ー愛した人は、殺人犯なのか?あなたを信じたいー
2010年公開の『悪人』のコンビ、原作・吉田修一と監督・李相日が再び手を組み、邦画史上類を見ない超豪華キャストを迎えて、実写映画化された群像ミステリードラマ『怒り』。
日本を代表する世界的な俳優となった渡辺謙を主演に、共演は森山未來、松山ケンイチ、広瀬すず、綾野剛、宮崎あおい、妻夫木聡と日本映画界の名だたる俳優たちの演技力が光る作品です。
第40回日本アカデミー賞ノミネートされた映画『怒り』をご紹介します。
映画『怒り』の作品情報
公開
2016年(日本)
監督
李相日
キャスト
渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、妻夫木聡、宮崎あおい
作品概要
『悪人』に続き、吉田修一の小説を李相日監督が映画化した群像ミステリードラマ。
第40回日本アカデミー賞ノミネート作品。
新人俳優賞 受賞 – 佐久本宝
最優秀助演男優賞 受賞 – 妻夫木聡
映画『怒り』のあらすじとネタバレ
八王子夫婦殺害事件
ある猛暑日。八王子で夫婦が殺害される事件が起こります。
現場には「怒」と壁に血文字で書かれたメッセージが残されていました。
被疑者である山神一也は逃走中であり、事件から1年が経過しても見つかりませんでした。
その事件から1年後。報道番組で八王子夫婦殺害事件を取り上げます。
新宿の歌舞伎町で目撃情報があった事から、犯人は女装をして逃走を続けていると仮定して、山神一也の指名手配の写真の中に、女装をした合成写真を公開しました。
一方、山神一也の家に捜査で訪れていた刑事・南條(ピエール瀧)は、犯人の異常性を垣間見ていました。
大量のカップ麺やコンビニ弁当、缶コーヒーのゴミ。壁全体には広告。それに書かれていたのは、山神が日常で感じた大量のつぶやき。
素性の知れない男たち
ー千葉ー
千葉の漁港で働く慎洋平(渡辺謙)は、3ヶ月前に家出をしていた慎愛子(宮崎あおい)を新宿歌舞伎町で見つけ、連れて帰ろうとしていました。
愛子は歌舞伎町の風俗店で働いていてました。
真面目な性格から客のどんな要求でも必死に答えようとしていた愛子は洋平が来た時には、精神的に大きなダメージを負っていました。
8年前に妻を亡くしてから、洋平が男手一つで育てて来た愛娘でした。
千葉の港町に戻って来た愛子は、洋平の元で働いていた田代(松山ケンイチ)と出会います。
いつしか2人は親しくなり、デートを重ね、だんだんと惹かれ合っていくのでした。
田代は2ヶ月前から働き始めた時給800円のアルバイト。千葉へ来る前は、各地を転々としていた素性の知れない男で、自分の1人娘と交際する田代に対して、洋平は心のどこかでまだ応援することは出来ずにいました。
ー東京ー
ある夜、ゲイの発展場にて、藤田優馬(妻夫木聡)と大西直人(綾野剛)は出会い、交わります。
直人は東京へ来たばかりで、知り合いの家を転々としている事を知った優馬は自分の家に呼びました。
始めは、直人が来るのは夜だけでしたが、優馬が体調の悪そうな表情を浮かべる直人に対して、昼間も家にいる事を提案します。
「まだお前を信用してないから、盗みがあったら通報するぞ」と優馬は言います。
しかし何も言わない直人に対して、「疑っているんだぞ、なんか言えよ」と続けると、直人は「疑っているんじゃなくて信じたいんだろ。信じてくれて、ありがとう。」と言います。
それから一緒に暮らし始め、優馬は前よりも少し早く帰宅して来るようになりました。
ー沖縄ー
沖縄の無人島に、小宮山泉(広瀬すず)と同級生の知念辰哉(佐久本宝)は来ていました。
最近、母親の都合で沖縄に越して来た肌の白さが目立つ女子高校生・泉は無人島の海、木々などの自然に魅了されていました。
泉は無人島の奥の方で見つけた廃墟にて、そこで暮らしていた田中(森山未來)と出会います。
この場所に来たのは数日前で、この辺りをふらふら1人旅しているのだと言います。
そして泉に自分がいる事は黙っていてほしいとお願いするのでした。
信頼
ー千葉ー
愛子と田代の交際は進み、2人は小さなアパートを借りて暮らすのでした。
漁港で真面目に働く田代に洋平は少しの信頼を置いてはいたが、愛子との交際を未だに応援する事は出来ずにいました。
素性の知れない田代の真相を調べるべく、洋平は千葉に来る前働いていたペンションへと向かいます。
そこで田代が前の職場では高橋という名前で働いていた事を知ります。
千葉に帰り、愛子に伝えると、愛子は身体を震わせながら田代の過去の話をしました。田代が大学生の時に父親が作った借金の返済からずっと逃げているのだ、と。
ですが、愛子は騙されているのではないかと洋平の不信感は募るばかりでした。
ある夜、洋平がテレビを見ていると八王子夫婦殺害事件の特集番組がやっていて、その犯人と田代が似ていた事から、愛子にそれを告げます。
愛子も洋平も田代が殺人犯ではないかと疑い始めます。
ー東京ー
優馬の母・貴子(原日出子)が入院するホスピスに直人を連れて行きました。
直人は貴子とも打ち解けて、優馬が昼間仕事でいない時も貴子に付き添う事になり、貴子が亡くなった時も直人が貴子の隣にいてくれたのです。
その頃、優馬の知人宅に連続して、空き巣が入る事件が起こります。
それから直人に対する不安は募り始めます。
翌日、優馬は直人を中目黒のカフェで若い女性と話している所を見かけ、その夜、問い詰めます。
「お前は根本的なところで、俺を裏切っているんじゃないのか?」
それきり直人は優馬の前から姿を消しました。
ー沖縄ー
土曜日のある日、泉は辰哉に誘われて那覇にきていました。
そこの商店街の路地で、無人島に居た田中を見つけ声をかけます。
それから3人は居酒屋に入り、すぐに泡盛で酔っ払ってしまった辰哉を余所に、2人で楽しく談笑していました。
田中と別れてから、辰哉はフラっと何処かへ居なくなってしまいます。
その後を追いかけるうちに、泉は米兵が集まる路地に迷い込んでしまい、米兵達に口を塞がれ、襲われてしまいます。
「ポリス!ポリース!」と何処からか叫び声が聞こえ、米兵達は逃げていきました。
震えながら木陰に隠れていた辰哉は無残な姿の泉の元へ行き、警察を呼ぼうとしますが、泉に止められます。
「警察に言わないで、誰にも言わないで」
それからというもの泉は心を塞ぎ、家に引きこもって過ごすようになり、辰哉もまたあの夜から自分を悔やみ、苦しんでいました。
辰哉の住む民宿で手伝いに来ていた田中に、襲われた相手が泉だという事伏せて相談します。
すると田中はこう答えます。「沖縄の味方にはなれないけど、お前の味方にだったら、いつだってなる」
辰哉は田中信じ、田中を頼ります。
田中はまめな時もありましたが、気分にムラがありました。
不機嫌な時は客の荷物にあたることもありました。
辰哉はそれを注意した時、田中は「考えても、自分ではどうしようもないことがある。」と言い出ます。
実は田中もあの夜、泉のことを見たのだと辰哉に言います。
2人と別れた後、米兵達に襲われる泉を自分も見て、警察を大声で呼ぶ事しか出来なかった、追いかけていったら軍の敷地内に逃げ込まれてしまった、と。
あの時、警察を大声で呼んだのは田中で、彼もあの夜から悩んでいたのでした。
ある日突然、田中が夜中に食堂で暴れて、民宿から逃走します。
ー東京ー
犯人は新潟市内の整形外科で二重まぶたにしたという情報が入ります。
その他には、右頰に並んだ3つの黒子が並んでいる事が特徴的。
優馬はそれを聞き、気が動転します。それは直人にも右頰に3つの黒子があったからでした。
そんな時に、警察から連絡があります。「大西直人さんをご存知ですか?」
優馬は知らないと答え、急いで直人の私物を処分します。
ー千葉ー
ある雨の降る日、愛子は傘もささず洋平の元へやってきます。
「警察に通報した」と愛子は泣きながら言います。
出勤前に田代のバッグに40万の大金を入れ逃走できるようにした後、電話をしました。「八王子の犯人じゃないならお昼までに帰ってきて」と愛子は伝えます。
そして田代は帰ってこなかったのでした。
映画『怒り』の感想と評価
愛した人を信じられなかった絶望的な哀しさと辛さと苦しさが心を震わせ、人を信じることの難しさを痛感させられます。
千葉編、東京編、沖縄編に加えて、警察の動向を見せる膨大の情報量であるのにも関わらず、全てのストーリーに「この人が犯人なのか?」という軸があり、そこで感じる登場人物の信用と不信といったような一貫したテーマがあるため、話がとてもわかりやすくなっています。
目紛しく変わるストーリー転換にも最後まで犯人がわからない展開にも、鑑賞者を惹き付ける作りになっています。
鑑賞後は友達同士で語り合いたいと思う衝動感 と高揚感は必ずあるでしょう。
特に直人が坂道で弁当の傾きを必死に直そうとするシーンは最高です。
あんな後ろ姿を見たら、優馬じゃなくても抱きしめてあげたくなります。
他にも数多くの良いシーンはありますが、ストーリー、展開もさることながら、要因を作っているのは何と言っても豪華俳優陣と彼らの熱演です。
他の子とは少し違う危うい存在の愛子を演じた宮崎あおい。
ゲイという設定に薄っぺらさを微塵も感じさせなかった妻夫木聡。
米兵に犯され心を失う泉を演じる広瀬すず。
目を背けたくなるようなシーンも全力で映しきった李相日監督の本気度とそれに答えた俳優陣たちにも感動しました。
素晴らしい作品だと思います。
まとめ
吉田修一と李相日が再びタッグを組み、日本アカデミー賞にもノミネートした本作。
信じることで裏切られたときの虚しさと怒り。疑うことで後悔をする感情。どれだけ愛する人もただ受け入れるのは難しいことだと知ります。
同性愛や沖縄基地問題、派遣雇用問題など、日本の政治的問題も織り込んでて非常に見応えある映画です。
高畑充希や池脇千鶴、佐久本宝などサブキャストの名演技にも注目です。
本作『怒り』は、李相日監督による人間描写の濃厚さ、また俳優陣の演技力合戦ということもあり、鑑賞には体力がいりますが、邦画サスペンスのヒューマン作品としておすすめな秀作です。