巨匠フェデリコ・フェリーニが幻想的に自伝を映し出した傑作
映画『8 1/2』は、イタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の最高傑作と呼び声高い自伝的作品。
スランプに陥った映画監督が現実と夢想を行き来する姿を幻想的に映し出します。
主演をイタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニが務め、イタリアのセクシー女優クラウディア・カルディナーレ、フランスの女優アヌーク・エーメら豪華キャストが顔を揃えます。
『8 1/2』という奇妙なタイトルをつけられた奇跡の名作の魅力をご紹介します。
映画『8 1/2』の作品情報
【公開】
1965年(イタリア・フランス合作映画)
【原案】
フェデリコ・フェリーニ、エンニオ・フライアーノ
【脚本】
フェデリコ・フェリーニ、トゥリオ・ピネッリ、エンニオ・フライアーノ、ブルネッロ・ロンディ
【監督】
フェデリコ・フェリーニ
【出演】
マルチェロ・マストロヤンニ、アヌーク・エーメ、サンドラ・ミーロ、クラウディア・カルディナーレ
【作品概要】
『甘い生活』(1960)『道』(1957)で知られるイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の代表作。幻想的に描かれた自伝的作品です。
スランプに陥りクランクインできずにいる主人公の映画監督・グイドが、幻覚まじりの日々を過ごすさまが描かれます。
主演は『甘い生活』(1960)『ひまわり』(1970)などの名作で知られる名優マルチェロ・マストロヤンニ。
グイドの女神を、『若者のすべて』(1960)『山猫』(1963)のイタリアのセクシー女優CCことクラウディア・カルディナーレ、グイドの妻を『男と女』(1966)『甘い生活』(1960)のフランスの女優アヌーク・エーメが演じています。
映画『8 1/2』のあらすじとネタバレ
悪夢にうなされて目覚めた一流映画監督のグイド。湯治場にきていた彼は、医師の診察を受けていました。
明るい陽射しの中、大勢の人々が集まり楽し気に過ごしています。グイドもその中におり、映画談義をしていました。アイデアに行き詰っていたグイドはクランクインを2週間ものばしていました。彼の脳内では、憧れの美しい女性クラウディアが微笑みます。
グイドは駅に愛人のカルラを迎えに行きます。着飾りおしゃべりな彼女をもてあますグイド。肉体だけでつながっている美しいカルラは、夫に仕事を紹介してほしいとグイドに頼みます。
夢の中でグイドは今は亡き父と母に出会い、その後、妻のルイザも現れます。
グイドのもとにはいつも役を欲しがる人々が集まってきます。彼はおどけてひざまづいてプロデューサーを迎えました。
テーブルを囲んだグイドたちのもとに、考えていることを当てる芸人が現れ、ゲストの考えを次々に当てていきます。彼が当てたグイドの考えは「アサニシマサ」ということばでした。
古い記憶の中、ワイン風呂から逃げ出そうとする幼いグイド。若き母に抱きかかえられてベッドに連れて行かれた彼に、向かいのベッドの少女が金持ちになれる呪文「アサニシマサ」を教えたことがありました。
妻のルイザからの電話に出たグイドは、彼女にこちらに来てほしいと誘います。
役をほしがっていた老人のコノッキアは役を降りるといい、グイドにも昔と違うぞと言い残し去って行きました。才能もひらめきもなく、嘘つきだといって自分を責めるグイド。空想の中のクラウディアが笑っています。
主人公と枢機卿の会うシーンに真実味が欠けると言われたグイドは、本物の枢機卿に会いに行きました。
アホウドリの声を聞きながら、中年女のスカートをまくった足を見たグイドは、また幼年期の自分を思い起こします。
それは神学校時代、浜に住むグラマラスな乞食女のサラギーナと踊っていたのを神父にみつかり、こっぴどく叱られた記憶でした。
映画『8 1/2』の感想と評価
グイドの死と巨匠フェリーニ監督の誕生
幻想的なシーンの連続で観る者を魅了するイタリアの大巨匠フェデリコ・フェリーニ監督作『8 1/2(はっかにぶんのいち)』。
ウディ・アレン、マーティン・スコセッシ、ロマン・ポランスキーら数々の名映画監督のベスト映画に選ばれる傑作で、フェリーニ自身もベスト映画にあげている代表作です。
本作がフェリーニ単独による8作品目で、加えてアルベルト・ラットゥアーダが共同監督を務めたフェリーニの処女作『寄席の脚光』があることから、後者を半分の1/2と数えて奇妙なタイトルがつけられました。
スランプに陥った主人公の映画監督・グイドが、虚構と現実の狭間で苦悩するさまが幻想的に描かれる一作です。イタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニが、グイドの苦悩を見事に表現しています。
現実と幻想が入り混じる展開ですが、過去の回想シーンまでがとても現実だったとは思えないほどシュールに描かれています。
過去の記憶として登場する巨大なワイン風呂に入れられる少年や、「アサニシマサ」という呪文を叫ぶ少女、セクシーな乞食女のサラギーナらの姿は、幻覚の中に現れるグイドの亡くなった両親や、グイドを取り囲む現在過去ごちゃまぜの大勢の女性たちと同じくらい幻想的なのです。
どこからどこまでが現実で、どこからが幻想なのかまったくわからない混沌とした展開となっています。
しかしその中でも、グイドの抱える「書けない映画監督としての苦悩」だけはずっと浮き彫りとなるのです。
理想のマドンナのクラウディア、別れる勇気もないまま頼りにしてきた妻のルイザ。このふたり女性の存在は、グイドに常に強い影響を与えます。
クラウディアを演じているのは、当時フランスのBBことブリジット・バルドー、アメリカのMMことマリリン・モンローと並んで、イタリアのセクシー女優としての人気を誇ったCCことクラウディア・カルディナーレです。コケティッシュな魅力で、ルキノ・ヴィスコンティ作品にも数多く出演しました。
ルイザを演じたのはフランス人女優のアヌーク・エーメです。日本でも大人気となった『男と女』のヒロインを演じたことで知られる名優です。
またそのほかにも、亡き母や愛人のカルラ、乞食のサラギーナ、妻の親友、妹など、女性ばかりが彼を大きく翻弄し続けます。
スランプに陥っている中、製作会見までが開かれ、追い詰められたグイドはピストルで自殺します。ここから群衆が輪になって踊るシーンにつながるので、どこまでが現実なのかわかりにくい展開です。
実は当初もう一つのラストシーンが製作されていたそうです。それは、食堂車に満員の乗客が黙って座っている葬式のような場面だったと言います。
このシーンにつながっていたなら、グイドの自殺は明確となっていたことでしょう。
冒頭から幻覚のようなシーンが連続していることを思うと、現実と虚構の区分は観る者に委ねられているようにも感じます。
しかし、自伝と呼ばれていることを考え合わせれば、苦悩の末に命を絶つ運命を分身であるグイドに代わってもらうことで、フェデリコ・フェリーニ本人が真の自由を手に入れ、新たな生を受けたことを表現しているように思えてなりません。
まとめ
数々の名監督たちから最高評価を受けている傑作『8 1/2』は、観る者を迷宮へと迷いこませる幻想的な一作です。
幻影かのような作品の中で、主人公・グイドが映画監督としての袋小路に迷い込むさまだけがくっきりと浮彫りになります。そのリアルすぎる苦悩の描写が、名監督たちの心を打ったに違いありません。
何度も過去の世界を思い出したり、自ら生み出した幻覚世界に迷い込むグイドは、現実世界では妻や愛人との関係に悩まされています。どこにも心の逃げ道のない彼は、幻覚を生み出すしかなかったのではないでしょうか。
幻覚の中では、これまで出会った女性たちが至れり尽くせりの世話をしてくれたり、そうかと思うと束になって彼を糾弾したりと、願望と恐怖がふりこのように揺れ動きます。
どうにもならなくなったグイドが鞭を振り上げると、女たちが拍手を送るという支離滅裂な展開も、彼の願望ゆえだと思うとどこか納得できるのです。
仕事のアイデアはまったく浮かばない中で心の行き場をなくした彼が、銃を手にしてしまったのは当然の流れだったのかもしれません。
こんなにも恐ろしい作品が自伝であるかと思うと、映画監督という仕事の苦悩の深さを思い知らされます。
数々の名作を生み出してきた巨匠フェリーニの内にある壮絶な戦いを覗き見ることのできる貴重な一作です。