70年代のアメリカを舞台に人と人の出会いの最善のときを描く
世界3大映画祭すべてで監督賞を受賞する快挙を達成し、アカデミー賞にも何度もノミネートされている名匠ポール・トーマス・アンダーソン監督が描く青春映画『リコリス・ピザ』。
三人姉妹バンドHAIMのメンバーであるアラナ・ハイムと、ポール・トーマス・アンダーソン監督の盟友フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンが主演を務め、1970年代のアメリカ、サンフェルナンド・バレーを舞台に、2人の恋模様が描かれます
映画『リコリス・ピザ』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(アメリカ映画)
【原題】
LICORICE PIZZA
【脚本・監督・撮影】
ポール・トーマス・アンダーソン
【キャスト】
アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ
【作品概要】
アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本賞の3部門にノミネートされたポール・トーマス・アンダーソン監督による70年代のアメリカ、サンフェルナンド・バレーを舞台にした青春映画。
三人姉妹バンドHAIMのメンバーであるアラナ・ハイムと、故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子であるクーパー・ホフマンが主演を務めている。
映画『リコリス・ピザ』あらすじとネタバレ
1970年代、ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。
高校生のゲイリー・ヴァレンタインは、子役としていくつかのテレビドラマや映画に出演していました。
ある日、ゲイリーは高校の「イヤーブック」の写真撮影の列に並んでいる際、カメラマンアシスタントとして雑用をこなしているアラナ・ケインに一目惚れします。
「君と出会ったのは運命なんだよ」とゲイリーは、アラナをくどき食事に誘いました。アラナは自称25歳、ゲイリーは15歳。アラナは迷いながらも指定された高級レストラン、ティル・オコックに赴き、ふたりは夜遅くまで話を交わします。
ゲイリーの母親は、地元のお店の広告の仕事など、様々な仕事に忙しく飛び回っていました。今回も急に仕事が入り、ゲイリーのニューヨークでの仕事につきそえなくなってしまいました。
僕一人で行けるよというゲイリーですが、保護者がいないとニューヨークには行かせてもらえないのです。ゲイリーはひらめき、アラナに保護者役を頼みました。
アラナは保護者としてニューヨークにやってきました。そこにはゲイリーと同じように子役として活躍する子どもたちが集まっていました。知らない世界を垣間見てアラナは心を踊らせます。
アラナはそこでゲイリーの友人と仲良くなり、ゲイリーはやきもきします。友人の名前を名乗ってアラナに電話すると彼女はウキウキした様子で電話に出て、ゲイリーは思わず受話器を置きました。
アラナは、自宅で催す「安息日の晩餐」にその友人を招きますが、自分はユダヤ人だが無神論者だと彼が述べたために、父親は彼を追い出してしまいました。
ある日街中を歩いていたゲイリーは、ある商店に吸い込まれるように入っていきました。彼の目にとまったのは、ウォーターベッドでした。
彼は自身でウォーターベッドを販売することを思いつき、子役仲間や弟、近所の子どもたちと共に、本格的な商売を始めました。
ティーンエイジフェアにウォーターベッド販売のブースを出したゲイリーは、そこでアラナと再会します。
ところが、突然、ふたりの警官がゲイリーを拘束し、パトカーに乗せ、署に連行するという出来事が起こりました。アラナは懸命に走ってゲイリーを追いかけます。
すぐに人違いだとわかり、解放されますが、ゲイリーはあまりのショックで動くことができません。署までやってきたアラナがガラス越しに外に出てくるように促し、ぐったりとした様子で出てきたゲイリーを抱きしめました。
それをきっかけにアラナはゲイリーの商売を手伝い始めます。アラナが売り込みの電話をしているとゲイリーがもっと色っぽくと注文をつけてきたので、アラナは過剰に色っぽく対応し、ゲイリーを怒らせます。
店舗販売を開始した日、アラナは水着姿ではりきりますが、ゲイリーはそこで子役仲間の少女と再会し、2人で店の奥へ消えてしまいました。腹をたてて水着姿のまま帰宅した娘を観て仰天するアラナの父。
アラナはゲイリーのすすめで女優になるためエージェントの面接を受けました。何を聞かれても「Yes」と言うようにとゲイリーに言われ、アラナは全てYesと答えました。
ヌードになれるかという質問にもYesと答えたので、ゲイリーは、世界にはヌードを見せてもいいと思っているのに、僕には見せてくれないと不機嫌になって駄々をこねました。
アラナはオーディションを受け、その際、同席していたベテランの俳優ジャック・ホールデンに気に入られ、外に連れ出されました。彼が運転する車の中でうっとりするアラナ。
到着したのはゲイリーと初めてあった店、ティル・オコックでした。そこへ偶然ゲイリーが同世代の女の子を連れてやって来ました。アラナのことが気になってしょうがないゲイリー。
ジャック・ホールデンは近くに座っていた映画監督のレックス・ブラウと意気投合し、アラナは彼らが何をしゃべっているのか理解できません。
酔っ払った映画監督は、店の近くの広場になにかをセッティングさせ、店の客をそこに移動するよう促しました。
そこには燃え上がる炎が用意されていて、ジャックはオートバイに乗り、その炎を走り抜ける準備をしていました。彼らは映画の中のワンシーンを再現するつもりなのです。
バイクの後ろにはアラナが乗車していました。ゲイリーは心配でなりません。
ジャックがスタートを切った途端、アラナは座席から落ちてしまいました。ジャックは見事炎を突っ切るのに成功し、皆はそちらに注目して歓声を送っていましたが、ゲイリーだけはアラナの元に駆け寄りました。
オイルショックでガソリンが高騰。ウォーターベッドもそのあおりをくらってしまいます。ある日、映画プロデューサーのジョン・ピーターズからベッドの注文を受けたゲイリーは、アラナが運転するトラックでピーターズの屋敷に向かいました。
ところが時間に遅れたため、ピーターズはカンカンに怒っていました。自分の留守の間に部屋を汚したらただではおかないと興奮したようにまくしたて、出かけていきました。
ウォーターベッドに水を入れて、設営していたゲイリーはピーターズが口走った恐ろしい言葉に震え、作業の途中で逃げ出しました。
映画『リコリス・ピザ』解説と評価
冒頭、校内に長い列が出来ています。この瞬間、列に並んでいたゲイリーは向こうからやってくるアラナに一目惚れし、アプローチを開始。
長回しを多用し、2人に寄り添うようにカメラは進み、観客もいつの間にか彼らの歩みとともに、この列の行き先である体育館へとたどりつきます。
そこでは高校の「イヤーブック」の撮影会が行われていました。ゲイリーはその高校の15歳、アラナはカメラアシスタントとして働く25歳。冒頭からの長回しが、青春映画のみずみずしい息吹を伝え、一挙に観客を映画の世界へ引き込みます。
舞台は1970年代、ロサンゼルス郊外の住宅地サンフェルナンド・バレー。ハリウッドに近く、ゲイリーが子役でドラマや映画に出演しているという設定なのをはじめ、ショーン・ペン演じる映画俳優や、トム・ウエイツ扮する映画監督、ブラッドリー・クーパー扮するプロデューサーなど愉快な面々が登場します。
サンフエルナンド・バレーは、ポール・トーマス・アンダーソンの生まれ故郷で、『ブギー・ナイツ』(1997)、『マグノリア』(1999)、『パンチドランク・ラブ』(2002)もこの地を舞台にしています。
タイトルの「リコリス・ピザ」はピザの種類かなにかなのかと思っていたら、バレーにあったレコードショップの名だとか。
映画全編に、60~70年代のロックやジャズ、ソウルなどがバンバン流れるのも本作の楽しみの一つです。
ゲイリーとアラナは、次第に仲を深めていきますが、一挙に燃え上がる純愛といった展開ではなく、互いに他の男性、女性にひかれたり、ついたり離れたりを繰り返します。
アラナはゲイリーやその仲間たちと一緒にいるとこれまでに味わうことのなかった楽しさを覚え、人生が充実していくのを感じますが、子どもと一緒にはしゃいでいることに対してうしろめたさを感じたり、彼らがあまりにも子供っぽいと感じて嫌気がさしたりと常に気持ちが揺れています。
一方のゲイリーは、子役と呼ぶには大きくなりすぎ、俳優としてこの先あまり将来性がないことを肌で感じていて、商売に精を出し、起業家としての才能を見せます。
そのため、彼は終始忙しく、商売の節目節目にアラナに手伝ってもらいながらも、他の同年代の女の子のことも気になってしまいます。
そんな2人なのですが、あっちへふらふら、こっちへふらふらしていてもやはりいつも気になるのはお互いのこと。本当に相手を思うとき、ゲイリーもアラナも走り出します。
この走るという行為が、実にはつらつと描写されているのです。彼らは疲れも見せず懸命に走ります。大人だとか、子どもだとか、結局そんなことは関係ないのです。もっとも大切だと思う人の方へ考えるよりも先に体が動いています。
2人が走る姿は美しく、最後に彼らが互いに走って『007 死ぬのは奴らだ』が公開中の映画館の前で出会うシーンには青春の輝きが眩しいほど凝縮されています。
ここのところ、ポール・トーマス・アンダーソンは重厚な大作映画を続けて発表してきましたが、そのPTA作品として、これほどまでに初々しくも楽しい青春映画が観られるとは!
ゲイリーとアラナを取り巻く多くの人々が常に画面に溢れていて、とてもエネルギッシュな映画でもあるのですが、出演している子どもたちはほとんどが俳優ではない素人なのだとか。
そういえば、主演の2人も映画は初出演ということで、そうした彼ら、彼女たちのフレッシュさ、みずみずしさが、そのまま映画の雰囲気となっていることに映画を観終えたあと、しみじみ感じ入ってしまいます。
まとめ
一方、ベテラン俳優も多数出演していて、愉快なエピソードを楽しげに演じています。
ショーン・ペンの俳優と、トム・ウェイツの監督が巻き起こす余興は、70年代という時代だからこその愛すべきでたらめさと言えるでしょう。またブラッドリー・クーパー扮するプロデューサーのハチャメチャさにも笑わされます。
このプロデューサーは実在の人物で、ポール・トーマス・アンダーソンは、彼にちゃんと許可を得ているらしいのですが、とんでもない行動が描かれていて、それをブラッドリー・クーパーがいきいきと演じているのが実に印象的です。
ポール・トーマス・アンダーソンは、主演のアラナ・ハイムや、他の人々から伝え聞いた唯一無二と思われるエピソードをこれを映画にしないでどうするとばかり詰め込んでみせます。
なんといっても、映画の中盤に登場するトラックのシーンの面白さは格別で、運転するアラナ・ハイムはこのシーンに臨むため技術を学び、ほぼひとりでこのシーンをやり遂げたといいます。
無事、目的地にたどり着いた時の、アラナとゲイリーの両極端のリアクションを一言の台詞もなく描く手腕は、さすがのひとことです。