デンマーク出身の女性監督ロネ・シェルフィグが描くヒューマンドラマ『ニューヨーク 親切なロシア料理店』。
『17歳の肖像』『ワン・デイ 23年のラブストーリー』で知られる女性監督ロネ・シェルフィグが、老舗の料理店に集う人たちの交流を描いた作品。
DVの夫から逃れ、息子2人とニューヨーク・マンハッタンにやって来たクララが辿り着いたのは、創業100年を超える老舗ロシア料理店「ウィンター・パレス」でした。
都会の片隅で、それぞれが何かを抱えつつも見知らぬ人に手を差し伸べようとする、ほろ苦くも優しいヒューマンドラマです。
映画『ニューヨーク 親切なロシア料理店』の作品情報
【日本公開】
2020年(デンマーク・カナダ・スウェーデン・ドイツ・フランス合作映画)
【原題】
The Kindness of Strangers
【監督・脚本】
ロネ・シェルフィグ
【製作】
マリーヌ・ブレンコフ、サンドラ・カニンガム
【キャスト】
ゾーイ・カザン、アンドレア・ライズボロー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、タハール・ラヒム、ジェイ・バルチェル、ビル・ナイ、ジャック・フルトン、フィンレイ・ボイタク=ヒソン
【作品概要】
監督を務めるのは『17歳の肖像』(2010)、『ワン・デイ 23年のラブストーリー』(2012)などで知られるデンマークの出身のロネ・シェルフィグ。
キャストは主人公クララ役を『ルビー・スパークス』(2012)のゾーイ・カザン、『ナンシー』(2020)、アリス役には『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2018)のアンドレア・ライズボロー。
またマーク役『ダゲレオタイプの女』(2016)のタハール・ラヒム、ジェフ役に『スリー・ビルボード』(2018)のケイレブ・ランドリー・ジョーンズらが顔を揃えます。更にロシア料理店のオーナー役にイギリスの名優ビル・ナイも出演しています。
2019年・第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品。
映画『ニューヨーク 親切なロシア料理店』のあらすじとネタバレ
ニューヨークのマンハッタンで、創業100年を超える伝統を誇るロシア料理店「ウィンター・パレス」。刑務所を出所したマーク(タハール・ラヒム)は弁護士であり、友人のジョン・ピーター(ジェイ・バルチェル)に連れられ「ウィンター・パレス」に食事に来ていました。
そこでオーナーであるティモフェイ(ビル・ナイ)に出会い、商売下手なティモフェイに代わり店を建て直すためマネージャーとして働くことになりました。
「ウィンター・パレス」の常連客のアリス(アンドレア・ライズボロー)は恋人に裏切られて以来、緊急病棟の激務におわれ、更に教会で〈赦しの会〉というグループセラピー活動やホームレスの方々への炊き出しなどを行い、他人に尽くす日々を送っています。
アリスが行う炊き出しにふらっとやって来たのは、ジェフ(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)でした。
ジェフは不器用が故にどんな仕事をやってもうまくいかず、クビされ続けており、彼をアリスは手伝いに来たボランティアと思い声をかけます。
次の仕事も見つからないまま家も追い出されたジェフは、時折炊き出しの手伝いをしていましたが、ジェフ自身もホームレスとなり、極寒の中凍え死にそうになっていたところを助けられアリスが働く病院に運ばれ、その後、教会の雑用などをするようになります。
マンハッタンの街にクララ(ゾーイ・カザン)は2人の息子アンソニー(ジャック・フルトン)とジュード(フィンレイ・ヴォイタク・ヒソン)と共に警察官である夫のDVから逃れてきます。
息子たちには本当のことを言わず旅行だと伝え、「この街が学校よ」と言います。
マンハッタンにいる義理の父親を尋ねて数日で良いから泊めて欲しいと頼みますが、断られてしまいます。
クレジットカードを使うと居場所がバレてしまうので、使うことは出来ず、わずかな現金もすぐに底をついてしまいます。
困ったクララは寝場所を探し、安いホテルを探しますが、お金がないと知ると泊めてくれず、店員に身なりがみすぼらしいと言われてしまいます。
やむなくクララは高級ブティックに忍びこみ、服を万引きし、その服でパーティに侵入し、鞄に食べ物を詰め込んで息子たちに食べさせたり、ホームレスの炊き出しでご飯を食べたりしていました。
映画『ニューヨーク 親切なロシア料理店』の感想と評価
本作で描かれているのは原題の「The Kindness of Strangers」の通り、見知らぬ人の“優しさ”です。
それぞれの登場人物は様々なものを抱えています。そのような人々を群像劇として描くことで、現代の都会、人々が抱える問題を描き、感動だけでなく、置かれた状況の厳しさにもきちんと向き合っています。
メインとして描かれるクララは普通の主婦です。ある日息子を殴っている夫を目撃し、これが初ではないこと、今まで気づけていなかった自分を責め何とかして息子達を守ろうと必死になります。
しかし、クララが夫から逃げ出しても手を差し伸べてくれる人はほとんどいませんでした。立場の弱い主婦が離婚をすることの難しさ、自立することの難しさを浮き彫りにしています。
クララに手を差し伸べるマークは信頼していた弟が薬物から逃れられず、弟が所持していた薬物が原因で投獄されることになり、裁判で出所したものの弟は既に亡くなり居場所も家族もいない孤独な人です。
それ故人を信頼することに怯え、人との関わりを避けていました。しかし、本来の性格から途方にくれたクララ母子を見捨てることが出来ませんでした。
緊急病棟で看護師として働きながらも〈赦しの会〉の活動も行い、身を粉にして働くアリスですが、病院の同僚から大切な人もいないのだからと言われると複雑な表情を見せます。
働くことで孤独を忘れようとしていますが、やはり彼女自身も誰かのために生きるだけでなく、自分を大切にしてくれる存在を必要としているのです。
また本作でクララはホームレス生活を一時経験し、ジェフは極寒の中野宿をしている際に凍え死にそうになるなど都会が抱えるホームレスの問題も描いています。
2020年公開された『パブリック 図書館の奇跡』でもホームレスが寒さをしのげず、凍え死んでしまう問題やシェルター不足などを取り上げていました。
そのような様々な問題を浮き彫りにしつつ、孤独な人々が身を寄せ合い、手を差し伸べあう、そんな“優しさ”に心が洗われます。
孤独な人々をつなぎ合わせる、その中心にある「ウィンター・パレス」。更にビル・ナイ演じるオーナーのティモフェイの距離感、拒絶することなく、誰であっても受け入れてしまう懐の広さがこの映画においても非常に良いスパイスとなっています。
まとめ
ニューヨーク・マンハッタンを舞台に様々な事情を抱えた孤独な人々、見知らぬ人々の“優しさ”を描いた『ニューヨーク 親切なロシア料理店』。
その“優しさ”は新型コロナ感染症により、人々の直接会う交流が減ってしまった今だからこそ、沁みるものがあり、現代の人々が忘れかけている大切なものを思い起こさせることでしょう。
また、ゾーイ・カザンをはじめとしたキャスト陣の孤独を抱えた人々の切ない演技、ビル・ナイ演じるオーナーの存在感など役者陣の好演も非常に見応えがあります。
どこか寂しさ、孤独を抱える現代社会で、それぞれの心の拠り所となる「ウィンターパレス」のような場所、更に見知らぬ人の“優しさ”があったら…という監督の思いも伝わってくるような優しい映画に心が温まることでしょう。