激動の幕末を生きた、家族を愛するひとりの武士の物語。
新選組に入隊した、名も無き武士のひたむきな生き様を描いた人情時代劇映画『壬生義士伝』。幕末の新選組を舞台に男同士の確執と友情、家族の絆を描き出します。
浅田次郎の同名ベストセラー小説を『陰陽師』(2001)の滝田洋二郎監督が映画化しました。
主演は『四十七人の刺客』(1994)『記憶にございません』(2019)の中井貴一と『64(ロクヨン)』の佐藤浩市。
共演は夏川結衣、中谷美紀、三宅裕司、塩見三省、堺雅人ほか。
映画『壬生義士伝』の作品情報
【公開】
2003年(日本映画)
【原作】
浅田次郎
【監督】
滝田洋二郎
【脚本】
中島丈博
【編集】
冨田功、冨田伸子
【出演】
中井貴一、佐藤浩市、夏川結衣、中谷美紀、三宅裕司、塩見三省、堺雅人、伊藤英明
【作品概要】
浅田次郎の小説を原作に、「守銭奴」と呼ばれながらも義を貫いた男の運命を描いた幕末人情時代劇。『陰陽師』(2001)『おくりびと』(2008)などの滝田洋二郎が監督を務め、2003年の日本アカデミー賞では最優秀作品賞・最優秀主演男優賞・最優秀助演男優賞の三冠に輝きました。
中井貴一が家族のために名を捨てて人を斬る新選組隊士・吉村貫一郎をひたむきに演じています。佐藤浩市、堺雅人ら豪華キャストの殺陣も圧巻です。三宅裕司、夏川結衣、中谷美紀、伊藤英明らが共演。
映画『壬生義士伝』のあらすじとネタバレ
転居のために医院の閉院を決めた大野千秋は、部屋を片づけていました。そこに、孫を背負った老人・斎藤一が診察を求めてやってきます。
部屋にあった写真を見て驚く斎藤。写真に写っていたのは、幕末を共に戦った吉村貫一郎でした。
南部藩(盛岡藩)の下級武士の生まれである吉村貫一郎は、土方歳三に選ばれ新選組の新たな隊士としてやってきた剣の達人でした。斎藤は吉村に酒をついでもらいながら、へらへらとお国自慢をし続ける彼が気に入らず、帰り道に突然切りかかります。
しかし吉村は見事な腕で対応。斎藤はただの腕試しだと言って剣をおさめました。
貧しい家族のために脱藩して新選組に入った吉村は、命と金に執着を持つ男でした。斎藤は吉村を嫌いながらも、その人柄と腕に一目置かずにはいられませんでした。
伊東甲子太郎らから新選組を抜けるように誘われた吉村は、二度も主君を裏切るわけにはいかないと言って、金に目もくれずに断ります。その一方で、斎藤は近藤と土方の間者として伊東に同行しました。
斎藤からの密書は、彼の恋人であるぬいが受け取り、吉村に渡していました。密書には近藤勇と坂本龍馬の暗殺計画のことが書かれていました。
帰宅した斎藤は、危険が及ぶことを恐れてぬいに屋敷を立ち去るように言います。手切れ金を受け取ろうとせずに、一夜だけ抱いてほしいと懇願するぬいを、斎藤は抱きしめました。
後日吉村が訪ねると、ぬいは自害して息絶えていました。
映画『壬生義士伝』の感想と評価
中井貴一の鬼気迫る名演
直木賞作家・浅田次郎による幕末時代小説を実写化した本作は、当初監督予定だった盛岡市出身の相米慎二監督の急死により、滝田洋二郎によって製作されました。日本アカデミー賞では最優秀作品賞をはじめ、数々の賞を総なめにする快挙を成し遂げています。
主演の中井貴一が演じるのは、南部藩(盛岡藩)の下級武士出身の新選組隊士の吉村貫一郎です。彼は愛する家族をすさまじい貧困から救うため、脱藩して隊士となる道を選びました。
盛岡弁を話す吉村は、温厚な田舎侍にしか見えません。しかし実は抜きんでた腕を持つ剣士で、家族を養う金を稼ぐために人を斬り続けます。その一方で、自分の分まで食糧を仲間に分けてやる慈悲深い心の持ち主でした。
穏やかでどこか間の抜けた印象がありながら、一瞬で鋭い刃のような目に変わる吉村。家族のためならどんな汚れ仕事でも受け、義のためにいつでも命を投げ打つ覚悟を持つ悲壮な男の凄みが画面から匂い立ちます。中井貴一はそんな吉村の二面性を見事に表現し、日本アカデミー賞でも最優秀主演男優賞を受賞。
守銭奴と人から笑われながらも、実は義を何よりも重んじる正真正銘の武士だった貫一郎は、無謀とわかっている戦いに背を向けることができず、最後には切腹してこの世を去りました。
平和な世であれば、そして食べるのに困るほど貧困になければ、吉村は尊敬される師として子どもたちを導いて生きられたことでしょう。
幕末という血風吹きすさぶ時代に生きた男が、どれほど多くのものに囚われ、不本意な生き方をしなければならなかったことかを思うと、胸が痛みます。その中でも「己の信じる義」を曲げない信念を持ち続けた吉村の気高い魂に心を打たれずにいられません。
悲劇の時代を生きた男たちの熱き友情
温厚な吉村貫一郎とは対照的に、佐藤浩市が演じる斎藤一は「気に入らない」という理由だけで吉村を切り殺そうとするような傍若無人な男です。へらへらと国自慢をし、金にがめつい吉村を嫌っていた斎藤ですが、その反面次第に吉村の人柄に惹かれていきます。
自分の感情のままに人を斬り、裏切ってきた斎藤は、極限の飢餓状態でも最後の一個のにぎり飯を黙って自分に食べさせた吉村に対して、どうにもならない感情が湧きおこってとびかかります。
なぜ自分で食べずに人にやるのか、お前が嫌いだと斎藤は大声で叫びます。しかしその直後に、お前は決して死んではいけない、とささやくのです。
斎藤はとても冷酷な男ですが、正直で純粋な人間でした。吉村の家族へのまっすぐな愛情、周囲への心遣いの真実に心打たれ、彼を失ってはならないと心の底から思ったのです。無数の銃口に向かって突進していく吉村を思わず追ってしまうほどに。
また新選組の斎藤に加え、吉村は故郷・盛岡の大野次郎右衛門と深い絆で結ばれていました。愛人の子であった大野はもとは吉村と同じ長屋育ちの幼なじみでしたが、本家の子が亡くなったことから出世することとなります。
脱藩の際にも裏で手形を手配するなど吉村を支え続けてきた大野のもとに、体中傷だらけとなった吉村が駆け込みます。しかし、表は落ち武者狩りの官軍だらけでとても逃がすことはできませんでした。武士の情けで、大野は吉村に名誉の切腹を言い渡します。
旧友に憐憫の情を持たずにいられない大野は、自分の宝刀を渡し、自らの手でにぎり飯を作って差し入れます。
しかし吉村は、故郷の米に喜ぶもののひと口も食べることなく、刀も息子にきれいなまま残したいといって自分の古い刀を用いて切腹しました。そして吉村の死後、大野もまた生き急ぐかのように戦死してしまうのです。
斎藤一を演じた佐藤浩市は日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を、大野次郎右衛門を演じた三宅裕司も優秀助演男優賞を受賞。主演の中井貴一の神がかった名演に応える素晴らしい演技をみせています。
まとめ
幕末の新選組の男たちの悲哀を描いた感動作『壬生義士伝』。主演の中井貴一が鬼気迫る演技で、田舎侍の吉村貫一郎の悲しいまでに一本気な生きざまを映し出しました。
佐藤浩市演じる新選組の斎藤一の悲憤や、吉村の幼なじみの差配役・大野の葛藤、吉村の妻しづ、斎藤の恋人ぬいなどの女性たちの悲しみなど、数多くのさまざまな人間模様も丁寧に描かれた一作です。
武士として生きる苦しみと「義」の在り方、そして人と人の絆の深さが余すことなく描かれた次世代に語り継ぎたい傑作をぜひじっくり味わってください。