映画『ベン・イズ・バック』は2019年5月24日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
アメリカでは、鎮痛剤として処方される合成オピオイド薬によって依存症に陥る患者が後を絶ちません。
2017年、50才以下のアメリカ人の死因第一位となり、大きな社会問題になっています。
映画『ベン・イズ・バック』は、普通に生活する人々が不可抗力で麻薬中毒に陥ってしまう実情を浮き彫りにした作品。
主演を務めたジュリア・ロバーツとベンを演じたルーカス・ヘッジス(『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でのアカデミー賞ノミネートで知られています)の演技は、多くの批評家から絶賛されました。
映画『ベン・イズ・バック』の作品情報
【公開】
2019年5月24日(アメリカ映画)
【原題】
Ben Is Back
【監督】
ピーター・ヘッジズ
【キャスト】
ジュリア・ロバーツ、ルーカス・ヘッジズ、コートニー・B・ヴァンス、キャスリン・ニュートン、デイヴィッド・ザルディバー
【作品概要】
『ギルバート・グレイプ』(1994)の原作者であり、『アバウト・ア・ボーイ』(2002)ではアカデミー賞脚色賞にノミネートされた脚本家ピーター・ヘッジズが監督を務めました。
様々なフィルムメーカーを魅了した俳優フィリップ・シーモア・ホフマン(1967〜2014)と親しい友人だったヘッジズは、麻薬依存症によってもたらされた彼の死に大きな影響を受けます。そして自ら数年間に及ぶ調査を行い、麻薬依存に警鐘を鳴らすために本作の脚本を執筆・映画化しました。
映画『ベン・イズ・バック』のあらすじとネタバレ
クリスマス・イヴ、ニューヨーク州郊外。
ベンは久し振りに実家へと帰省しますが、家族は家を留守にしていました。窓を覗きこむベンに気づいた愛犬ポンスは、家の中で嬉しそうに尻尾を振ります。
そこへ、教会で開催されるクリスマスイベントのリハーサルを終えたホリーが娘3人を連れて車で帰宅しました。息子との久方ぶりの再会に、ホリーは喜びで胸いっぱい。満面の笑顔でベンを強く抱きしめます。
一方、ベンの妹・アイヴィーは車から降りることもなく、義父のニールに帰宅を急かすメッセージを送信します。
ベンは、更生施設にて麻薬依存症が大きく改善されたため、支援者からクリスマスを家族と一緒に過ごす許可を得たと報告します。
その朗報にホリーは顔を綻ばせますが、アイヴィーと夫のニールは、懐疑的な態度を崩しません。
夫婦で話し合った結果、「ベンが尿検査を受けること」「尿検査をクリアしたとしてもホリーが常時ベンを監視すること」という2つを条件に、1日だけ滞在を許可します。
提示された条件を素直に飲むベン。そして、尿検査の結果も陰性だったことに安堵したホリーは、幼い義妹達にクリスマスプレゼントを買いたいと言うベンの頼みを聞き入れ、一緒にショッピングモールへ出かけます。
買物を済ませ休憩を入れようとソフトドリンクを買いに行ったホリーは、以前ベンの主治医だった男性に遭遇します。
ベンが14才で怪我をした時、その元医師は合成オピオイド薬を処方しました。薬の中毒性を心配したホリーに、元医師は当時「大丈夫だ」と主張。
しかし、ベンはそれ以来麻薬中毒になり、再発を繰り返していました。元医師は認知症を発症しその事実を全く覚えていませんでしたが、ホリーは、惨死を望むと元医師に吐き捨てます。
その頃、母の帰りを待っていたベンは、地元の知り合いであるスペンサーを見かけ、昔の自分を思い出し動揺します。
ベンは直ぐに更生施設の支援者に連絡を入れ、助言通り近くの自助グループの会合へ参加を決めます。
ベンは会合の中で、ある夏、麻薬の過剰摂取によって病院へと運び込まれたが、愛犬ポンスのお蔭で意識を失わずに済み、ホリーの緊急通報で一命を取り留めた経緯を語ります。
そして麻薬を77日間断った今、迷惑を掛けた多くの人に申し訳ないと感じているとベンは告白しました。
その晩、家族一緒に教会へと出かけます。ホリーは、ベンの元・恋人であるマギーの母親・ベスを見かけて近寄り、マギーの死を悼みます。
幼い義妹の可愛らしい演劇を鑑賞し、一時の幸せに涙ぐむベン。
しかし、家族が帰宅すると、家がは何者かによって荒らされていました。
物は盗まれていなかったものの、ポンスの姿が消えていました。帰って来たお前のせいだとニールに責められたベンは家を飛び出します。
警察に通報しようとするニールを止め、ホリーは車で彼の後を追いました。
映画『ベン・イズ・バック』の感想と評価
怪我をした際に処方された薬で麻薬依存症になる14才の子供に対する救済制度が整っていないどころか、その多額の費用負担を親に背負わせる現在のシステムについて問題提起する『ベン・イズ・バック』。
癌治療だけではなく、大きな手術を受けた患者にも相変わらず北米では、合成オピオイドを含む鎮痛剤が処方されています。政府はこの問題に取り組もうとしていますが、企業の抵抗もありまだ目覚ましい解決には至っていません。
一度脳が覚えた麻薬の刺激は決して消えることは無く、何年断っていても突然再発してしまうことが多々あります。その度に、患者の家族もまた大きな影響を受け苦悩を強いられます。
監督・脚本を務めたピーター・ヘッジズは、自己責任論では片づけられないすぐそばに在る危険にスポットライトを当てながらも、その危険に巻き込まれてしまったとある家族の模様を物語ります。
子供に何かあると家庭環境が原因であると指摘されがちですが、本作では義父とベンが不仲であることとベンの麻薬依存は関係がありません。また、同様のテーマを扱った『ビューティフル・ボーイ』でも、父が再婚した義母と麻薬依存に苦しむ息子は大変良好な関係です。
両作共に、親や本人を責めるのではなく、環境整備の欠如を含め麻薬依存克服の難しさを描写することで、問題の根深さを観客に訴えています。
物語は、ホリーがベンの命を救うところで終わりを迎えます。
しかし麻薬依存症に苦しむ本人にとって、過剰摂取後に生存することが幸せかどうかは分からないとヘッジズは知人に言われたことをインタビューで明かしています。
その意見も踏まえた上で、その後生き続けられるかは分からなくてもベンの口から呼吸が漏れるその瞬間に希望を残したかったと、ヘッジスは映画に込めた思いを語りました。
まとめ
深刻な麻薬問題を抱えるアメリカで、医師の処方薬で中毒に陥る人々の窮状を取り上げた『ベン・イズ・バック』。
堕ちて行く子供を、止められないと分かっていても尚掴んで放さない母親を主人公に置き、家族とクリスマスを過ごしたいために嘘をついて帰宅した青年が麻薬に屈して行く姿を切々と描いています。
過去を清算して家族に償おうと試行錯誤するベンの行動は、77日間誘惑と闘い続けて勝利した彼の成長の証。何度負けてもまた立ち上がって欲しいと望むピーター・ヘッジズの情熱が伝わる作品です。