トー横キッズの《現実(リアル)》を描く衝撃作
『炎上』は、『ウィーアーリトルゾンビーズ』(2019)の長久允監督が、新宿・歌舞伎町を舞台に少女が起こした“炎上”事件を描いたヒューマンドラマ。5年間温め、取材を重ねて製作しました。
主演は『国宝』(2025)の森七菜。アオイヤマダ、一ノ瀬ワタル、曽田陵介らが共演します。
宗教二世に生まれて虐待の果てに、歌舞伎町に逃げ込んだ少女・樹里恵。楽園のように思えていたはずが、いつしかその思いはドス黒いものへと変わっていきました。
トー横キッズのリアルを描く衝撃作の魅力をご紹介します。
映画『炎上』の作品情報

(C)2026「炎上」製作委員会
【公開】
2026年(日本映画)
【監督・脚本】
長久允
【編集】
曽根俊一
【キャスト】
森七菜、アオイヤマダ、曽田陵介、古館寬治、松崎ナオ、新津ちせ、森かなた、髙橋芽以、高村月、きばほのか、月街えい、川上さわ、ユシャ、みおしめじ、広田レオナ、一ノ瀬ワタル
【作品概要】
第33回サンダンス映画祭ショートフィルム部門でグランプリを受賞した短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』(2017)に加え、⻑編映画デビュー作『ウィーアーリトルゾンビーズ』(2019)が第35回サンダンス映画祭で日本映画としては初の審査員特別賞「オリジナリティ賞」を獲得した長久允監督が、実際に歌舞伎町でロケも敢行し、街のありのままの姿とそこに生きる若者たちを描いた作品です。
主人公・樹里恵を『国宝』(2025)の森七菜が演じます。
『PERFECT DAYS』(2024)のアオイヤマダ、『交換ウソ日記』(2023)の曽田陵介、Netflixドラマ『サンクチュアリ 聖域』の一ノ瀬ワタルが共演。
映画『炎上』のあらすじとネタバレ

(C)2026「炎上」製作委員会
カルト宗教の信者の家に生まれ、妹とともに厳しく教育されて育った小林樹里恵は、毎日やってくるつらい日々が消えるよう、そして教育熱心な父がいなくなるよう《神様》にお願いをしてきました。
数年後に姉妹の願いは叶い、父は亡くなりましたが、母から教育を受け続ける現実は変わらず、耐えきれなくなった樹里恵は妹を残して家を飛び出します。
SNSに届いたメッセージを頼りに、若者たちがたむろする歌舞伎町の広場にたどり着いた樹里恵は、そこで「じゅじゅ」という名前と寝る場所、食べ物、スマホ、仕事をもらいました。
初めて知る世界でさまざまな人たちとの出会いを経て、ようやく自分の意思を持つことができるようになった彼女は、母のもとに置いてきた妹を連れ出して一緒に暮らすという夢を抱きます。
映画『炎上』の感想と評価

(C)2026「炎上」製作委員会
傷ついた少年少女のリアルな姿
傷つき果て歌舞伎町に流れ着いた少女・樹里恵が、絶望して歌舞伎町に放火するまでの150日間を描く衝撃的なドラマです。
カルト信者の両親に鞭で殴られて痣で真っ青になった樹里恵の背中。心にも大きな傷を持つ彼女は、ひどい吃音をもっています。
SNSを頼って歌舞伎町のトー横キッズのグループに迎えられた彼女は、生まれて初めて幸せを感じます。そこには、彼女と同じように傷ついた少年少女たちが暮らしていました。
観ていて胸が苦しくなるほど、傷ついた子供たちが映し出されます。
眼帯をしていつも歯磨きしているOra、どこでもおしっこしてしまうハク、レイプされるのがイヤで坊主頭にしている鳥ちゃん、そして、無数のリストカットの跡があることから《リス》と呼ばれている少年。
その誰もが、いつ死んでもおかしくないほどの大きな精神的な闇を抱えていました。
彼らは、長久允監督が実際に歌舞伎町で出会ったトー横キッズそのものに違いありません。あまりのリアルさに圧倒されることでしょう。
飛び降り自殺を防ぐために、住居の窓は少ししか開きません。それなのに、すり抜けるようにしてリスが飛び降りて死んでしまいます。
彼が死の直前にかけてきた電話に出られなかった樹里恵は、自らを責め続けます。ここが彼女の人生の大きな分岐点となりました。
グループの守り神であるはずのKAMIくんが、リスにクスリの売人をやらせていたことを樹里恵は知っています。リスが死んだのはクスリをやっていたせいだと冷たく言うKAMIくんを、樹里恵は以前と同じように信じることができなくなりました。
なんの見返りもなしに子供を助けてくれる大人などいないことを、樹里恵もほかの子供たちも本当はわかっていたはずです。
それでも居場所のない彼らは、偽物とわかっていても身を寄せるしかありません。そしてある時突然、現実に直面し絶望して命を断ってしまうのではないでしょうか。
楽園と思っていた場所が地獄だと気づいた樹里恵は、絶望して歌舞伎町に火を放ちます。
その絶望はもしかしたら樹里恵のものだけではなく、三ツ葉やリスを初めとする仲間全員のものだったのかもしれず、抱えきれない巨大な虚無に樹里恵は襲われたのだと思わずにはいられないのです。
樹里恵と三ツ葉の悲しい友情

(C)2026「炎上」製作委員会
樹里恵にとって、一時施設で出会った三ツ葉は、生涯初めての親友でした。三ツ葉は子供の頃に害獣向けの罠に足を挟まれ、普通に歩くことができません。彼女はその時から、世の中のすべてを恨むようになりました。
三ツ葉を好きになった樹里恵は、彼女から大きな影響を受けます。三ツ葉は自分に出会う人を次々に不幸にしていくのだと公言していましたが、それでも樹里恵の三ツ葉への思いは変わりませんでした。
やがて三ツ葉は樹里恵を援助交際に誘い、一緒に金を稼ぐよう仕向けます。彼女たちが生活費を稼ぐにはそれしかないからです。
初めて客をとる樹里恵に、ベートーヴェンを思い浮かべていればいいよと耳元でささやく三ツ葉。
施設をはじめ、さまざまな場所でベートーヴェンの曲をかけることで子供が更生すると思い込んでいる大人たちを、三ツ葉はバカにしていました。樹里恵は彼女の言う通り、ベートーヴェンの音楽を脳内に鳴らしながら心を無にして、苦痛の時をやり過ごします。
両親からは虐待され、歌舞伎町では見知らぬ男たちに搾取される少女たち。ホストに入れ込んだ三ツ葉は、苦しみながら自力で堕胎をした末に、あっけなく捨てられます。
一方の樹里恵は、心身を削って必死で稼いだ金を何者かにすべて奪われてしまいました。彼女は三ツ葉が裏切ったと思い込み、一心不乱に親友を殴り続けます。まるで憎き父が乗り移ったかのように。
世間知らずの哀れな樹里恵は、大金を貯めていることがKAMIくんら仲間たちに知れ渡っていることにまったく気づきませんでした。
直情的な樹里恵はまっすぐに三ツ葉を愛し、裏切られたと思い込んだ後は迷わず精一杯憎んだのでしょう。
気が強いはずの三ツ葉は、堕胎の後で心身ともに弱っていたこともあり、まったく抵抗しませんでした。樹里恵の手を借りて自殺したように思えてなりません。
命を奪うまで殴り続けた樹里恵の狂気は、三ツ葉への愛ゆえだったと言えるでしょう。やがてその狂気は、そのまま歌舞伎町へと向かい、放火という大罪を引き起こします。
もしも、樹里恵と三ツ葉がごく平凡な少女として出会えていたなら……そう想像すると、どうにもやりきれない思いでいっぱいになります。
まとめ

(C)2026「炎上」製作委員会
虐待の果てに歌舞伎町に流れ着いた少女の、歓喜と苦悩、そして絶望に至るまでをリアルに映し出す『炎上』。
森七菜が、主人公・樹里恵のあどけない表情から虚無に陥った姿まで演じ分け、観る者を圧倒します。
最近では「炎上」という言葉は、SNS上でトラブルを起こした場合を指すのがほとんどですが、樹里恵は実際に火を放ち、街と人を燃やしてしまいます。
すべてを消し去ってしまいたい。その願いを抑えきれない幼く激しい感情。負の連鎖が続く重い展開を、ポップな色合いで緩和させて綴る長久允監督の手腕は見事です。
樹里恵のうつろに澄んだ瞳が、観終えた後も脳裏に焼き付いて消えません。



































