2018年2月21日に亡くなった名バイプレイヤー大杉漣の最初で最後のプロデュース作品にして最後の主演作となった映画『教誨師』。
先進国でどんどん廃止されてきている死刑制度。死刑制度を残している日本の司法に切り込む映画であり、根源的な人間の倫理についての映画でもあります。
処刑されるまでの間、死刑囚に道徳を教え救済を与える民間の牧師が「教誨師」という存在です。
そんな教誨師とワケありの死刑囚を通し、様々な問題提起をしてくる一作です。
映画『教誨師』作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【脚本・監督】
佐向大
【キャスト】
大杉漣、玉置玲央、烏丸せつこ、五頭岳夫、小川登、古舘寛治、光石研
【作品概要】
死刑囚と向き合う教誨師という職業の男を通して、死刑制度の問題、人間の業、そして罪と向き合いトラウマを乗り越えようとする人間を描いた重厚な人間ドラマです。
本作の初プロデュース作にして最後の主演作となった大杉漣がもうこの世にいないこと、2018年現在13人のオウム真理教元幹部が死刑になったこと、そして2016年の相模原障碍者施設殺傷事件の容疑者をモデルにしたであろうキャラクターが出てくることを加味した上でも今すぐ見るべき映画です。
死刑囚役には映画初出演の劇団“ 柿喰う客” の玉置玲央、ベテランの古舘寛治、光石研、烏丸せつこ、名演を見せる五頭岳夫、小川登と俳優の演技力で惹きつける本作。
監督は死刑に立ち会う刑務官の姿を描いた『休暇』(2007)の監督でもある佐向大です。
映画『教誨師』のあらすじとネタバレ
とある年の秋。
初老の牧師・佐伯保は死刑囚にキリスト教の教えや道徳を説く教誨師という役割をボランティアで始めて半年たっていました。
彼は死刑囚だけの独房がある刑務所に通っていました。
そこにいる死刑囚は、全く話そうとしない中年男・鈴木、気さくな元ヤクザ・吉田、お喋りな大阪のおばちゃん・野口、2児の父で気弱な男・小川、収監前はホームレスをしていて学のない老人・進藤、そして博識で挑発的なニヒリストの青年・高宮です。
死刑囚は普通の囚人と違い、労役もなく服装も自由。
いつ死刑になるかはわからず、何もすることのない日々を過ごしています。
佐伯は彼らがどんな罪なのか、どんな半生を送ってきたのかも知りません。
彼は死刑囚たちに何を言われようと真摯に対話を続けていきます。
対話を重ねていくうちに彼らの犯した罪、秘密が明らかになっていきます。
そして佐伯自身にも実は秘密がありました。
何を語りかけても反応がなかった鈴木。佐伯が、自分の兄も人を殺して捕まったことを話すと鈴木は驚き、自分の話を始めます。
鈴木にはかつて愛した女性がいましたが、自分の愛情が行き過ぎてしまい、その女性の家族ごと殺したそうです。
女性死刑囚の野口は、佐伯に一方的にまくしたてます。
元美容師の彼女は、自分が死刑になる現実を受け入れられておらず、刑務所を出たらまた美容室を始めるという妄想を語ります。
彼女は金銭トラブルによる殺人の罪を犯したようですが、それも一番悪いのは自分ではなく共犯者たちだと言い張る始末。
佐伯はそんな彼女の話をじっと聞いていましたが、彼女は佐伯に見下されたと思い込み、怒って取調室を出て行ってしまいました。
気さくな吉田は、そんなに稼ぎのない職業の佐伯に、何か困ったら自分の組の連中を頼るよう言ってきます。
彼は何かと佐伯に世話を焼こうとしていました。
ある時、看守が席を外したタイミングで、吉田は佐伯に「実は裁判では言ってないけどもう一人殺してるんだ。行方不明になった政治家だ」と告白してきます。
吉田は「絶対に言うなよ」と念押しました。
小川は貧乏ながら、苦労して真面目に子供を育ててきたことを消え入るような声で話します。
とても死刑になるような人間には見えません。
進藤は腰の低い無垢な男。
彼は文字の読み書きができませんでしたが、佐伯の勧めで勉強をはじめ、佐伯もそれに付き合います。
ホームレス時代に拾ったグラビアアイドルの切り抜きを大事に持ち歩いている進藤。
彼はキリスト教の教えにも生まれて初めて触れ、その考え方に感銘を受けました。
佐伯は「教えをしっかり守ればあなたにも赦しが与えられますよ」と言いますが、進藤は「私にだけ赦しが与えられたら申し訳ねえっす」と答えます。
それを聞いて佐伯は驚きます。
高宮は身体障碍者を大量に殺害して死刑判決を受けた男でした。
彼は歴史や法律、哲学にも深く通じたインテリですが、非常に冷酷です。
教誨師と面談を受けることにしたのも、罪を悔いるためではなく退屈だったからと豪語する高宮。
彼は牧師である佐伯に倫理的な問いかけをします。
「障碍者は生きていてもしょうがないから殺した」
「なんで人を殺しちゃいけないかわかる?」
佐伯は「どんな命でも生きる権利がある、奪われていい命など無い」と答えますが、高宮は
「でも牛や豚は生きるために殺して食うよね?あと牛や豚はいいのにイルカは殺してはダメな理由は?」
「どんな人間も殺しちゃだめならそもそも死刑があるのおかしいよね?」
などさらに問いをぶつけてきます。
佐伯はそれにうまく答えることができませんでした。
佐伯はふと高宮に告白を始めます。
映画『教誨師』の感想と評価
俳優の演技力で見せる映画
本作『教誨師』は、多くの場面が面会室に限定されています。
スクリーンサイズは4:3のスタンダードサイズで狭苦しさを表現し、BGMもほぼありません。
あらすじではとても説明しきれないくらいの、佐伯と死刑囚たちのたくさんの会話だけで成り立っている作品です。
回想シーンも佐伯本人のもの以外は一切ありません。
佐伯役の大杉漣と6人の死刑囚役の凄まじい演技力によってこの映画は成立しています。
6人中5人はみんな凶悪犯罪を犯したようには見えません。
彼らは死刑囚という、この世でも一番異質に感じる存在ですが、実際に会ってみれば我々と同じことを考え幸せに暮らすことを望んでいた人たちです。
そんな彼らがどんな人間でどんな人生を歩んできたかを、喋り方、話す内容、ちょっとした表情などでだんだんと分からせていく巧みな作り。
自らの思想に基づいて障碍者を殺害した高宮も含め、彼らは当初の印象とは違う一面を見せていきます。
そして人のいい牧師にしか見えなかった佐伯にも意外な過去があることが明らかに。
悪魔とヨハネの福音書
佐伯の心を一番動かしてくる高宮と進藤。
本作はキリスト教にまつわる映画でもあり、高宮は主人公を惑わす存在、進藤は聖なる存在のように描かれています。
聖職者らしい佐伯の模範解答に、高宮はサタンのような倫理的問いかけをしてきます。
しかし佐伯はその問いを考え、自分の過去を見つめなおして自分の言葉で答えを出します。
それが正解かはわかりませんが、おかげで高宮の悪魔の仮面が最後に取れ、人間らしい一面を見せました。
進藤は文字も読めないくらい学がない人間ですが、佐伯の話を素直に聞き、「自分だけ赦されるわけにはいかない」と意外な発言をします。
そして覚えたての字で書いた
「あなたがたのうち だれが わたしを つみにとえる というのか」
という言葉。
これはヨハネの福音書8章に書かれた一説。
姦淫の罪に問われて石を投げつけられていた女性をキリストが「この中で罪を犯したことのない人のみ石を投げなさい」と説いたあと、ユダヤ人たちに向かって説法をしている最中に言った言葉です。
キリストの教えを学んだとはいえ、なぜわざわざこの言葉を書いたのか。
「罪を犯したとはいえ人間を処刑しているお前らも同じ穴の狢だ」と言っているのか。佐伯にも自分のせいで人を死なせてしまった過去があります。
人間はみんな罪深い存在なのになぜ人を裁くのか。そんな問いをぶつけてくるような言葉でもあります。
進藤は天候を言い当てたりと超常的力を見せる場面もあり、キリストその人と重なるような存在に見えます。
そしてキャラクター描写だけでなく映画全体の演出でも、本作は途中から意外な手法を放り込んでいきます。
唐突に幽霊が出てきたり、面会室から飛び出して唐突に佐伯の回想をはさんできたりもします。
佐伯と鈴木が目撃する幽霊は、どちらも自分が死なせてしまった大事な存在。
鈴木は罪に怯え心を閉ざしてしまいますが、佐伯は“兄”と対話しておのれと向き合います。
面食らう演出ではありますが、自分の罪や過去と向き合う教誨は魂の救済になるということを示唆しているのでしょう。
高宮やこれから死刑を迎える5人の魂は果たして救われるのでしょうか。観た後に考えさせる傑作です。
まとめ
大杉漣は本作のプロデューサーも務めています。
3年前に佐向監督から本作の話をされた時に「イイね、やろう」と即答したそうです。
その3年間で奇しくも、相模原の障碍者殺傷事件が起こり、オウムの死刑囚が13人一気に処刑されるなどの出来事がありました。
本作はタイムリーな作品となり、そして名優大杉漣の最後の主演作になりました。
大杉漣という俳優の集大成であり、人の倫理を揺さぶってくる静かな衝撃作。
見たあとは誰かと議論して解釈を深めたくなること必至の映画です。