏監督のもとに、2016年に製作した映画「ちはやふる」シリーズのチームが再結集し、日本古来の芸術の映像化に力を尽くしました。
「世界は変わっていく、自分も変わっていく。そんな中でも決して変わらない想いを、水墨画の研ぎ澄まされた表現とともに映画にしたいと思った」と撮影後に語る小泉監督。
主演の横浜流星は、役作りのため撮影前に水墨画家・小林東雲のもとで1年以上の時間をかけて水墨画を学んだと言います。
「その日、その時の感情によって、描く線が変わる水墨画の無限の可能性に驚かされた」と、横浜流星は感想を述べています。
水墨画の持つ繊細な魅力を理解した横浜流星が描く美しい線の描写……。
作品では、その修行の成果があらわれる見事な筆さばきが見られるそうですから、お見逃しなく。
映画『線は、僕を描く』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
砥上裕將:『線は、僕を描く』 (講談社文庫)
【監督】
小泉徳宏
【脚本】
片岡翔 小泉徳宏
【水墨画監修】
小林東雲
【キャスト】
横浜流星、清原果耶
まとめ
墨と水。そして筆だけで森羅万象を描き出そうという試みの水墨画。この水墨画と出合ったことで、深い喪失から立ち上がった青山を描いた物語『線は、僕を描く』をご紹介しました。
芸術というものを創り出す達成感、芸術を介して触れ合う人との温かい繋がり、また芸術に携わることの喜びも十分味わえる一冊です。
本作は、小泉徳宏監督によって映画化され、主演は『きみの瞳が問いかけている』(2020)、『嘘喰い』(2022)の横浜流星が務めます。
絵に命が吹き込まれたような凄みのある芸術作品の登場も、楽しみの一つです。
映画『線は、僕を描く』は、2022年10月21日(金)全国公開!