映画『ハニーボーイ』は2020年8月7日(金)よりロードショー。
人気子役からスター俳優への階段を駆け上がったのち、飲酒などのトラブルで世間を騒がせたシャイア・ラブーフ。
ラブーフが、そんな自分自身を見つめ直すために書き上げた脚本が、本作『ハニーボーイ』となりました。
ラブーフ自身が、彼のトラウマの元となった父親役を演じ、12歳のラブーフ役(映画内ではオーティスという名)をノア・ジュプが、22歳のオーティスをルーカス・ヘッジズがそれぞれ演じました。
ドキュメンタリーのような生の手触りと、劇映画ならではの幻想的な色彩と時空の超越が、深く余韻を残す珠玉の作品となっています。
映画『ハニーボーイ』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
HONEY BOY
【監督】
アルマ・ハレル
【脚本】
シャイア・ラブーフ
【キャスト】
ノア・ジュプ、ルーカス・ヘッジズ、シャイア・ラブーフ、ブライオン・バウワーズ、ローラ・サン・ジャコモ、FKAツイッグス
【日本語字幕翻訳】
栗原とみ子
【作品概要】
シャイア・ラブーフが、リハビリ施設で治療の一環として書き上げた自伝的脚本を、親友でありコラボレーターでもあるアルマ・ハレル監督が映像化。
ドキュメンタリー作品やコマーシャルなどを手掛けてきたアルマ・ハレル監督の長編劇映画監督デビュー作です。
サンダンス映画祭で審査員特別賞を受賞するほか、世界各国の映画祭・賞レースに多数ノミネートされました。
12歳のオーティス役は『クワイエット・プレイス』(2018)『フォードvsフェラーリ』(2019)のノア・ジュプが、22歳のオーティス役は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)『スリー・ビルボード』(2017)のルーカス・ヘッジズが演じています。
シャイア・ラブーフも脚本だけでなく、オーティスの父親・ジェームズ役で出演しました。
映画『ハニーボーイ』のあらすじ
2005年。22歳のオーティスは、ハリウッドで活躍中の俳優でしたが、私生活はアルコールに溺れ荒んでいました。
泥酔状態で車を運転し事故を起こしてしまったオーティスは、リハビリ施設に入ることに。
そこでカウンセラーに、オーティスの中にある怒りと悲しみの原因となっているのは、PTSDではないかと診断されます。
治療やカウンセリングに反抗的なオーティスでしたが、過去に思いを巡らせ、ノートに綴るようになりました。
書き連ねたのは、自分に「痛み」しか与えてくれなかった父・ジェームズのこと。
時は遡り1995年、オーティスは12歳。売り出し中の子役としてテレビドラマなどに出演しています。
父親のジェームズは無職で前科持ち。オーティスのマネージャーとして撮影現場に付き添っていましたが、激しい気性のジェームズが現場の空気を険悪にしたり、現場に現れず、オーティスをひとりにさせることもありました。
父子が住むのは郊外の寂れたモーテル。向かいには移民の一家が住んでおり、一家の娘のシャイ・ガールはいつも気怠そうに家の前の椅子に座っています。
ジェームズは帰宅後も、夜中までオーティスに演技や芸事の練習をさせ、うまくできないと声を荒げ機嫌を損ねることもしばしば。
そんなジェームズでしたが、アルコール依存症のグループセラピーに通って断酒を続け、なんとか衝動を自制したいと彼なりに努力していました。
映画『ハニーボーイ』の感想と評価
子役と呼ばれる年若い俳優たちと仕事をした経験があります。
その誰もがもの静かで、きちんと挨拶ができ、大人の言うことを聞ける、いい子たちでした。
どんなに待つ時間が長くても、文句を言わず、付き添った親やマネージャーのそばでじっと座っていました。
プロとしての根性を感じ尊敬の念を抱くと同時に、自由を奪われた彼らの数時間のことを考えてしまったのも確か。
それは他者である大人が勝手に感じたことで、彼らにとっては心地の良い時間だったのかもしれませんが、本当のことはわからないままです。
本作『ハニーボーイ』を鑑賞したら、そんなことを思い出しました。
本作は、22歳のオーティスが、治療の一環として、子役時代の自分と父との記憶を掘り起こすことで進んでいきます。
役者として成功しながらも、問題行動が多かったオーティス。PTSDが原因だろうと医師は話します。
PTSD(PostTraumatic Stress Disorder)とは、強いストレスやショックがトラウマとなり、当時と同じ恐怖を何度も感じてしまう障がいのこと。
その恐怖から逃れようと、オーティスはアルコールに溺れました。
父から受けた暴言や暴力が幼いオーティスを傷つけ、大人になっても心は12歳のまま、置き去りにされていたのでした。
また、父・ジェームズは父親としても大人としても未成熟ゆえ、オーティスを傷つけてばかりですが、決して望んで行っているわけではなく、彼自身も苦しんでいます。
手を繋ぐのも拒否するジェームズ。オーティスにとって父との温かな記憶は、仕事帰りのバイク。運転するジェームズに固く抱きつきながら目を閉じるオーティスの孤独に胸が締め付けられます。
様々な役を演じ続け、自分を見失ってしまったオーティスと、自身のコンプレックスに囚われもがき続けているジェームズ。
真っ直ぐな愛を与えられたことのないふたりにとって、親子として穏やかに触れ合えるわずかなひとときでした。
3人の「シャイア・ラブーフ」
ハリウッド大作で主演を務め、華々しい経歴を持ちながらも、さまざまなトラブルがついて回ったシャイア・ラブーフ。彼がアルコール依存症のリハビリ施設で、治療の一環として書き上げた自伝的脚本を映画化したのが本作です。
そういった背景もあり、本作は現実とフィクションドラマの狭間を鮮やかに行き来します。
シャイア・ラブーフは当初、大人になったオーティスを演じるつもりだったそう。その案にアルマ・ハレル監督が反対し、ラブーフを父親役にキャスティング。
それが功を奏し、精神的に未熟なジェームズというキャラクターが、ラブーフの実感と重なったことで、奥に秘められた繊細さと葛藤が説明せずとも浮き彫りになりました。
ドキュメンタリーを制作してきたアルマ・ハレル監督は、本作でも極力不要な説明を排除し、キャストの生きたやりとりから生まれる化学反応を慈しみ、真に迫ったドラマを作り出しました。
音楽やセリフで説明するのではなく、そこに流れた空気を捉え、物語として紡ぐ手腕に惹き込まれました。
また、容姿としては全く似ていない、シャイア・ラブーフ、ノア・ジュプ、ルーカス・ヘッジズですが、見ているうちに違和感がなくなっていきます。
それは、ノア・ジュプとルーカス・ヘッジズが役の本質を理解しているからでしょう。苛立った時の荒い呼吸、涙を堪えながらも訴える時の激情。
そのどれもが「オーティス=シャイア・ラブーフ」を、愛に飢え、愛を求める少年として成立させました。
本作は、シャイア・ラブーフの極めて個人的な話から始まっているものの、それをも映画作りの糧とした、奇跡のようなきらめきに満ちています。
まとめ
本作の製作をきっかけに、疎遠だった父親と実際に会って話す機会を得たというシャイア・ラブーフ。彼ら親子のこれからの時間が、どうか穏やかで温かくあるよう、祈らずにはいられません。
自身をさらけ出して過去と向き合ったシャイア・ラブーフと、彼と「痛み」を分かち合い、芸術作品として昇華させたアルマ・ハレル監督に敬意を表します。
また、『ネオン・デーモン』も手がけた撮影監督のナターシャ・ブライエによる、感情に呼応するライティングも見どころです。
明かりの変化、小さな物音、俳優たちの目線ひとつひとつから感じられる、ドラマの大きなうねりをぜひ劇場で感じてください。
映画『ハニーボーイ』は2020年8月7日(金)よりロードショーです。