シロさんとケンジが帰ってきた!『劇場版 きのう何食べた?』
2019年春、深夜ドラマとして放送された『きのう何食べた?』。ほろ苦くもあたたかい、ゲイのカップルの日常を描いたこのドラマは大人気となり、2020年正月にはスペシャルドラマも放送されました。
今回の劇場版ではスタッフ・キャストが再集結し、彼らの今後の生き方に関わるエピソードが綴られていきます。
もちろん、シロさんたちが作る素敵な料理もたくさん登場して物語を彩ります。
CONTENTS
映画『劇場版 きのう何食べた?』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
中江和仁
【脚本】
安達奈緒子
【キャスト】
西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗、マキタスポーツ、高泉淳子、松村北斗(SixTONES)、田中美佐子(友情出演)、チャンカワイ、奥貫薫、田山涼成、梶芽衣子
【作品概要】
原作は、累計発行部数815万部を超えるよしながふみの人気漫画。
倹約家で料理が得意な弁護士・筧史朗[シロさん]と、彼の料理をいつもおいしそうに食べる美容師・矢吹賢二[ケンジ]。物語の中心は、同居するふたりの料理や食事のシーンです。そこに、お互いの関係性に関する出来事、例えば別の同性愛カップルとのやりとりや、実家の親との確執、職場でのエピソード等が加わって物語はゆっくり進行していきます。
今回は劇場版ということで、京都ロケなどスペシャルな映像も加えつつ、ふたりの微笑ましい掛け合いを堪能できる作品となっています。
映画『劇場版 きのう何食べた?』のあらすじとネタバレ
ある日の夕食後、シロさん(西島秀俊)はケンジ(内野聖陽)を京都旅行に誘います。節約家のシロさんの思いも寄らない提案に、ケンジは舞い上がります。
食事から宿まで、理想的なプランでエスコートしてくれるシロさんに、ケンジは夢心地で「死んでもいい」と伝えます。でも、ゲイばれを何より嫌がるシロさんが、ふたりで写真を撮ってもらったりする姿に「別れ話?」「もしかして病気?」とケンジは次第に不安になります。
「シロさん、死ぬの?」真剣な顔でたずねるケンジにシロさんは、「すぐ死ぬとか言うな」とたしなめつつ、謝らなきゃいけないことがある、と続けます。
実は実家の両親から、もうケンジに来てほしくないと言われたと告白するシロさん。「そんなことか。気にしなくていいよ」とケンジは安堵し、その後ふたりは京都旅行を満喫しました。
上町弁護士事務所では、修先生(チャンカワイ)が裁判員裁判を引き受けることになってしまい、嫌がるシロさんも手伝う羽目に……。一方のケンジは、美容室に新しく入ったスタッフ・田渕(松村北斗)の空気を読まない物言いに困惑していました。田渕は店にやってきた自分の彼女を「ばばあ」と呼び、カフェを開きたいという彼女の夢をバッサリと斬り捨てます。
そんな田渕をケンジや店長が注意すると、「一番近い人間に本音を言えずに、じゃあ誰に本音が言えますか?」と田渕に言い返されてしまいました。
ある朝。シロさんは、職場でもらったたくさんのリンゴを使って、ケンジの好きなキャラメルリンゴのトーストを作ります。ふたりで幸せな朝を過ごしていると、冷蔵庫が壊れてしまったので食材をもらってほしい、と小日向(山本耕史)から電話がかかってきました。
シロさんと小日向をふたりきりにさせたくないケンジは、恋人の航(磯村勇斗)にも来てもらうよう念を押して、仕事に出かけます。
その後、冷蔵庫に入り切らない位たくさんの高級食材を持ってやってきた小日向と航。それなら、と早速シロさんは料理を始めます。小日向たちもそれを期待しているようでした。シロさんは近所のベテラン主婦・富永佳代子(田中美佐子)を呼び、彼女に料理を教えてもらいます。
簡単にローストビーフとアクアパッツァを作ると、佳代子は結婚が決まった娘が来るから、と食べずに帰ってしまいます。孫ができると喜ぶ佳代子に航が悪態をつきますが、小日向とシロさんによって諌められます。
その夜、帰宅したケンジも含め豪華な食事を楽しむ4人。再び佳代子の孫の話題になり、ケンジは「誰かのうれしいことってさぁ、やっぱうれしいじゃない」とほほえむのでした。
小日向たちが帰ったあと、シロさんは気になっていたことをケンジにたずねます。実家に来るなと言われた件、本当は傷ついたのではないか?と。ケンジはゆっくりと、ひどいと思い傷ついたこと、でもシロさんとの関係が壊れるのがこわいからガマンするのだと話します。その姿にシロさんは、何かを決心したようで……。
年末の仕事納めも終わり、帰宅したシロさんはケンジに、正月は実家に帰らず、ふたりでここにいる、とぶっきらぼうに告げます。そして、唐突にケンジをリビングから締め出すとおせち料理の準備に取り掛かります。
翌朝。シロさんは、起きてきたケンジに、実家の両親にちゃんと話をして正月に帰らないことを伝えたと話します。「いちばん大切な人と正月を過ごしたいんだ」と言うシロさん。悲しい思いをさせてごめん、と謝るシロさんに、ケンジは思わず抱きつこうとしますが、そこはいつものようにはぐらかされてしまいました。
ふたりは仲良く買物に行き、家で作ったおせち料理を食べて新しい年の始まりを祝いました。
一ヶ月ほど経ったある日、ケンジのもとに父親が死んだという報せが入ります。家族を捨て、別居して生活保護を受けていたという父親。長男であるケンジは遺骨を引き取り、久しぶりに実家である埼玉の美容室を訪れます。
父親は暴力をふるい、金を奪っていくひどい男だったので、母も姉2人もせいせいしているようでした。ケンジはシロさんの写真を姉たちに見せ、幸せであることを報告します。そんなケンジに母(鷲尾真知子)は「この店継ぐ?」と聞いてきました。固定客もいるし、姉たちも近所に住んでいる。息子の将来を心配しての発言に、ケンジの心は揺らぎます。
帰宅したケンジは、最近髪が薄くなってきたと指摘されたこともあり、油ものを控えてヘルシーなものが食べたいとシロさんにリクエストします。もちろん髪を気にしていることは内緒です。
シロさんは、もうすぐマンションの更新時期なので継続でいいか、ケンジにたずねます。実家でのこともあり、一瞬逡巡したケンジ。すぐにいいよと返事をしましたが、シロさんは何か引っかかるものを感じていました。
映画『劇場版 きのう何食べた?』の感想と評価
甘いだけじゃない、ほろ苦い現実味
「きのう何食べた?」はゲイのカップルのお話です。テレビシリーズでは、同性愛者ならではの悩み、他者に対する距離感や接し方などが繊細に描かれ話題になりました。
今回の劇場版では、親子の関係がよりクローズアップされています。映画では過去の話として登場する、実家でお正月を過ごした話。親元を離れて暮らす人なら誰しも経験する、正月実家に帰る問題ですが、シロさんはケンジを連れて実家を訪れ、両親と穏やかな時間を過ごしたはずでした。
しかし、実はそうではなかったことが明らかに。これは切ない話ですが、それでも母親がケンジを人として嫌いなわけではなく、息子の幸せを願っているということがわかるラストシーンには心があたたまります。
また、孫の話もたびたび話題にのぼります。これは彼らに限ったことではなく、子どもがほしいと思っていない人や、望んでも叶わない人などにも共感できることだと思います。
映画では、磯村勇斗演じる航がその気持ちを少々乱暴に吐き出していますが、それはそんな思いを代弁してくれたような気がします。
ナチュラルな笑顔が魅力のふたり
“何食べ”の魅力は、なんといっても主演のふたりのチャーミングな演技にあります。息ピッタリのふたりですが、原作のファンでもあった西島が真っ先にキャスティングされたそうです。
年齢より若い見た目、清潔感、そしてストイックな倹約ぶりが嫌味に感じないベストな配役です。
一方のケンジは、外見的に西島と一緒にいてカップルとしての説得力があり、ゲイを公言している人物としての演技力も求められます。
そこで選ばれたのが内野聖陽でした。意外にも“何食べ”まで共演がなかった西島と内野は、ぜひ共演したい!ということでこのカップルが誕生したのです。
テレビシリーズのときから、ふたりがアドリブで楽しくおしゃべりをしている“お好きにどうぞ”タイムが恒例となっているようで、今回の劇場版でも「これは素なんじゃないか?」と思えるほどのふたりのやりとりや、自然に笑みがこぼれているシーンなど萌えポイント満載です。
あふれる幸福感の秘密
公開初日、劇場内は幸せオーラに満ちていました。この幸福感はどこから来るのか?
まずは、原作者や原作ファンに真摯に向き合って作られていること。そもそも原作者よしながふみは、「『きのう何食べた?』は料理漫画だ」と発言しています。
ゲイを主人公にしながらも、そこに起こるエピソードは誰にでも共感できるものですし、テレビでも映画でも、料理に大きなウェイトが置かれています。
もちろん、ゲイという側面にも配慮し、主演のふたりを始め、脇を固める俳優たちも繊細で愛おしくなるような演技を披露してくれています。
そして、それを支えるスタッフの存在も忘れてはなりません。
作品を愛し、良いものを届けようと楽しんで作った現場の雰囲気が、そのまま画面からあふれてくるような、そんな素敵な作品がこの『劇場版「きのう何食べた?」』なのです。
まとめ
冒頭の京都旅行では映えスポットが多数登場し、思わず同じ行程で旅したくなるほど魅力的ですし、ローストビーフとワインでホームパーティをしたくなってしまいます。
そんな劇場版ならではの演出はありますが、それ以外は特に大きな事件が起こるわけでもなく、ふたりの日常がゆっくりと描かれています。
観終わって感じたのは、家族ってなんだろう?ということでした。それぞれに大切にしたい人がいて、会いたい人がいて、もしそれがすぐに叶わなかったとしても思い続ける。
人生は良い時ばかりではないし、災難が降りかかることもあるけれど、きっとみんなひとりではないし、誰かを思って生きている。形はひとつではなく、いろんな形があっていい。そんなことを思いました。
親とのこと、子とのこと、パートナーとのこと。それ以外にも友人や職場、ちょっと関わった人にさえ、影響を与えたり与えられたりしている。そんな縁を感じさせてくれたあたたかい作品です。