その人は招かれざる客、けれど私の愛した、ただ一人のひと
今回ご紹介する映画『招かれざる客』は、1960年代のサンフランシスコが舞台です。黒人男性との結婚を承諾するよう両親に迫る娘に、白人の夫婦が半日で決断を迫られるという、人種差別問題をテーマにした映画です。
本作は1968年のアカデミー賞で10部門にノミネートされ、主演女優賞と脚本賞を受賞しました。また1937年と1938年のアカデミー賞で2年連続、主演男優賞を受賞した名優、スペンサー・トレイシーの遺作となりました。
サンフランシスコ空港に降り立った1組の若いカップルが、仲睦まじく到着ロビーを闊歩しています。しかし、2人に向けられた周囲の視線は好奇なものでした。
2人はそんな視線に気づかないほど堂々としています。なぜ、好奇な目で見られているのか・・・。男性は黒人で女性が白人のカップルだからです。
ハワイで知り合い意気投合した2人は、瞬く間に恋に落ちジョーイの熱烈な結婚願望で、彼女の両親がいるサンフランシスコに、“結婚の承諾”をもらうためにやってきたのですが・・・。
映画『招かれざる客』の作品情報
【公開】
1967年(アメリカ映画)
【原題】
Guess Who’s Coming to Dinner
【監督】
スタンリー・クレイマー
【脚本】
ウィリアム・ローズ
【キャスト】
スペンサー・トレイシー、シドニー・ポワチエ、キャサリン・ヘプバーン、キャサリン・ホートン、セシル・ケラウェイ、ビア・リチャーズ、ロイ・グレン、イザベル・サンフォード、バージニア・クリスティーン
【作品概要】
主演のスペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンは、『女性No.1』で初共演して以降、9作品で共演した名コンビです。
スペンサーには妻がいて宗教上の理由で離婚しませんでした。しかし、キャサリンとは20年以上、ロサンゼルスで一緒にすごした、事実上のパートナー同士でした。
本作はスペンサー・トレイシーにとって最後の主演作となり、本作の終盤で語られる妻への思いが、キャサリン・ヘプバーンへの本心と重なってみることができます。
実際にキャサリンはスペンサーを思い出して辛いと、本作の完成版は見ていないと言われています。
ジョーイ役のキャサリン・ホートンは、キャサリン・ヘプバーンの実の姪で、本作が映画デビュー作です。
映画『招かれざる客』のあらすじとネタバレ
ハワイからの飛行機がカリフォルニアに着陸し、到着ロビーに笑顔で会話を交わす1組の若いカップルが現れます。空港からタクシーに乗り込みサンフランシスコに向かいます。
そんな2人の様子を周囲の人たちは、怪訝そうに見つめていました。その理由は黒人男性と白人女性のカップルだったからです。
タクシーの運転手もバックミラーで後部座席の様子を見ると、2人は抱擁しキスをしていて、理解しがたいという表情をします。
2人は10日前にハワイで出会い恋に落ちました。出会ってまだ間もない2人でしたが、結婚を真剣に考えるほどになっています。
女性は23歳のジョーイ・ドレイトンで、男性の名前はジョン・ウェイド・プレンティスといい、医学に携わる仕事をしています。彼はニューヨークへ渡りその後、世界保健機関の仕事でジュネーブに行く予定でした。
しかし、ジョンと片時も離れたくないジョーイはすぐに結婚し、スイスで挙式したいと考え一緒についてきました。
その前に2人はジョーイの両親に結婚の承諾を得ようと、サンフランシスコを経由してやって来ました。ところがその日の晩には、飛行機に乗らなければなりません。
ジョーイは画商を営む母、クリスのオフィスへ向かいましたが商談で留守でした。秘書のヒラリーはジョンを見て、怪訝そうに愛想をふりまきます。
ジョンは直感的にヒラリーの本心を見抜きますが、ジョーイの調子に合わせ冷静かつ真摯な態度を貫きました。
どちらかというとジョンは慎重に考えていて、ジョーイの両親に会うことは時期尚早だと思っています。しかも、黒人と結婚するという話しには、慎重になるべきだと考えていました。
ところがジョーイは楽観的に考えています。なぜなら両親ともに人種差別のない、リベラル思想だからです。
特に父親は新聞社を経営しており、差別問題を訴え長く闘ってきた人物でした。ジョーイが結婚相手に黒人を紹介しても、すぐに承諾してくれると思っていました。
しかし、ジョーイの家に到着して早々、黒人女性の家政婦ティリーは同じ黒人でありながら、ジョンの訪問に不快感を示し、ジョーイの婚約者と知るなり不満をあらわにします。
ティリーは黒人には高学歴であることで、思い上がる人物が多いと言い、医者のジョンもそれと同類にしか見えないとジョーイに言います。
ジョンは書斎で両親に電話をし、自分の両親に結婚を前提にした“恋人”の存在を知らせます。但し、結婚には“問題”もあると言うだけで、相手が白人だということを伝えません。
やがて、ヒラリーからジョーイのことを聞いたクリスが帰宅します。ジョーイはジョンのことを冷静で物静かな紳士だと、目を輝かせながら絶賛します。
ジョンは結婚歴がありましたが、妻と子を事故で失っていました。ジョーイが彼の名前をクリスに教えると、書斎から出てきたジョンを見たクリスの反応は困惑しました。
気づかないジョーイはジョンが黒人であることを、“両親が気にするのでは・・・”と言いかけると、ジョンは咳払いし彼女はジョンを紹介します。
クリスは正直に「驚いた」と言います。ジョーイはジョンの両親に婚約者が“白人”と伝えたか聞きますが、電話では“驚く”から伝えていないと話します。
ジョーイは10日前にハワイ大学で講演をしたジョンと、学長宅のパーティーで会い意気投合し、恋に落ちたことを話します。
ジョーイは父マットの帰りが遅いか聞きます。マットは親友のライアン司教とゴルフへ出かける予定でした。彼女は父とは夕食の時に会えると安心します。
ジョンは夜にニューヨークへ発ち、そのあと国際保健機関の仕事で3カ月ジュネーブに行く予定で、ジョーイも来週スイスへ飛んで、現地で結婚をすると報告します。
そして、“肌の色”を気にするジョンに、両親なら大丈夫だと安心させるために、自宅に連れて来たと話します。
ジョンはジョーイに父には“ただの友達”と紹介するよう言いますが、彼女はどっちみち話すのだからと、意見が分かれました。
そこに父のマットが帰宅し、ティリーが“大変”だと騒ぎだします。ジョーイと“ドクター”プレンティスが来ていると伝えると、マットはケガ人か病人が出たのかと勘違いします。
ジョーイは予定を切り上げて、ジョンと一緒にハワイを出たと言います。マットは来た理由について開業するためか尋ねます。
ジョンは熱帯医学の研究でアフリカに数年いたと話し、興味を引きますが、マットはゴルフの約束があると、続きは夕食時にと言って中座しようとします。
ジョーイが“大事な話”もあると言うと、マットは3人の様子がおかしいことに気がつき、大事な話をするよう言いました。
ジョンはハワイでの出会いから悩みつつも、ジョーイを愛し結婚を考えていると伝えます。マットは黒人のジョンとの結婚話に言葉を失います。
マットはクリスに“反対”と言ったのか尋ねます。ジョーイは両親からの“反対”という言葉に、戸惑いながらどんなに偉い人が反対しようとも、別れるつもりはないと断言します。
マットは冷静に“考える余裕”があってもいいはずだと、妥当な意見を求めるなら、時間をくれるのが当然だとジョーイをたしなめました。
クリスはジョーイの結婚計画を話すとジョーイは、“反対”がなければすぐにでも結婚したいと告げます。
マットはゴルフのキャンセルをするため書斎に行き、秘書に“ジョン・プレンティス”について調査するよう指示しました。
クリスはジョンを優秀な人柄だと認め、ジョーイの意向を好意的に考えるようになりますが、マットは簡単には考えていません。
彼はジャーナリストとして差別問題と真っ向から挑み、ジョーイにも“有色人種”が白人に劣るとか、黒人と結婚するなとも言っていないと自覚があります。
書斎で2人が結論に悩んでいると、ジョンが部屋を訪ねて、真意を語りだします。ジョンはジョーイが肌の色で人を差別せず、“1人の人間”として接する人間性に深く惹かれたと語ります。
そして、ジョーイには内緒にしているが、2人からの承諾が得られなければ、結婚を諦めるつもりであると伝えました。
ジョーイへの愛は偽りはないが、結婚することで彼女と両親との関係に亀裂が生じ、彼女が傷ついてしまうことを恐れていました。
クリスはジョーイがジョンとの出会いで、今まで見せたこともない笑顔を見ながら、彼女が両親の教育通り、人を差別せずまっすぐな女性に育ったことを誇りに思うと話します。
それでもマットは将来、2人の間の子供のことを考えると、心配は拭いきれませんでした。
映画『招かれざる客』の感想と評価
映画『招かれざる客』は人種の差を乗り越えて愛し合った若いカップルと、白人の両親が娘に抱く困惑と葛藤を描いた社会派ドラマでした。
いまだに根絶したとはいえない“人種差別問題”ですが、公開された1967年にはアメリカの都市で、黒人たちの暴動が起きていました。
新聞社を経営しリベラリストを自負していたマットは、“差別反対”といいながらも、いざ当事者となったことで、戸惑い悩んだ姿が現在にも通じると感じます。
作品概要でも記した通り、本作はスペンサー・トレイシーの遺作となった作品で、パートナーのキャサリン・ヘプバーンにとって、観ると辛くなるほど、互いの気持ちが込められた映画でした。
観賞前にこの情報がなくても、2人の間にある深い愛情のようなものが伝わり、演技とは思えない絆も感じました。
キャサリンはスペンサーを「男が男だった時代の人だった」「アメリカで理想の男性といえばスペンサー」と語りった通り、本作のマット役も演技の枠から彼の人間性がにじみ出ていたと感じました。
そして、キャサリン・ヘプバーン自身も“差別”には、強い反発を抱いていました。男女の性差別的な側面のある作品には、意見が対立したという逸話もあります。
映画黄金期の売れっ子スターででありながら、スカートよりもパンツルックを好み、自分の意思をファッション面から貫いた、先進的な女性です。
作中、マットは「急激には変わらない」といいましたが、1960年代半ばは、アフリカ系アメリカ人の急進的黒人解放運動が盛んな時代でした。
キング牧師やマルコムXなどの先導で、黒人アメリカ人に公民権が得られ、徐々に差別的なルールも撤廃されて行きます。
しかしその運動もキング牧師とマルコムXが暗殺される前までで、変動している時代に、人種を越えて結婚することは、“正気の沙汰”ではなかったのです。
ラストシーンにあった白人と黒人が同じテーブルにつくことは、キング牧師の語った“夢”でもありました。
まとめ
今でも“LGBTQ”や“経済格差”からも差別は生まれています。“うちの子にかぎって”という青天の霹靂のような事態に、心の葛藤を強いられる親がいることは昔も今も変わりません。
ジョーイとジョンのようなカップルがいるのは当たり前の時代になりましたが、愚かしい人間は次の“ターゲット”を作り、差別したり蔑むことで、優位に立ちたがります。
映画『招かれざる客』は後に『ゲス・フー/招かれざる恋人』(2005)でリメイクされ、大ヒットホラー映画『ゲット・アウト』(2017)は、本作が元ネタではないかとも言われています。
映画『ゲット・アウト』は『招かれざる客』のような理想論ではなく、現実的な差別の姿をホラー仕立てにしたのかもしれません。