何気ない日々の貴さを歌い上げる名作
『アニー・ホール』(1978)で知られる名匠ウディ・アレンによるノスタルジックなコメディ映画。
第二次世界大戦開始直後のアメリカに暮らす少年・ジョーの目を通して描かれる、アレン監督自身の自伝的作品です。大人になったジョーによるナレーションを、監督自身が務めています。
顔を揃えるのは、ミア・ファロー、ダイアン・キートンらアレン作品の常連たち。珠玉のコメディを紡ぎます。
何気ない日々がどれほど美しく素晴らしいものなのかを歌い上げる人間讃歌です。愚かだからこそ愛おしい人々の姿が、愛情たっぷりに映し出されます。
いつまでも観ていたくなる最高の一作です。その魅力についてご紹介します。
CONTENTS
映画『ラジオ・デイズ』の作品情報
【公開】
1987年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
ウディ・アレン
【編集】
スーザン・E・エース
【出演】
ミア・ファロー、セス・グリーン、ジュリー・カブナー、ジョシュ・モステル、マイケル・タッカー、ダイアン・ウィースト、ダイアン・キートン
【作品概要】
『アニー・ホール』(1978)、『ハンナとその姉妹』(1987)で知られる名匠ウディ・アレンによる人間讃歌。
自身の少年期の思い出を散りばめた、郷愁感あふれる珠玉のコメディ映画です。
第二次大戦開始直後のニューヨークに住む平凡な一家の思い出が、当時娯楽の中心にあったラジオにまつわるエピソードを通して美しく描かれます。
アレン作品の常連であるミア・ファロー、ダイアン・キートンらが出演。
映画『ラジオ・デイズ』のあらすじとネタバレ
ある晩、ある夫婦の家にふたりの泥棒が入りました。そのうちのひとりが、物色している最中にかかってきた電話に思わず出てしまいます。それはラジオ番組からの電話でした。「曲当てクイズ」に参加することになったふたりは、全問正解して豪華賞品を獲得します。
泥棒による被害額は50ドルでしたが、翌日山ほどの豪華賞品が自宅に届いて夫婦は驚きました。
1940年代にニューヨーク郊外の海辺の街で暮らしていた少年ジョーの家では、いつもラジオがかけっぱなしにされていました。
いつもくだらない議論をしている両親、魚を友人からよくもらってくる叔父のエイブ、その生臭さにうんざりしている叔母のシール、隣家の電話を盗み聞きするのが趣味のその娘・ルーシー、祖父母という大家族と暮らすジョーは、家族たちと同じくラジオに夢中でした。
ラジオから流れる音楽やドラマをバックに繰り広げられるさまざまな人間模様を、ジョーは見つめて育ちました。
ラジオドラマ「覆面の騎士」の秘密指輪が欲しくてたまらないジョーは、学校で献金したなかから少しくすねて指輪を買い、教師と両親から叱られます。
ビーおばさんはマヌリス氏と楽しくデートした帰り、霧の中で車がガス欠で止まってしまいます。そのときラジオから、火星人が侵略したため非常事態宣言が出たという言葉が聞こえてきて、マヌリス氏はビーを残して逃げてしまいます。10キロも歩かされることになったビーは、その後彼に火星人と結婚したのでもう会えないと言いました。
映画『ラジオ・デイズ』の感想と評価
美しき日々を打ち壊す愚かしい戦争
ラジオが一番の娯楽だった時代の古き良きアメリカを描く珠玉のコメディです。「今でもいくつかの歌は聞いた瞬間、鮮やかに思い出が蘇ります」という主人公・ジョーの言葉が、この作品のすべてを表しています。
甘さも苦さもすべて含めて、人間の何気ない暮らしがどれだけ美しいものなのかを丁寧に綴る一作です。なぜこんなに楽しいのかと不思議になるほど、観るほどに心が美しいもので満たされていきます。
本当に豊かな生活とは、愛に満ちた時間を生きることだと教えられる作品です。
ラジオ音楽をバックに、愛すべき人たちの温かな日々が綴られます。
隣家の電話の盗み聞きが趣味の従姉。結婚に憧れ続ける夢見がちなビーおばさん。歌い踊る娘のルーシーを見て、声を合わせて歌う父と叔父。
結婚記念日にプレゼントを贈られた母は父を抱きしめ、少年は両親のキスを見られる唯一の素晴らしい日を胸に刻みます。
何気ない一日一日に宿る、心を満たす小さく光り輝く幸せ。しかし、戦争という恐ろしい影が忍び寄ります。
1944年の新年を迎えた日のことをジョーが「今でも忘れない」と言っているのは、その後、それらの小さな幸福に満たされた生活が激変したからにほかなりません。
井戸に落ちた少女の無事を祈り、息を詰めてラジオの実況を聞いていた心優しき人たちも、その翌年である1944年からは自分の命を守るだけで精一杯だったことでしょう。
果たしてジョーの一家は全員無事でいられたのか、家は残ったのか、などについてはなにも語られません。しかし、戦争以前と以降では、世界が一変してしまったのは確かです。
この美しい物語は、人の世の素晴らしいものすべてを壊す戦争というものの愚かさと残酷さを、色濃く浮かび上がらせています。
アレン監督ならではの秀逸なコメディセンス
本作では市井の人々の姿が愛情たっぷりに、クスリと笑える小ネタ満載で描かれます。ウディ・アレンならではの軽妙で秀逸なコメディシーンは最高です。
ジョーの祖母は毎朝夫にコルセットを締めてもらっています。重量級の豊満な体つきなので、なんと30分もかかるのです。対照的にやせっぽちな夫は、ぶつぶつ文句を言いながらも毎日付き合います。笑ってしまいながらも、なんて素敵な夫婦なのかと感嘆せずにはいられません。
「スポーツ美談」という番組では、腕を失った後に脚も失い、果ては失明しながらも試合に出場する野球選手が紹介されます。もうコメディを越えて、コントのワンシーンかのようです。
ラジオから流れる美声の歌声を聞いた少女たちがもだえるシーンは秀逸です。丸椅子に座ったお尻と足下が揺れる映像だけで、彼女たちがどれだけ心酔しているのかが手に取るように伝わってきます。
一番のコメディエンヌは、ラジオスターと不倫していたタバコ売りのサリーです。キンキン声でおバカな言動を繰り返す彼女は、マフィアの殺人現場を目撃したり、下剤コマーシャルの仕事をクビになったりと大忙し。演技派のミア・ファローが扮して笑わせてくれます。
しかしそんなサリーは紆余曲折の末に、発声を直したことをきっかけに洗練され、大スターとなっていきます。まるで戦争に間に合わせたかのように。
笑いと涙の真骨頂は、伝えられた井戸に落ちた少女の救出状況を伝えるラジオニュースが流れるシーンです。科学実験と称して母の一張羅のコートを紫に染めてしまったジョーを父親が家中追いかけまわし、捕まえてお尻を折檻します。そのドタバタ劇が笑いを誘うなか、前出のニュースが流れてくるのです。
父は手を止めて息子の頭をなで始めます。全米の人々が息を詰めてニュースに聞き入り、少女が亡くなったと聞いて嘆き悲しみます。父親もまた、ジョーを抱きしめて涙をこぼすのです。少女を悼み、その家族の悲しみを思い、我が子を抱きしめ涙する両親の姿は強い印象を残します。
ひとりの見知らぬ少女の命をこれほど大事に思う人々が、なぜ何千もの人たちの命を奪う戦争をおこなわねばならないのか。考えるほどに悔しく情けない思いにかられずにはいられません。
まとめ
涙と笑いに満ちた人々のごく平凡な毎日を、温かな視線でコミカルに映し出す名作『ラジオ・デイズ』。たまらなく幸せな気持ちになる作品です。
経験したわけではないのに、よく知っているかのような郷愁感。それは、たとえ時代が変わっても、すべての人たちの幼年時代の思い出と重なるものが感じられるからではないでしょうか。
今より大きく感じた生まれ育った町や、初めていった映画館での感動、大人の人間模様を傍らで見つめていたことなどを、ジョーを通して思い出した方もきっと多いことでしょう。
日本には戦争を経験したことがない世代がほとんどを占めますが、すぐ近くで今尚戦火に遭い苦しんでいる人たちが大勢いることを、私たちは皆知っています。
美しい日々の素晴らしさを実感するほどに、それらを破壊してすべてを奪う恐ろしい争いが、一日も早くなくなることを願わずにはいられません。