人生を変えた“映画”への感謝は、未来への恩返しに続く
今回ご紹介する映画『エンドロールのつづき』は、パン・ナリン監督自身の実話を基にした半自伝的な作品です。
本作はスペインのバリャドリードで行われている、インディペンデント映画や作家主義映画を中心に開かれる国際映画祭にて、最高賞のゴールデンスパイク賞を受賞しました。
舞台はインドの田舎町です。9歳のサマイは学校に通いながら、駅前でチャイを売る父を手伝っています。
父は厳格なバラモン教徒で映画を低劣な娯楽だと思っています。ところがある日、バラモン教のカーリー女神が出る映画という理由で一家は街に出かけました。
映画館には娯楽を求める人でごった返し、ようやく家族が席に着き映画が始まり、サマイは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光に興味を持ちます。
映画『エンドロールのつづき』の作品情報
ALL RIGHTS RESERVED(C) 2022. CHHELLO SHOW LLP
【公開】
2023年(インド・アメリカ・フランス合作映画)
【原題】
Last Film Show
【監督・脚本】
パン・ナリン
【キャスト】
バビン・ラバリ、バヴェーシュ・シュリマリ、リチャー・ミーナー、ディペン・ラヴァル、パレシュ・メータ、ビーカス・バータ、ラフル・コリ
【作品概要】
パン・ナリン監督はインドを中心に活動をしたのち、ドイツ、フランス、イタリア、インドとの共同で、インディペンデント映画を制作し映画祭で多くの受賞歴がある監督です。
主人公サマイ役はオーディションで、約3000人の少年の中から選ばれた新人バビン・ラバリが演じます。
ファザル役のバヴェーシュ・シュマリはグジャラート語の映画やテレビ出演し、映画は本作が初出演となりました。
父を演じたのはグジャラート語の舞台を中心に、テレビでも活躍するディペン・ラヴァルが務めます。
母役のリチャー・ミーナーはインド第2の大都市ムンバイ出身の女優で、インド以外の映画に多数出演し、映画『kasaai』(2019)ではムーンライト映画祭で最優秀俳優賞を受賞しています。
映画『エンドロールのつづき』のあらすじとネタバレ
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インドの田舎町で暮らす9歳のサマイは、釘を線路に並べ通過する列車の車輪でプレスすると、それを“矢じり”にして弓矢を作ったり、それをもって草原で遊んだりしてすごしています。
そして、学校に通いながら“チャララ駅”でチャイの店を営む父を手伝い、停車した列車の乗客にチャイを売る手伝いをしています。
ある日、母がウキウキしながらよそ行きの服を選び、妹に着せ髪の毛を可愛くセットしています。サマイが何事なのか聞くと、父は映画を観に行くと言います。
日頃、映画のことを低劣なものだと毛嫌いしている父に理由を聞くと、信仰しているバラモン教の“カーリー女神の映画”だからだと言います。
こうしてサマイは生まれて初めて映画館へ行き、映画を観ることになりました。映画館は映画を観たい人で溢れ返っていました。父はやっとの思いでチケットを買い席に着きます。
やがてカーリー女神の映画が始まり、サマイは色とりどりの衣装をまとった演者が歌って踊るのを観て心躍らせます。
しかしそれ以上に彼の目を釘付けにして、興味をそそったのは映像を映し出す、後方からスクリーンへと伸びる一筋の光でした。
その“光”がサマイに初めて見る世界を映し出し、好奇心をかき立てて行きました。映画に魅了されたサマイは、どうしても映画を観たくなります。
サマイは列車で街の学校へ通っており、駅に到着すると自転車に乗って学校に行きます。母の作る絶品のお弁当を持って出かけました。
ところがサマイにはある目的があり、学校を抜け出してどこかへ向かいます。サマイが向かったのは映画館の“ギャラクシー座”でした。
チャイ代をくすねたサマイはそれで映画を観賞しますが、列車に乗り遅れてしまい父親に映画を観ていたと知られ、厳しく折檻されてしまいます。
それでも映画に魅了されていたサマイは、再度映画館へ行くと中に忍び込んで観ました。しかし、サマイはスクリーンに映像を映し出す光に魅入り、うっかりその光に手を伸ばしたため、従業員にみつかってしまい、つまみ出されてしまいます。
サマイは仕方なく母が作ってくれたお弁当を広げて食べ始めます。それを見ていた映写技師をしているファザルが「薄いチャパティだ」と声をかけると、サマイは母のチャパティは薄くて美味しいと言います。
ファザルは食べさせてほしいというと、サマイは食欲がないからとお弁当をあげます。ファザルはその美味しさに驚嘆し、サマイにある提案をします。
サマイの母が作る弁当と引き換えに、タダで映画を観させてあげるというものです。ファザルはサマイを映写室へ連れていき、小窓から映画を観る椅子に座らせました。
サマイは映写窓から色とりどりの映画を観るうちに、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱きはじめ、ファザルの仕事を手伝いながら、その仕組みにも興味を抱き始めます。
以下、『エンドロールのつづき』ネタバレ・結末の記載がございます。『エンドロールのつづき』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
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ある日、学校の担任がサマイの腕に折檻の跡があるのに気づきます。マサイは映画を観て父親に叱られたといい、映画の“光”に興味があることを話します。
担任はインドには現在「英語が話せる者と話せない者」の2つの階級しかいないと言い、本気で映画のことを学びたければ、英語を話せるようになることだと諭します。
サマイが“嫌い”な野菜の料理をリクエストするので、母は彼には何か秘密があると察します。ファザルがリクエストした料理でした。
義理堅いサマイにファザルは弁当を食べながら、ファザルは“時間”という意味のある、サマイの名前の由来を聞きます。両親にはお金はないけど愛と“時間”があり、生まれたから名付けられたと教えました。
ファザルはそんなサマイに映写機の仕組みから、映画にとって重要なのは“物語”であることなどを教えます。
サマイは地元に帰ると様々な絵柄のマッチの空箱を拾い集め、友人達にそれを組み合わせながら、1つの物語を即興で語り映画の面白さを教え、サマイと友人たちに友情が芽生えていきます。
マサイは光が映像を映し出すことを知り、その光の操り方をファザルの元で学ぶと、映写機のノウハウを駆使して廃材からスライド機を作ります。
太陽の自然光を1点に集めスライド機に通し、フィルムの切れ端で作ったスライドショーを成功させました。
しかし、サマイの映画愛はスライドで留まることはなく、仲間たちに“映画”そのものを見せたいという欲求に変っていきました。
ある日、鉄道の拡張調査団がチャララ駅にやってきます。父は彼らが調査団だと知らずにチャイはどうかと売り込みます。すると責任者は線路拡張の知らせを見ていないのかと尋ねます。
父は英語が読めないと言うと、責任者は線路の拡張がされ特急が通るようになると教え、それに伴いチャイ店の営業許可は下りなくなると話します。
驚く父は店がなくなると乗客が困るというと、特急はチャララ駅には停まらないから、誰も困らないと言われ、父は愕然として戻っていきます。
調査団の1人が父のことを「不幸な男だ」といい、500頭あまりの牛を持っていたが、兄弟に騙し取られ、チャイ店をほそぼそ始めたと教えました。
一方、サマイたちは駅舎にスチール製の箱がいくつも運び込まれるのを見ます。サマイはそれと同じものが、映写室にあり中に映画フィルムが保管されていることに気がつきました。
サマイはそのフィルムを持ち出し、みんなに見せる作戦を思いつきます。サマイたちは何本もフィルムを持ち出しては、見せ場部分を切り取って戻していました。
そのせいで街の映画館で上映されるときは、見せ場のない状態となり混乱が生じ、フィルムの盗難事件として警察が動き出します。
サマイ達はそんなことも知らずに映写機作りを始めます。自転車の車輪にフィルムを巻き付け、手動で回し光を当てますがフィルムは静止したまま、カラカラと流れるだけです。
難問にぶつかったサマイですが、ファザルが「映画は人を騙すもの」といい、瞬きしながら映画を見るとどうなるか聞きます。瞬きしながら観る映画は闇でした。
つまり、交互に闇と映像を見せることで、目の錯覚を起こし、絵が動いているように見せていると教えました。ファザルは上映時間の半分は闇を見せられていると笑います。
重要なヒントを得たサマイは映写機の改善に動きます。扇風機のプロペラに穴を開け、そこからフィルムを通した光を通すことを思いつきます。
仲間たちと一緒に秘密基地の廃虚でテストをすると、見事に動く映像の投影に成功します。
そこに仲間が慌ててやってきて、駅に警察が集まっていると伝えました。街々の映画館で騒動が起き、映画フィルムが盗まれているのが、中継点のチャララ駅であると断定したからです。
フィルムの盗難容疑をかけられた少年たちでしたが、サマイは仲間をかばい自分1人でやったと白状すると、鑑別所に入れられてしまいます。
サマイは鑑別所の中で母の料理の美味しさを痛感します。サマイは最悪な環境を味わっていましたが、映像に音をつけるヒントをそこで見出します。
拘留期間が終わり鑑別所を出たサマイを待ち受けたのは、父の激しいお仕置きでした。棒で何度もお尻を叩かれますが、母が棒を奪い取りサマイを助けます。
父と話し合うサマイはどうしたら村を出られるか聞きます。父は困惑しながら村を出たい理由を聞くと、サマイは「映画を作りたい」とつぶやきます。
翌日、父はバラモン教の「善い子のすごし方」という、自己啓発ポスターを壁に貼りました。サマイはそれを見て憤慨し、剥がして棚に押し込みます。
仲間たちは、自分たちをかばってくれたサマイを温かく出迎えます。サマイは壁の中の生活は最悪だったけど、映画に音をつける方法をみつけたと話し、準備をはじめました。
ギャラクシー座では館長と従業員たちが、報酬のことでもめていました。観客が増えなければ支払えない額を提示されていました。
そして、とうとうサマイがファザルの映写室で、映画をタダ観しているところをみつかり、再びつまみだされてしまいます。
妻と2人の娘がいるサマイは映画館をクビになるわけにいかず、何もしてあげられないまま、ギャラクシー座を去るサマイを見送りました。
後日、サマイは仲間を連れてギャラクシー座を訪ねると、建物の塗装をかって出ます。そして、母が作ってくれた2人分の弁当をファザルと一緒に食べます。
サマイたちは建物の壁に銀河を描きます。館長はそれを見て感動しますが、あの丸や三角の意味が分からないと言います。サマイは「ギャラクシーは英語で銀河だから」と教えると、さらに感動しました。
サマイは仲間たちに映画を見せてほしいと館長に頼み、仲間たちと一緒に本当の映画を観ることができました。そしていよいよサマイと仲間たちの計画も実行されます。
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ある日、チャララ駅でチャイを作る父は周囲の異変に気づきます。チップス売りの姿も他の子供や大人たちの姿も見えません。
父はサマイがまた何かを企んでいると、棒を持って探し始めました。サマイたちの秘密基地がある廃虚村から、声がするのを聞き入口を幕で塞いだ一室に近づいていきます。
そっと中を覗くと、サマイや子供たちが映画の上映会をしています。映像の風景やシーンに合わせて、瓶や板、枯れ木などその辺にある道具を使って音を作り、歌うシーンでは少女たちが歌います。
その様子はとても楽しそうで、上映会に招待された大人たちも笑顔で映画を楽しんでいました。その中にはサマイの母と妹の姿もあり、母は父に邪魔をしないようみつめます。
父は自分だけ部外者にされていたことに、肩を落として帰っていきました。上映会は大成功で終わりますが、そこに駅長の息子が慌ててやってきます。
ファザルが駅に緊急の電話が入っていると呼びにきました。ファザルは詳しい事情は話さず、とにかく早く来るよう告げるだけでした。
ギャラクシー座に来たサマイと仲間たちは、映写室から映写機や映画フィルムが持ち出され、トラックに積み込まれていくのを見ます。
サマイが何がおきているのかファザルに聞くと、映写室へ行ってみるよういいます。サマイが恐る恐る中をのぞくと、何もなくなった部屋にデジタル機器が運び込まれていました。
ファザルは映写機がなくなり、今からあの機械を使うために学ぶのは無理だと、映画館をクビになったことを伝え、サマイと仲間たちで観た上映が最後(Last Film Show)だったといいます。
サマイは映写機とフィルムの入ったスチール箱を積んだトラックを追いかけます。トラックが行き着いたのは、金属やフィルムを再生する工場でした。
映写機は鉄の塊に戻されスプーンに加工され、フィルムも溶解され色とりどりの、チューリー(腕輪)へと作り変えられました。
ギャラクシー座へ帰って来たサマイはファザルから、映写機やフィルムの最後を聞きますが、サマイは聞かない方がいいと答えます。
そして、ファザルに一緒にチャララへ行こうと誘いました。仲間の父親が駅長だから、雇ってもらえるよう頼んでみるといいます。
喪失感に見舞われたサマイはそれから“善い子のすごし方”のポスターを貼り、仲間たちと遊ばずチャイ店の手伝いをしながら、店の傍らで勉強をするようになります。
しばらくして父は学校から帰ったサマイを呼び、村を出て何がしたいのか聞きます。サマイは戸惑いながら「光の勉強がしたい。光は物語を映し、物語から映画ができる」といいました。
父はそんなサマイにポーチを渡し中を見るよう言い、バローマにいる友人に話はつけてあると話します。ポーチの中には多額の現金が入っていました。
それを見たサマイは父が街の学校で勉強することを、許してくれたと理解します。「いつ出発するの?」と聞くと、傍らに置いたバックに目をやり、「今すぐ発て!そして、学べ!」と言い放ちます。
そこに母が現れると、あと14分で最終列車が出発するといいます。父はサマイを抱きしめ、気が変わらないうちにと促します。
母は妹をおんぶし、父と一緒にサマイを見送るため走ります。チャララ駅には列車が到着していました。サマイは妹の頬をなで、母はサマイを抱きしめ涙を流します。
ゆっくり動き出す列車に乗り込むサマイ、それを仲間たちと駅の保管庫で働くようになったファザル、学校の担任の先生が見送ります。
サマイの乗り込んだ車両は“女性専用車両”でした。乗客の女性達は民族衣装を身にまとい、腕には色とりどりのチューリーをしています。
チューリーを見ながらサマイは、観てきた映画の数々を思い出し、成長したサマイが名作を生んだ監督の名前をあげていきます。
映画『エンドロールのつづき』の感想と評価
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映画『エンドロールのつづき』はパン・ナリン監督の幼少時代の体験がもとになっており、作中に出てくるエピソードのほとんどが実話だといいます。
したがって本作には、監督の分身とも言える主役を選ぶ必要があり、主人公サマイ役の条件には、ナリン監督の故郷であるグジャラート州の子供であることが必須でした。
この地方の公用語グジャラート語を話すことができ、地方の子供たちが持つ無邪気さも重要でした。そして、サマイに最も求められたのが、広大で自然豊かな土地で暮らす感覚を肌で知っている子ということです。
主役に抜てきされたバビン・ラバリは、3000人近い少年のオーディションで選ばれました。バビン少年はサマイと同様に映画の出演がきっかけで、はじめて映画を観ました。
瞳を輝かせスクリーンをみつめ、豊かな表情をみせるサマイの姿は、ナチュラルにバビンの感動がにじみ出ていたと言えます。
工夫を凝らして遊ぶ知恵は何もない田舎で暮らし、興味が思考をフル稼働させる、子どもならではの自然な姿です。バビンにはそれに必要なバックグラウンドが揃っていました。
さまざまな“愛”に溢れた映画
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映画『エンドロールのつづき』にはさまざまな愛が溢れていました。制作の発端は“世界一の映画ファン”だと自負するパン・ナリン監督が、子供の頃に体験した人生に影響を与えた“映画”への愛からです。
そして、両親への愛、映画のことを何でも教えてくれた人への愛もあり、映画上映に協力してくれた仲間への愛も然りです。ナリン監督が敬愛している監督の作品から、オマージュしたシーンもあったといわれます。
例えば世界初の映画といわれている、リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』の蒸気機関車が駅に到着するシーンのオマージュは、チャララ駅に列車が到着するシーンです。
サマイが映写室の小窓から映画を観て、映画フィルムを伸ばしてみつめるシーン、子供たちが西部劇映画を観て真似るシーンなどは『ニュー・シネマパラダイス』を彷彿させました。
他にも名作といわれる映画のワンシーンが、オマージュされているかもと考えると、大の映画好きと公言しているファンには、たまらない作品ともいえるでしょう。
学ぶことへの探究心と理解の大切さ
サマイははじめて観た映画ですっかり映画に魅入ります。単純にストーリーに没入したのではなく、なぜスクリーンに動く映像が映し出されるのか? そんな不思議さに興味の大半が占められ、サマイの日常が映画を中心になっていきます。
それがスライド機の自作に始まり、映写機まで自作してしまう展開になりました。光の持つ特性やなぜ動いて見えるのか? 全てが学びたいという思いから行動していました。
仲間たちを巻き込みながら、創意工夫をこらし“映画”に近づこうとする熱意は、やがて母や担任の先生を味方につけ、厳格な父の心をも動かしました。
担任の先生が「現代インドには2つの階級しかない。まずは英語ができる層、そして英語ができない層だ」といった意味は、英語を学ばなかった父やギャラクシー座の館長、ファザルの姿から見ることができます。
もともとインドにはカーストと呼ばれる階級の差別があり、父はバラモンと呼ばれるカースト制度の頂点を示す階級でした。父はその尊厳に縛られていたのでしょう。
現代では英語ができるできないで、社会での格差が生じていると言います。この映画では学ぶことへの探究心と、学ぼうとする若者への理解と協力が大切であると訴えています。
まとめ
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映画『エンドロールのつづき』は、ムンバイのインド映画産業である通称“ボリウッド”とは一線を引く、珠玉のヒューマンドラマです。
本作を彩る鮮やかな色と光の演出は、パン・ナリン監督がバローダの大学で学んだ美術、国立デザイン研究所で学んだデザインセンスが最大限に活きた作品です。
インドには鮮やかな宗教美術もあり、女性の民族衣装やアクセサリーも色とりどりなので、インド映画には派手なイメージがありますが、本作は自然の美しい彩と素朴な村の淡い彩などが活かされているように見えます。
本作に登場する“カーリー女神”は、シヴァ神の妻で“戦いの女神”です。また、“時間”と“黒色”を意味しており、サマイの“時間”という意味と共通します。それは彼が父と戦いそれまでの暗黒の時間から、光を求めた象徴と見せました。
パン・ナリン監督は幼少の頃観た映画や学生の頃にハリウッド映画や世界の映画と出会い、衝撃をうけ人生が激変しました。サマイを演じたバビン・ラバリにも、なんらかの影響を与えたでしょうか?
彼には特別な演技指導はなく、キャスティング・ディレクターのディリープ・シャンカルは「稀に見る才能」だと評しており、邦題の『エンドロールのつづき』を地で行く彼の将来に期待が膨らみます。