実在のボクサーの光と影を描く傑作
『タクシードライバー』(1973)の巨匠マーティン・スコセッシ監督と名優ロバート・デ・ニーロのゴールデンコンビがタッグを組んだ不朽の名作『レイジング・ブル』。
ミドル級チャンピオンに輝いた実在のボクサー、ジェイク・ラモッタの半生が描かれています。
主演のデ・ニーロは引退後のラモッタの姿を再現するため27キロも増量し、アカデミー主演男優賞を見事受賞しました。体型をも変化させる徹底した役作りを意味する「デ・ニーロ・アプローチ」という言葉を生むきっかけとなった作品です。
最強の称号を手にした男が最後に得たもの、そして失ったものとはなんだったのでしょうか。
人々の心をとらえて離さない傑作の魅力についてご紹介します。
映画『レイジング・ブル』の作品情報
【公開】
1981年(アメリカ映画)
【原作】
ジェイク・ラモッタ、ジョセフ・カーター、ピーター・サベージ
【脚本】
ポール・シュレイダー、マーディク・マーティン
【監督】
マーティン・スコセッシ
【編集】
セルマ・スクーンメイカー
【出演】
ロバート・デ・ニーロ、キャシー・モリアーティ、ジョー・ペシ
【作品概要】
『タクシードライバー』(1973)のゴールデンコンビマーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロがタッグを組んだボクシング映画の傑作。
ミドル級チャンピオンにも輝いた実在のボクサー、ジェイク・ラモッタの半生が描かれます。
ジェイクの弟役を数々の映画でスコセッシ監督やデ・ニーロと共演しているジョー・ペシ、ジェイクの若妻・ビッキーをキャシー・モリアーティが好演しています。
映画『レイジング・ブル』のあらすじとネタバレ
クラブのコメディアンのジェイク・ラモッタは、かつては「ブロンクスの怒れる猛牛」と呼ばれたボクシングミドル級チャンピオンでした。
1941年、デビュー以来無敗を誇っていたジェイクは、7回のダウンを奪ったにもかかわらず相手に有利な判定で敗れ、初めての屈辱を味わいます。
審判への怒りの収まらない彼は、妻に当たり散らして大ゲンカに。心配する弟でマネージャーのジョーイにもケンカを吹っ掛けます。
その後、市営プールでまだ15歳の美しいブロンドの少女・ビッキーと出会い、心惹かれるジェイク。妻がいる身でありながら、ジェイクは彼女と交際し始めます。
1943年、ジェイクは当時無敵とされていたシュガー・レイ・ロビンソンを破りました。しかし、その後のリターン・マッチでは、またしても不利な判定に屈してしまいます。
映画『レイジング・ブル』の感想と評価
苦すぎる栄光と挫折
ロバート・デ・ニーロの気迫と色気に圧倒される作品『レイジング・ブル』。公開されてから長い年月を経ても尚、観る者の心をつかんで離さない名作です。
実在のプロボクサー・ジェイクに扮したデ・ニーロの鬼気迫る演技は圧巻です。
絞り切った体から繰り出すリアルなパンチ。その一方で、引退後のジェイクを演じるために増量した厚みある体から匂い立つ凄み。彼のすべてに目が釘付けになることでしょう。
モノクロ画面からにじみ出る郷愁感や、臨場感あふれるファイトシーンの熱さにも心を締め付けられます。
本作が人々を惹きつけてやまないのは、ジェイクの光と影が容赦なく描かれている点にあります。彼は様々な苦労の末にチャンピオンの座をつかみましたが、その栄光も挫折もあまりにも苦いものでした。
主人公のジェイクはまるで野生動物のような男です。本能のままに生きる彼は、目の前の敵を叩きのめすことだけに命をかけ、愛する女を独占しようとします。
年若く美しいビッキーに一目ぼれし、結婚して家庭を築いたことが、悲劇を引き起こす引き金となりました。美しい妻が浮気しているのではないかという嫉妬心が、ジェイクの心を蝕んでいきます。
彼は常に妻に不倫しているのではないかと問いただし、怒りが募ると殴りつけるという、とんでもないモラハラ夫でした。
彼の持つ強烈な猜疑心は、もともと持って生まれた性質に加え、過酷な減量やリングでの壮絶な戦いによる神経の昂りに起因するものだったことでしょう。また、壮絶な孤独がさらに彼を追い詰めたに違いありません。
実際のところ、あまりにも若いビッキーは、独占欲の強い夫との生活に息が詰まり、試合前になると相手をしてくれなくなる夫を物足りなく感じて街へ出ます。ジェイクの心配もあながち的外れではありませんでした。
ジェイクの嫉妬深さは、周囲の人々を不幸に陥れていきます。果ては妻が弟のジョーイと関係を持ったと勝手に信じ込み、殴りつけて絶縁されてしまうのです。ビッキーもやがて彼のもとを去っていきます。
裏社会の人間に首根っこをつかまれ、要求を飲まなければ試合さえ組んでもらうことが叶わないボクサーの悲哀も心に沁みます。
純粋なジェイクは、意に沿わない八百長を持ちかける裏社会のドンに抵抗しながらも、どうしてもチャンピオンになりたいという欲望から従ってしまいました。ベルトをとった後も、その事実に彼は最後まで苦しめられます。
ラストで、ステージを直前にした彼は、鏡の前でひとり『波止場』の1シーンのセリフを呟きます。それは、兄に八百長試合を強要されたために人生を転落した弟が言う、恨み言でした。
そして最後には、「イエスが罪人かどうか自分にはわからない。しかし、ひとつだけわかることがある。かつて私は盲だったが、いまは見えるということだ。」という聖書の一説が流れます。
通り過ぎた過去を振り返り、悪魔に魂を売ったあの時が転落のすべてだったという事実が、今なら見えるという意味なのでしょうか。
それとも、八百長を受けたのは罪かもしれないが、チャンピオンの座は確かに手にすることができたという意味なのでしょうか。
ラストシーンの解釈は難しく、観る人それぞれに委ねられる余韻あるものとなっています。
助演ふたりの名演に酔う
アカデミー賞最優秀賞を受賞した主演のロバート・デ・ニーロとともに、助演を務めたふたりもまた、アカデミー賞にノミネートされる名演を見せています。
ひとりはジェイクを支える弟・ジョーイを演じたジョー・ペシです。
デ・ニーロやスコセッシ監督とは数々の作品で共演してきた名優で、特に狂気的な演技に定評があります。その一方で、大ヒット作「ホーム・アローン」シリーズではマヌケな泥棒をコミカルに演じて人気を博しました。
本作では、異常性を持つ兄を愛し、チャンピオンにさせるために必死で力を尽くすジョーイを魅力的に演じています。遊びに出たビッキーを連れ戻すために我を忘れて怒り狂うさまは、狂気を感じさせるド迫力です。
もうひとりは、ジェイクを虜にするブロンドヘアの美女・ビッキーを演じたキャシー・モリアーティです。
15歳にして妖艶な魅力を持つビッキーを蠱惑的に演じています。束縛されることに反発する年若い彼女が、ひるまず夫を厳しい視線でにらみつける強さが印象的です。
夫を憎みながらも愛し、何度も別れようとしては思い直すビッキー。その心の揺れを繊細に演じています。
まとめ
いま尚人々の心を揺さぶり続ける傑作『レイジング・ブル』。強いチャンピオンでありながら、どうしようもないほどの弱さを持つ孤高のチャンピオンに、私たちは惹きつけられてやみません。
ドラッグやアルコールに溺れたわけでもなく、ただひたすらリングでの勝利を目指してきただけの純粋な彼が、猜疑心という名の悪魔に振り回されてすべてを失ってしまう姿に言葉を失います。
ひとり残された後も、彼は人生に立ち向かい続けます。ステージ前にシャドウボクシングをする彼は、自分に向かって俺は無敵だと言い聞かせているように思えてなりません。
ダウンしない限り、彼は決して負けを認めたりしないのでしょう。そんな彼だからこそ、永遠のヒーローになり得たのに違いありません。