伝説のロックンローラーが時代を越えて平和を歌う
日本復帰前の1970年代の沖縄市・コザと現代が交錯するタイムスリップ・ロックンロール・ストーリー。
桐谷健太を主演に迎え、クリエイターの発掘・育成を目的とする映像コンテスト「未完成映画予告編大賞(MI-CAN)」でグランプリと堤幸彦賞を受賞した作品を基に、沖縄市出身の平一紘が監督・脚本を手がけました。
1970年代に活躍した沖縄県出身の伝説的ハードロックバンド「紫」が劇中バンドのライブ音源を担当し、劇伴音楽を同バンドベーシストのChrisが担当。
主題歌「エバーグリーン」を沖縄出身のバンド「ORANGE RANGE」が手がけています。
CONTENTS
映画『ミラクルシティコザ』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
平一紘
【編集】
又吉安則
【出演】
桐谷健太、大城優紀、津波竜斗、小池美津弘、津波信一、神崎英敏
【作品概要】
日本復帰前の70年代と現代が交錯する沖縄・コザを舞台に展開するタイムスリップ・エンターテインメント。
第3回未完成映画予告編大賞グランプリならびに堤幸彦賞を受賞した沖縄出身の平一紘監督が自らオリジナル脚本を担当しました。
アメリカ統治の時代やベトナム戦争当時の沖縄の世相などを盛り込み、沖縄の歴史や現在と未来を全編沖縄ロケで映し出しています。
主演は映画『火花』(2017)『ビジランテ』(2017)などで活躍中の俳優・桐谷健太。共演は大城優紀、津波竜斗、小池美津弘。
ストーリーに共感した伝説のロックバンド「紫」が楽曲を提供し、劇中で登場するバンドのライブ音源を新たにレコーディングしました。
主題歌「エバーグリーン」を、結成20周年を迎えた沖縄県出身のバンド「ORANGE RANGE」が歌っています。
映画『ミラクルシティコザ』のあらすじとネタバレ
かつて1970年代には華やかだった沖縄・コザ。しかし、2022年の現在、数多くあったライブハウスは姿を消し、熱気は消え去っていました。
本土復帰前の沖縄の人気バンド「インパクト」はとっくに解散し、そのメンバーのひとりである比嘉は建設会社社長として都市開発計画を進めていました。ほかの年老いたメンバーたちは喫茶店で比嘉の出演するテレビを観て悪態をついています。
店に再開発を進める業者が現れて計画について説明し始めます。あとから現れた元ボーカルのハルは、はっきり反対意思を示しました。
ハルの息子のたつるはこの喫茶店を営んでいましたが、近く店をたたむ気でした。そのため、28歳のぼんくら息子の翔太に家を出て職を自分で探すようにと告げます。
そんな中、突然ハルが交通事故で亡くなります。現世に未練のあるハルは翔太の体を乗っ取り、意識をはじき飛ばされた翔太は1970年のハルの体の中に入ってしまいます。
「インパクト」の仲間に事情を話しても、頭がおかしいと思われてしまう翔太。自分の女だったマーミーを奪ったハルを恨むヤクザの火元は、「インパクト」のプロデューサーとなって金を巻き上げると宣言します。
マーミーは翔太の祖母で、この時すでにたつるを身ごもっていました。未来から来たとマーミーに話した翔太は笑い飛ばされてしまいます。
映画『ミラクルシティコザ』の感想と評価
誰もがかけがえのないひとりの人間であること
活気あふれる1970年代の刺激的な町・コザと、現在のさびれたコザを何度も行き来しながら展開するストーリー『ミラクルシティコザ』。
コミカルで軽やかなシーンを交えながら、本土復帰前の厳しい沖縄の情勢、ベトナム戦争へ向かう米兵たちの深い苦悩も丁寧に描かれます。
人気ロックバンドが一大旋風を巻き起こし、情熱と活気に満ちた1970年のコザ。英語やドルが飛び交うその町には、暴力も憎しみも欲望もむき出しのまま存在していました。
町はベトナム戦争特需に沸いていました。戦争に駆り出される明日をも知れない米兵たちは、たくさんの金を店でおとして酒や女を求め、ロックに救いを求めていたのです。そんな中だからこそでしょうか。人々の生命は強い光を放ち煌めいていました。
戦争や暴動で多くの人々が死んだり、大ケガを負って人生を狂わされる時代。これがほんの50年前のことかと思うと、信じられない思いにとらわれます。
米兵を憎む沖縄人が数多くいましたが、人気ロックバンド「インパクト」の一員だった比嘉もそのうちのひとりでした。彼には妹を殺された過去がありました。
アメリカ人を憎む彼は、「インパクト」のファンであるアメリカ人のビリーのことも毛嫌いします。しかし実はビリーは日本人の母を持つハーフで、アメリカ人でも日本人でもなく、沖縄人でもない自分のアイデンティティに苦しんでいました。
軍を逃げ出していたビリーは、「インパクト」の演奏を聴いているときだけはベトナムを忘れ、勇気が湧いたことを話して比嘉を動揺させます。
本来なら自分の妹を殺した人間だけを憎むはずですが、アメリカ基地があるために起きた悲劇であるがゆえに、比嘉はアメリカすべてを憎むようになっていました。しかし、ビリーはそもそも人種で分けることができない、ビリーという名だけを持つたったひとりの存在だったのです。
そんな不安定な価値観や、これまで抱いて来た憎しみに疑問を持ち苦しんだ比嘉は、ビリーがその後戦地で命を落としたと聞いた時、バンドを続けることができませんでした。
現代にビリーとその孫であるジョシュが現れたことにより、物語は大きくうねりながらクライマックスへと突入していきます。
若くして不毛な戦争へ行かされた孤独なビリーの無念、金網に閉じ込められた沖縄人たちの閉塞感。そして、それらを救ってくれたロックの眩しいほどの輝き。
1970年代のそれらのすべてが、現代のコザでの「インパクト」の演奏によって美しく昇華されていくラストは圧巻です。
伝説のロックバンド「紫」の演奏に酔う
本作の大きなみどころは、なんといっても沖縄に実在する伝説のロックバンド「紫」の奏でる迫力ある演奏です。
1970年に日本復帰前の沖縄で結成した「紫」は、ベトナム戦争に向かう米兵たちを熱狂させ、1975年の大阪万博記念公園での野外ライブで一躍全国で有名となりました。
現在も現役として精力的にライブを続けるレジェンドです。
本作のストーリーに共感したメンバーたちが代表曲を提供し、劇中でのバンドのライブ音源を新たにレコーディングして参加しました。
劇中に流れる演奏や、作品最後のステージライブの迫力と情熱にハートを撃ち抜かれ、思わず身を乗り出して聞いてしまうに違いありません。
1970年代当時に「紫」が体験した実際のエピソードも盛り込まれているそうなので、どこなのか想像しながら楽しんでみてください。
「紫」とは対照的な穏やかでハートウォーミングな主題歌を歌う沖縄県出身のバンド「ORANGE RANGE」の歌声にも癒されます。
まとめ
事故で死んだ祖父の魂と、孫の魂、そして1970年代の若き祖父の存在が入り混じって展開する、奇想天外なタイムスリップストーリー『ミラクルシティコザ』。
本土復帰前の沖縄の激しい感情が入り乱れる時代の生命の鮮やかな描写に思わず圧倒される一作です。
平和な時代にのほほんと生きていた主人公の翔太は、現在を生きる私たちの姿そのもののように思えてなりません。
厳しい時代に突然放り込まれて成長した翔太と同様、この作品を観てこれまで抱いていた生への感覚が変わる方もきっと多いことでしょう。
今日の命を心配することなく暮らせる平和の尊さ、人種で人を憎まずにいられる世界。現在あるそれらの宝は、苦難の時を生き抜き、平和を築いてくれた人々の力によるものであることを改めて実感させられます。
今も尚、世界中で戦争や紛争、差別などが続いています。しかしもし、敵軍の中に自分の大切な友人がひとりでもいたら爆撃などできるでしょうか。作中のビリーが沖縄とアメリカの架け橋となったように、人と人が心通わせることで解決できることがきっとたくさんあるはずです。
人間同士の絆の力を信じたくなる一作をぜひご覧になってください。