ノルウェーの秘密警察がホロコーストに加担したノルウェー最大の罪を描く
ナチス侵攻の裏側でノルウェーの秘密警察がユダヤ人をベルグ収容所で強制労働をさせ、アウシュヴィッツ行きのドナウ号に強制収容させた事実をもとにユダヤ人家族に訪れる悲劇を描きます。
1942年ノルウェー秘密警察により多くのユダヤ人がアウシュヴィッツの連行されたドナウ号事件から70年経った2012年1月、当時のノルウェーのストルテン・ベルグ首相は、ホロコーストにノルウェー警察や市民が加担していたことを認め政府として正式に謝罪しました。
ホロコーストにまつわる映画が数多く作られている中語られてこなかったノルウェー最大の罪をノルウェーのエイリーク・スベンソン監督が描きます。
映画『ホロコーストの罪人』の作品情報
【日本公開】
2021年(ノルウェー映画)
【原題】
Den storste forbrytelsen(英題:Betrayed)
【監督】
エイリーク・スベンソン
【脚本】
ハラール・ローセンローブ=エーグ、ラーシュ・ギュドゥメスタッド
【キャスト】
ヤーコブ・オフテブロ、シルエ・ストルスティン、ミカリス・コウトソグイアナキス、クリスティン・クヤトゥ・ソープ、シルエ・ストルスティン、ニコライ・クレーベ・ブロック、カール・マルティン・エッゲスボ、エイリフ・ハートウィグ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
【作品概要】
チャールズ・ブラウデを演じたのはノルウェーの俳優ヤーコブ・オフテブロ。『コン・ティキ』(2013)でオスカーにノミネートされ、『獣は月夜に夢を見る』(2016)、『トム・オブ・フィンランド』(2019)に出演するほか、待機作としてノオミ・ラパス主演『Black Crab』(2022)がある。
その他のキャストは『ソフィーの世界』(2000)のシルエ・ストルスティン、『ミレニアム』シリーズのミカリス・コウトソグイアナキスなど。
エイリーク・スベンソン監督は日本のアニメに憧れる少女を描いた映画『HARAJUKU』(2020)アマンダ賞で7部門にノミネートし、録音賞、音響効果賞の2部門を受賞し、トーキョーノーザンライツフェスティバル2020でも上映されました。
映画『ホロコーストの罪人』のあらすじ
ノルウェーを代表するボクサーのチャールズ・ブラウデ(ヤーコブ・オフテブロ)はスウェーデン代表選手と闘い見事勝利します。
勝利の祝杯をあげているチャールズと弟・ハリー(カール・マルティン・エッゲスボ)の元に兄のイサク(エイリフ・ハートウィグ)がやってきます。
ユダヤ人であり、ユダヤ教を信仰しているブラウデ一家にとって今日は大事な安息日の日だからです。
帰ってきた息子たちに対し、母のサラは怒りを露にし、自分のことばかりだと指摘するも、チャールズが祈りの言葉を唱えると穏やかな表情になりました。
夕食後チャールズは結婚を考えている恋人がいることをサラに告げます。しかし恋人のラグンヒルはユダヤ人ではありません。そのことに複雑な表情をしたサラでしたが、「あなたが幸せならいい」と言います。
翌日、父ベンツェル(ミカリス・コウトソグイアナキス)が経営するソーセージ店にラグンヒルがやってきます。店の中でチャールズはラグンヒルにプロポーズします。盛大な結婚式をあげ、ラグンヒルとチャールズの新婚生活が始まりました。
幸せな日々は長く続かず、1940年4月9日、ナチス・ドイツがオスロへと侵攻してきます。ノルウェーはナチス・ドイツの統制下となります。
危険を感じた姉のヘレーン(シルエ・ストルスティン)はスウェーデンに逃亡することに。一緒に行くよう両親に説得するも、両親はノルウェーに残ることを決めました。
チャールズが通うボクシングジムは閉鎖を命じられ、ブラウデ家にはユダヤ人であることを証明する調査票が届きます。ユダヤ人ではなく、自分はノルウェー人であるとチャールズは主張し、ベンツェルと口論になります。
劇場で俳優をしているハリーもユダヤ人だとバレたら追い出されると書類を書くことに難色を示すも、説き伏せられ警察署に調査票を提出しにいきます。警察署に提出すると身分証にユダヤ人(JEWS)であることの証明にJのハンコが押されました。
1942年突如チャールズの家に警察が押しかけ、理由も告げずにチャールズを逮捕すると言います。連行され車に乗ると、車の中には父と兄弟の姿が。強制的に連れてこられたのはベルグ収容所でした。
映画『ホロコーストの罪人』の感想と評価
ノルウェーの戦争映画では、ナチス占領下の中抵抗を続けたレジスタンスのリーダー、マックス・マヌスを描いた映画『ナチスが最も恐れた男』(2011)や、ナチスの侵攻に対し抵抗したノルウェー国王ホーコン7世を描いた映画『ヒトラーに屈しなかった国王』(2017)など“英雄”を描くう映画が多く作られていました。
ブラウデ一家について描かれたマルテ・ミシュレのノンフィクション・ノベルを元に作られた本作では、ナチスのユダヤ人強制収容にノルウェーの国家警察や市民など“一般的な人”が加担した“最大の罪”を描いています。
本作においてナチスは殆ど登場することはなく、ユダヤ人を密告したのも、強制連行し、収容所で強制労働をさせたのはノルウェーの国民でした。
秘密国家警察によってノルウェーのユダヤ人を“ドナウ号”に送ることになった朝、ロッドに秘書が「やっと追い出せる」と言う場面があります。それは当時のノルウェー人の本音だったのでしょうか。ベンツェルの経営していたソーセージ店書かれたユダヤ、閉店の文字は市民による落書きかもしれません。
チャールズを演じたヤーコブ・オフテブロは、ノルウェーの国民がユダヤ人迫害に加担していたという事実を知り、そう簡単には受け入れられなかったといいます。
監督を務めたエイリーク・スベンソンはこの事実を全く知らず、知った時は映画化せずに何を撮るのかと思うほどの使命感に駆られたそうです。ヤーコブ・オフテブロもこの役を演じることに対する責任と使命感を感じたといいます。
第二次世界大戦の負の遺産を過去のこととするのではなく、今一度見つめ直し向き合うこと、語り継いでいくことの重要性を今一度考えさせられます。今なお残る人種差別や偏見は私たち日本人にとっても無関係ではないのです。
まとめ
ナチス・ドイツ占領下のノルウェー。ユダヤ人の強制連行にノルウェーの警察や隣人などの“一般市民の人々”が加担していたノルウェー最大の罪を描く映画『ホロコーストの罪人』。
衝撃の事実を見つめ直すことで、過去の負の遺産を風化させず語り継いでいこうとする作り手の使命感が伝わってきます。
しかし、戦時中のユダヤ人迫害問題に関しては長らくナチス・ドイツによるものとされ、国民の意識になかったことが伺えます。
80年代以降徐々にユダヤ人の生存者が声をあげ始めて世に知られることになりました。その後、ノルウェーが政府として正式に謝罪したのは2012年になってからです。その頃には生存者の多くは亡くなっています。
多くの犠牲者がいたにも関わらずユダヤ人迫害が問題視されていなかったこと自体もこの問題に対する根深さ、今もなお残る問題を感じさせます。
他国の歴史から私たち日本人も過去の歴史を見つめ直す必要性を問われているのではないでしょうか。