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Entry 2023/12/02
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物体 妻が哲学ゾンビになった|あらすじ感想と評価考察。伊刀嘉紘監督が構想10年で作り上げた”生きた世界観”

  • Writer :
  • 糸魚川悟

映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』は2023年12月9日(土)~12月22日(金)連日20:50~/池袋シネマ・ロサにて劇場公開!

毎年秋に開催される映画祭「TAMA CINEMA FORUM」内のプログラム「TAMA NEW WAVE」で過去にグランプリを受賞した監督・伊刀嘉紘。

中編作品を多く手がけ、国内外から高い評価を受けてきた伊刀監督が、構想10年を経て完成させたオリジナル長編映画がついに劇場公開を迎えます。

今回は今まで多くの作品を生み出してきた「ゾンビ映画」というジャンルの中でも特に異質な『物体 妻が哲学ゾンビになった』(2023)の魅力をご紹介させていただきます。

映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』の作品情報


(C)2023 金青黒 -sabikuro-

【日本公開】
2023年(日本映画)

【監督・脚本・製作】
伊刀嘉紘

【キャスト】
管勇毅、門田麻衣子、竹中凌平、藤崎卓也、川瀬陽太、比嘉梨乃、渡部遼介、山田浩、川連廣明、金原泰成、埜本佳菜美、小磯勝弥、井波知子、高越昭紀、川野弘毅、赤山健太、沖田裕樹、鈴木広志、東涼太、土屋吉弘、田中庸介、井手永孝介、青木俊範、しままなぶ、橋本晶子、谷村好-、大谷亮介

【作品概要】
実行委員会と一般審査員の投票でグランプリを決定する中・長編映画コンペティション「TAMA NEW WAVE」にて中編『笑う胃袋』(2000)でグランプリを受賞した伊刀嘉紘による、初の長編映画。

映画『ファーストラヴ』(2021)で物語の重要な人物となる主人公の父親を演じ、ドラマ『VIVANT』にも出演した管勇毅が本作の主人公・悟役を務めました。

映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』のあらすじ


(C)2023 金青黒 -sabikuro-

夫婦で不法投棄の不燃物を漁る悟(管勇毅)と亜居(門田麻衣子)。廃材からオーダーメイド玩具を作りながら、ふたり慎ましく暮らしていました。

そんなある日、意図せず持ち帰った昆虫から未知の寄生体が妻の頭蓋内に侵入。脳を蚕食され、妻はすこしずつ壊れていく……。

じわじわと感染を拡げつつあるこの奇妙な寄生体疾患において、感染者同士は属性を共有しあうという特性がありました。あろうことか、亜居は連続殺人鬼(竹中凌平)の属性を継承してしまいます。

感染から1ヶ月経ち、すべての脳細胞が失われ、自我意識を喪失した亜居は完全なる《哲学ゾンビ》となりました。

改正脳死法に従い、人権を喪失した亜居は一種の危険生物と見なされ、「殺処分」の宣告が下されてしまい……。

映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』の感想と評価


(C)2023 金青黒 -sabikuro-

「哲学的ゾンビ」と「哲学ゾンビ」の違いは?

本作の重要な設定として登場する「哲学ゾンビ」は、オーストラリアの哲学者デイヴィッド・チャーマーズが用いたことで知られる思考実験「哲学的ゾンビ」に由来しています。

物理的に観測可能なあらゆる条件下において、普通の人間と変わらないものの「クオリア(感覚質:何かを体験した時に生じる喜怒哀楽を含む主観的感覚)」が欠如している人間を「哲学的ゾンビ」と呼び、チャーマーズはこの「哲学的ゾンビ」を用いた思考実験で論証を展開していました。

本作に登場する「哲学ゾンビ」は、「対話しても普通の人間と区別がつかない」という定義から逸れるため「哲学的ゾンビ」と全くのイコールではないものの、「クオリアを持たない人間を人間と呼ぶのか」という哲学的メッセージを展開する上での設定として強く機能しています。

また映画作中では「生物」を「子どもを産み繁殖することができる存在」と定義しようとする人物が登場しますが、妊娠の難しい妻を持つ主人公は「不妊症の夫婦は生物ではないのか」と切れ味の鋭い答えを返します。

このような会話だけでなく、誰でも発症する可能性のある「認知症」に似た症状を持つ「哲学ゾンビ」を「ゾンビ」と蔑称する皮肉も含め、本作は出生率の低下や高齢化社会といった問題が深刻化する現代社会を正面から描いた作品となっていました。

ゾンビ映画としての異質さが生む面白さ


(C)2023 金青黒 -sabikuro-

本作に登場する「哲学ゾンビ」は、ゾンビ映画史においては王道の設定でもある「『噛みつかれる』などの接触感染により、感染者である人間が新たにゾンビへと変貌する」がほぼ起こり得ないという異質なゾンビです。

そんなゾンビ映画史では珍しいタイプである「哲学ゾンビ」ですが、実は映画史初のゾンビ映画とされる『恐怖城』(1932)で登場するゾンビは、人を襲う姿も感染させる姿も描かれていないことは意外と知られていません。

「ゾンビ・パウダー」と呼ばれる毒物を用いて前頭葉に障害を与え「自発的意思のない人間」を作り出す密教の秘術こそが、空想上の「生ける屍・ゾンビ」の由来とされています。それらをふまえると、本作の噛みつきも人に感染もさせない「哲学ゾンビ」が登場する本作は、はゾンビの起源に回帰した映画ともいえます。

そして哲学ゾンビの設定は、単に「異質」や「哲学的なメッセージ」といった要素に留まることはなく、映画としての面白さにつながっていました

たとえば人間を哲学ゾンビへと変えてしまう原因である寄生体は「寄生した対象を学習し模倣する」という性質があるため、会話や食事、排泄といった人間的活動をある程度行うことができ、簡単な観察では対象を「哲学ゾンビ」と断定することができません。

しかし、哲学ゾンビは感情に起因する「羞恥心」に理解がないため、見晴らしの良い遮蔽物がない空間にトイレがおかれていると躊躇なく排泄を行ってしまいます。

このような「感情の存在が窺えない行動」を誘発させることで哲学ゾンビを回収する組織が登場し「なるほど」と思わせる一方で、本作は哲学ゾンビに寄生されていなかった頃の亜居が「扉を開けてトイレをする」という習慣がある様子も描き、哲学ゾンビと人間の区別の難しさを演出しています。

哲学ゾンビの存在と、哲学ゾンビに接する登場人物たちの設定的魅力により、この世界がどのように展開していくのかをとことん楽しみにさせてくれる作品となっていました。

まとめ


(C)2023 金青黒 -sabikuro-

哲学ゾンビの設定に強い魅力があるだけでなく、「哲学ゾンビが存在するなら、こういう世界や論調になるのでは」という思考実験により考え抜かれたストーリー展開も光る映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』

伊刀監督が構想に10年をかけたのも頷けるほどに「生きている世界」を堪能できる本作は、メッセージ性においても純粋なエンタメ性においても、非常に満足できる作品となっていました。

映画『物体 妻が哲学ゾンビになった』は2023年12月9日(土)~12月22日(金)連日20:50~/池袋シネマ・ロサにて劇場公開!




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