パブで働く女性2人を襲うハラスメント。
我慢が限界を超えた2人が選んだ行動とは……
オーストラリアに旅行に来たハンナとリブは、お金に困り片田舎のパブに働くことになります。そんな彼女たちを待ち受けていたのは、飲んだくれの店長や粗野な客からのパワハラ、セクハラ、女性差別の数々でした。
お店に溶け込むリブと、不快感を拭いきれず孤立していくハンナ。その中で、2人に対する人々の態度は次第にエスカレートしていく……。
『アシスタント』(2023)のキティ・グリーン監督と主演ジュリア・ガーナーが再タッグ。
女性バックパッカー2人がオーストラリアのパブで働く中で、ハラスメントを受ける様子を記録した2016年のドキュメンタリー映画『Hotel Coolgardie』に着想を得て制作されました。
前作同様、女性が受ける抑圧を緊迫感のあるスリラー映画として描き出しました。
映画『ロイヤルホテル』の作品情報
【日本公開】
2024年(オーストラリア映画)
【原題】
The Royal Hotel
【監督】
キティ・グリーン
【脚本】
キティ・グリーン、オスカー・レディング
【キャスト】
ジュリア・ガーナー、ジェシカ・ヘンウィック、ヒューゴ・ウィービング、トビー・ウォレス、ハーバート・ノードラム、ダニエル・ヘンシュオール、ジェームズ・フレッシュビル、アースラ・ヨビッチ
【作品概要】
フィンランドの女性バックパッカー2人が、住み込みで働く中で受けるハラスメントを記録したドキュメンタリー映画『HotelCoolgardie』(2016)。
『ジョンベネ殺害事件の謎』(2017)をはじめドキュメンタリー映画を手がけた後、劇映画『アシスタント』(2023)を制作したキティ・グリーン監督は、同作に着想を得て『アシスタントのジュリア・ガーナーと再タッグを組み本作を制作しました。
劇中でジュリア・ガーナー演じるハンナ、ジェシカ・ヘンウィック演じるリブに向けて放たれた侮蔑表現の数々は、実際にキティ・グリーン監督がパブなどで言われたことのある言葉だといいます。
映画『ロイヤルホテル』のあらすじとネタバレ
カナダからオーストラリア・シドニーに旅行に来たハンナとイブ。
クラブで飲んでいたリブが会計をしようとすると、「クレジットカードが使えません」と言われてしまいます。お金がない2人は、ワーキングホリデーに参加することにします。
2人に紹介されたのは、鉱山が多い片田舎の荒地にあるパブ「ロイヤルホテル」での住み込みバイトでした。高時給ながら都心から離れた条件にハンナは難色を示し「もっと近いところは…」と聞きますが、「急な話なので難しい」と言われてしまいます。
「ここでいい、紹介してください」とリブは言い、2人はバスに揺られながら目的地に向かいます。バス停を降りて待っていると、迎えの車がやってきます。
パブで調理を担当しているキャロラインは、パブに着くと部屋の場所だけを教えると、2人を残し出ていってしまいます。その際に鍵を閉められ、驚いたハンナがドアの鍵を開けると「開店前だからちゃんと鍵を閉めておくんだよ」と強めにキャロラインが言います。
2人は不思議に思いながらも2階に向かいます。言われた部屋がどこなのか分からず廊下を歩いていると、ソファで寝ている2人の女性に出会います。周りにはお酒の瓶がたくさん転がり、酔い潰れて寝ている様子の2人はイギリスから来てここで働いていると言います。
部屋に荷物を下ろした2人は、シャワーを浴びにいきますが、水が出ません。
元栓を開けると、どこからかオーナーのビリーがやってきて「タンクに水がないんだ、残りの水も干からびさせるのか」と怒鳴りつけます。タオルを巻いただけの状態の2人は、突然男性が入ってきたことに驚き言葉が出ません。
「英語が通じないのか?」と言うビリーに、ハンナは3カ国語を話せると言うと「賢いメス犬ってわけか、気に入った」とビリーは言います。
ハンナはビリーの失礼な物言いを受け入れられず「なんて言った?」と不快感をあらわにします。しかし、イブは気にせず冗談だと受け流します。そして2人はビリーから、ビールの種類や金額をざっと教わります。
迎えた、2人の初仕事。押し寄せた鉱夫たちの賑やかで猥雑な雰囲気に驚きを受け、意味ありげな注文をして2人がその言葉を繰り返すと笑う客に「何が面白かったの?どういう意味?」とハンナは食いつきますが、リブは気にすることなく接客を続けます。
その日は、2人と交代でここの仕事を終えるイギリス人女性2人が最後の日でした。客と共にお酒を浴びるように飲み酔っ払ったイギリス人女性2人は、なんとカウンターの上に靴を脱いで立ち騒ぎ出します。
それだけでなく上着をおろして胸を見せたり、スカートを捲し上げたりし、その様子にハンナは引いてしまいます。キッチンにリブを呼び出すと「もう辞めたい。帰ろう」とハンナは言い出します。
「今日は2人が最後の日でいつもより派手に飲んでいただけ、普段はこんなじゃないと言っていた」「もう少しがんばってお金を稼いで残りの旅行を楽しもう」とリブはハンナを説得します。
そんなハンナに興味を示しているのが、マティでした。「休みの日は何しているの?泳ぎに行かない?」
ハンナはリブと共にマティに連れられドライブをし、泳ぎに行きます。3人で楽しい時間を過ごしパブに帰ってくると、パブで3人でお酒を飲み、皆で酔っ払います。
リブが寝てしまい、ハンナはそろそろ帰ってとマティに言います。マティはハンナを抱き寄せ性行為をしようとしますが、ハンナは断ります。「そりゃないよ」と渋るマティを、半ば強引に部屋から追い出します。
リブを起こし、ベッドに連れて行ったハンナは、廊下で物音がするのに気付き、「マティ帰ってったら」とドアを開けると、廊下にいたのは、マティではなくドリーでした。
以前働いていたイギリス人女性が、最後の日にビリーと性行為をしている姿を見てしまっていたハンナは、恐怖を感じて部屋に鍵をかけ息を潜めます。
ドリーは部屋の前で立ち止まったもののそのまま立ち去りました。ハンナはその一件をリブに言うことができず、1人ドリーに対し警戒をするようになります。
映画『ロイヤルホテル』の感想と評価
カナダからオーストラリアにやってきて、パブで働くことになったハンナとリブ。
パブの仕事を紹介された際、ハンナは都市部から遠すぎると難色を示しますが、リブはそこでいいと受け入れます。パブに着く前から2人の間には認識の違いがあります。
ハンナは慎重なタイプで、リブはまず飛び込んでみるタイプといった性格の違いがそこにはあります。そんな2人の違いが、パブに着いてからどんどん大きくなっていきます。
ハンナはタオル1枚姿のところにやってきた上に、“賢いメス犬”と言われたことに憤慨し、信じられないとショックを受けますが、リブは気にせず聞き流しています。
更にキャロラインが、開店時間外は鍵を閉めるように強く言っていたことの意味をハンナは身の危険を持って感じ、警戒を強めますが、リブにはその認識がありません。
勝手に部屋に入ってきたり、侮蔑的な言葉を投げかけるビリーを異常だとハンナは警戒し、身を守ろうとしますが、リブは「ちょっと変なところもあるけど悪い人ではない」と言います。
リブはその場の空気を壊したくないと考え、自分が我慢しているという認識はあまりありません。また、アジア系の彼女にとって白人のパブ文化時代……セクハラが横行するパブ文化を“そういうもの”だと認識しているのかもしれません。
しかし、ハンナは受け入れられず、聞き流して愛想よく笑うという選択をしません。そんなハンナに対する抑圧だけが強くなっていきます。
「不機嫌なメス犬」「愛想良くすればいい」……女性はいつだって愛想良く男性をもてなすべきといった差別観念がそこにはあります。
「嫌なら言えばいい」「嫌な予感がするなら早く帰るべきだった」……そう簡単に言いますが、最初に嫌だということの難しさも本作は映し出しています。
「嫌だ」と意思表示をしたところで「冗談だったのに間に受けるなんて」と言われ、結局女性側が貶められてしまうのです。そのような地獄絵図の中で、強く立ち向かっていく姿を本作はラストの燃え上がるパブによって印象的に映し出します。
ハンナが危機感を強めるきっかけとして大いに関係していたのは、2人が来る前に働きにきたイギリス人女性2人の存在でしょう。
彼女たちの意思でそうなったのかもしれませんが、ここにいて流されれば、下品なことを言われ都合良く性消費されてしまう存在になるとハンナは感じたのではないでしょうか。
だからこそ、リブが酔っているともう飲むのやめて休むように言うのです。しかしリブ自身は男性らとお酒を飲んで性的な関係になるつもりはなく、その場を楽しみたいだけであったかもしれません。だからこそ、空気を壊すハンナのことをよく思わないのです。
では男性陣からしたらどうでしょうか。彼らにとって2人は、新しくやってきた女性です。店を経営するビリーにとっては客を呼び寄せる宣伝であり、客にとっても消費される、そうしてもいい存在なのかもしれません。
客と接客する関係性であっても、接客する側の尊厳が踏み躙られて良いわけがありません。ハンナは果敢に立ち向かっていきますが、恐怖も感じています。
男性らはそんなハンナの恐怖を感じ取り馬鹿にします。それは体格的に勝てる存在だからいざとなったら力で説き伏せられるという認識があるのでしょう。
斧を持って威嚇するハンナにもどうせできないと馬鹿にし、いざ斧を振り上げると「イカれた女」扱いします。
愛想の良い賢くない女が都合が良く、愛想のない歯向かう女は説き伏せなければ気が済まず、イカれた女扱いする有害な男性性が表れています。
全てにおいておかしいのは“女側”で、自分の有害さに無自覚です。
ハンナとリブは最後に連携してパブを燃やして街を出ていきます。その姿は爽快感もあり、強さも感じ勇気をもらえると同時にそうまでしないと生きていけない現実も映し出しています。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)のラストの強烈さもそこにつながってくるといえるでしょう。
キャシーがクレイジー扱いされても目的のため自分の身すら犠牲にした背景には、そうまでしても己の有害さに無自覚で搾取し続ける人々がいるからなのです。
まとめ
オーストラリアの片田舎で働くことになったハンナとリブを襲う悪夢を描いた映画『ロイヤルホテル』。
近年はシスターフッド映画をはじめ、女性の連携を描く映画も増えてきました。その中で本作では、リブとハンナの間に溝ができてしまう様子をありありと映し出します。
連携して男性に立ち向かっていく姿は最後に描かれていますが、それまでは認識の違いにより、友情にヒビが入ってしまう様子が描かれていました。
また本作は、「男vs女」という分かりやすい対立構図で語ろうとはしていません。
パブには女性の常連客も多く、その客も他の客と同様侮蔑的な発言を繰り返します。先に働いていたイギリス女性も“そういうもの”と受け入れたために、そうなってしまったのでしょうか……。
ハンナとリブの認識の違いなど、同性においても認識にグラデーションがあり、同性も同調することで加害者になりうることを本作は映し出します。
その姿勢は、前作『アシスタント』(2023)においても表れていました。
映画業界で働く女性を通して性差別、パワハラが蔓延る業界の様子を淡々と映し出す中で、有害な男性と共に描かれていたのは、“そういうもの”と受け入れることで被害を見過ごす、加担者となる女性の姿でした。
前作『アシスタント』において、キティ・グリーン監督は実体験だけでなく映画業界に勤めていた、勤めている人へのインタビューをもとに作り上げ、作品にリアリティを持たせていました。
本作においてもドキュメンタリーから着想を得た上で、様々なパブでの実体験を映画に落とし込んだと言います。それだけではなく、男性の視点も抑えるためにも、共同脚本にあえて男性であるオスカー・レディングを迎えたことも大きいでしょう。
淡々としたリアリティのあるパブの様子に、緊迫感を加えたスリラー映画になっています。