小川洋子原作を映画化した『博士の愛した数式』をご紹介!
映画『博士の愛した数式』は、『阿弥陀堂だより』(2002)『雨あがる』(2000)『峠 最後のサムライ』(2022)の小泉堯史監督が、2006年に小川洋子の同名小説を映画化したものです。
家政婦のシングル・マザーの杏子の新しい勤め先は、交通事故の後遺症で記憶が80分しかもたなくなってしまった老博士の家。杏子とその息子は博士の人柄と、彼の語る数式の美しさに魅了され、3人は次第にうち解けていきます。
本作では、博士は寺尾聰、家政婦の杏子は深津絵里が演じました。
また、博士と杏子の間を取り持つキーマンの杏子の息子・ルートには、小学生のルートは齋藤隆成、社会人のルートは、吉岡秀隆がそれぞれ演じています。
数式の美しさから人生の大切なことを諭し、博士との心温まる交流を描いたヒューマンドラマ『博士の愛した数式』をネタバレ有りでご紹介します。
映画『博士の愛した数式』の作品情報
【公開】
2006年(日本映画)
【原作】
小川洋子:『博士の愛した数式』(新潮社)
【監督・脚本】
小泉堯史
【プロデューサー】
荒木美也子、桜井勉
【キャスト】
寺尾聰、深津絵里、齋藤隆成、吉岡秀隆、浅丘ルリ子、井川比佐志、頭師佳孝、茅島成美、観世銕之丞
【作品概要】
交通事故による後遺症で80分しか現在のことを記憶できない博士と、彼の身の回りの世話をする家政婦杏子が織りなすヒューマンドラマ『博士の愛した数式』。
小川洋子の同名小説を、『阿弥陀堂だより』(2002)『雨あがる』(2000)『峠 最後のサムライ』(2022)の小泉堯史監督が映画化しました。
主役の2人に寺尾聰、深津絵里。息子を小学生の齋藤隆成と吉岡秀隆が演じています。
映画『博士の愛した数式』のあらすじとネタバレ
新学期を迎えた学校のあるクラス。最初の授業で、ルートと名乗った数学教師が自己紹介を始めました。
自分がなぜルートと呼ばれたのか、どうして数学を好きになり教壇に立つようになったのかと、話は子どもの頃に遡ります。
ルートの母・杏子はシングルマザーで、家政婦の仕事をしながらルートを育てていました。
家政婦紹介所のなかでは一番若かったものの、キャリアはすでに10年。負けん気の強い杏子は、家事のプロとしての誇りを誰よりも持っています。
そんな杏子のところへ新しい仕事が舞い込み、杏子は一軒の屋敷に向かいました。依頼人はその屋敷に一人で暮らす未亡人。
「義弟の世話をしてほしい」と未亡人はいいます。義弟とはケンブリッジ大学で数学を学んだ数学博士のこと。これまでどの家政婦も長続きしなかったと言います。
仕事内容は11時から19時までで、博士が暮らす離れで彼の食事と身のまわりの世話をします。また、離れと母屋を行き来しないこと、博士が起こしたトラブルは離れの中で解決することも条件でした。
博士は10年前に交通事故にあって、新しいことを覚えるということが不自由になり、未亡人もその時の事故が原因で足が不自由になったそうです。
博士の記憶は1975年の春に2人で興福寺に観に行った薪能の夜で終わっているそうです。
記憶が80分しかもたなくなった博士は、10年経った今もそれを昨日の出来事だと認識しているのだと言います。
ケンブリッジ大学で数学の研究をしていた博士は、大学の数学研究所に就職が決まりますが、その矢先、織物工場を経営していた兄が亡くなり、残された未亡人は工場をたたんで建てたマンションの家賃収入で暮らし始めました。
ところが交通事故で2人の生活は一変。大学の職を失った博士は、それ以来未亡人の援助を受けて生活しているのだそうです。
指定された勤務初日、博士のいる離れを訪れた杏子は、初対面の博士から靴のサイズを尋ねられます。
杏子が「24センチです」と答えると、博士は「実に潔い数字だ。4の階乗だ」と嬉しそうに言いました。
その日から、杏子と博士は毎朝数字の話を繰り返すようになりました。
80分で記憶が消えてしまう博士にとって、毎朝顔をあわせる杏子は常に初対面の家政婦で、人付き合いの苦手な博士にとって数字の話は他人と会話をするための手段だったのです。
また、博士の背広には、記憶が途切れた時に備えて「僕の記憶は80分しかもたない」「新しい家政婦さんが来る」といった何枚ものメモ用紙が貼り付けられていました。
ある日、杏子に10才の息子がいることを知った博士は、幼い子供がひとりで留守番をしていることを不安がり、自分のいる離れにに呼んで晩ご飯を一緒に食べることを提案します。
規約に違反すると躊躇する杏子ですが、博士は自分の考えを曲げません。杏子はその考えに従うことにしました。
翌日、杏子が連れてきた息子と対面した博士は嬉しそうに頭をなで、彼の平らな頭から√記号のようだと言い、「君はルートだ」と言いました。
母屋から3人の様子を複雑な表情で見つめていた未亡人は、本の間にしまってあった手紙を取り出します。
手紙には博士の字で「宿した命のひとしずくを取り戻すことはできないでしょう。道をふみはずした2人に、もう手を取る友達はありません。不幸を共に悲しむ、そうありたいと願っています」という言葉が綴られていました。
映画『博士の愛した数式』の感想と評価
新米の数学教師が語る自分の呼び名の由来からストーリーが展開する『博士の愛した数式』。
原作との大きな違いは、語り手が息子・ルートであるところです。
原作はあくまで杏子目線で語られますが、本作では博士と出会うことで大きく成長したルートが、自分の経験を子どもたちに向けて話します。
ルートの名付け親は、数学博士でした。母の仕事がきっかけで交流が始まったルートと博士ですが、博士は交通事故による後遺症で80分しか記憶が保てません。
着古した背広にメモ用紙を何枚も貼り付けた博士の姿は印象的で、この背広と毎日のように交わされる数に纏わる会話が、後遺症と戦う博士の苦労を物語ります。
通常の人とは違う博士とのコミュニケーションをとる方法は、全て数に関する話でした。
数学は計算だけでなく、数という眼に見えない存在を明確に位置付けます。
数学記号であるルートは、あらゆる数字を包み込む頑丈で懐の大きな記号であることや、無関係の数の間に自然なつながりを発見したオイラーの公式、友愛数など、数式の持つ美しい関係性を一生懸命に解く博士。
数学の持つ神秘さや精密さに魅かれた博士は、数学をこよなく愛し、人間関係を数式に置き換えて尊ぶ優しい心の持ち主でした。
人間界に降り立った数学の天使のような博士を寺尾聡が熱演。奇人のような博士に最初はとまどいながらも、健気に博士に接してその優しさに気がつく杏子は深津絵里が好演しました。
そして、博士の意思を継いで子供たちに数学の楽しさや面白さを伝える教師となったルートの吉岡秀隆。クスリと笑える、片側だけ撥ねた√記号のような寝癖頭にも注目です。
少年の頃のルートを演じた齋藤隆成の好演も光り、何よりも吉岡秀隆と雰囲気が似ているのが記憶に残ることでしょう。
温かなクライマックスが心地よい余韻を残します。
まとめ
小川洋子原作の映画『博士の愛した数式』は、80分しか記憶が保てない博士と一組の母子の交流を温かく描いた作品です。
普段聞き慣れない数学用語やその歴史なども登場し、数学が苦手な人も楽しめます。
また、博士が野球好きということで、往年のプロ野球選手の名前や当時のエピソードも語られ、野球ファンも喜ぶことでしょう。
一方、人との交わりが苦手と思われる博士ですが、彼の持つ優しさはいくつかの名言となって語られていました。
数学の博士ですが、国語の博士にしても良いと思えるほどの温かな名言のオンパレード……。
さりげなく発せられるつぶやきのようですが、心にささります。鑑賞しながらメモってはいかがでしょう。