思春期の少女と“魔女”だという祖母が過ごした日々の思い出
映画『西の魔女が死んだ』は梨木香歩が1994年に出版したデビュー作の同名小説が原作です。日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、第44回小学館文学賞を受賞しました。
監督は『8月のクリスマス』(2005)、『いつか、いつも……いつまでも。』(2022)の長島俊一。共同脚本を、長島監督とは公私のパートナーである脚本家・女優の矢沢由美(水島かおり)が手がけました。
中学生になったばかりのまいは学校になじめず、母に学校には行かないと宣言します。母は彼女を強制的に学校へ行かせようともせず、かといって行きたくない理由も聞きません。
ただ、まいのことは「扱いにくい子」と感じていました。母は森の中で静かに暮らす祖母に預けることにしました。
その祖母はイギリス人で“魔女の血筋”だとまいに話します。不思議な力の話を聞いたまいは、自分も魔女になりたいと願うようになり、魔女修行を始めるのですが……。
映画『西の魔女が死んだ』の作品情報
【公開】
2008年(日本映画)
【監督】
長崎俊一
【原作】
梨木香歩
【脚本】
矢沢由美、長崎俊一
【キャスト】
サチ・パーカー、高橋真悠、りょう、大森南朋、高橋克実、木村祐一
【作品概要】
おばあちゃん役を、親日家で知られるオスカー女優シャーリー・マクレーンと映画製作者スティーブ・パーカーを両親に持ち、6歳から12歳まで日本で暮らした経験のあるサチ・パーカーが演じます。
まい役には宮城県のご当地アイドル“SPLASH”で活動をする傍ら、オーディションを経て役を獲得した高橋真悠が演じます。
映画『西の魔女が死んだ』のあらすじとネタバレ
“おばあちゃんが倒れた”という連絡を受けたまいとママは、おばあちゃんが暮らしている家へと、車を走らせてました。
やがて降り出した雨でフロントガラスを濡らしても、ママの目には涙が溢れ、気づかないほどです。まいが「ママ、ワイパー……」と言ってハンカチを渡します。
2年前、中学校に入学したまいが学校に馴染めず、ママの提案でおばあちゃんの家で過ごした1ヶ月間のことを思い出していました。
まいは入学して1ヶ月あまりで“学校には行かない”とママに宣言。ママはそんなまいに、しばらく休むことにして考えようと提案します。
その晩、単身赴任をしている夫にまいのことを“扱いにくい子”や“生き辛い性格”と、持て余していることを吐露し、自分の母親のところへ預けることにすると報告します。まいはその話を聞いてしまい、自分がママから“扱いにくい子”と思われていることに傷つきました。
おばあちゃんの家は人里離れた山奥にあり、自然豊かな森の中の一軒家で暮らしています。英語の教師としてイギリスから来たおばあちゃんは、理科の教師をしていたおじいちゃんと結婚しました。
そのおじいちゃんは数年前に亡くなり、おばあちゃんはひとりで暮らしています。ママはハーフということで、子供の頃は学校に馴染めませんが、大学まで出てパパと結婚しました。
おばあちゃんの家の近くで、大型犬を飼う家から犬に吠えられました。その家は粗末な建物で怖い雰囲気がしていました。
車が家の門に到着すると、おばあちゃんが出迎えてくれます。まいとおばあちゃんの再会はひさしぶりでしたが、おばあちゃんはやさしくまいを歓迎しました。
おばあちゃんは温室や庭でハーブや野菜を育てながら、静かに暮らしています。時期はちょうどそんな植物が芽吹く季節で、ハーブティーでまいとママをもてなします。
まいはママが言った“扱いにくい子”を気にしていましたが、おばあちゃんはまいが誕生し、一緒に暮らせる機会に感謝していました。そんなおばあちゃんのことをまいも大好きで、ことあるごとに「おばあちゃん大好き」と言い、おばあちゃんは笑顔で「I know」と応えました。
まいはおばあちゃんの育てたレタスとハーブで、ママと一緒にサンドイッチを作ります。そんなスローライフがはじまります。
ママがまいに「自分のカップを持ってきたら?」と言います。まいはお気に入りのカップを持参していました。それと一緒に荷物も運ぶようにいわれます。
まいは1人で荷物を運ぶことに戸惑いますが、ママはキャリーがあるからと行かせます。ところが車まで行くと、薄汚くした見知らぬ男が車の中を覗き込んでいます。
まいに気づいた男は振り返ると、まいはあいさつし“病気”でしばらくここで暮らすと教えます。しかし、男は不愛想に「ええ身分じゃな」と罵ります。まいは男に激しい嫌悪感を抱きました。
家に戻ったまいが男の話をすると、犬を飼っている家に住むゲンジという人物で、ときどきおばあちゃんの庭の手入れも手伝っていました。
おばあちゃんはまいにおじいちゃんの部屋と、ママの部屋のどちらを使うか聞きます。まいがママの部屋を選ぶと、ママはそそくさと片づけに行ってしまいます。
おばあちゃんはまいに、“見せたくないモノ”を片づけるためだといい、人は大人になろうとするとき、見せたくないモノが増えるものだと教えました。
翌朝早く、まいが目覚める前にママは自宅へ帰ってしまい、おばあちゃんとの生活が始まります。
まいがおばあちゃんが淹れてくれたハーブティーをジッとみつめていると、朝食をテーブルにだしてくれます。ところがまいは「こんなに食べられない」と言います。
するとおばあちゃんは裏山で仕事をするといい、“しっかり食べ”という気持ちを込め、食べたらまずは裏山を散歩するよう勧めます。
まいが裏山を散策していくと、開けた場所にたどり着きます。そこにはワイルドストロベリーが群生し、果実がたくさん実っていました。
まいは学校での出来事を回想しながら、“とりあえずエスケープ”だといいきかせ、草原に寝そべり青空を仰ぎます。
しばらくするとおばあちゃんがバケツを持ってきて、一緒にイチゴ摘みを始めました。そして、おじいちゃんが大好きだったという、ワイルドストロベリージャムの話をします。
狭い範囲に生っていたイチゴは、おじいちゃんが亡くなった次の年に来ると広く群生していました。それを見た日がおばあちゃんの誕生日だったと話します。
おばあちゃんは摘んできたイチゴを使って、まいと一緒にワイルドベリージャム作りを始めます。おばあちゃんはまいを優しく見守りながら、些細なことも褒めて手伝いを促し、ジャムを完成させます。
その晩、おばあちゃんはママのナイトウェアをリメイクし、まいのスモックとエプロンにすると見せてくれます。まいが“おばあちゃん大好き”と言うと、おばあちゃんはいつも通り“I know”と答えてくれました。
おばあちゃんはまいに、“魔女”のことを知っているか尋ねます。そして、おばあちゃんの家系には魔女の血が流れているという話をします。
まいはその晩、暗闇の海で迷いながら泳ぐ夢を見ますが、“西へ!”と叫ぶ声に導かれ西の方へ泳ぎ出します。
翌日の散歩でまいは木が伐り出され、木漏れ日が差し込み、木々のさざめきや小鳥のさえずりが聞こえる場所にたどり着きます。まいはそこで自分にも“魔女の血”が流れているのか考えます。
まいはおばあちゃんに自分にも“超能力”が身に着くか聞きます。おばあちゃんは魔女になるためには相当な努力が必要で、まいにはまず基礎トレーニングが必須だと言います。
特殊能力をつけるには強い精神力が必要だときりだし、まいに早寝早起きとバランスの取れた食事を食べるなど、規則正しい生活をすることが大切だと言います。しかし、まいにはあまりピンときません。
おばあちゃんはまいにとって規則正しい生活が、“一番苦手”なことなはずと指摘し、その苦手なことをトレーニングすることが大切だと、1日のスケジュールを立てさせました。
欲しいものを手に入れるためには、自分にとって難しいことを克服する、“意志の力”、“自分で決める力”、“自分で決めたことをやり遂げる力”が必要なのだと教えました。
おばあちゃんは早寝に慣れていないまいの部屋に、“おまじない”だと言って玉ねぎの入った籠を枕元に吊るします。不思議なことにまいはスッと眠ることができました。
こうしてまいの魔女になる修行が始まりました。まいにとって早起きをして家事を手伝い、午後は勉強や読書をし、夜は早く眠るという生活は今まで経験のないことで、新鮮で楽しいものでした。
映画『西の魔女が死んだ』の感想と評価
自然に囲まれた家の庭で、ハーブを育てながらできるだけ自然のままに暮らす、スローライフな生活を送っているおばあちゃんから、優しく励まし諭されたら、誰でもいうことを聞いて素直に生きていけそうな気がしますが……。
まいのママは子供の頃に登校拒否になっています。ママが登校拒否の時にも、おばあちゃんはママを信頼し理由を聞かず、自分の進む道を決めさせ、達成させてきたことがわかります。
ママがまいをおばあちゃんに託した理由はそこにあったのでしょう。しかし、ママはまいを「扱いにくい子」と不用意な言葉で傷つけています。
ママは自分で人生を切り開いたと自負しているので、おばあちゃんの意図に沿った母親になったとはいえないことが、最後の親子ケンカの場面からもわかりました。
おばあちゃんはけして“あるべき論”を呈したわけではなく、母親としてママに向けてきた想いが、伝わっていないことに失望したと感じました。
このように親子の関係もまた難しく、隔世遺伝のように“祖母と孫の関係”の方が馬が合い、善き方向に向かわせることもあると物語から感じました。
おばあちゃんの言葉から学ぶ生き方
おばあちゃんはとにかく否定的な人ではありません。憶測で判断することなく、褒めたり認めたりしながら、心の成長に導いていました。
友人関係に苦しみ、学校や職場に行きたくない人にとっては、それは魂が成長したがっているからだと思うことで、気が楽になるかもしれません。
心身の健康は規則正しい生活から成り立つ……しかし、子供の頃は面倒くさいことは親がしてくれますし、親自身も面倒くさいことは手を抜くので、ママはまいを“扱いにくい”と言ったのです。
魔女になるための“3つの力”、「意志の力」「自分で決める力」「自分で決めたことはやり遂げる力」この基礎的なことは、子供が何を目指し努力するのかを知ることで活きてきます。
おばあちゃんがまいに言ったように、ママにも同じことを言ったのでしょう。しかし、ママがまいの苦悩を理解しようとしなかったように、おばあちゃんもママの苦悩を理解するまでは至っておらず、ただ見守っていただけなのでしょう。
ママは自分の信じるままに進み、おばあちゃんを失ってから、その深い愛情に向き合い後悔の涙を流しました。おばあちゃんが諭した、偏見の目で人を判断しないことや、憎悪や恨みの負のエネルギーは人を疲れさせる……というのはまさにその通りです。
おばあちゃんはスローライフを通し、ナチュラルな思考で暮らし、妄想に支配されない心をもっていました。しかし、スローライフとは田舎暮らしを指すわけでなく、心にゆとりを持つ生き方が大切なのだと、おばあちゃんは教えてくれたのです。
花言葉から紐解くメッセージ
『西の魔女が死んだ』ではいくつかのハーブや植物が出てきます。その中にキーワードとなる植物がいくつかあったので紹介します。
キンレンカ
サンドイッチ作りをする時に、ママがまいに摘んでくるよう言ったハーブです。このキンレンカの花言葉は「困難に打ち勝つ」です。
まいはハーブが苦手なのか、そのキンレンカの葉を出して食べませんでした。それは、彼女がまだ自分が抱える困難に気づいていないことも意味しています。
ワイルドストロベリー
おばあちゃんとの生活1日目に登場し、花言葉は「尊重と愛情」です。おじいちゃんが好きだったワイルドストロベリージャムに欠かせない植物で、おじいちゃんのおばあちゃんへの愛情と尊重を鑑みることができます。
しかし、これはおばあちゃんからまいへの「尊重と愛情」を示したものだともわかるでしょう。
ヤマアジサイ
おばあちゃんがまいのカップに生けていた花で、花言葉は「切実な愛」です。まいやママへの愛は切実だったことを伝えていたとわかります。
キュウリグサ
まいが温室でみつけた名も知らぬ植物をおばあちゃんが亡くなった時に“キュウリグサ”だと知りました。花言葉は「私を忘れないで」です。
キュウリグサは“わすれなぐさ”と似た植物のため、同じ花言葉が用いられました。しかし、この映画の場合は、このキュウリグサを使うことで、物語の意味の深さを伝えます。
カモミール
おじいちゃんの写真の隣りにはカモミールを生けた花瓶がありました。花言葉は「逆境で生まれる力」です。
国際結婚した2人やハーフとして生まれたママには、多少なりとも逆境があったと推察します。また、まいにも逆境が訪れており、カモミールは逆境から家族の絆を生む力を現したのでしょう。
また、カモミールにはハーブティーとしても登場します。まいがおばあちゃんちに来た日、おばあちゃんに頬を叩かれた晩にも出てきます。カモミールには「親交」や「仲直り」という花言葉もあるので、そのシーンにはぴったりでした。
まとめ
映画『西の魔女が死んだ』は原作からも多くの人に、指針や感動を与えたように、おばあちゃん役のサチ・パーカーの優しいイメージの演技、まい役の高橋真悠は等身大の演技で物語のイメージを盛り上げました。
あの森の中にあるおばあちゃんの家は、セットとして緻密に設計され建てられました。最近までセットロケ地として公開もされていましたが、現在は解体されてしまったようです。
この映画の感想を読むと、おばあちゃんのまいへの関わり方に感銘する声が多く、多感なお子さんと接する大人に向けた、バイブルともいえる作品です。
そしてママの存在が現実的といえ、親の存在のありがたみは自分が親になった時、親が亡くなった時だと思い知らされました。
本作は人の成長は厳しさだけではなく、ナチュラルな優しさが心を和ませますが、信頼だけで心は豊かにならないとも伝え、生き辛さを抱えた人には、生き方を変えるチャンスはいくつもあり、どこで気がつき修正していけるのかで、克服できることを教えてくれた作品でした。