いつの間にか大人になってしまった、全ての女性に贈る映画
現在CM・MVなどの作品制作の、第一線で活躍している若手映像クリエイター・箱田優子。
彼女が次世代の若手映像作家を生み出すプロジェクト、「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」に応募し、見事審査員特別賞を受賞した脚本が「ブルーアワー」です。
その脚本が箱田優子初監督作品、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』として、映画化されました。
仕事に明け暮れ、家庭にも不満を抱える30代の女性が、秘密の友達と共に大嫌いな故郷に向かう。その旅路の果てに、彼女が見たものとは…。
CONTENTS
映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督・脚本】
箱田優子
【キャスト】
夏帆、シム・ウンギョン、渡辺大知、黒田大輔、上杉美風、小野敦子、嶋田久作、伊藤沙莉、高山のえみ、ユースケ・サンタマリア、でんでん、南果歩
【作品概要】
箱田優子が書いた、自分の分身とも言うべき主人公を通して、仕事の追われ家族とは疎遠になり、全てから孤立したかに見える30歳を過ぎた女性を、温かくユーモアに満ちた視線で見つめた映画です。
主人公の砂田夕佳を演じるのは、『天然コケッコー』で第31回日本アカデミー賞新人俳優賞を、『海街diary』で、第39回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を獲得している夏帆。
夕佳がまだ幼い頃、夜明け前の“ブルーアワー”に出会って以来の友人である、清浦あさ美を演じるのは『怪しい彼女』に主演し、韓国と日本で活躍中のシム・ウンギョンです。
主人公の家族など、彼女を取り巻く人々に日本映画界の実力派俳優が多数出演、脇を固めています。
本作は第22回上海国際映画祭アジア新人部門で最優秀監督賞および優秀作品賞を、第19回ドイツ「ニッポン・コネクョン」ニッポン・ヴィジョンズ審査員スペシャル・メンションを受賞し、海外でも注目されている作品です。
映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』のあらすじとネタバレ
まだ幼い夕佳は、夜明け前の空が青く染まる時間、“ブルーアワー”の野原を、友だちに声をかけながら歩いていました。
そして現在、砂田夕佳(夏帆)はホテルで、同僚の富樫晃(ユースケ・サンタマリア)とベットを共にしていました。
不倫関係の富樫の車で送られ、自宅に向かう夕佳。実は彼女は玉田篤(渡辺大知)と結婚していました。夕佳がCMディレクターとして、不規則の働いている事を理解している篤は、彼女の帰りが遅くとも気しない、大人しく優しい夫でした。
仕事場での夕佳は、電話で話の通じない取引相手には嫌味を並べ、撮影現場では大御所俳優(嶋田久作)に話を合せて機嫌を取り、仕事が終われば飲み会の席で毒づいていました。
過酷な仕事に追われる自分を、基本“M”で止まると死ぬタイプと、自虐的にグチる夕佳。そんな彼女が結婚していると初めて知って、驚きを隠せない者もいます。
夕佳に言わせると、女である自分が活躍できるのは40まで。ディレクターで、子供を産んで作品が面白くなった人はいない。
そんな辛辣な言葉を口にする彼女が、なぜ結婚しているのか不思議がられます。
その席で富樫の家庭に、2人目の子供が産まれる話題が上がります。それを聞いた夕佳は2次会のカラオケで悪酔いし、酒臭い状態で帰宅します。それでも彼女を迎え入れる夫の篤。
次の日は仕事は休みでした。喫茶店で夕佳は、幼い頃からの友人、清浦あさ美(シム・ウンギョン)と出会います。あさ美はイラストを描く仕事をしており、いずれ映画をとりたいと語っていました。
車でやって来たあさ美は、夕佳が祖母を見舞いに、近日中に茨城の実家に顔を出さねばならないと知ります。ならば2人で、今から夕佳の故郷へ向かおうと提案します。
長らく故郷に帰っていなかった夕佳。しかし軽いノリで話すあさ美に調子を合わせるうちに、なりゆきで茨城へ車で向かう事になった2人。
その道中であさ美にせがまれ、牛久沼の観光スポットを訪れます。そこは何とも、実に茨城らしい雰囲気の場所。気をとりなおして夕佳の故郷へと向かいます。
天候が崩れ大雨が降る中、ようやく実家に到着した2人。事前の連絡もなく、あさ美を連れて現れた夕佳を母の俊子(南果歩)は、驚きながらも迎え入れます。
手にしたビデオカメラで、実家のあちこちを撮影するあさ美。2人の前に現れた夕佳の父、浩一(でんでん)は集めた骨董を披露します。
自慢の日本刀を振り回し始める、相変らず自分勝手な父を夕佳は苦手にしていましたが、あさ美は興味深々で父にカメラを向けます。
夕佳は俊子から、教師をしていた優香の兄・澄夫(黒田大輔)が、今は引きこもりおじさんだと聞かされます。愛想は良いが口の悪い母が、兄を性犯罪者呼ばわりする姿に呆れる夕佳。
夕佳はあさ美と共に早々に引き上げようとしますが、あさ美が泊まる事を承知します。2人は夕佳の少女時代の持ち物から、彼女が昔マンガを描いたノートを見つけます。
手描きのマンガを読んで盛り上がる2人。昔夕佳はこの家で祖母と2人で住んでいました。家庭に問題があったためではなく、祖父を失い1人になった祖母を見守るために、幼い彼女がこの家で、祖母と共に暮らしたのです。
老いた祖母は今は養護施設に入り、祖母の家であった夕佳の実家は、今は父母と兄が住んでいました。その結果雰囲気の変わった実家に、違和感を覚えたと打ち明ける夕佳。
あさ美のためにビールを探す夕佳は、顔を出した兄・澄夫と、かみ合わない会話をします。カップ麺をすすりながらテレビに夢中の母は、彼女の言葉をまともに聞こうとしません。
バラバラの家族の姿に嫌気のさした夕佳は、あさ美と共に近くのスナックに向かいます。
そこは地元の住人がたむろする店でした。あさ美はスナックの客と共に歌い騒ぎますが、故郷に嫌気がさした夕佳は、浮気相手の富樫に帰りたいとのメールを送ります。
1人席にいる夕佳にスナックのママが声をかけますが、彼女は愛想笑いで応じるだけでした。ママからその表情は醜いと指摘され、思わず声を荒げてしまう夕佳。
我に返った夕佳は謝ると、あさ美と共に実家に戻ります。
2人は実家で眠りますが、夕佳は明け方に目を覚まし、窓から青く染まった家の外の、“ブルーアワー”の景色を眺めます。
あさ美に対し、幼い頃朝早く目ざめてしまった時、“ブルーアワー”の野に出て、意味もなく全力疾走した思い出を語る夕佳。
辺りは虫の音に包まれていますが、一瞬全ての音が止み、静寂の時間が訪れます。その時こそ“パーフェクトワールド”だったと、夕佳は振り返ります。
翌朝目覚めた2人に、母・俊子は仕事の済んだ午後3時に、施設へ祖母を見舞いに行こうと提案します。
長らく体調の優れぬ祖母ですが、今は具合の良い状態でした。この時期を逃さず祖母と面会する、それが夕佳の帰省の目的でした。
映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の感想と評価
監督自身と体験から描かれた脚本
脚本を書いた頃、30代の半ばを迎えようとしていた箱田優子監督。当時を時間だけが過ぎていく事に、ただ焦りを覚えていたと振り返ります。
仕事は好きだし、結婚もした。しかしいつの間にか30歳を超え、周囲の人間は仕事を続けるのか、子供はどうするのかと聞いてくる。好きにしたいと反発を覚えながらも、その一方で家庭を持つ事への憧れもあったと、当時の心境を語る箱田監督。
同時に箱田監督は、家庭という存在が苦手であったとも語っています。自身も両親も不器用であった家庭で育ち、世間が説く“家族愛”の物語に、1人傷付いていました。
そんな彼女が家族が素晴らしいとは言わない、でも、そんな家族であっても良いのでは、と示した物語が『ブルーアワーにぶっ飛ばす』です。
映画化にあたり更に自分をさらけ出す
「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2016」で、審査員特別賞を受賞した脚本「ブルーアワー」では、監督自身の体験や思いは、やや曖昧に書かれていました。
それを映画化するにあたり、プロデューサーの星野秀樹から、もっと自分自身をさらけ出した方が面白いと指摘された箱田監督は、アドバイスに従って脚本に手を入れます。
こうして映画に描かれた、仕事と家庭のプレッシャーにもがく主人公の姿は、多くの女性の共感を呼ぶでしょう。
「女性の観客に向けた映画」「女性監督ならではの映画」、そう紹介すべき作品ですが、これは日本特有の事だと箱田監督は語ります。
上海国際映画祭で上映した際、海外の映画人に日本での受け取られ方を話すと、何故そうなるのか判らない、との返事をもらったそうです。
日本は映画に対して、作る側も観る側も「女性向け」「男性向け」と、ジャンル分けして安心したい人が多いのかも、と気付かされたと話す監督。
海外の映画祭で、多くの女性の共感を集めた『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。しかし素直な視点で作品に向き合うと、様々な要素が観客毎の視点で、色々な笑いと共感を提供してくれる事に、改めて気付かされます。
都会と茨城の自然と“ブルーアワー”を描いた映像
タイトルにも使われた“ブルーアワー”、これが映画の映像上の主役である事は、言うまでもありません。
本作の撮影は『万引き家族』で、第42回日本アカデミー賞の最優秀撮影賞を受賞した近藤龍人。
大阪芸術大学在学中に、熊切和嘉監督の映画『鬼畜大宴会』に撮影助手として参加して以来、様々な映画の撮影を手がけ、今や日本を代表する撮影監督となっています。
“ブルーアワー”を描いただけでなく、東京の都会的な映像と、対称的な茨城の牧歌的風景を描いた本作。主人公を取り巻く環境と、心情の変化を画面で表現した、映像のロードムービーとして鑑賞する事も可能な作品です。
鮮やかな映像の作品を手がける、蜷川実花監督の新作『人間失格 太宰治と3人の女たち』も撮影している近藤龍人。
彼の手掛けた他の映画と、映像を比較してみるのも興味深い作品です。
まとめ
世の中で活躍する女性の共感を呼ぶ、そして様々な見どころのある映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。
祖母との交流のシーンには、主役の夕佳を演じた夏帆が受けたであろう、にじみ出るような感動が画面から伝わって来ます。
その一方で夏帆とシム・ウンギョンの軽いガールズトーク、個性的な脇役陣のインパクトなど、楽しめるシーンも多数あります。
しかし何といっても楽しめるのは、茨城出身・箱田優子監督の、恐らく愛のある、自虐的な茨城イジリ。ガールズトークより茨木弁トークの方を楽しく感じたのは、私だけではないでしょう。
意外なところで、歪んだ埼玉愛の映画『翔んで埼玉』と、正面から張り合っている茨城愛の映画、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』。
この笑いは、海外の映画祭ではどの様に評価されたのでしょうか?牛久沼近辺の微妙な空気感は、海外の方にも充分伝わっていると思います。