映画『ミナリ』は2021年3月19日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国ロードショー。
韓国からアメリカへ移り住んだ一家を描いた映画『ミナリ』。
リー・アイザック・チョン監督自身の家族のエピソードをもとに、故郷から遠く離れ、手を取り合って生き抜く家族を、厳しくも温かい眼差しで捉えています。
製作は『ムーンライト』や『レディ・バード』など作家性の強い作品で今やオスカーの常連となったA24と、『それでも夜が明ける』でエンターテイメントの定義を変えたブラッド・ピットのPLAN Bがタッグを組みました。
第93回アカデミー賞にて、作品賞含む6部門ノミネートされた映画『ミナリ』を、ラストまでのあらすじを含めながらご紹介します。
映画『ミナリ』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
MINARI
【監督・脚本】
リー・アイザック・チョン
【キャスト】
スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、アラン・キム、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ
【作品概要】
『ムーンライト』や『レディ・バード』など作家性の強い作品で今やオスカーの常連となったA24と、『それでも夜が明ける』でエンターテイメントの定義を変えたブラッド・ピットのPLAN Bがタッグを組んで製作。
父親ジェイコブ役には『バーニング 劇場版』「ウォーキング・デッド」のスティーヴン・ユァン。
監督は、米国有力映画メディア「インディワイア」で「今年最高の監督10人」に、デヴィッド・フィンチャーやスパイク・リーと共に選ばれたリー・アイザック・チョン。新海誠監督の『君の名は。』のハリウッド版の監督として抜擢された大注目の新鋭です。
映画『ミナリ』のあらすじとネタバレ
7歳の男の子デビッドは、心臓が弱く、両親から走ってはいけないと言い聞かされてきました。
デビッドの家族は、父ジェイコブと、母モニカと、姉のアン。一家は、デビッドが生まれる前に、韓国からアメリカへ移り住みました。
カリフォルニアやシアトルなどの都市にて、鶏のヒヨコの雌雄鑑別の仕事をしてきたジェイコブでしたが、彼には夢があったんです。
それは、広大な土地に農場を作り、韓国の野菜を育て、韓国移民たちに売って成功を収めること。
そこでジェイコブは、家族を連れて、アメリカ南部のアーカンソー州に移住してきます。
家は古びたトレーラーハウス。モニカは「話が違う」と言いますが、ジェイコブは自分の夢のことで頭がいっぱいなようで、聞く耳を持ちません。
しかし、いきなり農業だけで生活するわけにもいかず、ジェイコブとモニカは近くの孵卵場でヒヨコの雌雄鑑別の仕事をすることに。
仕事場についてきたデビッドは、煙突から出ている煙を見て、あれは何かとジェイコブに尋ねます。それは、オスのヒヨコを燃やす時に出る煙でした。
食肉としても美味しくなく、卵を産めないオスの鶏は、鑑別後すぐに役立たずだからと殺処分されてしまうんです。ジェイコブは「俺たちは役に立たなければダメだ」と、デビッドに語りました。
孵卵場から帰る車中で、モニカは、デビッドの病院から遠いことなどを挙げて、すぐに引っ越したいと訴えたものの、ジェイコブは受け流します。
その晩、トルネードが発生し、ジェイコブ家はひどい雨漏りと停電に見舞われました。モニカは我慢の限界を迎え、ジェイコブと大げんか。心配する子どもたちのことも気にかけず、怒鳴り合います。
翌朝、デビッドはおねしょをして目覚めます。濡れたパンツはベッドの下に隠しました。朝食時、アンとデビッドは、モニカの様子をじっと見つめ、ここからすぐに引っ越すのか尋ねます。
モニカは、ジェイコブと話し合って、引っ越す代わりにモニカの母・スンジャを韓国から呼び寄せ、一緒に暮らすことにしたと明かしました。スンジャおばあちゃんが来てくれたら、モニカが仕事に出ている間も、アンとデビッドのことを任せておけます。
家の中では、スンジャおばあちゃんを迎えるための準備が進められます。不要なものは、庭に置いたドラム缶に入れて燃やすことに。
ジェイコブは、広大な土地を農地にするべく、まずは地下水を掘ろうと考えました。「ダウジング」を勧めてくる、怪しげな業者もいますが、ジェイコブは非科学的なものを信じないたちで、ひたすらスコップで土を掘り返します。
風変わりな男性・ポールを雇い、トラクターを手に入れたジェイコブは、荒れた土地を耕し始めました。
スンジャおばあちゃんが韓国からはるばるやってきました。母との久々の再会に歓喜するモニカ。デビッドはおばあちゃんに会うのが初めてということもあり、人見知りしてしまいます。
しかも、スンジャおばあちゃんは、デビッドの思い描いていた「おばあちゃん像」とはかけ離れていました。デリカシーがなく、口が悪くて、料理も苦手。英語も話せません。得意なのは、花札だけ。
デビッドはおばあちゃんが同じ部屋で寝るのを嫌がりますが、両親に叱られ、仕方なく一緒に寝ることに。
デビッドはベットに、おばあちゃんは床に敷いた布団に横になりますが、おばあちゃんのいびきがうるさくてなかなか眠れません。
翌朝、スンジャおばあちゃんは、森の奥へアンとデビッドを連れ出します。そこは、ジェイコブから、蛇が出るから入ってはいけないと言われていた場所でした。
森の中には、綺麗な小川が流れており、スンジャおばあちゃんは「ここに、韓国から持ってきたミナリ(セリ)の種を植えたらよさそうだ」と言います。
スンジャおばあちゃんがきたところで、ジェイコブとモニカの溝は簡単には埋まりません。農場の納屋を建てようと計画するジェイコブと、生活のために家でもヒヨコの雌雄鑑別の練習を重ねるモニカ。
塞ぎ込むモニカの様子を見て、ジェイコブは教会に行ってみようと持ちかけます。
映画『ミナリ』の感想と評価
本作のスタッフロールには「全てのおばあちゃんに捧ぐ」という言葉が添えられています。その言葉の通り、本作はおばあちゃんへの想いが込められた映画です。
アメリカ文化で育ってきたデビッドにとって、韓国からやってきたスンジャおばあちゃんは、まるでエイリアンのような存在。得体の知れない漢方を飲ませ、テレビは立て膝で見て、口汚く、料理もできない。
「クッキーを焼いてくれる優しいおばあちゃん」が理想だったデビッドは、スンジャおばあちゃんの言動全てが気に食わないんです。
しかも自分の部屋は、おばちゃんと一緒になってしまい、四六時中ともに過ごさなければなりません。
アンも、そんなおばあちゃんを快く思っていませんが、分別があるため、表立って反抗することはありませんでした。
デビッドが実行した、おばあちゃんへの「復讐」である「おしっこ飲ませ大作戦」は、汚いながらもとてもコミカル。そして、怒りながらも笑って流すスンジャおばあちゃんのおおらかさに、デビッドも心を開いていきます。
心臓の病や、同世代の友人がいないことから、過保護に育てられてきたデビッドにとって、唯一本音を言い合える相手になりました。
ですが、デビッドとスンジャおばあちゃんの仲睦まじい時間は、おばあちゃんの脳卒中により、すぐに終わりを告げます。
やっと掴んだと思ったのに、するりと指先からこぼれ落ちる幸せ。これは、おばあちゃんとデビッドの関係だけでなく、本作全体に散りばめられている要素です。
ジェイコブの農園、ジェイコブとモニカの関係。すべてがうまくいきそうで、ままならない。
そんな中、デビッドの心臓は奇跡的な回復を遂げていました。そして、火事には見舞われたものの、全員が生きていて、手を取り合うことの大切さを改めて知った一家。
絶望することも多いけれど、家族や周囲の人と力をあわせれば、何度でもやり直せる、そう力強いメッセージが伝わってきます。
本作を象徴するのが、タイトルとなっている「ミナリ」です。ミナリ(미나리)とは、韓国のセリのこと。韓国では料理によく使われます。
根が強く、2度目の収穫のほうがおいしいとされるミナリ。この土地で生きていくと決めたジェイコブ一家の姿と重なります。
もし、ジェイコブの代でうまくいかなくても、アンやデビッドの代にはきっとうまくいく。農業に熱中するジェイコブの姿はモニカには身勝手に映りますが、彼なりに子どもたちの未来のために踏ん張っているんです。
観賞後、タイトルに込められた希望が心に染みました。
おばあちゃんを演じたユン・ヨジョンの演技力
一家と同居するため韓国からやってくる祖母・スンジャを演じたのは、“韓国のおばあちゃん”的存在の大女優、ユン・ヨジョン。
悪戯っぽい眼差しで、韓国語を捲し立てるスンジャおばあちゃんは、とてもパワフル。孫の世話をするために、はるばる韓国から来たものの、料理や家事は一切できません。
そんなスンジャおばあちゃんのキャラクターが、デビッドはじめ、多くの観客に植え付けられた「理想のおばあちゃん像」をポジティブにぶち壊していきます。
ユン・ヨジョンの演技力の凄まじさは、それだけでは終わりません。脳卒中の後遺症で、表情すらうまく動かせなくなったスンジャおばあちゃんが見せる眼差し。空っぽなようで多弁な瞳に胸を打たれました。
ユン・ヨジョンは、本作の演技で、多くの映画祭にて助演女優賞を受賞しています。
最近では、食堂を切り盛りする社長に扮したリアリティショー番組「ユン食堂」が人気を呼び、『チャンシルさんには福が多いね』『藁にもすがる獣たち』など、話題作への出演が尽きないユン・ヨジョン。
リー・アイザック・チョン監督は「彼女は正真正銘のアーティストで、この道の第一人者。抜群の勘とスキルを備える、最も偉大な俳優の一人だ。アメリカへの進出を目指してこなかったから、それほど名前が知られていないけれど、もっと知られて当然の俳優だよ」とユン・ヨジョンの演技力に信頼を寄せています。
まとめ
生命力が強く、湿地であれば根を張るセリ(ミナリ)。日本では、1箇所から競り合って生えている、ということから、セリと名がついたとされています。
本作もタイトル『ミナリ』の如く、1つの家族が少しずつその土地に根付きながら、困難に出会っても、諦めずに伸び上がっていくさまを描きます。
ジェイコブ一家を助ける、謎多き男・ポールもとても魅力的なキャラクターです。キリストを崇拝している彼は、何かというと悪魔祓いをしようとしたり、日曜日には十字架を背負って町を歩くという奇行が見られますが、常に前向きで笑顔をたたえ、愛に満ちた言動で一家を勇気づけます。
この、十字架を背負って歩く男性のエピソードは、リー・アイザック・チョン監督が幼少期に見た光景だそう。
監督の脳裏に刻まれた記憶を紡ぎ、デビッドに監督自身を投影した半自伝的なストーリーが、本作『ミナリ』となりました。
映画『ミナリ』は2021年3月19日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他にて全国ロードショーです。