2022年度セザール賞・7部門受賞作『幻滅』は2023年4月14日(金)より全国公開!
映画『幻滅』は、19世紀フランスを代表する文豪オノレ・ド・バルザックの小説『幻滅 メディア戦記』を『偉大なるマルグリット』(2016)のグザビエ・ジャノリ監督が映画化した作品です。
本作は2021年度セザール賞において作品賞含む最多7冠を受賞し、日本では2023年4月14日(金)より全国公開を迎えます。
19世紀前半の恐怖政治の時代が終わり、宮廷貴族が復活したフランスを写実主義の小説家バルザックの目を通して描いた映画『幻滅』。
「フェイクニュース」「ステルスマーケティング」などネット社会と化した現代の問題にも重なる、マスメディアに翻弄される人々の姿を鋭利に描いた社会派ドラマです。
CONTENTS
映画『幻滅』の作品情報
【日本公開】
2023年(フランス映画)
【原題】
Illusions perdues
【原作】
オノレ・ド・バルザック
【監督・脚本】
グザヴィエ・ジャノリ
【キャスト】
バンジャマン・ヴォワザン、セシル・ド・フランス、ヴァンサン・ラコスト、グザヴィエ・ドラン、サロメ・ドゥワルス、ジャンヌ・バリバール、ジェラール・ドパルデュー、アンドレ・マルコン、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン、ジャン=フランソワ・ステヴナン
【作品概要】
フランス国内外で活躍する実力派俳優を集結した本作において、田舎町で詩人としての成功を夢見る青年リュシアンを演じたのは、フランソワ・オゾンの『Summerof 85』(2021)で、日本でも大きな注目を浴びたバンジャマン・ヴォワザン。
リュシアンの詩の才能を認め、賛助者となって彼を愛する貴族の人妻ルイーズ役には、『少年と自転車』(2012)『愛する人に伝える言葉』(2022)など国際的に活躍するセシル・ド・フランス。
リュシアンをジャーナリズムの世界に導くジャーナリストのルストー役には、『アマンダと僕』(2019)の多彩な演技で人気を誇るヴァンサン・ラコスト。
そしてリュシアンのライバルにして彼を見守る作家ナタン役を、監督としても多数の映画賞を受賞する『エレファント・ソング』(2014)、『ある少年の告白』(2018)のグザヴィエ・ドランが演じました。
映画『幻滅』のあらすじ
舞台は19世紀前半のフランス。恐怖政治の時代の終焉とともに宮廷貴族が復活したことで、貴族や一部のブルジョワ層は自由と享楽的な生活を謳歌していました。
フランス南西地方のアングレームの印刷工場で働き、愛する人へのあふれる思いを詩にしたためて暮らしていた純朴な青年リュシアン・ド・リュバンプレは、いつかパリに出て、詩人として成功することを夢見ていました。
またリュシアンには彼の詩を理解し、熱烈に愛する貴族の人妻ルイーズ・ド・バルジュトンがいました。芸術家たちの後援者を主宰する彼女はある時、リュシアンの詩の才能を広めようと貴族やブルジョワたちを招き朗読会の機会を設けます。
しかし、田舎の有力者たちにリュシアンの詩心を理解を示す者はいません。リュシアンは好機を活かしきれず嘆きますが、ルイーズはそんな彼を励まし、やがて深い関係になります。
リュシアンとルイーズは密会を重ねます。そんなある日、妻の不貞を知った領主バルジュトンは、印刷工場に乗り込み、リュシアンを“薬屋シャルドン”の息子と罵倒します。
しかし、リュシアンは貴族の末裔だった母方の姓“ド・リュバンプレ”を名乗り「無教養な夫のせいで、彼女の人生は台無しだ」と反発してしまい、バルジュトンの逆鱗に触れてしまいます。
印刷工場はリュシアンの妹の嫁ぎ先であり、その土地がバルジュトンの領地だったため、彼はそこで暮らせなくなります。またルイーズも夫との暮らしがギクシャクし、デュ・シャトレ男爵がパリに一時避難するよう提案し、彼女はパリへ向かうことを決めます。
ルイーズはそのことをリュシアンに伝え、二人で逃避行する計画を立ててパリに向かいますが、デュ・シャトレ男爵は、ルイーズがリュシアンを連れてきたことに失望します。身分違いの男が屋敷にいることが知られれば、パリでは暮らせないからです。
リュシアンはシャトレ男爵のはからいで、屋敷近くの宿で暮らすことに。“薬屋シャルドン”の名を捨て“ド・リュバンプレ”を貫くリュシアンは、貴族の末裔であることを認めさせ、詩人として成功することを目的に暮らし始めます。
ルイーズは彼の後ろ盾になれるよう、彼女の従妹デスパール侯爵夫人のサロンで、リュシアンを紹介しようとシャトレ男爵の伝手を借ります。リュシアンはルイーズの引き立て役になるよう言われますが、世間知らずで無作法な彼は、逆に変に目立ちサロンで笑い者にされてしまいます。
デスパール夫人はお気に入りの小説家ナタンをリュシアンの力になれると紹介しますが、彼の意識はルイーズに向かい、ナタンからパリの情報も得ず無礼に扱います。
サロンへ行くため散財した彼は生活のために働き、出版関係の仕事を探します。そして、給仕として働くレストランでジャーナリストのエティエンヌと知り合い、新聞記者の仕事を手にします。
しかし、その記者の仕事は金のために魂を売り、真実や本心とは異なる記事を書き、読者を煽るやり方で、発行部数を増やし稼いでいました。
リュシアンはそんな同僚たちに感化され、欲望と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていきます。やがて彼も野心と欲望にまみれ、“詩人”になるという夢を見失い堕落します。
当時は王党派と自由派に二分され対立状態にあった時代。彼らの駆け引きに翻弄されたリュシアンは、人生を大きく狂わせて行きます……。
映画『幻滅』の感想と評価
痛烈に現代ネット社会と酷似する
映画『幻滅』で描かれる物語は、現代のネット社会に蔓延する情報過多、噂や嘘による情報で人生を破滅させたり、混乱し道を誤る人の姿と酷似しています。
「なぜ人は嘘や噂を流すのか、それによって何を得ようとするのか?」「人はなぜ嘘や噂に飛びつき踊らされるのか、そこに何を求めているのか?」……200年前も今もさして変わらない、人の口コミによる広がり方や、悪意による情報漏洩の抹殺行為に驚かされる作品です。
そして、“嘘や噂はすぐに人の記憶から消え、何も残らない”というジャーナリストやブルジョワの排外的な思考の軽薄さもまた、今も変わらず残っていることが本作ではわかります。
少し200年前と変化した点があるとしたら、そのスピード感と影響力です。それゆえに、広まった嘘や噂、悪意は消すことのできない「デジタルタトゥー」となっていつまでも残るのです。
そして、認識の浅さや良識のなさが、身を亡ぼすということもこの映画から伝わるでしょう。
グザヴィエ・ジャノリ監督はソルボンヌ大学・文学部に通っていた頃に、オノレ・ド・バルザックの小説『幻滅 メディア戦記』と出会いました。
バルザックの作品群「人間喜劇」の専門家フィリップ・ベルティエの指導のもと、文献やヴィジュアル資料、マルクス主義批評、あるいは反動主義の耽美派批評の研究書に触れた当時のジャノリ監督。その過程でバルザックが多くの批評家に研究されていることを知ったそうです。
そして「バルザックの作品を映画化したい」という思いを抱くようなった動機として、フランスのエッセイストであるフィリップ・ミュレイがバルザックの小説の時代と「私たちの時代」を呼応させていて、その事実にハッとさせられたためと監督は語っています。
“自己愛”とDNAに刻まれた“プライド”
主人公のリュシアンは司教から“詩”の才能を見出され、芸術家を支援しているルイーズに紹介されます。彼にとって彼女との出会いは創作意欲につながり、彼女もまた彼の綴る詩の世界に酔い、盲目的に称賛し「才能ある詩人」と評します。
日本でも“推し活”という言葉が生まれたように、芸能人からアニメのキャラクターに至るまで、様々な“推し”を応援し支える行動に似ています。
またリュシアンは、母親が没落した貴族の末裔であることから自分も貴族だと勘違いし、プライドだけは高く抱いていました。
才能あふれる詩人とする“自己愛”と、法律や慣例よりも血のつながりに重きを置いてしまう当時の貴族という“プライド”は、彼の首を真綿で絞めるように徐々に苦しめます。
しかし彼を苦しめていたのは、詩人であるか、貴族であるかの真贋よりも、“人間”として、教えを乞う謙虚さと姿勢、家族や関わってくれた人への感謝の心が欠如していたことです。
原作者オノレ・ド・バルザックが見た幻滅の姿
1830年7月のフランスにおいて、王党派は言論統制を強化するため、自由派による定期刊行物の停止を勅令し、ジャーナリストは警察から弾圧を受け始めます(7月革命)。本作の原作者オノレ・ド・バルザックが活躍した時代は、この映画の舞台となった19世紀前半のフランスを描いています。
彼自身も執筆した小説を売り込むために、社交界へと足しげく通っていました。そこで何人かの貴族の女性と浮名を流します。しかし貴族の女性をパトロンにして知名度をあげることは、その時代では珍しいことではありませんでした。
バルザック青年もパリで一花咲かせようと、田舎を出て苦労を重ねています。ある意味、彼自身がリュシアンのモデルともいえるでしょう。
しかし、バルザックは貴族の女性に取り入り、小説家として成功します。そのことからも、彼は劇中の小説家ナタンのモデルでもあるとわかります。
当時のパリで文芸界の売れっ子になるには、いわゆる“コネ”と“金”による有力者のバックアップが必要でした。才能だけでは文芸など売れない時代だったのです。
そして、パリで巻き起こっている出来事の全てが小説のネタであり、人々の欲望や愛憎、執着などグロテスクな部分を詳細に描写することで、読者の心をつかむ小説が書けたのでしょう。
“現実は小説より奇なり”と言いますが、19世紀前半のパリは“奇”で溢れ、それを題材にしたバルザックの小説は、まるで記録映画を撮るような作業だったのかもしれません。
また、バルザック自身の女性遍歴は、小説に登場する女性のモデルとして反映されています。
リュシアンの最愛の女性だったルイーズにも、バルザックに縁の深い女性の姿が重なります。それは、自身の母親と歳が近かった女性ベルニー夫人と、晩年期において生涯でただ一度の結婚をした相手であるエヴェリーナ・ハンスカ伯爵夫人です。
母親からの愛情を受けずに育ったバルザックは、知性豊かで活発なベルニー夫人に恋をしますが、彼は彼女に母親の理想を重ねていたのではないでしょうか。作中、リュシアンの「気に入られたい、甘えたい」という感情がむき出しに見えたのは、そのせいかもしれません。
リュシアンがルイーズに手紙を送っていたように、バルザックはエヴェリーナ・ハンスカ伯爵夫人に出会ってから定期的に文通をしていました。エヴェリーナ夫人はルイーズの境遇と同じで、20歳以上年上で田舎の地主貴族の妻。エヴェリーナ夫人はバルザックからの熱烈な手紙に、心を躍らせたに違いありません。
まとめ
バルザックが44歳で執筆した『幻滅 メディア戦記』を映画化した『幻滅』。19世紀前期のパリで巻き起こっていた、王党派と自由派の情報操作がされる中で、詩人を志した純朴な青年が翻弄され転落していく姿を描いています。
そして本作は、現代にも通じるマスメディアの表と裏の顔、「ジャーナリストにとって、報道とは何なのか?」を問う社会派ドラマでもありました。
バルザックが目撃してきたリアルなマスメディアの状況を、グザヴィエ・ジャノリ監督が鋭く具現化した映画『幻滅』は2023年4月14日(金)より全国公開を迎えます。