虐げられた少年と少女の「希望」の物語……。
『愛のむきだし』(2009)、『冷たい熱帯魚』(2010)の園子温監督が、古谷実の人気同名漫画を実写映画化した『ヒミズ』。
ある事件により運命を狂わされ希望を失った少年と、愛を求める少女の痛烈な青春物語です。
主演の染谷将太と二階堂ふみは本作で、ヴェネチア国際映画祭で最優秀新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞をダブル受賞しました。
両親から虐待を受けて育った子供たちが、明るい未来を信じて必死に生きる姿を描く衝撃作の魅力をご紹介します。
映画『ヒミズ』の作品情報
【公開】
2012年(日本映画)
【原作】
古谷実
【監督・脚本】
園子温
【編集】
伊藤潤一
【キャスト】
染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、光石研、吹越満、神楽坂恵、渡辺真起子、黒沢あすか、でんでん、村上淳、吉高由里子、窪塚洋介、西島隆弘、鈴木杏
【作品概要】
『愛のむきだし』(2009)、『冷たい熱帯魚』(2010)の園子温監督が、『行け!稲中卓球部』で知られる古谷実が若者の暗部を描き出した同名漫画を実写映画化。ある事件をきっかけに絶望と狂気のなかへ堕ちていく少年と、彼を光の中へと導こうとする少女の姿が描かれます。
主演は『バクマン。』(2015)の染谷将太と『翔んで埼玉』(2019)の二階堂ふみ。二人は本作により、ヴェネチア国際映画祭で最優秀新人俳優賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞をダブル受賞しました。
渡辺哲、光石研、吹越満、でんでん、村上淳、窪塚洋介、吉高由里子、西島隆弘、鈴木杏ら豪華キャストも共演。
映画『ヒミズ』のあらすじとネタバレ
中学生の住田祐一(染谷将太)は母(渡辺真起子)と貸しボート屋を営んでおり、近くに住むホームレスたちを住まわせてやり親しくしていました。彼らは震災で多くのものを失くした人たちでした。
そんな普通とは違う魅力を持つ祐一を、同じクラスの茶沢景子(二階堂ふみ)はずっと見つめ続けていました。彼の言葉に心酔する彼女は、語録を集めて壁に貼っています。
祐一は自身の不遇な現実を理解しながらも、平凡な生活を送ることを夢見ていました。
ある日、蒸発していた父(光石研)が帰ってきて祐一を殴りつけます。父は息子を虐待し続け、保険金ほしさに息子の死を願っていました。
学校の帰り道に大雨に降られてびしょ濡れになった景子は祐一の家に寄り、着替えを借ります。
祐一は、母親が男(モト冬樹)と帰宅したのを見て慌てて景子を追い帰そうとしますが、わけのわからないゲームを仕掛けて、ビンタしてくる彼女と殴り合いのケンカになりました。
ある日、母は少しの金を祐一に残し、男と駆け落ちしました。稼がねばならなくなった彼は学校にも行けなくなり、心配した景子がやってきました。景子もまた、自身の母(黒沢あすか)からひどい虐待を受けていました。
一人残された祐一を心配したホームレスの夜野(渡辺哲)は、街でみかけたスリ師のテル彦(窪塚洋介)に教えを乞いますが、逆に彼から1千万円儲ける話をもちかけられます。
そんな中、祐一の父親に600万円の金を借した暴力団が自宅にきて、祐一に暴力をふるいます。
たまりかねて夜野は600万円分殴ってくれと身を投げ出しますが、ローン会社の社長・金子(でんでん)はお前がなんとかしろと言って立ち去りました。
ふたたびテル彦のもとを訪れた夜野は、さっそくその晩彼と盗みに入ることになります。
押し入った部屋には大金と死体がありました。思いがけず帰ってきた家主と乱闘になり、テル彦は思わず相手を殺してしまいます。二人は死体を運び出して森に埋めました。
「秘密を守れ」と言ってスコップで殴りかかってきたテル彦を夜野は殴りつけ、600万円を奪って逃げだします。
映画『ヒミズ』の感想と評価
無垢で激しい祐一と景子の恋
本作『ヒミズ』は、親からの虐待に苦しむ中学生の少年と少女の無垢で激しい恋を描く衝撃作です。
主人公の祐一は「“ヒミズ”になりたい」と思っています。ヒミズというのは「モグラ」のことを指す言葉です。
彼の暴力的な父は息子を虐待する上に借金だらけのひどい男で、母もまた恋人と出奔してしまうような自分勝手な女でした。普通に暮らしたいという夢を持つ祐一でしたが、彼がまったく「普通ではない」と気づいたクラスメイトの少女・景子は、彼に心酔し、後を追いかけまわします。
景子はかなり風変わりで無茶苦茶なところがありますが、恐ろしくピュアな魂を持った少女です。彼女もまた、両親からひどい虐待を受けていました。
憎き父を勢いで殺してしまったショックで、悪人を殺すことで世の役に立とうというねじ曲がった方向に意識が向かってしまう祐一。精神が未成熟で哀れな少年の姿が浮き彫りになります。
景子は破滅に向かってまっしぐらに突っ走ろうとする祐一を引き留め、自首して罪を償って、その後の未来を共に生きようと必死で語りかけました。
自身もひどい虐待を受けている景子が運命を恨んで自暴自棄になることなく、明るい未来にたどり着くために祐一を必死で引き寄せようとする姿に胸が熱くなります。
辛い目に遭う毎日の中で、この子はいったいどうやってこんなにも美しい心を育んだのでしょうか。「汚泥の中に生きているからこそ、絶対に美しい世界に行くのだ」という強い思いが彼女を支えていたのでしょうか。
「明るい場所に、必ず祐一も一緒に連れていくのだ」という強く思いがあったことは間違いありません。
ギリギリまで死の淵に近づきながらも、その暗闇から無事にこの世に戻り、朝の光の中を自身を鼓舞しながら警察に向かって走っていく祐一と、その隣を走る景子。ふたりの明るい未来を予想させ、心が救われるエンディングとなっています。
祐一に未来を託す傷ついた大人たち
サビれたボート小屋を中学生ながら営むこととなった祐一は、ホームレスたちを水辺に住まわせてやっていました。この中のひとりの老人・夜野は、置いてくれた祐一に心から感謝し、踏みにじられ続けてきた少年が持つ輝ける未来への可能性を信じて力になろうとします。
夜野は、震災ですべてを失ってここに流れ着いた男でした。
祐一が暴力団から父親の借金の取り立てを受けたのを見た夜野は、思いも寄らない大きな犯罪に加担して恐怖に震えながらも大金を手にし、肩代わりしてやります。「自分は一度は震災で死んだ身だ」と語る夜野の捨て身の姿に、喪失の悲しみの深さと、だからこそ祐一の未来にすべてを託さずにいられなかった強い思いが伝わってきます。
ほかのホームレスたちもまた、自分たちにねぐらを与えてくれた祐一に愛情を持っていました。
祐一が父を殺してしまった晩、彼らは決してテントから出ることなく、何も聞かなかったことにします。関わることを恐れたのも理由の一つではありますが、虐待に耐えかねた祐一の思いを理解していた彼らは、知らないふりをすることで彼を守ろうとしたのです。
しかし最後、まっとうな方法で祐一を守ろうとする景子にすべてを託し、ホームレスたちは祐一が自首する前日に明るく別れを告げて去っていきます。
もうひとり、祐一に大きく関わる大人が登場します。徘徊していた祐一に銃を渡した金貸しの金子です。
「自分がいつ殺されてもおかしくない人間だ」という自覚があった彼は、祐一に引導を渡してほしかったのでしょうか。それとも恐ろしい凶器を渡すことで、人を殺すことの恐ろしさを実感させようとしたのでしょうか。あるいは、死にたがっていた祐一に確実に自殺できる方法を与えてやりたかったのでしょうか。その本心はわかりません。
しかし、結果として祐一は銃を天に向かって撃ち、「それまでの自分」を殺し終えたかのように心の整理をつけ、生の世界へと戻ってきます。
それは、金子の歪んだ人情が導いた結果のように思えてなりません。
まとめ
胸痛むほど苦しい境遇にある少年と少女が、手を取り合って未来に向かって走っていく姿を鮮烈に描いた作品『ヒミズ』をご紹介しました。
虐待される子どもの姿に加えて震災被害者の苦しみが重ね合わせて描かれ、どうしようもないほどの悲しみに襲われる作品です。
これからも彼らが生きていくには困難が待ち受けていることは間違いなく、苦境から抜け出すことは簡単なことではないでしょう。
それでも、彼らが暗闇の中で見つけ出したのは確かな希望でした。
彼らがその光を手放すことは決してないでしょう。「幸せな未来を想像して」という景子の優しい声が、祐一を一生支え続けてくれるに違いありません。